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第四十六話 神戦

 時間の流れが極端に引き延ばされたその空間結界の中で、先に狂気じみた攻勢へ転じたのは、逆世守護神の側だった。


 真っ先に仕掛けたのは、アロデロスである。


 彼は十本の腕を同時に振るい、正義の神・フルガ、戦争の神・卍グラス、贖罪の神・ケンデルーの三柱を一体で迎え撃った。むき出しの灰白色の肌には、瞳と同じ色をした猩紅の神の権能がまとわりついている。それはもはや単なる魔力ではない。神であるがゆえに備わった、支配そのものの力だった。ゆえにこそ、同格の神三柱を同時に相手取ってなお、アロデロスはその傲然たる力と、並ぶものなき武技を極限まで振るうことができた。


 正義の神・フルガは、本来であれば【剣心・剣影】によって無限にも等しい連斬を積み重ね、相手を完全に斬り砕くことができる。だがアロデロスは、まるでその斬撃の軌道を最初から見切っているかのように、手にした異なる武器を使い分け、ことごとくその連撃の拍子を外し、止めてしまう。


 共闘する戦争の神・卍グラスの四本の長兵器が、次々とアロデロスの肉体へ突き刺さり、あるいは叩き込まれても、それだけではなお、彼の攻防の流れを本当の意味で乱すには至らない。


 その間にも、贖罪の神・ケンデルーは巨大な法杖を振るい、神力によって編まれた黄金の鎖を何重にもアロデロスの肉体へ絡みつかせ、強引にその動きを封じようとしていた。だが、その鎖は猩紅の権能へ触れた瞬間、激しく相殺し合い、ついに彼を完全に拘束し切ることができない。




 アロデロスは巨斧を横薙ぎに振るい、その直後には巨大な剣を正面から振り下ろした。卍グラスは身をひるがえしてその一撃を躱す。同時に、左右の手に握った長槍と長柄戦斧を、アロデロスの頸の横へ向けて突き込んだ。


 だが、その二撃は、彼の別の腕が構えた盾によって真正面から受け止められる。


 拮抗が生まれた、その一瞬だった。ケンデルーは機を逃さず、再び法杖を掲げ、さらに強力な拘束神術を発動しようとする。だがアロデロスの、血を煮立たせたように灼ける双眸は、まるで術の詠唱も、構築も、その完成までも見通しているかのようだった。


 彼は振り返りざま、時空の法則を覆す短杖を一閃させる。


 それだけで、ケンデルーの身体は瞬時にその場へ縫い留められた。外界との連関を断ち切る灰色の障壁が、そのまま彼の周囲を包み込む。


 ケンデルーはやむなく、もう一方の手に握った短剣【噬罪(シンデヴァウアー)赦免(アブソリューション)(ソード)】を遠隔で一振りした。すると、神罰のように降りかかっていた灰色の障壁は、その場で粉砕される。


 だが、なお残る拘束から完全に抜け出すより早く、アロデロスが操る数本の矢がすでに空を裂いていた。それらは容赦なくケンデルーの肉体へ突き刺さる。


 それでもアロデロスは、そこでケンデルーへの追撃を選ばなかった。


 彼は即座に身を返し、再び剣と鎌でフルガの双剣を絡め取り、押さえ込む。同時に長槍を連続で繰り出し、救援に踏み込もうとした卍グラスを後退させた。


 十本の腕が操る十種の武器は、互いに一切干渉せず、まるで本来から一つの身体に属していたかのように滑らかに連動している。三柱の塵世守護神に、ほとんど息を継ぐ隙さえ与えない。


 膠着が極まろうとしたその時、智慧の神・プルドリセが再び、ほとんど無限とも見える数の神の腕を伸ばし、アロデロスへ正面から叩きつけた。


 視界そのものを埋め尽くすようなその猛攻が迫るのを見て、フルガはただちに絡め取られていた二本の剣から手を放し、その反動で後方へ退く。卍グラスもまた、一瞬で間合いを外した。


 そしてアロデロスの、まるで石像に刻まれたままのように硬質だった赤い双眸が、この時初めて本当に動く。彼は、その視線を真正面から覆いかぶさってくる攻勢へ向けた。


 同時に、ケンデルーへ残していた抑制も自ら解除する。


 次の瞬間、アロデロスは全身を回転させ、十本の腕で十の武器を同時に振るった。吸収、斬断、拘束、断裂、爆砕、刺突――性質の異なる数種の攻撃が一斉に炸裂し、プルドリセの放つ神の腕の奔流を真正面から迎え撃つ。


 その光景は、一人で万軍へ斬り込む猛将のようでもあり、また、灯火へ飛び込む蛾のようでもあった。




 その最中、ロゼメルシュラのもう半身の分身体も動く。時間の流れが極端に遅いこの結界に閉じ込められた以上、もはやトリヤ・スペースとガリシュ・タイムへ襲いかかることはできないと悟ったのだろう。そいつは唐突に身を翻し、大口を開いた血肉のようなローブを広げ、今度はプルドリセの神の腕を呑み込むことで、アロデロスを援護し始めた。


 銀白の神輝を帯びた腕は、その巨口へ呑み込まれても、即座に完全消滅するわけではなかった。だが、確かに吸収され、やがてその怪物の一部へと取り込まれていく。わずか数秒のうちに、その分身体の体躯は急激に膨張し、セウロによって両断される前とほぼ同等の規模まで回復した。


 だが奇妙だった。


 塵世守護神も、逆世守護神も、交戦の最中、ほとんど互いに言葉を交わさない。それなのに、その連携だけは異様なほど正確だ。まるで言葉や思考による調整そのものが不要であるかのように。


 神は語り合わない。


 彼らの言葉は、凡人を導くためにのみ存在する。


 ロゼメルシュラはなおもプルドリセの神の腕を呑み込み続け、自らを膨らませ、強化していく。だが当然、塵世守護神がそれを黙って見過ごすはずもなかった。


 魂魔の神・無・ゼラルセウスと、生命の神・クイターが、即座にプルドリセの援護へ入る。


 ゼラルセウスが手を掲げると、その権能に応じて無数の半透明な魂性エネルギーが体内から射出され、幾重にもロゼメルシュラのローブへ貼りついていった。一部は、そのまま巨口の中へ呑み込まれる。


 だが、その数秒後だった。


 ロゼメルシュラの全身が、唐突に内側から激しく爆ぜた。血肉も、ローブも、神力の破片も、まとめて宇宙へ吹き飛び、残されたのは宇宙を漂う残骸の断片のみとなる。


 その直後、クイターが法杖を振るう。生命の神の権能が、散らばった残骸から生命活性と再生の可能性そのものを剥奪した。結果、それらの断片はもはや蠢くことも、再び増殖することも許されず、宇宙の闇に浮かぶ屑となる。


 だが、その瞬間だった。


 もともとセウロと交戦していたロゼメルシュラのもう半身が、突如として自らの分身体の残骸へ向かって飛び始める。明らかに、強引に再融合を果たすつもりだった。


 セウロが、それを許すはずがない。


 時間の流れが極端に遅いこの結界の中では、ほとんどすべての神の動きが重く鈍っていた。だが構造の神・セウロだけは、その制約を受けていないかのように連続で剣を振るう。構造の権能を宿したその刃には、ほとんど停滞がない。ロゼメルシュラの残躯は、再び徹底的に切り刻まれ、粉砕された。


 それでもなお、その邪神の肉体は、一面の赤い液体へ変じたかのように素早く蠢き、重なり、形を織り直していく。ほんの瞬く間に元の輪郭を取り戻し、飛散していた残片までも、そのまま再び体内へ吸収していった。


 クイターがすぐさま追撃し、今度はその半身そのものの生命力を奪おうとしたが、結果はわずかな再生遅延に留まる。先ほどの断片のように、真に“殺し切る”ことはできなかった。


 何という、残虐で、過剰な生命力なのか。


 ほんの一欠片でも残っている限り、あれは決して滅びないかのようだった。しかもその身から漏れ出す鮮紅の邪悪な生命力は、まるで石像のように暴れ狂うアロデロスの肉体すら、なお支え続けているように見える。




 セウロたち塵世守護神が、さらにロゼメルシュラを追撃しようとした、その時には、別方向の戦場もすでに極限まで熱を帯びていた。


 幻想の神・ベンヌオと、平和の神・ヘルガティラが、鹿首の魔樹じみた逆世守護神の生長を全力で押し留めていたのである。


 その怪物は無数の根と触手をこの結界へ突き立てながら、内部に満ちる魔力とエネルギーを狂ったように吸収し、自身の体躯を膨らませ、延ばし続けていた。さらに厄介なのは、その触手が他の逆世守護神へ触れた瞬間、生命と力を送り込むかのように相手の消耗を急速に回復させることだった。一方で、力を送った触手自身はみるみる萎れ、まるで養分を根こそぎ搾り取られたかのように枯れていく。


 もしこの邪神を先に止められなければ、この結界の中での消耗戦は際限なく引き延ばされる。


 ベンヌオは、水晶で鋳造されたかのような翼を大きく広げた。すると、その翼の間から無数の小さな青い精霊が幻のように湧き出してくる。


 小さいとはいえ、その一体一体は小惑星に匹敵するほどの大きさを持っていた。精霊たち自身は、まるで夢そのもののように実体の障害を受けず、触手をすり抜けて飛ぶ。だが、彼らが握る三叉戟だけは実体を持ち、すり抜けた後で触手を実際に断ち斬っていく。


 対してヘルガティラは、片手に黒い長鞭を握る。鞭先が触手へ触れた瞬間、その内部に蓄えられていた力は爆発し、そのまま粉砕される。もう一方の手に握った巨大な宝石杖は、静かでありながら強靭な神輝を絶えず放ち、その爆発そのものをも抹消していった。まるで「力と力がぶつかった」という結果そのものを、彼女が否定しているかのように。


 その力は処刑のように苛烈でありながら、直後には音もなく静けさを取り戻す。激烈でありながら、どこか不可思議な慈悲を帯びてもいた。そうした矛盾を内包した強大な神性こそが、ゼプロスの攻勢を根本から押し止め、自由な成長を完全に阻んでいた。




 その頃、この結界の外では、パーリセウスがソロムネスと再び近接戦を繰り広げていた。


 だが先ほどとは明らかに違う。今のソロムネスの身には、毀滅の力が明らかに補充され、さらに強化されている。たとえパーリセウスが創造の剣と幻想の剣の二振りを同時に握っていても、ソロムネスはもはや、その攻勢を正面から安定して捌けるようになっていた。


 しかも戦闘が長引くにつれ、パーリセウスは、自らの瞳へ与えられていた時空の神威が確実に衰えていくのを感じていた。今では、その神より下された力は辛うじてソロムネスを抑え込む助けになるだけで、先ほどまでのように、滅びの瞳を封じながら無尽蔵に近い魔力供給まで与えてくれるものではなくなっていた。


 トリヤ・スペースも、ガリシュ・タイムも、それを理解している。


 あの遅滞時空の中での戦いは、いずれ残る塵世守護神が押し切るだろう。だが、この戦争そのものの勝敗を決める核心は、いまこの瞬間に逆世主神・イレーンナを討てるかどうかにあった。


 あれこそが最も直接的な侵略本体であり、災厄そのものの中核だからだ。


 そして今、逆世主神・イレーンナは、逆世宇宙裂隙の持続展開をすでに止めていた。数え切れぬ悪魔たちを回収し、呑み尽くした後も、その身体はなお小さいままだ。だが、そこから放たれる邪悪な力は、先ほどトリヤ・スペースとガリシュ・タイムが放った時空双審判にほとんど等しい領域へ達していた。


 その様を見て、トリヤ・スペースとガリシュ・タイムは、再び同時に両腕を掲げる。


 宇宙の中に、再び塵世の究極審判が凝集し始めた。


 その瞬間、自らの掌握していた定則の権能が、逆世宇宙の侵蝕によって強引に剥ぎ取られつつあることを悟ったアレサは、ついにイレーンナの真の狙いを理解した。


 状況は切迫している。


 彼女は即座に神諭を送り、この事実をトリヤ・スペースへ伝えようとした。


 だが、その時にはもう遅い。


 イレーンナは、自ら展開した逆世空間を通じて、瞬時にアレサのすぐ傍へ転移していた。


 次の瞬間、彼女はまるで自爆するかのように、体内へ蓄え込んでいたすべての邪悪な力を、一息に解き放った。


 異変に気づいたトリヤ・スペースとガリシュ・タイムは、即座に時空双審判の向きを強引に反転させ、その自壊にも等しい一撃へ向けて撃ち込む。


 しかし――すべては、もう遅かった。


 宇宙の大爆発にすら等しいその混沌の中で、聖母アレサの気配はほとんど感じ取れなくなっていた。


 逆に、時空審判によって包囲され、押し潰され、呑み込まれているはずの毀滅の力の中心からは、イレーンナの絶対的な破滅の力だけが、まるで胎動のように、不気味に脈打ちながら伝わってくる。


 そしてアレサの権能が砕けたことにより、塵世を支えていた“定則”そのものも、崩落を始めていた。

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