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第四十八話 パンテオン・ヴァーディクト

 時空結界から衆神が姿を現した、その刹那――パーリセウスと虹神・アルボルシューは再び連携し、ソロムネスを完全に押し潰した。


 自らの魔力が潮のように引いていくのを、二人はすでに痛いほど感じ取っていた。それでもなお、創造の剣と幻想の剣が織り成す剣光は鋭さを失わない。ひとたび振るわれるごとに、その斬撃は銀河が裂けるかのように正確かつ苛烈で、ソロムネスを一歩、また一歩と後退へ追い込んでいく。近接戦技においても、魔力の押し合いにおいても、塵世最強の二人は依然として揺るがぬ優位を保っていた。


 ソロムネスが毀滅の力をもって強引に包囲を破ろうとするたび、氷と岩の封鎖、光の鎖による拘束、幻の力による侵蝕――十二元素の完璧な連携が即座にその空隙を埋め、彼を再びその場へ叩き戻す。そして次の瞬間には、パーリセウスの双剣がその身を断ち切っていた。


 最も純粋にして強大な元素の力に、パーリセウス自身の創造の力が重なれば、ソロムネスを打ち倒すこと自体は可能だった。


 だが、ただ倒すだけでは終わらない。


 なぜなら、ソロムネスの滅世の瞳は、存在の根源からの再生を可能にする力を彼へ与えていたからだ。逆世の主神がなお存続する限り、その蘇生は際限なく続く。




 パーリセウスは何度もソロムネスへ封印法陣を重ねた。本来ならば相手を完全に閉じ込めるはずの術式が、完成の寸前で、まるで最初からそうであったかのように静かに効力を失っていく。


 ――いや、違う。


 創世帝の創造の瞳が、鋭く収縮した。


 イレーンナによって展開された逆世空間がすでにこの宇宙へ侵入している今、彼はついに真相を見抜いた。ソロムネスは、自らの力で封印を破っているのではない。封印が彼を完全に鎮圧しようとする、その瞬間ごとに、さらに高位の毀滅権能が介入し、ソロムネスのいた空間そのものを丸ごと“奪い去っていた”のだ。


 そんなことが可能な存在は、一人しかいない。


 逆世の主神・イレーンナ。


 パーリセウスは猛然と顔を上げ、はるか彼方に立つ黒衣の少女主神を見据えた。


 その時、ソロムネスの笑い声が宇宙を満たした。


 それは、追い詰められた末の狂笑ではなかった。むしろ、長らく待ち望んでいた終着点を、ついにその目で見た者の笑いだった。


「ようやく理解したか、パーリセウス」


 その身はなお幾重もの封印に絡め取られ、胸と腹には双剣が刻んだ焦げ痕が残っている。にもかかわらず、その声にも、その笑みにも、狂乱はない。ただひたすらに純粋で、邪悪に満ちた愉悦だけだった。


「だが――もう遅い」


 そう言い終えると同時に、ソロムネスはゆっくりと両腕を広げた。毀滅の剣を手放し、自ら回避することさえ放棄する。その姿は、まるで自分自身の滅びすら歓迎しているようだった。


 彼の視線は、眼前の創世帝を越え、その先にいる逆世の主神・イレーンナだけを真っ直ぐに見ていた。


「主神よ――」


 それは懇願ではない。宣言だった。


「我を受け取れ」


「我が持つすべてを、逆世最後の衝突へと変えよ! 二つの宇宙を、真に一つへと融合させよ!」




 刹那、ソロムネスの内に満ちていた毀滅の力が爆発的に膨張した。


 彼の体内にあったすべての毀滅の力、すべての意志、すべての逆世へと繋がる根源。それらがこの瞬間、一斉に沸騰した。漆黒の鎧の隙間から、絶対の闇としか言いようのない毀滅の力が狂ったように溢れ出し、翻る黒霧と裂けるような暗光となって、周囲を包む逆世空間へ吸い込まれていく。


 遠方で、塵世守護神たちに幾重にも囲まれていたイレーンナが、ゆっくりと顔を上げた。


 その双眸に燃える紫炎の滅世の瞳が、この瞬間、極限まで輝きを増す。


 そして、ソロムネスの内部から毀滅の力が次々と引き抜かれていくにつれ、彼を縛っていたあらゆる封印術は完全に意味を失った。


 次の瞬間、ソロムネスの姿は、幾重にも裂けた黒い空間の中で崩壊を始める。


 下から上へ、層を剥がされるように。


 まず鎧が砕け散り、その下から灰色に沈んだ肌が露わになる。続いて血肉、骨格、そしてその骨の内奥に潜む魔脈までもが、まるで逆世空間へ溶け落ちるかのように消えていく。


 やがて彼の全身は、丸ごと毀滅の力そのものへと変わった。


 それでも彼は叫ばない。ためらわない。むしろ、ようやく使命を果たした者のように、その身をほどきながらも宇宙へ不気味な笑い声を響かせ続けた。


 ついに頭部だけとなったソロムネスの兜も、そこで砕けた。白髪が爆ぜるように広がり、その顔を覆い隠す。だが、その隙間からなお、あの狂妄な笑みははっきりと見えた。


 やがて、体内の毀滅本源が完全に引き抜かれた時、仮面のような鎧までもが力そのものへ変じ、逆世空間の通路を経て、イレーンナに余さず呑み込まれた。


 ソロムネス――逆世において最も狂妄なる悪魔王は、こうして完全にパーリセウスの視界から消え去った。


 そして、ソロムネスのすべてを吸収したその瞬間、イレーンナの背後に開いていた逆世裂隙は、同時に凄まじい勢いで拡張を始めた。


 逆世宇宙そのものが、自らの一部を塵世へ押し込もうとしていたのである。


 腐臭を帯びた空間乱流が裂隙の彼方から吹きつける。歪んだ星空、翻る黒霧、塵世とはまったく異質な宇宙構造――それらがイレーンナの背後で次々と広がっていく。


 それはもはや、一個の存在が術を放っているという次元ではなかった。


 別の、完全な宇宙そのものが、この世界へ真正面から衝突してきている。そう言うほかなかった。




 その刹那、宇宙が震えた。


 銀河は目に見えぬ巨手にねじ曲げられ、空間境界は無音の悲鳴を上げる。天地の方向感覚さえ、その衝撃によって狂い始めた。この場にいる者が神と帝王でなければ、宇宙同士が押し合うその圧迫感だけで、どんな生命も即座に崩壊していただろう。


 その瞬間、塵世の守護神たちもまた、一斉に攻撃を放った。


 フルガの剣影。卍グラスの長兵。セウロの巨刃。プルドリセの神の腕。ベンヌオの精霊。ヘルガティラの長鞭と法杖――


 無数の神罰と裁決が、完全に同時にイレーンナへ叩き込まれる。


 まさしく、衆神の(パンテオン・)裁決(ヴァーディクト)だった。





 だが、その攻撃がイレーンナの眼前に展開された逆世宇宙へ触れた、その瞬間――異変が起きた。


 剣影は霧散し、武器は腐食し、神の腕には亀裂が走り、精霊はその生命を奪われる。


 塵世守護神の力は、イレーンナの周囲の空間に触れたその瞬間、より高位で、より濁りきり、より暴力的な法則によって、その定義そのものを書き換えられていたのだ。


 トリヤ・スペースとガリシュ・タイムは、ほとんど同時に双腕を掲げ、他の守護神たちを瞬時に自分たちの後方へ転移させた。


 少年と少女の二神に、余分な詠唱も、ためらいもない。


「空の審判」


「時の審判」


 二筋の黄金光が、再び二柱の体内から同時に放たれた。





 だが今度のそれは、もはや単なる裁決ではなかった。塵世が最後に自らを守るための、文字通り最後の審判だった。


 時空双審判は、宇宙そのものを裂かんとする勢いをまとい、イレーンナの前方へ押し寄せる逆世宇宙へ真正面から激突する。


 轟――!!


 塵世の時空の光と、逆世の毀滅宇宙は、この瞬間、互いを呑み、裂き、否定し合った。


 天地は震え、銀河は均衡を失い、星々は砕けたガラス玉のように宇宙へ四散し、信じ難い速度で飛び散りながら滅びていく。恒星は次々と爆発し、この世界の光はさらに削がれていく。星系を跨いで広がる各大領域でさえ、もはや崩壊の淵にあった。巨大な帝国など、この宇宙そのものの生死を賭けた局面の前では、あまりに小さく、あまりに滑稽だった。


 だが、この最終戦場において、パーリセウスと虹神は、トリヤ・スペースの加護によって空間震動の影響を受けず、宇宙の中に泰然と立ち続けていた。


 そして、彼らと残る七柱の守護神が見守る中、時空双神の審判はなお解き放たれ続ける。だが、削がれた力の影響は明らかだった。その進行はあまりにも遅く、ついに完全な膠着へ陥る。


 イレーンナは、逆世のあらゆる生物の力をその身へ融合した。もはや、この一撃はトリヤ・スペースとガリシュ・タイムの二柱だけで押し切れるものではない。


 しかも塵世は、すでに崩壊を始めている。


 このまま拮抗が続けば、先に押し潰されるのは逆世ではない。定則を失った塵世のほうだった。


 残された勝ち筋は一つしかない。衆神が、残るすべての権能を賭け、この一度の勝利をもぎ取ることだった。


 それを悟った瞬間、パーリセウスと虹神は、自らトリヤ・スペースから授かった力の恩賜を返還した。


 パーリセウスの瞳から紅い輝きが消える。創世の瞳は、もはやそこに存在しない。創造の剣もまた彼の手を離れ、トリヤ・スペースの傍らへ現れていた。


 虹神も、合体前の人数へと分かれていく。その顔には、元素神たちでさえ隠し切れぬ疲労が浮かんでいた。




 確かに、彼らの力は守護神には及ばない。だが、決して取るに足らぬものではない。


 そして二人に続くように、他の守護神たちも一斉に祈りの姿勢を取った。各々に残された最後の権能を、トリヤ・スペースとガリシュ・タイムへ注ぎ込んでいく。


 その力を受けた時空双神の審判は、これまでになかった輝度と圧力を帯びた。


 神聖にしてまばゆい黄金光が、侵入してきた逆世宇宙と、イレーンナの吐き出す膨大な毀滅の力を、文字通り正面から呑み込んでいく。


 一点一点を削り取り、さらに時間神の加速がそれを後押しする。


 銀河を覆っていた逆世の黒霧は消し去られ、歪んでいた星空は黄金の光によって浄化されていく。そして、あの小さな身体でありながら逆世全体の衝突意志を背負っていたイレーンナの身も、ついには時空双審判の中へ完全に呑み込まれた。


 押し寄せていた逆世宇宙そのものもまた、衆神と双審判の合力によって、強引に押し返されていく。


 黒衣の少女は、燦然たる黄金の中でその黒を剥ぎ落とされていった。まるで泥にまみれていた身体がようやく洗い清められたかのように、下からは蒼白い肌が露わになる。だが、その肌もまた、やがて透けるように薄れ、完全に消えていった。


 逆世の主神・イレーンナは――滅ぼされた。


 そして主神が消えた後、空間裂隙の向こう側で、そこにいたすべての者が目にしたもの。それは、吐き気を催す逆世空間そのものが瞬時に粉々へ砕け、砕けた鏡の破片のように、雪のような欠片となって世界の彼方へ散っていく光景だった。


 ほんの一瞬、誰もが思った。


 これで、この最悪の災厄はついに食い止められたのだと。


 パーリセウスもまた、幻想の剣と他の武装を収め、その身体を元の大きさへ戻していた。




 だが、次の瞬間――


 真の異変は、そこから始まった。


 深く傷ついた宇宙は、決して平穏を取り戻さなかった。


 むしろ、イレーンナの消滅とともに、塵世そのものがさらに大規模な崩壊を始める。空間はまだ即座に砕けてはいない。だが、星体は無秩序に漂い始め、まるで行き先を失った渡り鳥のようだった。


 守護神の神力は、完全に枯渇したわけではない。だが、もはや本来の定義に従おうとしない。


 塵世の秩序を支える定則は、イレーンナの消滅によって回復したのではなかった。むしろ、アレサが敗れたあの瞬間に、定則はすでに完全に引き裂かれていたのである。


 そして、その反作用を最初に受けたのは、トリヤ・スペースだった。


 神聖にして美しいその少女の、あれほど明るく輝いていた双眸の創造の瞳が、初めて不安定に震えた。次の瞬間、その光は失われる。まるで視力そのものを奪われたかのように。


 もともと白く輝いていた肌も、今や神聖な光を失い、ただの少女の肌と変わらぬものになっていた。


 いつもは軽やかで、ほとんど重ささえ感じさせなかったその身体が、突然、最も根本的な何かを失ったかのように揺らぐ。


 少女はかすかに身体をよろめかせた。


 そして次の瞬間、重さを失った一枚の白い羽根のように、ゆっくりと後ろへ倒れていった。


「トリヤ――!」


 パーリセウスの顔色が一変する。彼は一気に加速し、空間主神のもとへ飛んだ。


 衆神の短く、ほとんど息も詰まるような沈黙の中で、空間の主神はそのまま倒れ、冷たく巨大な宇宙の只中に、静かに漂っていた。

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