第八十話 決して諦めない
私はあらかじめ選んでおいた開始位置まで移動し、戦闘開始の合図を待った。
少し離れすぎていたせいか、イシス導師の声はかすかにしか聞こえなかった。
「始め」
私はすぐさま、選んでおいた金属壁の後ろへ身を隠した。
この頑丈な壁を盾にして、グリエンが最初に放つ攻撃を防ぐつもりだった。
私は慎重に壁の端から顔を覗かせ、遠くの様子をうかがった。
グリエンは相変わらず同じ場所に立っており、少しも動くつもりがないように見える。
だが、実際にこの金属壁の後ろへ隠れてみて、私は自分の選択が思っていたほど良くなかったことに気づいた。
この周辺には、素早く移れる次の遮蔽物がまったくない。
最も近い遮蔽物でさえ、かなり離れた位置にあった。
金属壁そのものは頑丈だ。
けれど、いつまでもここに隠れ続けるわけにはいかない。
次にどう動くべきか迷っていた時、突然、耳元へ金属が溶けていくような甲高い音が届いた。
ジジジ――
私は顔を上げた。
一本の真っ直ぐな強光束が、金属壁の上部へ照射されていた。
眩い光を浴びた硬い金属の表面が、次第に赤く染まっていく。
そしてついには、ゆっくりと一本の切れ目が刻まれ始めた。
まさか、上から下まで、この金属壁を丸ごと切断するつもりなのか。
グリエンは、強光束をこれほど長く維持できるのか。
私は以前、オスワルドとの戦いで自分が放った強光束を思い出した。
あの時の私は、蓄積した魔力を一度に放出することしかできなかった。
光束を長時間維持するなど、とても不可能だった。
だがグリエンは、強光束を持続させられるだけではない。
その進む方向まで、正確に制御している。
それを見ただけでも、彼が強光束を操る技量は、私より遥かに上であると認めざるを得なかった。
光束が壁面を伝い、私のいる位置まで下りてきそうになる。
私は慌てて身を屈め、できるだけ身体を地面へ近づけた。
しかし、光束は壁の中央付近まで来たところで、突然止まった。
続いて反対側へ移動し、再び金属壁の上方から切断を始める。
いったい何をするつもりなのだ。
最初の切れ目は左側。
二本目は右側。
どちらも、同じ高さで止まっている。
次の瞬間、強光束が横へ薙ぎ払われ、二本の切れ目を一直線につないだ。
ガシャン!
完全に切り取られた長方形の鉄板が落下し、私の頭へまともにぶつかった。
「痛っ!」
私は両手で頭を押さえ、危うくその場へしゃがみ込みそうになった。
私がどこに隠れているのかを探っているのだろうか。
それとも、金属壁を少しずつ解体し、私を遮蔽物の外へ追い出そうとしているのか。
遠くから、何人もの笑い声が聞こえた気がした。
おのれ……
私の光の障壁は、光弾を防ぐには役立つ。
だが、頭上から直接落ちてくる鉄板には、ほとんど効果がなかった。
頭が痛い。
しかし今、何より重要なのは、ここに留まり続けてはいけないということだ。
すぐに別の遮蔽物へ移動しなければならない。
しかも移動中に攻撃されないため、できるだけ速く動く必要がある。
私は、以前スレーとハンクおじさんから教わった移動技術を思い出そうとした。
両足の下へ光の魔力を注ぎ込み、光が爆発する際に生じる反発力を利用して、短時間で身体を前方へ加速させる技だ。
しかし、この技は非常に難しい。
最大の難点は、左右の足へ注ぐ魔力を完全に均等にすることだった。
二人と訓練していた頃も、私は一度として成功できなかった。
それでも、今は試すしかない。
このままグリエンに金属壁を完全に切り崩されれば、私は彼の攻撃に無防備な姿をさらすことになる。
そうなれば、強光束が光の障壁へ正面から命中した瞬間、この練習戦は終わってしまうだろう。
私は先ほど落下した細長い鉄板へ目を向けた。
これは、まだ何かに使えるかもしれない。
少し大きすぎるが、持ち上げられないほどではない。
武器として使うこともできるかもしれなかった。
私は両手で鉄板の端をつかみ、それを身体の前へ縦に構えた。
次に目指すのは、左側の少し離れた位置にある、大型の金属製遮蔽物だ。
そこなら私の身体を完全に隠すことができる。
だが、その周囲にはほかの遮蔽物がない。
移動に失敗すれば、グリエンの視界へ完全に姿をさらすことになる。
仕方がない。
やるしかない。
私は身体を金属製の遮蔽物の方へ向け、両足の裏へゆっくりと光の魔力を注ぎ込んだ。
魔力が足元へ急速に集まっていく。
私は歯を食いしばり、一気に力を解放した。
走れ!
足元の光が、激しく炸裂した。
私の身体が、真っ直ぐ前へ飛び出す。
しかし、左右の足へ注いだ魔力は均等ではなかった。
まだ半分ほどしか進んでいないところで、私は急速に均衡を失った。
身体が激しく前へ傾く。
私は滑り込むような姿勢のまま、前方へ転びかけた。
その時、遠方から一本の強光束が真っ直ぐ飛んできた。
まずい!
体勢を立て直す時間などない。
私は痛みに耐えながら、両手両足を使い、ほとんど地面を這うようにして金属製の遮蔽物へ向かった。
その陰へ飛び込もうとした瞬間、強光束が鉄板の端をかすめ、私を覆っていた光の障壁へ命中した。
障壁が激しく震えた。
明るく安定していた障壁の光は、たった一撃で半分以上も弱まった。
私は転がるように金属製の遮蔽物の後ろへ逃げ込み、冷たい壁面へ身体を押しつけながら、大きく息をした。
あと少しだった。
あの強光束が、もう少し深く私を捉えていたら、光の障壁は完全に砕かれていたに違いない。
つまり、もう一度正面から攻撃を受けることだけは、絶対に避けなければならない。
恐ろしい……
グリエンが放つ強光束は、その一発一発が、私がオスワルドへ全力で放った一撃に匹敵していた。
しかも、それを連続して使うことができる。
中級学徒でありながら、強光束をここまで自在に扱えるとは。
彼は確かに天才なのだろう。
それでも、戦いはまだ始まったばかりだ。
このまま諦めるわけにはいかない。
彼が私の光の障壁を完全に破壊するまでは、私は絶対に自分から敗北を認めない。
私は掌へ一発の光弾を凝縮した。
まず、この程度の威力の攻撃が、彼の光の障壁をどれだけ削れるのかを確かめる。
それがわからなければ、どれほど強力な攻撃を放てば、本当に彼の防御を突破できるのか判断できない。
私は遮蔽物の陰から素早く片手だけを出し、光弾を撃った。
残念ながら、その一発は外れた。
グリエンが片手を上げる。
また強光束を放つつもりらしい。
私はすぐに、遮蔽物の反対側へ移った。
次の瞬間、光束が先ほど私のいた位置を薙ぎ払ったが、私には当たらなかった。
彼が強光束を維持している間に、私はもう一発の光弾を用意した。
いくらお前でも、二本の強光束を同時には撃てないだろう。
私は勢いよく身を乗り出し、グリエンへ光弾を放った。
今度の一撃は、彼の光の障壁へ確実に命中した。
身体を覆う光がわずかに揺れ、先ほどより少し弱くなったように見える。
よし。
この程度の攻撃でも、彼の光の障壁を削ることはできる。
ただし、光弾や強光束を一、二発当てるだけでは、光の障壁を完全に破壊することは難しそうだ。
何度も命中させる方法を考えなければならない。
ところが、次にどう動くべきか考えていた、その時だった。
一本の光束が、突然、金属製の遮蔽物の脇をかすめて遠方へ伸びた。
私は目を見開いた。
グリエンのもう片方の手からも、なお別の強光束が放たれ続けている。
両手から同時に、強光束を放っているのか。
私はようやく、彼がなぜあれほど傲慢でいられるのかを理解した。
魔力量も、光束の威力も、初級学徒の中では優秀な方である私を、遥かに上回っている。
ほんの一瞬だけ、私はもう戦いを続けたくないとさえ思った。
だが、すぐに脳裏へ浮かんだ。
かつてこの男が、故意に私を導師棟へ向かわせたこと。
あの時に受けた屈辱と、厳しい叱責。
私はただちに、逃げたいという考えを打ち消した。
この傲慢な男に教えなければならない。
悪いことをすれば、必ずその報いを受けるのだと。
ようやく、グリエンの攻撃が止まった。
私は再び顔を覗かせ、彼の周囲を確認した。
ここから真っ直ぐ向かおうとすれば、右側の水路を越える時間がない。
一方、左側には多くの遮蔽物があるものの、赤い光を放つ魔法陣がいくつも配置されていた。
もしあれが本当に罠であるなら、グリエンへ攻撃する前に、私自身が倒されてしまうかもしれない。
それはあまりにも格好が悪い。
そうなると、残されているのは正面から突破する道だけだ。
正面には遮蔽物もなく、目に見える罠もない。
私は、できるだけ彼へ近づかなければならない。
少なくとも、彼の前方にある遮蔽物の付近まで進む必要がある。
そこまで距離を縮めれば、光の魔力を用いた加速で一気に彼の目の前へ飛び込み、この鉄板で攻撃できるかもしれない。
先ほどの光弾が彼の光の障壁へ命中した時、私ははっきりと確認した。
彼の光の障壁は、強度だけなら私のものを大きく上回ってはいない。
ならば、この鉄板を叩きつける攻撃でも、防御を揺るがすことはできるはずだ。
問題は、どうやって彼へ近づくのか。
明光術で視界を妨害しよう。
光球を彼の眼前へ投げ込み、強い光で一時的に視界を覆えば、その隙に飛び出すことができる。
少し時間はかかるが、レオン導師に教わった技術を使えばよい。
光の魔力を糸のように細く伸ばし、明光術の光球の外側へ幾重にも巻きつける。
さらに光球を圧縮し、できるだけ小さくする。
そうすれば、グリエンの攻撃に撃ち落とされる可能性が低くなり、投げることも、制御することも容易になる。
さらに、自分の魔力と光球とのつながりを保ち続ければ、飛んでいる最中に軌道を変えることもできるのではないだろうか。
突然行われることになったこの練習戦では、実戦で初めて試すことばかりだった。
私の心臓が、次第に速く打ち始める。
もちろん、ひどく緊張していた。
目の前に立つのは、私が全力を尽くしても勝てるとは限らない相手なのだ。
オスワルドとは、まるで違う。
けれど、だからこそ私は初めて、これほど鮮明に感じていた。
ただ戦うことそのものから生まれる、純粋な喜びを。




