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明らかな双月の下、遥かなる地へ  作者: 蝦夷縞りす
玖・秋良と『過去』
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伍・砂塵の瑠璃 前



 村人をことごとく惨殺し、雀蓮(じゃくれん)にも深手を負わせ。

 秋良をも手にかけようとした。

 その事実を、幼い自分は受け止めることができず。事実を曲げて記憶していたというのか――。


 雀蓮と再会した時の涙は、自責と謝罪の念もあったのだろう。


「あの無月(むげつ)という男が、兄……」


 秋良を見て気づかないのは、自分が変わったからか……あの村の惨劇があった時点で、兄が兄ではなくなったのか。

 いずれにせよ。妖魔六将側にいる以上、無月が倒すべき敵であるということに変わりはない。


「そうだ」


 運び屋の秋良は感情のない声で淡々と告げる。


「それを知ったことで、心身共に深手を負ったと……薄れる意識の中で先生が言っているのが聞こえた」

「そして眠りの中あたしは……何も起こらなかった、その先を過ごしていたのか」

「そう願ったんだろう? あれさえなければ、自分には違う未来があったはずだ……と」

「そんな、そんな気持ちなんて……」


 村娘の秋良は、震える手を拳に握り固めた。

 火影(ほかげ)にいる間も、その後も。

 これまで、幾度となく握りつぶしてきたはずなのだ。

 運び屋の秋良は苛立ちを声に吐き出す。


「消しきれていなかった『弱さ』が、『甘さ』がお前だ。運び屋(俺)で覆い隠していたのは、強くあるためじゃなかったのか」

「それは……」

「お前がここに引きこもり、ぬくぬくと暮らすほど、お前が締める割合が大きくなりやがった。その間俺は、ずっとこの闇の中だ」


 蔑むような嘲るような表情で、運び屋の秋良が怒りをぶつける。


「知る? 目覚める? この事実を知ったお前が、そんなにふくれあがった弱さを抱えて戦えるのかよ」


 それを目の当たりにし、胸に鈍い痛みが差す。

 他人を拒絶し、怒りで武装し、辛辣な棘で守り固める。

 自分はこれほどまでに、恐れていたのだ。弱さというものが、誰よりも自分自身に露呈することを。


「あ、あたし、は……」


 声が震えた。

 兄であるあの男と。圧倒的力量差のある妖魔六将と、戦う……?

 唇を噛み震えを殺して、声を絞りだす。


「なぜ、戦うんだ」

「そんなもの。金と生きるために決まってる」

「そう、あたしが戦っていたのは、剣を振るっていたのは、生きるためだったはずだ」


 なぜ、敵いもしない相手と戦う必要がある。

 兄だと知らぬ状況でなら、なおのこと。


「生きるための最善を得るなら、戦いを回避するはず。それをしなかったのは、なにか理由があるんじゃないのか」

「理由だと……」


 初めて、運び屋の秋良の瞳に戸惑いが揺れた。


「避けられぬ戦い、という状況じゃなかった。あの時、無月と戦うことを自ら選んだ事は覚えている。でもそれはなぜだ?」


 記憶として思い出した、意識を失う前の状況。それを手繰りながら、村娘の秋良が続ける。


「まだ、思い出せていないものがあるんだ……なにか」


 風翔国(かぜかけるくに)であの死闘を繰り広げる前。

 陽昇国(ひいづるくに)を出てからの記憶が、抜け落ちている。


「違う、もっと前だ……陽昇国に渡って……」


 たまたま乗り合わせた商人の砂船が、盗賊に襲われた。

 切り伏せたそれが賞金首だと知らされ、賞金引換所を訪ねたのだった。

 引換所である地下酒場の主、吉満(よしみち)から勧められ運び屋の仕事を始めたのだ。


「そう、沙里に住み始めて……一年が過ぎた頃」

「沙流(さる)砂漠で見つけたものがあった……?」


 砂漠に吹く、砂埃が混じった風の匂い。

 気づけば辺りを包む闇は、橙色の淡い光に変わっていた。砂煙に霞む、砂漠の夕暮れだ。


「そうだ、岩と砂溜りの境に!」


 運び屋の秋良は、砂を蹴り駆け寄る。

 後を追った村娘の秋良は、岩と砂の間に輝くものを見た。


 透き通った深い瑠璃色の石だ。

 天然ままの形を磨いた、なだらかな隆起のある表面。

 石の周囲を銀製の細い帯が二本、対の螺旋を描く形で包み込んでいる。

 運び屋の秋良が手を伸ばし掴み取る。掌に銀枠の瑠璃石のみ残して、砂が流れ落ちていく。


「石、だけ……?」


 違う。石は、腕輪の一部だったはずだ。掴み上げた時に、石だけを残して壊れた。


「腕輪を身につけていた。誰かが……」

「いた。いたはずなんだ。そのあと、石だけが手元に残った」

「そうだ……大切にしているこの石を、取りに来るだろうと」


 言いかけて、はっと運び屋の秋良が口を紡ぐ。

 それはあってはならないことだったからだ。

 わずかな隙も作らぬよう、極力人との関わりを断ってきた自分が。

 誰かに期待するなどと。


 村娘の秋良は、次第に思い起こされる記憶を辿る。


「結局、取りに来なくてこちらから渡しに行ったんだ」


 向かった場所は暁城(あかつきのしろ)。珠織人(たまおりびと)の居城だ。


「そうだった。それこそ村娘のなりをしてまでな」


 運び屋の秋良が手中の瑠璃石を放り投げた。石は豪奢な寝台の上に転がる。

 いつの間にか、周囲は暁城内の石壁に囲まれた広い室内に変わっていた。

 あの時も、そうして怒りに任せて投げつけたんだった。

 だが、肝心の相手が思い出せない。運び屋の秋良が声を荒らげる。


「あいつ、なにかにつけてこちらの気に障ることばかりしてた割に。さっと思い出せないのすら癪にさわりやがる」


 その時。

 かすかに声が聞こえた気がした。


「この声……」

「ああ、こいつだ」


 ふたりの秋良が認識すると、声はより明瞭になっていく。


〝秋良ちゃん……毎日こうして話しかけてるけど、聞こえてるのかな?〟


 毎日……村で過ごしている間、夢で呼ばれているような気がしたのはそのためだったのか。


〝えっとね、もうそろそろ出発しなくちゃいけなくって……〟


 ああ、そうだろう。

 元々先を急ぐ旅だった。供のあいつが、ここでの足止めを許さないはずだ。


〝あ、でもね。少しの間秋良ちゃんを待とうって最初に言ったのは、翠(みどり)くんからなんだよ〟


 想定外の事実に驚く。

 それだけはありえないと思っていた。


〝冴空(さすけ)くんも秋良ちゃんのこと待ってたいけど……目覚めない時は、私たちと一緒に来てくれるって〟


 聞くごとに、記憶が蘇ってくる。

 冴空……任せた通り、無事にこいつを翠の元に送り届けたのか。


〝本当は目が覚めた秋良ちゃんに、ちゃんと伝えたかったんだけど……〟


 どこからともなく響く声に、かすかな緊張が含まれる。


〝行く前に伝えておきたいから、今言うね?〟



【砂船】沙流砂漠での荷物運搬や人の移動に使用される。小さい物は人が、大きい物は駱駝が牽く。


【吉満】沙里の商人で酒屋をしている。既出の親族に琥珀の宿屋で息子の広満、潮の配達商人で吉満の兄、磯満がいるが、実は各地の商人組合に親族がいる。外見的遺伝子が強く、ほぼ似通った顔体型をしている。


【瑠璃石】はるかが『とても大切なもの』とだけ記憶している石。銀細工に革紐を通して首から提げている。魔竜士団編の良夜による追憶で、彼が栞菫に贈るつもりだった腕輪の一部と判明している。



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