第八十二話 奪われた勝利
練習場は突然、異様なほど静まり返った。
先ほどまで遠くから絶え間なく聞こえていた笑い声も、囁き合う声も、今はすべて消えている。
私はグリエンの背後に立ったまま、肩を大きく上下させ、荒い息を繰り返していた。
身体を覆う光の障壁は、もはや目を凝らさなければ見えないほど弱まっている。鉄板を握る両手も、先ほど受けた熱と衝撃のせいで、じんじんと痺れていた。
何度も地面へ倒れ込んだ際には、光の障壁が身体を守ってくれた。
それでも衝撃のすべてを消し去ることはできず、腕や膝、腰の脇には、大小さまざまな痣が浮かんでいる。
今の私の姿を見れば、誰であっても、このひどく無様な姿を笑うかもしれない。
けれど私は、本当にグリエンの光の障壁を打ち砕いた。
自分が身につけた魔法を駆使し、階級の差を越えて、一人の中級学徒を倒したのだ。
私にも、こんなことができるのか。
言葉では表せないほどの喜びが、胸の奥から急速に込み上げてきた。
私は思わず拳を握りしめた。
よかった。
想像していたより、十倍は苦しい戦いだった。
途中では地面を這って逃げることさえあった。
それでも最後に勝ったのは、確かに私だ。
これでもうグリエンも、以前のように、私とは会ったことすらないなどと装うことはできないだろう。
「両者、そこまで!」
突然、イシス導師の声が横から響いた。
彼は足早に場内へ入ってきた。
だが最初に私を見ることはなく、真っ直ぐグリエンのもとへ向かった。
グリエンは、すでに自力で立ち上がっていた。
顔色は多少青ざめているものの、身体に怪我を負った様子はない。
その表情からも、ひどく消耗しているようには見えなかった。
先ほど地面へ座り込んでいたのも、ただ、自分が敗れたことを信じられなかったからなのだろう。
イシス導師はグリエンの身体を念入りに確認した。
怪我がないことを確かめてから、ようやく私の方へ振り返る。
その目はしばらく私の全身を眺め、やがて、手にしている少し歪んだ鉄板へ落ちた。
「この練習戦はこれにて終了です」
イシス導師が、ゆっくりと告げた。
私は、彼が最終的な勝敗を宣言するのを待った。
しかし、続いて口にされた言葉を聞いた瞬間、自分の耳を疑った。
「勝者、ソルーン・ベル・グリエン殿」
……
どういうことだ?
私は呆然とイシス導師を見つめた。
先ほど、グリエンの光の障壁を砕いたのは私だ。
彼が私の光の障壁を砕いたのではない。
しかも、彼の防御が消えた瞬間、私はすぐに攻撃を止めた。
どのように判断したとしても、勝利条件を先に満たしたのは私のはずだ。
それなのに、なぜ勝者がグリエンになるのだろう。
「お待ちください、イシス導師」
私は胸の内に広がる驚きを必死に押さえ、口を開いた。
「グリエン閣下の光の障壁を破壊したのは私です。練習戦の規則に従うのであれば、私の勝利ではないのでしょうか」
「確かに、君は彼の光の障壁を破壊しました」
イシス導師は答えた。
「しかし戦闘中、君は練習場に設置された金属設備の破片を使い、ほかの学徒へ直接攻撃を加えました。その行為は、魔法の練習戦で認められる範囲を逸脱しています」
金属設備の破片。
私が手にしている、この鉄板のことだろう。
「ですが、この鉄板はグリエン閣下が強光束を用いて、壁から切り落としたものです」
私は手にした鉄板を示した。
「私は戦いの途中で、すでに地面へ落ちていたものを拾っただけです。それに、練習戦が始まる前、場内の障害物を使用してはいけないとは、一度も説明されていません」
イシス導師の表情が、さらに厳しくなった。
「上級練習場に設置されている障害物は、学徒が魔法を回避する能力や、周囲の状況を判断する力を養うためのものです。武器として使用するために置かれているのではありません」
「ですが、私がこの鉄板を拾った時、導師には見えていたはずです」
私は、ますます彼の説明が理解できなくなった。
「最初の金属壁から移動した時点で、私はすでにこれを持っていました。もし規則違反であるなら、なぜその場で私を止めなかったのですか?」
イシス導師は、わずかな間、沈黙した。
そして、その視線を再び私からそらした。
「それに導師は、この鉄板を防御には使えても、攻撃に使ってはいけないとも仰っていません」
「初級学徒、ペラルド殿」
イシス導師は突然、声を強めた。
「ここはヴィスカルロ魔法学院です。君は体験学習中の初級学徒にすぎません。練習戦を監督する導師の判断を、みだりに疑うべきではありません」
「私は、導師を疑っているのではありません」
私は歯を食いしばり、できる限り声を落ち着かせた。
「ただ、戦いが始まる前には一度も教えられなかった規則によって、どうして私が勝ったあとになって、その勝利が敗北へと変えられるのか。それがわからないのです」
見物人たちの間から、小さな囁き声が広がった。
しかしイシスは、その声を意に介さなかった。
「事前に知っていたかどうかにかかわらず、規則に反する行為が行われたことに変わりはありません」
イシス導師は言った。
「学院の運営を担当するクレメンティ教授に来ていただき、最終的な裁定を仰ぎます」
その名を聞いた途端、私はその場で動けなくなった。
クレメンティ教授。
その名前を耳にしただけで、あの悪夢のような記憶が、再び脳裏へ浮かび上がった。
イシス導師は右手を上げ、こめかみの辺りへ添えると、低い声で短い呪文を唱えた。
どうやら、何らかの伝達魔法を使い、クレメンティ教授へ練習場まで来るよう要請したらしい。
私には理解できなかった。
これは、初級学徒と中級学徒の間で行われた、ただの練習戦ではなかったのか。
なぜ、これほど大ごとにする必要があるのだろう。
学院の責任者の一人にまで、わざわざ来てもらうほどのことなのか。
それから間もなく、以前、一度だけ見たことのある人物が、慌ただしくこちらへ近づいてきた。
クレメンティ教授は、ほとんど足を動かしていないように見えた。
身体が地面すれすれを滑っているかのように、練習場を高速で進んできたのだ。
私が使ったものより、遥かに高度な魔力移動技術なのだろう。
私は足元の光の魔力を一瞬だけ爆発させ、前方への推進力を得ることしかできない。
だが彼は、速度を保ったまま、進む方向まで滑らかに制御している。
いや。
今は、そのようなことを観察している場合ではない。
私はもうすぐ、大変な処罰を受けるかもしれないのだ。
クレメンティ教授が練習場へ入った途端、それまでわずかにざわついていた人々は、一斉に口を閉ざした。
イシス導師も、見物に来ていた学徒たちも、皆が高い地位にある教授の最終裁定を待っていた。
クレメンティ教授は、私の記憶にある通り、厳しい顔をしていた。
しかし彼は、練習戦の経緯を尋ねようともしなかった。
私とグリエンの光の障壁がどのような状態にあるのかさえ確認せず、いきなり私を叱責した。
「初級学徒、ペラルド! 魔法を競う練習戦でありながら、学院で教えられた魔法ではなく、武器を用いるとは何事か!」
彼の話す速度は、次第に速くなっていった。
「初めから騎士を目指すつもりであるなら、この学院へ学びに来る必要などない! 領主レシュオン閣下のご厚意を、無駄にするべきではなかった!」
「閣下から学院へ寄せられたご依頼は、これをもって無効とする!」
「君の家では、いったいどのような教育をしているか! 魔法を競い合う場で、武器を用いて相手を攻撃するとは!」
「そのような振る舞いを見れば、本当に貴族の家に生まれた者なのかと疑わざるを得ない!」
教授の言葉は、一つ一つが重い槌となって、私の胸へ叩きつけられた。
確かに、これは練習戦だった。
そして彼らの言う通り、学徒同士が魔法を競うための戦いでもあった。
だから、鉄板を使って相手を倒したことは、魔法師として誇れる勝ち方ではなかったのかもしれない。
けれど、最後の一撃には、確かに光の魔力をまとわせていた。
ただの鉄板を振り回し、それだけで学院の中級学徒を打ち倒したわけではない。
それに、この戦いは本当に苦しいものだった。
グリエンの光の障壁を砕くために、私は考えられる限りの方法を使った。
明光術、光弾、光盾。
そして、それまで一度も成功したことのなかった魔力移動の技術まで。
私は彼の強光束に耐えた。
身を隠すもののない場所を突破した。
その末に、ようやく彼の目の前まで辿り着いたのだ。
それらのすべてが、戦いの前には誰も教えてくれなかった一つの規則によって、何の意味もなかったことにされてしまうのか。
けれど私は、その思いを口にしなかった。
もう、何を言っても聞き入れてはもらえない。
そう感じてしまったからだ。
クレメンティ教授は、イシス導師へ顔を向けた。
「君も、あの行為を目にしながら練習戦を続行させたので、相応の処分を受けてもらうぞ!」
「何をぼーっとしているか。直ちにグリエン殿の身体を調べ、教室へ連れ帰って休ませろ!」
それから教授は、グリエンの前へ歩み寄った。
驚いたことに、その声は一転して、ずっと穏やかなものへ変わった。
「学院からは後日、グリエン殿へ優秀学徒の勲章を授与いたします」
「あなたは、我が学院が誇る優秀な学徒です。今日の不慮の出来事など、どうかお気になさらぬように」
「この練習戦の成果は、当然グリエン殿に帰するべきものです」
そこまで言うと、教授は再び私へ目を向けた。
「規則に反する手段を用いた学徒のものではありません」
そしてクレメンティ教授は、ゆっくりと私の前まで歩いてきた。
反論を許さない口調で告げる。
「君の体験学習は、これをもって終了とする」
「明日から、学院へ入ることは認めない。残りの手続きについては、こちらで直接処理するので」
「今すぐ帰りなさい」
そう言い捨てると、彼は一度も振り返ることなく、練習場から出ていった。
その後を追うように、ほかの者たちも次々とその場を離れていく。
私は顔を上げ、もう一度グリエンを見た。
彼はすでに、自分の衣服を整え終えていた。
その顔からは、光の障壁を私に砕かれた時の動揺など、とうに消え去っている。
だが、勝者らしい笑みを浮かべてもいなかった。
グリエンはただ、私と目を合わせることを避けたまま、イシス導師の後ろについて練習場を去っていった。
……
私も、早くこの場所から立ち去りたかった。
体内の魔力はほとんど使い果たされ、身体はひどく疲れ切っている。
両手と肩に残る痛みも、戦いが終わってから、ますます強くなっていた。
一歩進むたび、身体がばらばらになりそうだった。
足を前へ出すことさえ、ひどくつらい。
けれど、痛みや疲労よりも、胸の中に溜まり続ける行き場のない悔しさの方が、遥かに耐え難かった。
幸い、レシュオン閣下の屋敷から執事が迎えに来ていた。
彼は練習場の門前で、私を待っていた。
私の姿を見るなり、すぐに足早に駆け寄ってくる。
「これはいったい……坊ちゃま、どうしてこれほどのお怪我を?」
私は何も答えなかった。
ただ、涙だけが頬を伝って流れ落ちた。
執事も、それ以上は尋ねなかった。
すぐに私の身体を支え、そのまま学院の外へ連れ出してくれた。
帰ろう。
もう私は、二度とここへ来たくない。




