第17話 変貌
通された部屋は最上階。
しかも貸切という話。
「大丈夫。部屋代は取らないから。空いている部屋を使ってくれ」
年契約で借り切っているって、さすがS級冒険者ね!
公爵家にいた頃なら、それも出来たかもしれないけれど。
「ほら鍵」
パドが鍵を渡してきた。
「そこの廊下の突き当り。俺はここ。なにかあれば来ていい。夕食は俺の部屋に用意させるから、その時は来て欲しい」
「は、はい」
「じゃ、あとで」
バタンと扉が閉まり、パドは部屋に消えた。
「ええ?」
私はしばらく、扉と受け取った鍵に何度も視線を往復させた。
そして廊下の先にある部屋を見る。
仕方ない。
一晩お世話になろう。
鍵穴に鍵を入れて回すと、かちゃりと言う音とともに、鍵が開いた。
扉を開けると中は高級ホテルのスイートルームだった。
「え、ええ?」
広いリビング、応接セットに、寝室。
バスルームは貴族仕様。
バスタブに、お湯が出る魔道具付。シャワーも付いている。
高級シャンプーにボディソープ。
王宮の私が使っていた部屋の何倍も豪華だわ。
私は額を指でぐりぐりと揉んだ。
せっかくだから、使わせてもらうわ。
そして久しぶりのお風呂を堪能したのだった。
食事をともに、という彼の話に、ワンピースに着替える。
この世界はファンタジー世界なのに、前世のファッションや技術が所々散見する。絹の豪華なドレスを纏う貴族に、現代ファッションのワンピースやスーツ。小物や筆記具などだ。
さすがに電話やパソコンネットはない。
応接セットのソファーに座ってこの先のことを考える。
パドは領都まで送ってくれると言っていた。
そのことに甘えるべきだ。
父の伝言を実現するにも、S級冒険者の手はあった方がいいだろう。
あの森でパドに出会ったのは僥倖と言っていい。
私は耳にしていたピアスを弄る。
考えごとをする癖だ。
このピアス、ずっとしていたわ。
王子のプレゼントだった。
外すタイミングがなかったわ。
外してしまおう。
私はピアスを取って魔導収納に仕舞った。
「送り返すべきね」
あの王子に関係するものはもう持っていたくない。
ため息を吐くとノックが聞こえた。
「夕食が来た。来れるか?」
「はい!」
パドの声に、立ち上がって、扉を開ける。
「ありがとう、パ……ド?」
私は首を傾げた。
「どなた様?」
「俺だろうが」
声はパド。
目の前にいるのはこざっぱりとしたイケメン?
艶やかな青みがかった黒髪を後ろで一つに結んでいて、長い前髪は後ろに撫でつけている。オールバックという奴ね。
スカイブルーの瞳で、切れ長の目、通った鼻筋、薄い唇。
髭はない。
全体的には彫りの深い顔立ち。
防具を脱いで、ボタン一つ開けた薄い絹の白いドレスシャツ一枚に、細身の黒のスラックス。靴は革靴で、クォーターブローグと呼ばれる穴の装飾のある形で艶のある焦げ茶色。
「はあ?」
「髭剃っただけだろうが。ほら、早く来い。冷めるぞ」
呆れた顔をしたパドは先に自分の部屋に歩いていく。
その足の速さはゆっくりで、気遣いが感じられた。
パドの部屋に入るといい匂いがした。
お腹が空く匂い。
私の部屋の二倍はある広さで、調度品も豪華だった。
革張りの応接セットのテーブルの上には湯気が立つ料理の品々。
「ほら座れ」
私は促されてパドの対面に座った。
「ほ、豊穣の女神に感謝を」
「感謝を」
スープ、肉料理、パンだ。
スープはジャガイモのスープで、肉料理は魔物の肉だろうか、煮込んだのか、フォークで突いただけで、解ける柔らかい肉だ。
パンは白いパンだ。
外側は硬く中はもちもちしている。
美味しい。どれも美味しい。
飲み物はシードル。アルコールは感じなかった。
「久しぶりの料理らしい料理だったな」
食器を下げに来た宿の給仕係が、食後の紅茶を置いて行った。
「あら、パドが作ってくれたじゃない?」
「あれは野営料理だ。ちゃんとした物じゃない」
肩を竦める仕草はずっと一緒にいたパドなのだが、どうも顔が違和感を感じてしまう。
「なんだ? 顔ばかり見て」
「別人のようだわ」
「こっちが普段なんだが」
「そ、そうでしょうね。あれは一か月森に籠ったからなんでしょう」
「あれ……髭のことか」
パドが顎を擦る。
「まあ、仕方ない。二、三日でもさぼると伸びるからな」
仕草が! 胸元から胸筋が!
なんで、色気があるの?
大人の男性の色気というか。
さすがS級冒険者だわ。
何がさすがなのかしら。
私混乱しているわ。
「明日早朝に出る。いいか? 領都までは五日ほどだ。途中村が点在するからそこに宿泊する感じになる」
「わかったわ。ありがとう。感謝するわ」
「どういたしまして。前金も貰っているからな。仕事はきちんとするよ」
「では明日。よろしくお願いするわ」
「承った」
私は部屋に戻って鍵をかける。
寝る支度をしてベッドに潜り込んだ。
柔らかいベッドに、涙が出そうになる。
まだだわ。
まだ途中なのだから。
私は自分を叱咤して眠りについた。
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