↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
102/103

第百一話 魔物の巣へ

 スレーは地図を大きく広げ、私たちの目の前の地面に敷いた。


 そこには、ヴィスカルロ城周辺の山脈や河川、村や町、そしていくつかの主要な街道が詳しく描かれていた。それだけでなく、淡く光る印によって特別に示された場所もいくつかある。それらは、現在までに確認されている魔物の巣だった。


 私は身をかがめ、地図をじっくりと眺めた。


 この地図は屋敷にあるものよりもずっと詳しく、山の標高まで記されている。そして、これから私たちが進む方角には、それほど大きくない山が一つあった。山の麓には道が二手に分かれる場所があり、そのうちの一方を進めば、とある村にたどり着くことができる。


 ちょうどその山を挟んだ反対側、もう一方の分かれ道の近くに、魔物の巣が一つ記されていた。


「ここはどうだ?」


 ハンクは地図に記された、村とは反対側にある魔物の巣を指差した。


「これから通る道にも近いし、わざわざ遠回りする必要もない。戦闘が終わったら、村で補給することもできる」


 スレーは頷いた。


「私も同じことを考えていた。地図の印から判断する限り、それほど強力な魔物はいないはずだ。坊ちゃまにとっては、初めての実戦にちょうどいい場所だろう」


 初めての実戦?


 私は思わず顔を上げた。


 つまり、これからは誰かと戦闘訓練をするのではなく、本当に魔物を討伐しに行くということか!


 スレーと目が合うと、彼はかすかに笑みを浮かべた。


 私は胸を躍らせながら、再び地図に目を落とした。


 これまでに何百回、何千回と魔法の練習を重ね、魔法の中級学徒と激しい戦いを繰り広げたこともある。けれど、自分の手で魔物を討伐した経験は、まだ一度もなかった。


 これが私にとって初めての本当の実戦だ。私は拳をぎゅっと握りしめ、この戦いで必ず二人の騎士に実力を認めてもらおうと心に決めた。


 こうして私たちは、昼食後に少し休憩を取ると、再び荷物を整えて街道を進み始めた。


 道そのものはよく整備されていたものの、やはり山道だけあって起伏が激しく、周囲には鬱蒼とした森が広がっている。あとどれほど歩けばいいのかもわからなくなってきた頃、ようやく前方に分かれ道が現れ、私はほっと息をついた。


 道の片側には木製の道標が立っており、近くの村の名前が記されている。そして反対側には、山の斜面に沿って上へと続く細い道があった。


 私たちはその坂道を進み、地図に印がつけられていた山の麓へとやって来た。


 この辺りは、それまでと比べて明らかに木々がまばらだった。地面には砕けた石がいくつも散らばり、岩肌の隙間には、時折かすかな金色の筋が浮かんでいる。


 以前、本で読んだ記述によれば、あれは長い年月にわたって光の魔力の影響を受けたことで生じた痕跡のはずだ。


 光の領域に暮らす者にとって、こうした光景は決して珍しいものではない。


 何しろ、この星に存在する岩石や植物、さらには人間や動物に至るまで、多かれ少なかれ光の魔力の影響を受けているのだから。天穹から降り注ぐ清らかな光の魔力は、この大地を、この星を照らし、私たちに光の加護を与えてくれている。


 斜面をさらに登っていくと、ほどなくして一つの洞窟が見つかった。入口の周囲には雑草が生い茂り、縁の岩肌には、比較的新しく剥がれ落ちたような跡も残っている。


 洞口は三人が横に並んでも通れるほどの広さがあった。ハンクは入口まで歩み寄ると、中を覗き込んだ。


「どうやら、ここで間違いなさそうだな」


 一方、スレーはその場にしゃがみ込み、付近の地面を調べ始めた。


「中にいる生き物が外へ出て活動した痕跡があるな。それも、この様子だと相当な数がいそうだ」


 私もつられて地面を覗き込んだ。


 確かに、そこには何かが残した乱雑な痕跡があった。けれど、それがどんな魔物のものなのかも、いったい何匹ほどが出入りしていたのかも、私にはさっぱりわからなかった。


 ハンクがこちらへ振り返った。


「坊ちゃま、中へ入る前に、まず今回の決まりを説明しておこう」


 彼が右手を掲げると、その掌から淡い金色の光がゆっくりと溢れ出し、私の身体の周囲に集まり始めた。やがて、身体から拳一つほど離れたところに楕円形の光の輪郭が浮かび上がり、私を取り囲むように形を成していく。


 さらに魔力が注ぎ込まれるにつれ、最初はほとんど透明だった光の障壁が次第に厚みを増し、ついには私の全身をすっぽりと覆った。


「これは坊ちゃまのために用意した、特別な光の障壁だ」


 ハンクが指先で軽く叩くと、障壁の表面に小さな波紋が広がった。


「有効な攻撃を一度受けるたびに、障壁の魔力が少しずつ消耗していく。強光束なら、おおよそ十六発分は耐えられるだろう。だが、この障壁が消えた時点で、今回の訓練は失敗とする」


 十六回か。それなら、ずいぶん余裕がありそうだ。


 何しろ、さっきの剣術訓練では、ハンクを相手にしていたとはいえ、数秒おきに攻撃を受けていたわけではないのだから。


「ただし、坊ちゃま。障壁があるからといって、好きなだけ攻撃を受けていいとは思わないでくれよ」


 どうやら、ハンクには私の考えが見透かされていたらしい。


「安全は我々が確保する。だが、今日の訓練で学んでもらいたいのは、いかに攻撃を受けずに戦うか、ということだ」


 スレーも言葉を添えた。


「私たちは基本的に後ろから様子を見て、必要に応じて支援する。魔物の相手は坊ちゃま自身に任せるつもりだ。ただし、坊ちゃまの手に負えない危険が生じた場合は、もちろん我々が手を貸そう」


 少し意外ではあったけれど、二人が決めた訓練内容なのだから、私も従うしかない。


 私は頷いた。


「わかりました」


 準備を整えた私は、先頭に立って洞窟へ足を踏み入れた。




 洞窟の中は、想像していた以上に薄暗かった。


 奥へ進めば進むほど、外から差し込む光は弱まっていく。やがて辺りはぼんやりとした闇に包まれ、不安を誘う水滴の音だけが、洞窟の中に絶え間なく響くようになった。


 私は左手を掲げ、掌に小さな光球を生み出した。柔らかな金色の光が広がり、たちまち前方を照らし出す。


 周囲を見渡すと、湿った岩壁には細かな凹凸が無数にあり、頭上からは長さの異なる鍾乳石が垂れ下がっていた。


 足元も決して平坦ではない。乾いた場所もあれば、浅い水溜まりができている場所もある。私は歩調を緩め、足場の悪そうなところを慎重に避けながら進んだ。


 その時、暗闇の奥から、かすかな物音が聞こえてきた。


 キィ……。


 キィキィ……。


 何の音だろう?


 私は反射的に顔を上げ、明光術の光球を頭上へと持ち上げた。


 すると、洞窟の天井には、数え切れないほどの黒い影がびっしりと逆さにぶら下がっていた!


 あれは何だ? 蝙蝠なのか?


 詳しく確かめる間もなく、その影が突然動き出した。


 キィキィキィ――!!


 耳をつんざくような甲高い鳴き声が、瞬く間に洞窟全体を満たした。


 薄い膜状の翼を持つ魔物たちが、いったい何匹いるのかわからないほどの大群となって、一斉に天井から飛び降りてきたのだ!


 私は慌てて剣を構えた。


 しかし、目の前はすでに何が何だかわからない状態になっていた。


 黒い翼が四方八方から、まるで空を覆い尽くすかのように押し寄せてくる。


 頭上すれすれを飛び抜けるものもいれば、真っすぐ胸元へ体当たりしてくるものもいる。さらには背後へ回り込み、肩や首筋を狙って飛びかかってくるものまでいた。


 数え切れないほどの蝙蝠が、同時に私を襲っている!


 私はすっかり混乱してしまった。


 いったい、どれを攻撃すればいいんだ?


 怖い……!


 蝙蝠たちの顔はあまりにも凶悪で、まるでずっと前から待ち構えていて、一刻も早く私を食い尽くしたくてたまらないとでもいうようだった。


 ドン! ドン! ドン!


 光の障壁が何度も打ちつけられる音が、耳元で鳴り続ける。早くここから逃げ出したいのに、どうしても足が前に出ない。身体全体が固まってしまったかのように、まるで言うことを聞いてくれなかった。


「ああ、これはいけないな。このままだと障壁がすぐに壊れてしまう」


 スレーは額に手を当てると、ハンクの方へ振り返った。


「どうやら、突然の襲撃ですっかり戦意を失ってしまったようだ。ハンク、少し助けてやってくれ」


 私が剣さえ握っていられなくなりそうになった、その時だった。


 背後から金色の光の幕が一気に広がり、私と蝙蝠の群れを完全に隔てた。


 黒い魔物たちは次々と光の幕に衝突し、鈍い音を立てる。


 続いて、スレーが一歩前へ踏み出した。


「明光術・四散!」


 彼の掌から眩い光が弾け、周囲の洞窟を一瞬にして照らし出した。


 蝙蝠の群れはたちまち、先ほどよりもさらに甲高い悲鳴を上げ、我先にと洞窟の奥へ逃げ去っていった。


 ようやく辺りに静けさが戻った。


 私は呆然とその場に立ち尽くしていた。


 一匹の蝙蝠さえ倒せなかったどころか、反撃しようとすることすら諦めてしまったのだ。


 さっきはハンクを相手に、どうにか一度だけ勝つことができたというのに。今度は、それほど強そうにも見えない蝙蝠たちを前にして、最も基本的な防御さえできなかった。


 ハンクが私のそばへ歩いてきた。


「坊ちゃま、残念だが、今回は失敗だ」


 私は俯いた。


「ごめんなさい……怖くて、何もできませんでした」


「初めての実戦なのだから、恐怖を感じるのも無理はない。だが、戦士は決して戦いを放棄してはならない。恐怖に屈して、反撃する意志まで失ってはいけないんだ」


 ハンクの声が、これほど厳しく聞こえたことは今までになかった。


 私は黙ったまま、剣の柄を強く握りしめた。


 彼の言う通りだ。もし父上だったら、きっと今の私の姿にひどく失望されただろう。


 あの蝙蝠たちが一斉に飛びかかってきた時、頭の中が真っ白になり、恐怖にすべてを支配されてしまった。


 あいつらは、私と何かの訓練をしているわけでも、採点のために戦っているわけでもない。ましてや、私の髪が黒いから襲ってきたわけでもない。


 ただ純粋に、私を殺し、食べようとしているのだ。


 今は二人の騎士に守られている。それでも、さっきの光景を思い出すだけで、まだ両脚がかすかに震えてしまう。


「坊ちゃま」


 ハンクは少し腰を落とし、私と目線を近づけた。


「恐怖というのは、手綱を失った暴れ馬のようなものだ。恐怖には強い力がある。普段よりも感覚を鋭くしてくれることもあれば、危険な状況で思いもよらない力を引き出してくれることもある」


「だが、好き勝手に走らせてしまえば、今度は自分が引きずり回され、恐怖に囚われてしまう」


 彼は手を伸ばし、私の肩を軽く叩いた。


「だからこそ、そいつを乗りこなせるようにならなければならない。手綱をしっかりと握り、主人になるんだ。決して、恐怖の召使いになってはいけない。そうして初めて、その馬は坊ちゃまをもっと遠くまで連れていってくれる」


 私はゆっくりと息を吸い込んだ。


 ハンクは私を励ましてくれているのだ。


 怖がること自体が悪いわけではない。


 問題なのは、私が自分の身体を動かす力まで、すべて恐怖に明け渡してしまったことだった。


 ハンクは立ち上がった。


「もう一度、機会をあげよう」


 それとともに、光の障壁が再び私の身体を包み込んだ。


「今度こそ、これまで何年も積み重ねてきた練習の成果を、存分に発揮してくれ」


 私は頷いた。


 もう迷ってはいられない。しっかりしなければ。


 だって、これから先には、もっと恐ろしい敵が待っているはずなのだから。


 そして私は、再び洞窟の奥へと足を進めた。




 スレーが放った強い光の届く範囲を抜け、まだそれほど歩かないうちに、あの聞き覚えのある甲高い鳴き声が再び響き始めた。


 キィ――!


 黒い影の大群が、またしてもこちらへ押し寄せてきた。


 両手はまだ少し震えていた。それでも私は素早く魔力を練り上げ、左手を掲げた。


 光弾。


 小さな金色の光球が、一瞬にして掌から放たれた。


 パシッ!


 正面にいた一匹の蝙蝠に命中した。


 蝙蝠は空中でびくりと身体を震わせ、バランスを失って地面へ落ちた。


 二発目、三発目、四発目、五発目……。


 次から次へと、光弾が私の掌から飛び出していく。


 よく考えてみれば、こうした小さな標的を狙う練習は、以前にも何度となく繰り返してきた。


 光弾の命中率を上げるために、動いているものに当てる訓練さえ何度も行っていたのだ。


 ところが、これほど密集した敵を相手にすると、細かく狙いを定める必要すらなかった。素早く魔力を凝縮して撃ち出すだけで、次々と命中する。


 しかも、蝙蝠たちは飛ぶ速度が速く、攻撃にもかなりの勢いがあるものの、光弾を一発まともに受けるだけで、たちまち動けなくなってしまうのだ。


 しかし、さらに魔法を放とうとした時には、すでに数十匹もの蝙蝠が目の前まで迫っていた。


 近すぎる!


 今から光弾を撃っても間に合わない。


 それに、この数では、光弾や強光束を使ったところで、一度にすべてを片づけることはできそうになかった。


 私は慌てて後退し、比較的狭い通路まで下がった。両側の岩壁を利用して包囲される方向を減らしながら、武器を片手剣に切り替えて迎え撃つ。


 光の魔力をまとった剣先が目の前を薙ぎ払い、正面から飛びかかってきた数匹の蝙蝠がたちまち斬り落とされた。


 だが、何しろ数が多すぎる。


 一匹を撃ち落としたかと思えば、すぐに後ろから別の蝙蝠が襲いかかってくる。岩壁すれすれを飛び、横から剣先をかわして回り込もうとするものまでいた。


 私は足運びを調整しながら、何度も剣を振る方向を変えなければならなかった。


 特に、すでに光の障壁に取りついて何度も攻撃している蝙蝠は、優先して倒さなければならない。


 そうしないと、また障壁の魔力を削られて、訓練失敗になってしまう。それだけは困る!


 けれど、何匹か続けて倒しているうちに、どうやら先ほどほど怖くなくなっていることに気がついた。


 あの恐怖は、本当に頭の隅へ追いやられてしまったようだった。


 代わりに湧き上がってきたのは、興奮……?


 いや、胸が高鳴るような、そんな感覚だった。


 全身の血が頭へ昇っていくような気がする。剣を振るうたびに、あの恐ろしい顔をした魔物たちが斬り裂かれ、地面へ落ちていく。その光景を目にするほど、私はかえって目の前の本当の戦いに集中できるようになっていった。




 私は足運びと剣の向きを絶えず調整し、近づいてくる蝙蝠を一匹ずつ倒し、あるいは弾き飛ばしていった。


 そして少しずつ、奴らの攻撃に対応するためのリズムも掴めてきた気がした。


 遠くにいる奴には、光弾。


 近づきすぎて魔法が間に合わない奴には、剣だ!


 そこへ、二匹の蝙蝠が同時に飛びかかってきた。


 私は左へ一歩ずれて片方の飛行経路を避けると、片手剣を持ち上げ、もう一匹を迎え撃った。


 剣先がその身体を斬り裂き、黒く汚らしい血が岩肌に飛び散る。


 同時に左手を掲げ、指先から光弾を一発放った。ちょうど方向を変えようとしていたもう一匹の蝙蝠に命中する。


 そいつの翼がびくりと硬直し、そのまま空中から落下した。


 ほんのわずかな間に、周囲にはすでに何匹もの蝙蝠の死骸が散らばっていた。


 残っている蝙蝠はまだ相当な数だったが、どうやらようやく、目の前の獲物が簡単には仕留められない相手だと気づいたらしい。


 甲高い鳴き声を上げながら、次々と身を翻し、再び洞窟の奥へ飛び去っていった。


 私は前方の闇を警戒したまま、全身の筋肉も神経も張り詰めさせ、剣を握る手の力も緩めなかった。


 やがて、あの鳴き声が次第に遠ざかり、洞窟に再び静寂が戻ったところで、ようやくゆっくりと剣を下ろした。


「ふぅ……」


 何とか終わった。


 私は自分の身体の周囲を見回した。


 幸い、光の障壁はまだ明るい輝きを保っている。これなら、あと何度か攻撃を受けても耐えられそうだ。


 その時、後ろからハンクが歩いてきた。


「今度はずっとよかったぞ、坊ちゃま」


 彼は私の手にある片手剣を見て、満足そうに頷いた。


「それに、いつもの両手剣を使い続けず、軽くて扱いやすい片手剣に切り替えたのもいい判断だった。さっきのような狭い通路では、両手剣は十分に振るえないし、素早く飛び回る蝙蝠にも当てにくい。それに比べて、片手剣なら攻撃する方向を変えやすい。相手に応じて、より適した武器を自分で選ぶことも、戦いの一つなんだ」


 私は頷いた。


 けれど、認めてもらえた嬉しさよりも、心の中にはまだ戦いの余韻が強く残っていた。


 ただ、今ではまだ完全には消え去っていない緊張のほかに、もう一つ、別のことを考えるようになっていた。


 次は、いったいどんな敵が現れるのだろう?


 私はもう、次の戦いを迎える準備ができていた。


 そして私の手も、ようやくあの暴れ馬の手綱を握りしめることができたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。