東京 2008年 ①
翌年にはゆりバレエスクールの発表会で《グラン・パ・クラシック》を踊った。
クラッセンのオーディションや洗礼ライブ(正式には「洗礼~」ではなく別の名称だったはずだが思い出せない)でこれを踊った自分が別人のように遠く感じられ、ついでに言えば、片足を上げたままポアントに乗ったり下りたりをくり返すパでは、辛いのを通り越して足の感覚が麻痺していくような危機感をおぼえた。
きつい。
パ・ド・ドゥを勧められたがソロだけにした。
趣味のバレエで男性パートナーと踊ることがいかにたいそうで、そして金がかかることなのか、昨今になって改めて思い知った。
つい最近、健一と眞子は珍しく気持ちよく意見が、ほんの一瞬だが一致して、マンションの購入を決めたばかりなのだ。
そのマンションを見つけたのは偶然だった。
ある土曜の夕方、鶏手羽を黒酢で煮ていた眞子は、
「あれ? このマンション、この近くじゃない? 見て見て」
と、テレビを見ていた健一に呼ばれ、面倒だなと思いながらも画面を覗いた。
その情報番組では様々な理由でお買い得価格だという物件を紹介していて、その中の一つが社宅からそう遠くない場所にある物件らしかった。
引っ越してきて2年たっても未だに土地勘のあやしい眞子には、そのマンションがどの辺にあるのかぴんとこなかったが、健一は
「すぐそこ」
だと言う。
「すぐそこってどのぐらい?」と聞くと、
「20分ぐらいでしょ」と返ってくる。
徒歩で20分だか車で20分だかは不明なままキッチンに戻り、葵に料理を運んだりご飯をよそったりするのを手伝わせた。
ふだん葵と二人で食べる時はテレビを消しているが、健一が熱心に見ているのでテレビをつけたまま、料理が冷めないうちにテーブルを囲んだ。
「すぐそこ」に建つのは来年完成のファミリー向け大型マンションで、600世帯余りで管理費や維持費を負担するため、中庭にできる子供の遊び場やゲスト用宿泊施設やパーティールームなど共用施設も充実しており、大手ゼネコン会社が長年資材置き場として使っていた土地を利用して自社のマンションを建てることにしたため、割安な販売価格が実現したという触れ込みだった。
「へ~え明日ちょっと見にいってみる?」
と健一に訊かれた眞子はモデルルームに行く行かないよりも、夫が味噌汁だけでなくおかずもご飯も勢いよく口の中へ吸い込む音の不快さに気をとられたまま、曖昧にうなずいた。
しかし翌日、実際に足を運んでみると思いのほか、新しいマンションでの快適な生活を思い描くのは楽しかった。
それは健一も同じだった。
古いとはいえ都内23区内にあって十分広いうえ、信じられないような安さ(社宅の家賃は購入するマンションの管理費より安かった)で住める社宅に満足していたこともあり、内覧を提案したときは冷やかし半分だったのだが、モデルルームを見てしまうと、やはり新築の最新型マンションは古びた社宅よりも魅力的なのだった。
おまけに販売価格は、現金一括とまではいかないまでも余裕でローンを返済できそうな額だったため、健一の気持ちは一気に購入へと傾いた。
今住んでいる社宅から自転車(徒歩でも車でもなかった)で20分強のこの場所に引っ越すと駅は遠くなるが、幸い同区内に位置しており、葵が今通っている小学校にも通える距離なので転校の必要もない。
「ここ住むんだったら葵どのお部屋!?」
と、はしゃいだようすでキョロキョロと部屋を見まわす葵に、
「なぁんだ葵ちゃん、こういうお家に住みたいの?」
と健一が声を張り上げ、何かにつけ大声でこれ見よがしな発言をする健一を恥ずかしく感じることの多い眞子でさえ、声を立ててほがらかに笑った。
一旦帰宅して家族会議(深瀬家初の)が行われ、購入することに決めてから、しばらくは新鮮な気分で夫婦間の会話もめずらしくはずんだ。
しかし間取りやベランダの向きやどの階のどの辺りといった細かい話になると、ことごとく健一と眞子の意見は合わず、ふだんは
「へ~え」
「ふうん」
「どうぞ」
「別に」
といったスタンスの健一なのだが、ここぞとばかりにプレゼンモードで自らの考えを主張した。
眞子は社宅でもっとも悩まされていたのが上階や隣からの騒音だったため、間取りや部屋の向きがこの際どうであれ、とにかく最上階がよかったのだが、
「だってマンションなんて上に人がいなくても隣や下からだって音聞こえる可能性あるじゃない。それなのに最上階ってだけで価格が上がるんだからね」
と説かれ、更には10階以上は天井の高さが何センチだか微妙に低くなるから9階がよいのだとまで教えられた後には、なんだか反論するパワーが十分にわいてこないのだった。
なぜ肝心な時にほど自分はこうなのだろう?
結婚式を挙げる挙げないの件でもそうだったが、大事なことを決めるこのような場面で、なぜ自分はきちんと意見を述べたり主張したりできないのだろう。
「大人の話」に口出しはおろか興味さえもたないよう父親厳しくにしつけられた影響か、あるいは、まともな家庭環境で育っていないうえ教養もない自分は常識が欠落しているのではという引け目からか、それとも、単に経済力のなさからか、最終的には夫に従うしかないのだと、あきらめる癖がついてしまっている。




