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第百話 剣光交錯

 ハンクに傷を治してもらった。


 左腕にはまだわずかな痛みが残っていたものの、私たちはすでにもう一度構え直し、二戦目を始めようとしていた。


 今までにも、ハンクの力には何度となく驚かされてきた。


 けれど、改めて剣を交えてみると、やはりおかしい。


 彼は片手でしか剣を握っていない。


 それなのに、剣同士が触れる位置や、手首のわずかな動きだけで、何度でも私の剣を押さえ込んでくる。


 さっきと同じように、ただ両手の力だけで正面から受け止めようとしても。


 結果は、おそらく何も変わらない。


 私は左足を一歩前へ出した。


 剣の向きを調整し、剣先を常にハンクの胸元より少し下へ向ける。


 今度は、左右の手の間隔も広めに取った。


 左手は柄頭に近い位置。


 右手は鍔のすぐそば。


 こうしておけば、たとえまた剣を押さえ込まれても、両手を使って剣身の角度を素早く変えやすい。


 朝の林は、とても静かだった。


 周囲にはほとんど音がない。


 自分の呼吸さえ、はっきりと聞こえるほどだった。


 その静けさの中。


 ハンクの前足が、ほんの半歩だけ滑るように前へ出た。


 ほとんど同時に。


 剣先が、こちらへ伸びてきた。


 牽制するような、軽い突き。


 私は先ほどのように、すぐ反撃しようとはしなかった。


 手首を返し、自分の剣身を横から彼の刃へ触れさせる。


 そのまま距離を調整しながら、突きを外へ流した。


 すぐに二撃目。


 私はもう一度、剣先を逸らす。


 けれど。


 三撃目、四撃目。


 間を置かず、次々と突きが飛んできた。


 私はそれを防ぎながら、少しずつ後退するしかなかった。


 その途中。


 踵が、不意に何かへ触れた。


 石?それとも、木の幹?


 まずい。


 何にせよ、もう、これ以上は素直に下がれない。


 そう気づいた、ほとんど同時だった。


 それまで何度も軽く突きを繰り返していたハンクの剣先が、不意に外へ大きく揺れた。


 そして次の瞬間。


 私の右側から、鋭い横薙ぎが迫ってきた。


 さっきまでの牽制とは、まるで違う。


 本当に当てるつもりの一撃だ。


 ――最初から、これを待っていたのか。


 私が、もう後ろへ逃げられなくなる瞬間を。


 私は慌てて右足を横へ半歩ずらした。


 同時に両腕へ力を込め、剣身を斜めにして、ハンクの斬撃へ合わせる。


 二本の剣が激しくぶつかった。


 私は剣の角度を使って、どうにかハンクの刃を少しだけ外へ流した。


 その剣先は光の障壁の端を掠め、そのまま通り過ぎていく。


 まともには当たらなかった。


 けれど、まだ終わっていない。


 ハンク自身が、そのままこちらへ圧力をかけながら踏み込んできた。


 私は両手で柄を強く握り、彼の剣を受け止める。


 しかし、ハンクの前足はすでに、私の長剣が最も振り直しにくい距離まで入り込んでいた。


 近すぎる。


 これでは、まともに剣を振り切れない。


 私は両手剣、ハンクは片手剣。


 それなのに力ですら、まるで負けていなかった。


 短い膠着のあと。


 突然、剣へかかっていた圧力が消えた。


 え――?


 ハンクの刃が、私の剣身へ沿うように滑った。


 そのまま空中で小さな弧を描く。


 そして今度は。


 先ほどとは、まったく反対の方向から斬り込んできた。


 速い!


 私は慌てて右手を下げた。


 鍔に近い剣身の根元で、ハンクの刃を受ける。


 剣先に近い部分よりも、こちらの方がずっと制御しやすい。


 柄に近い位置を使って、この一撃を強引に押さえ込むつもりだった。


 けれど間に合わなかった。


 ガンッ――!


 ハンクの刃が、私の右側に展開されていた光の障壁へ叩きつけられた。


 半透明の光が大きく散る。


 そのまま剣身ごと押し込まれ、衝撃が脇腹へ響いた。


 防護衣を着ているにもかかわらず。


 重い衝撃は骨の奥まで伝わり、鈍い痛みが走った。


 私はよろめきながら、数歩後ろへ下がった。


 間違いない。


 この一戦も。


 私の負けだった。




 私はその場へ腰を下ろした。


 光の魔力をもう一度、自分の体内へ巡らせる。


 そして、先ほど衝撃を受けた脇腹へ、できるだけ集中させてみた。


 もちろん。


 私はまだ、本当の意味での治癒魔法を使えない。


 けれど以前。


 リリロット夫人の出産を手伝った時。


 私は長い間、自分の光の魔力を夫人の体内へ送り続けた。


 あの経験のおかげで。


 魔力を乱暴に押し込むのではなく。


 必要な場所へ、できるだけ細く、ゆっくりと流し込む感覚くらいは、少しわかるようになっていた。


 とはいえ、今の私にできるのは、せいぜい痛みを少し和らげる程度だ。


 結局、最後にはハンクがこちらへ歩いてきて、治癒魔法で傷をきちんと処置してくれた。


 こういうところを見ると。


 やはり、王剣騎士というのは本当にすごい。


 攻撃魔法を専門的に研究する黄金魔法師たちとは違い。


 騎士には、覚えなければならないことがあまりにも多い。


 剣術、光の障壁、攻撃魔法。


 それどころか、ある程度の治癒魔法まで。


 少なくともスレーとハンクの二人は、本当に何でも少しずつできる。


 レシュオン閣下のところから戻ってきて以来。


 私は、二人に一度もまともに勝てていない気がする。


 たとえ訓練であっても、だ。


 さすがは帝国の精鋭、隙がなさすぎる。


 しばらく休憩したあと。


 私たちは、もう一度立ち上がった。


 今度は周囲の地形を、もっと利用してみよう。


 せめて一度くらい、本当にハンクへ剣を届かせたい。


 私は構えを変えた。


 両手剣を肩へ担ぎ。


 いつでも上から斬り下ろせる姿勢を取る。


 一方。


 ハンクは、二本の木の間に立っていた。


 その位置を見た瞬間。


 私はすぐに警戒した。


 どちら側から攻めても。


 彼は木の幹を使って、簡単に身を隠せる。


 しかも先ほど。


 木を利用し、反対側から不意に攻撃してくるやり方まで、すでに見せられている。


 なら今度はこちらから、地形の利を奪えばいい。


 私は一歩前へ出た。


 同時に両手剣を右側から、大きく横へ薙ぐ。


 ただしこの一撃には、最初から全力を込めていなかった。


 わざと大きく振り。


 ハンクを反対側へ追い込むための一撃だ。


 そしてハンクは、予想通りに動いた。


 右から左へ迫る横薙ぎを見て。


 前足の向きを外へ変える。


 身体を右側の木の幹へぴたりと寄せるように滑らせ、そのまま私の剣をやり過ごした。


 剣先が、先ほどまで彼のいた場所を通り過ぎる。


 ハンクの身体は木の陰へ消え。


 代わりに反対側から、剣先だけがわずかに覗いた。


 けれど今回は、私もすぐに動いた。


 木の反対側へ回り込む。


 太い幹が、ちょうど私たち二人の間に入った。


 私の身体は、ハンクよりずっと小さい。


 完全に幹の後ろへ隠れてしまえば。


 少なくとも、正面から直接攻撃することはできないはずだ。


 木そのものを斬り倒さない限りは――


 そう思った。


 その瞬間。


 右側から、妙な音がした。


 バキッ――!


 木の皮が割れた。


 え?


 私は慌てて左へ飛び退いた。


 ほとんど同時に剣先が、木の幹を突き破って飛び出してきた。


 ハンクの剣だ。


 木には強引に裂かれた亀裂が走り、その隙間を通して、彼の刃がついさっきまで私のいた場所へ突き出されていた。


 危なかった……!


 もし反応が少しでも遅れていたら。


 今度は右腕まで傷つけられていたかもしれない。


 私はすぐに剣を返し、突き出されたハンクの刃を横から打ち払った。


 その隙に私たちは再び距離を取った。


 ハンクも、二本の木の間からゆっくり姿を現す。


 私は、すぐには攻めなかった。


 剣をもう一度、肩へ担ぐ。


 どうやら単純に木を盾にして、突きを防ごうとしても意味はないらしい。


 ハンクの剣は木を貫いて、その向こうにいる私まで攻撃できる。


 周囲の木々は必ずしも、私にとって有利なものではない。


 甘かった。


 木を壁代わりにすれば、攻撃を防げると思っていたなんて。


 ハンクは再び身体を斜めへ向けた。


 右足を前、左足を後ろ。


 剣先が、私の前で小さく揺れている。


 その姿を見ればわかる。


 彼は私が攻めてくるのを待っている。


 でもこちらから先に飛び込めば、また隙を狙われるかもしれない。


 かといって、ずっと待っていれば、こちらがさらに受け身になるだけだ。


 攻めても駄目、下がっても駄目。


 ならどうすればいい?


 私は、ハンクの足元をじっと見つめた。


 どうせどんな動きをしても、彼には読まれる。


 だったら、読ませる動きそのものを、間違わせればいい。


 ここまで何度か剣を交えて。


 一つ気づいたことがあった。


 ハンクが攻撃を始める時、最初に変わるのは、剣ではない、身体の重心だ。


 前足は、ほんの少ししか動かない。


 けれどその直後に後ろ足が地面を押し、身体全体を前へ送り出す。


 剣は、それに乗るようにして、自然に突き出されているだけだった。


 私は左足を一歩前へ出した。


 右足は後ろへ残す。


 そして先ほどのハンクと同じように、身体を少し斜めへ向けた。


 これなら。


 見た目だけなら、私の重心は、ほとんど左足へ乗っているように見えるはずだ。


 この構えから最も自然なのはそのまま左足をさらに踏み込み、両手剣で、ハンクの右側を狙う動き。


 ハンクの剣が前へ、軽く伸びた。


 また牽制の突きか。


 私は後ろへ下がる。


 けれど今回は引いた左足を、そのまま戻さなかった。


 すぐに足を入れ替え。


 右足を前へ踏み出す。


 右足が地面へ着いた瞬間。


 つま先を、わずかに外へ向けた。


 それに合わせて身体が左へずれ。


 ハンクの剣先が進む直線から、ちょうど外れる。


 そしてその一瞬で。


 私の重心は、後退から前進へ切り替わった。


 肩へ担いでいた両手剣を、一気に振り下ろす。


 左手で柄頭を強く引き下げ。


 右手で柄を操り、剣身の向きを調整する。


 けれど私が狙っていたのは。


 最初から、ハンク本人ではなかった、彼の剣だ。


 私の刃が上から下へ。


 ハンクの剣身、その前寄りの中ほどへ叩きつけられた。


 ガンッ――!


 金属同士が激しくぶつかる音が、静かな林の中へ響き渡った。


 前へ伸びようとしていたハンクの剣が。


 斜め上からの衝撃によって、強引に下へ押さえ込まれる。


 同時に私は右手の角度を素早く変えた。


 下へ斬り落としていた剣身を、そのままわずかに捻る。


 私の剣は、まだハンクの武器へ触れたまま。


 けれど、剣先だけが持ち上がり。


 その先端がちょうど、ハンクの喉元へ向いた。


 私たちは同時に動きを止めた。


 一秒。


 二秒。


 ハンクは、自分の剣が押さえ込まれているのを見た。


 それから自分の首元へ向けられた私の剣先を見る。


 そして笑った。


「おめでとう、坊ちゃま。今の一戦は――坊ちゃまの勝ちだ」




「……」


 勝った?


 その言葉を聞いて。


 私はようやく、ずっと止めていた息を吐き出した。


「はぁ……はぁ……」


 戦っている間は、まったく気づかなかった。


 けれど、力を抜いた瞬間。


 緊張と疲労が、一気に押し寄せてきた。


 どうやら私は、かなり長い間、息まで止めていたらしい。


 ハンクは私の肩を軽く叩いた。


 それから近くまで連れていき、座らせる。


「まずは少し休もう。その後は、剣術の訓練に光魔法も加える」


「まだ続けるんですか?」


「もちろん」


 ハンクは笑った。


「今の一戦は坊ちゃまの勝ちだった。だが、それで今日の訓練が短くなるわけじゃないぞ」


 どうやらスレーが戻ってくるまではこの訓練も、まだまだ終わりそうになかった。


 その後も。


 私はハンクと、何度戦ったのかわからないほど剣を交え続けた。


 地面にも、木の幹にも、刃が掠めた痕跡が、いくつも残った。


 靴の表面も、いつの間にか泥だらけになっている。


 そして太陽が少しずつ高く昇り、空気も暑くなり始めた頃。


 私たちはようやく、汗だくになって訓練を終えた。


 昼食の時間だった。


 この午前中本当の意味でハンクに勝ったと言えるのは。


 結局、先ほどの、あの一度だけだった。


 多少偶然もあったのだと思うけれど。


 あの動きだけは確かに、その場で私が自分で思いついた方法だった。


 あの一撃が成功した理由。


 それは。


 最初に一度、後ろへ下がったことだった。


 ハンクに私が足を入れ替える瞬間の隙を狙えたと思わせる。


 そしてその直後に、進む方向を変えたほんの半歩。


 でも。


 その半歩で、身体は彼の剣先が進む直線から外れた。


 同時に自分の剣を、彼の武器の斜め上から押さえ込める位置へ運ぶこともできた。


 ハンクは昼食を開きながら言った。


「坊ちゃま。さっきの動きは、なかなか良かった」


 私はすぐに彼の方を見る。


「剣術と魔法には、少し違うところがある。剣を速く、それでいて強く振りたいなら、足運びがとても大切だ」


 ハンクは自分の足元を軽く示した。


「手に持った剣がどう動くかは、実のところ――先に足が決めていることも多い」


 私は頷いた。


 その言葉を、しっかりと覚えておく。


 ちょうど私たちが昼食を食べ始めた頃。


 遠くから。


 天馬が地面へ降り立つ音が聞こえてきた。


 ほどなくして。


 スレーが林の向こうから戻ってきた。


 ハンクはすぐに片手を上げた。


 私も真似をして、スレーへ手を振った。


「戻ったぞ!」


 スレーが声を上げる。


 ハンクがあらかじめ張っておいた警戒結界を通り抜け、野営地へ戻ってきた。


 彼の手には、大きな袋が一つ。


 さらに肩には。


 紐で束ねられた大きな巻物まで担いでいる。


 ハンクがそれを見た。


「何だ、それ?」


 スレーは荷物を地面へ置いた。


 そして、肩に担いでいた巻物を解き、その場へ広げる。


 かなり大きな地図だった。


「これは、現在までに確認されているヴィスカルロ城周辺の魔物の巣の一部だ」


 スレーは手を伸ばし、地図上のいくつかの場所を順番に指した。


「この中に何か所か、坊ちゃまの次の訓練場所にちょうど良さそうなところがある」


 私は地図の上にびっしりと並ぶ印を見つめたまま、しばらく何も言えなかった。


 どうやら……


 もっと厳しい訓練が。


 この先で待っているらしい。

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