第九十話 再訪
私は静かに寝台へ横たわりながら、父上に敗れたあとの光景を、何度も頭の中で思い返していた。
風の中に立ち、微動だにしない父上の姿。
まるで、巨大な山のようだった。
揺るがない。
今まで私は、父上が本気で魔法を使うところをほとんど見たことがなかった。
だから当然、その実力がどれほどのものなのかも知らなかった。
けれど少なくとも、今では一つだけはっきりとわかる。
スレーとハンク、二人の王剣騎士も。
私が学院で戦った中級学徒たちも。
父上から感じたあの圧倒的な何かとは、まるで比べものにならない。
ましてや、今の私など――言うまでもなかった。
季節は、もうすぐ冬を迎えようとしていた。
日に日に空気が冷たくなっている。
窓の外の空は相変わらず明るかったが、日が少しずつ短くなっていることは、はっきりと感じられた。
私にとって、それは必ずしも悪いことばかりではない。
少なくとも、毎日の厳しい訓練の時間も、ほんの少しだけ短くなる。
父上に敗れた翌日から、私は再びスレーとハンクとの対戦訓練へ戻っていた。
ただし、以前とは明らかに違う。
二人とも、もう昔ほど手加減をしてくれなくなった。
父上が私をたった一撃で倒すところを目の前で見て、これ以上甘やかしてはいけないと思ったのかもしれない。
けれど、私はそれだけではないような気もしていた。
訓練中の二人は、以前より明らかに真剣だった。
まるで突然、何か強い使命感でも背負ったかのように。
――この子を、少しでも早く強くしなければならない。
そんな責任を感じているように見えた。
時には、その真剣さに息苦しさを覚えるほどだった。
そうして午前中の訓練が終わり、昼食後の休憩時間も、あっという間に過ぎていった。
廊下から聞こえてきた足音が、もう午後の訓練の時間なのだと教えてくれる。
午後の訓練は、午前より少し短い。
終わる頃には外も徐々に暗くなり、そのまま夕食の時間になることが多かった。
今はドワインもユーナも家にいない。
二人が普段担当していた仕事は、ほかの使用人たちが代わりに引き受けている。
ただ、料理の味だけはどう頑張っても、以前とは比べられなかった。
扉が、軽く叩かれた。
「ペラルド坊ちゃま、午後の訓練のお時間でございます」
「わかりました。ありがとうございます」
正直、寝台から起きたくなかった。
それでも私は身体を起こし、両足を革靴へ差し込んだ。
そのまま立ち上がり、踵を押し込むようにして靴を履き終える。
廊下を抜け、庭へ出る。
そしてまた、二人の王剣騎士との、いつも通りの午後の訓練が始まった。
そんな日々が、半月以上続いた。
ある日の午後。
突然、父上から書斎へ来るよう呼ばれた。
私は少し身構えながら扉を叩いた。
中へ入ると、父上は余計なことを何も言わず、すぐに本題へ入った。
「レシュオンのところも、ようやく少しずつ落ち着いてきた」
「もう一度、二日ほどあちらへ泊まりに行ってほしいそうだ。リリロットと、生まれたばかりの子供にも会ってくるといい」
父上は、そこでわずかに言葉を止めた。
「それと、もう一人、お前に会いたがっている者がいる」
「私に会いたい人が?」
私は目を瞬いた。
「誰ですか?」
父上は私の表情を見ながら、いつも通り淡々と答えた。
「行けばわかる」
「部屋へ戻って荷物をまとめなさい。明日出発だ」
「はい。わかりました」
書斎を出てからも、私はずっと考えていた。
レシュオン閣下の屋敷にいる人たち以外で、わざわざ私に会いたいと思う人などいるのだろうか。
学院の人?
けれど、私はもう学院とは関係がないはずだ。
体験学習中の学徒ですらなくなった。
それどころか、練習戦の規則に違反したとして、最後にはクレメンティ教授本人から追い出されてしまったのだ。
そんな私に、今さら学院の誰かが会いたがるものなのだろうか。
翌日。
私は荷物を整え、普段より少し改まった服へ着替えた。
今日はリリロット夫人を見舞い、ジックに会うだけではない。
新たに生まれた子供を祝う宴にも参加することになっている。
万が一に備えて、スレーとハンクの二人も同行する。
父上は来ない。
すでにレシュオン閣下から了承を得ており、ほかに処理しなければならない用事があるらしかった。
そういえば、ソル星へ来てからというもの、父上はあまり家を離れなくなった。
けれど、もっと昔は違った。
頻繁に外へ出かけ、時にはかなり長い間帰ってこないこともあった。
その頃、家に残っていたのは、私と母上とドワイン、それからほかの使用人たちであることが多かった。
スレーとハンクは、私と同じ馬車へ乗った。
道中、二人の方が私よりも今回の外出を楽しみにしているように見えた。
聞けば、二人にとっても、ソル星の別の都市へ本格的に赴くのは初めてらしい。
これまでは主星ルミナス星で活動することが多く、王剣騎士になってからは、むしろ自由に動ける機会が減っていたという。
馬車が空を進む中、スレーとハンクは最近の出来事について話し始めた。
「主星で宇宙の観測を担当している者たちの話では、氷の領域がまた大きく動き始めたらしい」
ハンクは、あまり興味がなさそうな顔をした。
「何だと? 氷の領域の連中が、また新しい戦争でも始める気か?」
「似たようなものだ」
スレーは頷いた。
「大量の氷竜が、複数の地域をまたいで移動していることが、すでに観測されている。今の情勢を見る限り、そう遠くないうちに、また炎の領域との大規模な戦いが始まるかもしれない」
私は思わず、二人の話へ聞き入っていた。
それに気づいたハンクが、笑いながらこちらを見た。
「坊ちゃまは、ほかの領域のことはまだあまり知らないんでしたっけ?」
私は頷いた。
「ほかの領域について書かれた本は、あまり読んだことがありません」
「まあ、それで普通でしょう」
ハンクは軽く手を振った。
「ほかの領域の事情なんて、複雑すぎますからね。坊ちゃまは今のところ、まず光の領域の中のことを覚えていけば十分です。少なくとも、こちらはまだ平和ですし」
「平和なのも、今のうちだけかもしれないがな」
スレーが手を伸ばし、ハンクの肩を軽く叩いた。
「光の領域内部の対立は、年々深まっている。いつか、本当の衝突へ発展しても不思議ではない」
「それくらい知ってるよ」
ハンクは眉をひそめた。
「でも、今それを坊ちゃまに話す必要あるか?」
スレーは首を横に振った。
「私は、少しくらい知っておいた方がいいと思うけど。外の世界で何が起きているのかを知らなければ、自分がなぜ早く強くならなければならないのかも、本当の意味では理解できない」
「いや、あんたはまたそういう――」
二人が再び言い争いを始めようとしたところで、馬車がゆっくりと高度を下げ始めた。
私は窓の外を覗いてみた。
レシュオン邸へ続く、あの長い大通りが見えてきた。
道路の両側には、淡い桃色の花々が一面に広がっていた。
風が吹くたび、無数の花びらが舞い上がり、通り全体を柔らかく漂っている。
今日は、ヴィスカルロ城の領主であるカルロ分家に、新しい子供が生まれたことを祝う日だ。
しかも、生まれたのは男児だった。
ある意味ではこれは、街全体へ向けた一つの宣言にも等しい。
未来のヴィスカルロ城を継ぐ、新たな後継者が現れたのかもしれない、と。
だからこそ、今日ここを訪れている者は非常に多かった。
そのほとんどが、ヴィスカルロで名の知られた人物なのだろう。
ただし私たちは、ほかの客人たちと一緒に正門から宴の会場へ向かうことはなかった。
レシュオン邸の使用人に案内され、別の入口から直接屋敷の内部へ入り、レシュオン閣下のいる部屋へ向かった。
屋敷そのものには、それほど目立った変化はない。
ただ、使用人たちは以前にも増して忙しそうだった。
私たちを案内する者以外は、ほとんど全員が食器を運んだり、会場を整えたり、部屋を掃除したりしている。
遠くから見ているだけでも、今は不用意に話しかけない方がよさそうだと思うほどだった。
ようやくレシュオン閣下の部屋へ到着すると、私は真っ先にドワインを見つけた。
その隣にはユーナもいる。
腕の中には、幼いジックが抱かれていた。
少し離れたところから見ると、二人と子供が並んでいる姿は、どことなく一つの家族のようにも見える。
リリロット夫人はまだ身体が回復していないため、今日はここにはいなかった。
スレーとハンクはレシュオン閣下の前まで進むと、揃って丁寧に一礼した。
「レシュオン閣下、お噂はかねがね伺っております」
「ご挨拶が今日になってしまい、申し訳ございません」
「お二人とも、そこまで畏まらなくて構いません」
レシュオン閣下は笑って答えた。
「二人の王剣騎士については、パドリグス閣下から何度も聞いています」
「今日は念のためとはいえ、わざわざこちらまで来ていただき、申し訳ありません」
スレーが頷いた。
「ペラルド坊ちゃまはもちろん、この屋敷でお守りすべき方々についても、我々が全力を尽くします」
「では、よろしくお願いします」
一通りの挨拶が終わると、ハンクは周囲を見回し、尋ねた。
「リリロット夫人のお身体は、まだ良くなられていないのですか?」
「今日は宴には出られないのでしょうか」
レシュオン閣下の表情が、少しだけ曇った。
「まだ難しいでしょう。命に関わる状態は脱しましたが、身体に受けた損傷があまりにも大きい」
「今はまだ、休ませなければなりません」
二人の騎士は、残念そうに頷いた。
そのあと、レシュオン閣下は私へ顔を向けた。
「おかえり、パーリセウス」
そして、私の全身を上から下まで何度か眺める。
ふいに、笑った。
「何だか、数日見ないうちに、また少し背が伸びたんじゃないか?」
「本当ですか?」
その言葉だけで、私は一気に嬉しくなった。
「ありがとうございます、レシュオン閣下!」
そういえば最近、時々脚の奥がわずかに痛むことがあった。
きっと背が伸びているせいに違いない。
自分が少しでも高くなったと考えるたび、私は大人へまた一歩近づいたような気持ちになる。
それは、とても嬉しいことだった。
「それだけ元気そうなら、私も安心した」
レシュオン閣下は一度言葉を切った。
そして続ける。
「ただ、今日わざわざ君を呼んだのは、この宴に参加してもらうためだけではない。君に、どうしても会いたいと言っている人がいるんだ」
私はすぐに興味を引かれた。
「どなたでしょうか?」
「それは、まだ秘密にしておこう」
レシュオン閣下は椅子から立ち上がった。
「今すぐ知りたいのなら――」
「私についておいで」
そう言って、彼は部屋の外へ向かった。
私は慌てて、その後を追った。
レシュオン閣下に連れられ、屋敷の中を進んでいく。
いくつもの曲がり角を越えた末に辿り着いたのは、人通りの少ない静かな一室だった。
閣下は扉を開いた。
けれど、自分は中へ入ろうとしない。
「入りなさい」
「レシュオン閣下は入られないのですか?」
「私はいい」
そう言って、ただ笑った。
ますますわからなくなった。
それでも私は、一人で部屋へ足を踏み入れた。
中は、とても静かだった。
部屋の中央には、一枚の幕が垂れ下がっている。
金糸を織り込んだ魔法の布らしく、光を受けるたび、柔らかな輝きを返していた。
私はゆっくりと近づいた。
そして手を伸ばし、幕をそっと横へ払った。
次の瞬間――
そこにいたのは、どうしても予想できなかった人物だった。
よく知った顔。
温かく、明るい笑顔を浮かべながら、私を見つめている。
私はその場で立ち尽くした。
「レオン……導師?」
そこにいたのは――
私が誰よりも尊敬する、あの導師だった。




