第九十六話 噂
何の変哲もない、穏やかな午後だった。
私は両腕を広げ、体内の魔力を絶え間なく、身体の外側を覆う光の障壁へ注ぎ込んでいた。
初めは、あるのかないのかさえわからないほど薄かった光の膜が、魔力を注ぎ続けるにつれて次第に輝きを増し、その光もますます強くなっていく。
私は緊張しながら、目の前で大剣を構える王剣騎士を見つめていた。
ハンクの光斬は、一撃一撃の威力だけを見れば、かつてグリエンが放っていた強光束さえ上回る。
そして今日の訓練目標は――
その光斬を、最低でも十回防ぎ切ることだった。
もちろん、このところ私自身も、光の障壁について新しく理解したことがある。
常に光の障壁全体へ均等に魔力を行き渡らせておく必要はない、ということだ。
もし相手が次にどこを狙うのか。
どの方向から攻撃してくるのか。
それを事前に察知できるのなら、攻撃が届く直前に、その箇所へ魔力を一気に集中させればいい。
そうすれば、ほんの一瞬だけでも、光の障壁の一部分を大幅に強化できる。
けれど。
当然ながら、それは決して簡単なことではなかった。
王剣騎士である二人の剣技は、魔法の技量以上に洗練されている。
このところ毎日のように二人から剣術を教わっている私は、そのことを嫌というほど思い知らされていた。
こちらが攻撃の方向を予測し、その場所の光の障壁をあらかじめ強化していたとしても。
剣が振り下ろされる、その直前。
突然軌道を変え、まったく別の方向から斬り込んでくることがある。
それどころか。
斬りかかるように見せかけて、実際には剣を振らないことさえあった。
私が慌てて一か所へ魔力を集めたあと。
二人は光の障壁を見て、どこが強く、どこが弱くなったのかを確かめる。
そして改めて、弱い場所を狙ってくるのだ。
けれど、私が先ほど強化のために使ってしまった魔力は、もう元には戻せない。
だから私にとって「予測する」という行為そのものが、危険と消耗を伴っていた。
これは……二人が狡猾だと言うべきなのだろうか。
いや。
よく考えてみれば、本当の戦いで相手に高潔さや正々堂々とした振る舞いを求める方がおかしい。
真正面から、こちらに都合よく戦ってくれる相手ばかりであるはずがない。
そう考えれば。
これはむしろ、私にとって一番良い訓練なのかもしれなかった。
何しろ。
魔獣が、こちらの都合など聞いてくれるはずもないのだから。
私は構えを整えた。
ハンクも大剣を握り直す。
互いの間に緊張が高まり、今にも一撃目が放たれようとした――その時だった。
背後から、慌ただしい足音が聞こえてきた。
けれど私は、振り返らなかった。
以前の訓練で、一度だけ。
一羽の鳥が庭へ舞い降りてきたことがあった。
私は反射的にそちらを見てしまった。
ほんの一瞬。
それだけだった。
だが、その一瞬の隙にスレーの攻撃へ反応できず。
光の障壁はその場で砕かれ、腕まで負傷した。
あの時は、本当にひどく叱られた。
実戦では。
何が起きても、簡単に相手から目を離してはいけない。
それは、かなり身に染みた教訓だった。
何しろ、その教訓が腕に残した痕跡は、今もまだ完全には消えていない。
ところが今回は。
目の前にいたハンクの方が、突然剣を下ろした。
私は思わず目を瞬いた。
どうしたのだろう。
訓練の途中で、ハンクが自分から止めるなんて。
本当に何か、特別なことでも起きたのか。
そう思った直後。
背後から声が聞こえた。
「坊ちゃま。緊急の知らせがございます。訓練はただちに中止してください。三名とも、私と一緒に旦那様のお部屋へお越しください」
そこでようやく、私は振り返った。
ドワインだった。
こんなにも慌ただしい様子の彼を見るのは、かなり珍しい。
しかも。
ドワインの表情を見た瞬間、スレーとハンクの顔からも、すぐに普段の余裕が消えた。
事情を理解していないのは、私だけだった。
何が起きたのかわからないまま、私は三人について父上の部屋へ向かった。
中へ入ると、父上もどうやら帰宅したばかりらしかった。
外套のように羽織っていた長衣を脱いだところで、その下には身体に密着する軟甲を着込んでいる。
父上は外出する時、いつも服の下に防護用の鎧を身につけていたのか。
今もまだ少し肌寒い季節とはいえ。
さすがに、これほど厚く着込む必要はないはずだ。
やはり。
襲撃に備えているのだろうか。
かつて、あの刺客たちに襲われた時のように。
父上は椅子へ腰掛けると、ドワインへ軽く手で合図した。
ドワインが頷く。
「承知いたしました、旦那様」
そう言って、一枚の羊皮紙を広げた。
そして、その内容を読み上げ始める。
最初は、光明教会に属するらしい長い役職名や組織名。
それに、私には意味すらよくわからない正式な言い回しが延々と続いた。
ようやく本当に重要そうな部分まで辿り着いた頃。
私にも、どうにか内容を理解することができた。
要するに――
昨日より。
ソル星ヴィスカルロ城領主、レシュオン閣下に対し。
租税を適切に納めていない疑い。
そして、その統治について帝国領民から不安や不満が寄せられていることを理由として、正式な調査を開始する。
さらに調査期間中。
ヴィスカルロ城における一部の政務を、光明教会が一時的に代行する。
そういう内容だった。
その後も。
光明教会へ与えられる権限。
調査の手続き。
その他、私にはほとんど理解できない複雑な文言が長々と続いた。
そして最後に。
署名が読み上げられた。
第十一代光帝、セントフィールド・ルミナス・オーレリオン。
それを聞き終えた瞬間。
胸の奥が、重く沈んだ。
光帝陛下ご本人の名で、このような命令が下されている。
それなら。
もう、この問題はかなり深刻なのではないだろうか。
けれど。
レシュオン閣下が租税をごまかすなんて、どうしても信じられなかった。
あの方は、ずっと真面目に領主としての務めを果たしてきた。
私の知る限り。
帝国の法に背くようなことをする人物には、とても思えない。
それに。
贅沢ばかりを好む人でもなかった。
確かにレシュオン邸は、とても立派だ。
けれどヴィスカルロ城にある貴族の屋敷の中では、特別に豪華すぎるというほどでもない。
私は直接見たことはないけれど。
以前聞いた話では、ヴィスカルロ城で豪華さを有名にしているのは、むしろオスワルドの家の方だったはずだ。
それ以上に理解できなかったのが。
「領民が、レシュオン閣下の統治へ不安や不満を抱いている」という部分だった。
ついこの前の祭典でも。
レシュオン閣下は、リリロット夫人と一緒に公の場へ姿を見せていた。
街でも。
聖堂の外でも。
二人を見た人々は、喜んで歓声を上げていた。
少なくとも。
あの時の人々の表情や声からは。
この領主を嫌っているようなものなど、私には何一つ感じられなかった。
だったら。
これは最初から。
光明教会による攻撃なのではないだろうか。
ドワインが報告を終えると。
部屋にいた全員の視線が、父上へ集まった。
父上は眉を寄せている。
その表情を見ただけで、私の中にあった不安はさらに大きくなった。
父上は深く息を吸った。
そして、私たちへ向かって口を開いた。
「今の状況を見る限り、奴らはいずれカルロ分家へ本格的に手を出してくる。そのこと自体は、私もレシュオン閣下も以前から予想していた。奴らが、これで諦めるはずがない」
父上は羊皮紙へ視線を落とした。
「前回はリリロットの暗殺に失敗した。腹の子供まで含めた計画も、同じように失敗している。ならば次の行動を確実に成功させるため、別の手段を取ってくるのは当然だ」
一度、言葉を切る。
「だから、レシュオンを領主の座から引きずり下ろすことが、次の一手なのだろう。ただし――私が予想していたより、ずっと早かった」
後ろに立っていたハンクが、ゆっくりと頷いた。
「まさか光帝陛下ご本人の名義で、調査命令まで下されるとは。そうなると今回の件は、陛下ご本人が光明教会へ直接命じたと考えるべきでしょうか」
しかし、スレーは眉をひそめた。
「ですが、私の知る限り、陛下が帝国内部の領主に対して、このような形で調査や処分を行った例は、今までほとんどなかったはずです。光明教会が、命令そのものを偽造した可能性はありませんか?」
父上は首を横に振った。
「それはない。これはルミナス星に置いている者から、今日届いたばかりの情報だ。命令が本物であることも、すでに確認されている」
父上は羊皮紙へ視線を落とした。
「ソル星には、まだ正式な通知が届いていないはずだ。時期を考えれば、おそらく二日後の聖堂祭典で、光明教会が正式に発表するつもりなのだろう」
私は、思わず口を開いた。
「では……私たちに、できることは何もないのですか?」
自分でもわかるほど、声に焦りが混じっていた。
けれど父上は、もう一度首を横に振った。
「これが光明教会の名義だけで始められた調査なら、こちらにも対抗する余地はあった。だが、今回は違う」
父上の声音が、少し重くなる。
「陛下ご本人の命令である以上、カルロ宗家であろうと分家であろうと、少なくとも表向きは、陛下の決定そのものへ異議を唱えることはできない」
「今できるのは、ヴィスカルロ城の住民たち自身に、根拠のない告発へ反対の声を上げてもらうことだ。住民たちの声を通じて、少なくとも今回の追及にどれほどの信憑性があるのか、疑問を持たせることはできる」
父上は再び、机の上の羊皮紙を見た。
「もう一方では、私が以前ルミナス星で任に就いていた頃に知り合った貴族たちと、その周囲の者へ直ちに連絡を取る。これから数か月の間に、彼らを通じて陛下ご本人へ働きかけるしかない」
そこで、父上はしばらく黙った。
「そして同時に、こちらも退路を用意する」
「最悪の事態に備えておかなければならない」
部屋の中が、急に静かになった。
「では、坊ちゃまはどうなさいますか?」
父上が話している間、ずっと黙っていたドワインが突然口を開いた。
私は思わず、彼の方を見た。
父上もわずかに意外そうな顔をしたが、その表情はすぐに元へ戻った。
しばらく沈黙したあと。
父上は、私へ目を向けた。
「今のうちに、ペラルドを外へ出す」
私は一瞬、その言葉の意味がわからなかった。
父上は続けた。
「少なくとも、ヴィスカルロ城には残さない」
「調査が始まっている間は、奴らも露骨な行動には出にくいだろう。だが、最終的に調査がどのような結果へ向かうとしても――少なくとも調査が終盤へ入る頃には、ペラルドはすでにここを離れていなければならない」
ハンクが尋ねた。
「しかし、坊ちゃまを外へ出すとして……どのような名目にします?」
父上は、すぐには答えなかった。
しばらくして。
改めて、私を真っ直ぐ見つめる。
「冒険へ行かせる」
私は目を見開いた。
父上は静かに続けた。
「それが今は、一番自然な理由になる」




