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第九十一話 感謝という名の涙

 「久しぶりですね、ペラルド」


 レオン導師は、変わらない穏やかな笑顔で私にそう言った。


「導師……どうして、ここに?」


 いや。


 父上が言っていた、「私に会いたがっている人」とは、きっとレオン導師のことだったのだろう。


 けれど、どうして?


 私は学院の規則に違反したとして、追い出されたはずだ。


 当然、レオン導師もそのことは知っている。


 もしかすると、導師も本当は私に怒っているのではないだろうか。


 そんな不安が顔に出ていたのか、レオン導師は私が何か言うより先に口を開いた。


「あなたのことが少し心配だったので、様子を見に来たのです。先に言っておきますが、今日はあなたを叱るために来たわけではありません。学院があなたに下した処分について、私は納得していませんし、賛成もしていません」


 私はしばらく呆然と導師を見つめ、それから静かに頭を下げた。


「ありがとうございます……」


「ただし、だからといって、あなたに何も注意することがないわけではありません」


 レオン導師の表情が、少しだけ真剣なものへ変わった。


「あなたが挑戦を受けた相手は中級学徒です、自分より一段階上の相手だった。ああいうことが起きた時、まず私に相談するべきでした。自分一人で勝手に挑戦を受けてはいけません。ペラルド、今回は少し無謀でしたよ」


「申し訳ありません……」


「もし練習戦で本当に大怪我をしていたら、私はレシュオン閣下に何と説明すればよかったのです?」


「私が間違っていました」


 私は頭を下げたまま、心から謝った。


 けれどレオン導師は、それ以上私を責めなかった。


 ただ手を伸ばし、そっと肩を叩いてくれた。


「ですが今回、あなたにはずいぶん驚かされました」


 私は不思議に思って顔を上げた。


「おそらくあなたは、自分が倒した相手がどのような学徒なのか、よく知らないのでしょう?」


「グリエン閣下のことですか?」


「ソルーン・ベル・グリエン。学院でも才能を認められている中級学徒で、クレメンティ教授が自ら重点的に育成するよう指名した学徒の一人です。特に強光束については、学院内でも天才だと評価する導師が少なくありません」


 レオン導師は、少し笑った。


「練習戦の内容は聞きましたよ。明光術の使い方を自分なりに変えたことも、光の魔力を足運びへ利用して高速で移動したことも。戦いの中で考えた工夫の多くは、とても興味深いものでした」


「いえ……」


 私は慌てて首を横に振った。


「たまたま勝てただけです。何度も失敗して、最後に運よく勝てただけで……それに、そもそも私は、あの鉄板を拾うべきではありませんでした」


「ペラルド」


 導師が、私の言葉を遮った。


「あなたが幼い頃から、カルロ家の貴族教育を受けてきたことは知っています。礼儀も、学ぶ姿勢も、知識へ向き合う真面目さも、私はずっと好ましく思っていました」


 そこで、わずかに間を置く。


「ですが、一つだけ覚えておいてください。謙虚であることと、自分自身を否定することは、同じではありません」


 私は一瞬、言葉を失った。


「自分の成果を何度も小さく言い直すことで、謙虚さを証明する必要はないのです。学ぼうとすること、自分の足りないところを認められること。それだけで十分です」


「……はい。ありがとうございます」


 私は強く頷いた。


 胸の奥から、うまく言葉にできない何かが込み上げてきた。


 それを必死に押し留めながら、私は姿勢を正し、レオン導師へ深く一礼した。


 導師はしばらく私を見つめたあと、静かに息を吐いた。


「ですが……残念ながら、あなたが学院へ戻ることはできません」


 少しだけ軽くなっていた心が、再び沈んだ。


「この短い間だけでも、あなたの導師を務められたことを、私は光栄に思っています。私にとっても、あなたは初めて出会った、本当に才能があると思えた学徒でした」


 レオン導師は穏やかに笑った。


「ですから、これから学院の導師と学徒という関係では会えなくなったとしても、どうか学ぶことをやめないでください」


 そして、何かを思い出したように続けた。


「そうだ。以前、あなたに貸した本ですが、返さなくて構いません」


「え?」


「あれは、別れの贈り物として差し上げます」


「ですが、あの本は学院のものではないのですか?」


 かなり貴重な本だったはずなので、私は今までずっと傷つけないよう、大切に保管していた。


「もともとは、そうでした」


 レオン導師は頷いた。


「ですが、すでに私の名義で学院から譲り受け、個人所有へ変更してあります。今は私の私物ですから、誰に贈ろうと問題ありません」


 そう言って、少し楽しそうに笑った。


「きちんと読み込んでください。あの本の内容を一部でも本当に理解できれば、これから光魔法を学んでいくうえで、必ず役に立つでしょう」


「はい。必ず熟読します」


「それから、もう一つ」


 レオン導師の表情が、再び真剣になった。


「今回の練習戦を聞く限り、光の魔力を移動へ利用するというあなたの発想は、とても良いと思います。その速度は、将来あなたの大きな武器になるかもしれません。ですが、その戦い方には大きな欠点もあります」


 私は黙って耳を傾けた。


 もしかすると、これが導師から受ける最後の教えになるのかもしれない。


「高速で敵へ接近するということは、自分から相手の攻撃範囲へ飛び込むということでもあります。速く動けば動くほど、一度判断を誤った時に立て直す時間は短くなる」


 レオン導師は、人差し指を一本立てた。


「だから今のあなたがまず考えるべきなのは、どうすれば攻撃をもっと強くできるかではありません。自分の防御を、もっと確かなものにすることです。まず光の障壁を、自分自身を十分に守れるほど安定させなさい。そのうえで、速度をどう攻撃へ生かすかを考えるのです」


 その言葉を聞いた瞬間、私は父上に言われたことを思い出した。


 他人を倒す方法を学ぶ前に、まず自分を守る方法を学びなさい。


 父上も。


 レオン導師も。


 二人とも、同じことを考えていたのか。


「わかりました」


「それならよかった」


 その後、レオン導師とは最近の出来事について、もう少しだけ話をした。


 やがて導師は、ゆっくりと扉へ向かった。


 部屋を出る直前、足を止めて振り返る。


「では、ここまでにしましょう。ペラルド」


 導師は私を見つめ、柔らかく笑った。


「私は、あなたならいつかきっと立派な人物になれると思っています。あなたは優しく、努力することのできる立派な子です。レシュオン閣下や、カルロ家の人々があなたへ寄せている期待を、どうか忘れないでください」


 そして、軽く手を振った。


「太陽神のご加護がありますように。さようなら」


「導師……」


 我慢しようと思った。


 けれど、もう無理だった。


 涙が目から溢れ、足元の絨毯へ一滴ずつ落ちていった。


「本当に……ありがとうございました」


 私は深く頭を下げた。


「本当に短い間でした。でも、レオン導師が私の導師でいてくださって……本当によかったです。本当に……ありがとうございました」


 レオン導師は、もう何も言わなかった。


 ただ最後にもう一度、私へ手を振った。


 そして、その姿は扉の向こうへ消えていった。


 私はその場に立ったまま、長い間動けなかった。




 しばらくして、再び部屋へ入ってきたのは、レシュオン閣下だった。


「ペラルド」


 閣下は赤くなった私の目を一度見た。


 けれど、それについては何も尋ねなかった。


「行こう。リリロットのところへ」


「はい」


 私は目尻を拭い、レシュオン閣下について部屋を出た。


 廊下を歩いている途中、閣下が尋ねた。


「どうだった? 久しぶりにレオン導師へ会って」


「嬉しかったです」


 私は素直に答えた。


「それに、あの方が私の導師になってくださったことを、本当にありがたいと思っています。私はレオン導師から、たくさんのことを教えていただきました」


「そうか」


 レシュオン閣下は、小さく笑った。


「それならよかった。私も、あの時レオンが君の指導を引き受けてくれて、本当によかったと思っている。学院を離れても、彼から教わったことは忘れないようにな」


「はい。決して忘れません」


 そう話しているうちに、私たちは屋敷の中でも比較的静かな場所にある寝室の前へ辿り着いた。


 レシュオン閣下が軽く扉を叩く。


 しばらく待ってから、その扉を押し開いた。


 中にいたのは、寝台の上で身体を起こしているリリロット夫人だった。


 何日も休み、治療を受け続けたおかげで、今では一人で上半身を起こしていられるようになったらしい。


 それでも顔色はまだ青白く、ほとんど光沢がない。


 身体も以前よりずっと痩せていた。


 ふっくらとしていた頬は目に見えて痩せ落ち、腕も、見ているこちらが不安になるほど細くなっている。


 以前とは、まるで別人だった。


 その姿を見ると、心配と同時に、胸の奥が苦しくなった。


 私たちは寝台のそばへ近づいた。


 リリロット夫人も、そこでようやく私が一緒に来ていることへ気づいたらしい。


 どこか虚ろだった瞳に、少しずつ光が戻った。


 唇が、かすかに動いた。


「パーちゃん……あなたも来たのね」


 ひどく掠れた声だった。


 それも、耳を澄まさなければ聞き取れないほど小さい。


 以前の、隣の階にまで聞こえてしまいそうなほどよく通る声とは、とても同じ人のものとは思えなかった。


 なぜだろう。


 私は突然、あの少し怖いくらい大きな声が懐かしくなった。


 鼻の奥が、また少し痛くなった。


 けれど夫人の前で、悲しそうな顔を見せたくはない。


 私は慌てて姿勢を正し、彼女へ丁寧に一礼した。


「リリロット夫人。お久しぶりです」

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