第九十三話 雑談
昨夜、閉幕の儀式から戻ったあと、自分が何をしていたのか、もうほとんど覚えていない。
あまりにも眠かったのだ。
宴が完全に終わるより前から、私はすでに半分眠りかけていた。
本来なら閉幕の儀式では、私からレシュオン閣下一家へ祝福の言葉を述べる予定まで組まれていたのだが、結局それも飛ばしてもらうことになってしまった。
正直に言えば、とても失礼なことをしてしまったと思う。
だから翌朝早く、私はレシュオン閣下の執務室を訪れ、直接謝罪することにした。
幸い、今日は公務で外出する予定もなかったらしい。
執事に取り次いでもらうと、すぐに中へ通された。
「レシュオン閣下、おはようございます」
「おはよう、パーリセウス」
私は姿勢を正し、深く頭を下げた。
「昨夜の閉幕の儀式についてですが……予定されていた祝福の言葉を申し上げることができず、本当に申し訳ございませんでした」
「気にしなくていい。あの時の君は、もう目を開けているのもやっとだったからな。むしろ、あの年頃の子供が眠くなる時間だとわかっていながら、閉幕まで付き合わせてしまった私の方が悪かったくらいだ。最後にどうしても必要な礼式がいくつかなければ、もっと早く使用人に頼んで寝かせていたよ」
そう言って、レシュオンは少し笑った。
「今は身体が育つ大事な時期だ。よく眠った方が、もっと背も伸びる」
「ご配慮ありがとうございます」
「もっと背が伸びる」と聞いた途端、胸の中がずいぶん軽くなった。
レシュオン閣下は、続けて尋ねた。
「どうだ? 家へ戻ってからは、もう慣れたか?」
「はい。それなりには。学院で起きたことも、スレーとハンクおじさんには話しました。それから、父上にも改めてきちんと説明しました」
「そうか」
レシュオン閣下は頷いた。
「君の父上には、私からもすでに一通りの経緯を話してある。だから、あまりいつまでも気に病む必要はないよ」
そして、少し間を置いた。
「実を言えば、最終的にああいう結果になる可能性については、君の父上も多少は予想していたようだ」
その言葉を聞くと、何とも言えない気持ちになった。
父上は、最初から予想していた?
それではまるで、私がきっと何かを失敗すると、最初からわかっていたみたいではないか。
もちろん、そんな不満をレシュオン閣下へ口に出すわけにはいかなかった。
「それでも、私のことで閣下やカルロ分家にまでご迷惑をおかけしたことについては、本当に申し訳なく思っています」
レシュオン閣下は、それ以上その話を続けなかった。
代わりに、直接尋ねてきた。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
私は少し迷った。
学院へはもう行けない。
ならば、この先はずっと家にいて、スレーとハンクから魔法や戦い方を教わり続けるのだろうか。
レシュオン閣下にも、冒険へ出たいと話してみようか。
でも、正直に言えば、父上と同じように反対されそうな気がする。
私くらいの年齢で冒険者になりたいと思う者など、光の領域でもほとんどいないだろう。
冒険者は軍隊ではない。
それでも、各地の領政府から一定の管理を受けている。
多くの領主は冒険者へ依頼を出し、惑星内の未開拓地域へ赴かせる。
新たに人が住める土地が存在するか。
危険な魔獣が棲息していないか。
あるいは、環境そのものに問題がないか。
そうしたことを調査させるのだ。
当然、一つの惑星のすべての土地が、人の暮らしに適しているわけではない。
そして、十分な名声と実力を持つ冒険者ともなれば、まだ開拓が進んでいない別の惑星へ派遣されることさえある。
母上も、昔はそうだった。
そこまで考えると、やはり黙っていられなかった。
「私は……少し、外へ出てみたいです」
レシュオン閣下は、不思議そうに私を見た。
「外へ?」
「はい」
「ヴィスカルロ城の周辺を見て回りたいということか?」
「いえ……もっと遠くまで行ってみたいです」
「たとえば?」
「ほかの街にも行ってみたいです。できることなら、ソル星そのものを、もっといろいろと見て回ってみたいと思っています」
レシュオン閣下は、しばらく私を見つめていた。
やがて、少しだけ笑った。
「その年でそこまで外の世界へ興味を持つのは、私は嫌いじゃないよ。ただ、正式な冒険者として考えるなら、少なくとも中級学徒以上の実力は必要だろう。荒野へ出たばかりの冒険者でも、上級学徒以上の戦闘能力を持っていることは珍しくない」
そして、私を見た。
「自分の命すら守れないようでは、探索どころではないからな」
「それは……わかっています」
「では、どうやって出かけるつもりだ? 家の使用人を連れていくのか?」
「できれば……スレーとハンクおじさんに一緒に来てもらえたらと思っていました」
「それは駄目だ」
レシュオン閣下は、ほとんど即座に首を横に振った。
「スレーとハンクは、カルロ宗家にとって重要な護衛だ。二人とも君について家を離れたら、その間に宗家で何か起きた時、誰が守る? それに、仮に二人が本当に同行したとしても、危険が起きれば最優先するのは君の身の安全だ。それでは君が冒険をしているのか、それとも二人の王剣騎士に護衛されながら旅行をしているのか、わからなくなってしまうだろう?」
「……仰る通りです」
一気に力が抜けた。
考えてみれば当然だった。
自分が冒険へ行きたいからといって、二人の王剣騎士を長期間家から離れさせるなど、あまりにもわがままな話だ。
レシュオン閣下は、落ち込んだ私を見て、思わず笑った。
「本当に、じっとしていられない子だな。ただ、そのあたりは少し君の母上に似ているかもしれない」
私はすぐに顔を上げた。
「母上に?」
誰かが母上の昔の話を始めると、私はいつも続きを聞きたくなってしまう。
レシュオン閣下は、少し考えた。
「実を言うと、私は君の母上と直接会った回数自体は、それほど多くない。だから、彼女の昔の冒険について本当に詳しく知りたいのなら、ドワインに聞いた方がいいだろう。ただ、私個人の印象を言えば――君の母上は、とても勇敢で、冒険心も好奇心も強い女性だったよ」
そこまで言うと、少し困ったように笑った。
「かなり変わった人でもあった。まあ、リリロットほどではなかったが」
私も、思わず笑ってしまった。
今のリリロット夫人はまだひどく弱っている。
けれど、元気だった頃の姿を思い出すと、この言葉には確かに反論しづらかった。
レシュオン閣下は少し笑ったあと、また尋ねた。
「それで、冒険へ出たいという話は、もう父上にはしたのか?」
「はい。話しました」
「どういう反応だった?」
私は、あまりにも短かったあの練習戦を思い返した。
「父上は、その場で私と練習戦をしました」
「それで?」
「一発の強光術で私の光の障壁を壊されて、反撃する暇もなく負けました」
レシュオン閣下は一瞬、呆気に取られた。
そのあと、何とも言えない顔で笑った。
「それはまた……ずいぶん独特な教育方法だな」
彼は苦笑しながら首を振った。
「もし将来、ジックが私のところへ来て、『冒険に出たい』などと言い出しても、私はいきなり外へ連れ出して叩きのめしたりはしないと思うよ。そんなことをしたら、リリロットが病床から起き上がって、私の方を叩きのめしに来るかもしれない」
レシュオン閣下は、私もよく知っている困ったような笑顔を浮かべた。
その光景を想像しただけで、私も思わず口元が緩んだ。
「まあ、君の父上が具体的に何を考えているのかについては、私からとやかく言うことではない」
レシュオン閣下は、再び少し真面目な表情へ戻った。
「ただ一つだけ、私も彼と同じ意見だ。今の君が一人で冒険へ出るのは、まだ危険すぎる」
「父上にも、そう言われました」
私は頷いた。
「だからまず、防御魔法を父上が認めてくれるくらいまで鍛えるようにと言われています。それができてから、もう一度、外へ出ることを考えてくれるそうです」
「なるほど」
レシュオン閣下は、少し考え込んだ。
「光の障壁についてなら、こちらにも良い本が何冊かある。光の障壁そのものを強化する方法について書かれたものもあるし、実戦で光属性の攻撃を防ぐ際の心得をまとめた本もあったはずだ。あとで執事に探させておこう。持ち帰って、ゆっくり読めばいい。読み終わったら、また返してくれれば構わない」
「本当ですか?」
私は思わず背筋を伸ばした。
「ありがとうございます!」
私の反応を見て、レシュオン閣下は笑った。
「わかった、わかった。ただ、勉強のことは家へ帰ってからにしなさい。君くらいの年頃なら、たまにはそこまで自分を追い込まなくてもいいんだ」
そう言いながら、椅子から立ち上がる。
「ちょうど屋敷の裏庭も、少し前に整備し直したところだ。子供が遊べる設備も増やしてある。いずれジックが大きくなったら、二人で一緒に遊べるだろう。それに――」
レシュオン閣下は、わざとそこで言葉を止めた。
「今日の夕食には、君の大好物の蜜炙り魅天鵞も出るぞ」
「本当ですか?」
私は嬉しくなり、勢いよく立ち上がった。
「やった!」
「おっと。ゆっくりな。転ぶぞ」
レシュオン閣下は笑いながら私を見ていた。
私も、つられて笑った。
なぜだろう。
レシュオン閣下のそばにいると、私はいつも、とても安心できる。
父上のように厳格ではない。
ドワインのように、いつも礼儀を気にするわけでもない。
レシュオン閣下の前では、時々、本当にただの子供でいてもいいような気がした。
閣下は嬉しそうな私を見つめながら、次第に柔らかな笑みを浮かべた。
しばらくして、レシュオン閣下は静かな声で言った。
「ジックも、いつか君のように、自分の好きなことを一生懸命学べる子になってくれたらいいな。そして――私とリリロットが二人で、あの子が健康に、幸せに育っていく姿を見守れたらいい」
顔に浮かぶ笑みは、そのままだった。
けれど、その瞳の奥には、まだ消えきらない一抹の不安が、静かに揺れていた。




