東京 2008年 ②
新しいマンションに引っ越してすぐに、大阪の英会話学校で同僚だった田口さんが泊まりにきた。
ここもう何年もの間、年賀状のやりとりぐらいしか交流がなかったのだが、東京マラソンの抽選に当たったので泊めてほしい、との電話が突然かかってきたのだ。
健全な家庭で肯定されて育つとこんなふうに成長するのだろうか、と眞子は以前から、田口さんが自信たっぷりに自分の要求や意見をはきはきと口にする姿に目をみはることがあった。
迷惑ではないか、と考える癖のある自分には絶対に真似できないが、このように久しぶりに連絡をしてきて泊めてくれなどと言える彼女をすごいと思うし、マラソンに出るついでであれ、訪ねてくれるのは眞子もうれしかった。
お客さんが泊まりにくることを葵も喜び、健一も
「あれ、田口さん来るのいつだっけ?」
といつものことながら同じ質問をくり返し、田口さんが来るのを家族みんなで楽しみに待った。
やってきた田口さんは、部屋の隅々―――クローゼットの中まで勝手に開けて見学し、
「うわあっ」
「は~~」
と感心した様子で
「すごいですね!健一さん」
と眞子に言った。
「眞子先生なんにもしてないのに、健一さん一人で働いてこんな素敵な部屋買って」と。
そのような言われ方をしたことにびっくりしている眞子に向かって田口さんは更に、翌朝は早いのでマラソン会場へ持っていくおにぎりを作ってほしい、とたのんできた。
コンビニで買ってくれ。
田口さんが帰った日の夜、テレビでフィギュアスケートのエキシビジョンを見ていた眞子は、「ポル・ウナ・カベーサ」の旋律に、はっとした。
クラッセン何年目だったろう。
今となってはもう記憶が曖昧な部分も多いが、あれは音楽科の生徒の演奏を舞踏科の生徒が聴き比べ、踊りたいものを選び、複数のダンサーが希望する演奏には、コンペのような形で振り付けた踊りを披露し、その踊りが音楽をもっともよく表現しているとの評価を受けたペアが舞台で踊れる、という課題だった。たぶん。
「ポル・ウナ・カベーサ」の演奏はちゃらいイタリア人、名前はなんだったかもう忘れ…
アルテロだ!
そう、アルテロのバイオリンで始まり、龍がピアノ伴奏をした。
アルテロのことがなんとなく苦手だった眞子は、ふだんからさりげなくノエルの影に隠れてなるべく話しかけられないよう努めていたが、彼のバイオリンにはいつも心を揺さぶられた。
アルテロと龍の演奏のあいだ眞子は、タンゴを奏でるなめらかなすべらかなアルテロのバイオリンに酔いしれながら、鍵盤の上を軽やかに舞う龍の指に見惚れていた。
これがいい、
これにしよう、
とはしゃぐ眞子にノエルは、
そうだね、
と言葉少なに同意した。
アルテロと龍の演奏を第一希望にあげたペアは同学年の12組中4組もいた。
眞子とノエルはクラスで習ったバリーダやボレオやガンチョなどアルゼンチンタンゴのステップをバレエに組み込み、やさしく誘うようなやわらかいステップから、次第に音を細かく刻んでいき、お互いを挑発するような力強いステップを踏んだ。
どれだけ激しく回っても、ノエルが一緒なら方向を見失わなかった。
4組中最後にプレゼンをした眞子とノエルはその日一番大きな拍手を受け、アルテロと龍の奏でるタンゴで踊れることが決まった。
喜ぶ眞子を見て、それまで少し不機嫌にも見えたノエルが笑ってくれた。
眞子も笑っていた。
うれしかった。
幸せだった。
あのときの自分はどこへいったのだろう。
ノエルはどこにいるのだろう?
ドスン!と突然、マンション上階から響いてきた衝撃音に反応して、想いにふけっていた眞子の心臓が跳ねた。
ここ最近、些細な音にも体が敏感に反応してしまう。
このマンションに入居後すぐに、上下両隣の住人に挨拶をした際、上階の住人(奥さんも子供たちも不在だったため、松崎しげるぐらい色黒の旦那とだけ話したのだが)が、
「うちは男の子ばかり3人もいるので!」
と言うのを聞いて悪い予感がした通り、朝早くから夜遅くまで生活音が響いてくる。
上階の住人が、新築マンションに入居したばかりでまたすぐによそへ引っ越してくれるとは考えにくいが、なんらかの理由、仕事を首になってローンを払える見込みがなくなったとか、いやそれは気の毒だから、急な転勤(それも栄転!)が決まったとか、なんでもいいから引っ越してくれないだろうか。
松崎しげる一家が引っ越して、かわりに物静かで活動量の少ない老夫婦でも入居してくれないだろうか。
気づけば、そんな都合のいいことを夢想していることがある。
自分でコントロールできないことを考えてもしかたがないとわかっていても、夢想せずにはいられない。
ふとした瞬間、心や思考の隙間で、同じ言葉を唱えている。
ノエルにあいたい、と。
不安なとき、苦しいとき、孤独なとき、心の中で彼の名前を呼ぶのが癖みたいになっている。
こんなことをしても意味がないとわかっていても、唱えてしまうおまじないみたいに。




