東京 2001年 ③
飛行機が世界貿易センターに激突した映像が、くり返しテレビで流れている。
何度も何度も。
ニューヨークで大変なことが起こっている。
「た~いへんだぞ、これは」
と言う夫の大きな声をシャットアウトし、ニュースが伝える情報に集中するが、一番知りたい被害状況や犠牲者に関して明らかになるまでには、まだまだ時間がかかるだろう。
「そろそろ寝るか」
と夫が自分の寝室に引き上げていくタイミングで眞子はテレビを消すが、目を閉じればたった今見た光景がまぶたの裏でリフレインして、眠るどころではない。
現地では朝。
ノエルは何をしている時間だろう。
世界貿易センターにいく用事などないはずだ、と思いたい。
しかし、眞子は今のノエルの暮らしについて何も知らない。
ニューヨークにいるかさえもわからない。
無事に決まっている。
そう考えようとしても、眞子はその夜一睡もできなかった。
翌朝、会社へいく夫を見送った後、眞子は思い切って受話器を手にとった。
指が覚えている番号を押すが、あのアパートになどもう住んでいない可能性が高いと冷静な自分が判断し、受話器を置く。
いや、かけてみるだけでも、と再び電話に手を伸ばす。
でも、いざノエルの声を聞いたら、どうすればいいのだろう。
今の自分は、どうなるのだろう。
阪神大震災が起こった朝にノエルから電話をもらったとき、眞子は麻痺したように何を話していいかもわからなければ、電話を切った後には何を話したかも思い出せなかった。
今ノエルと話せたら、自分は何を言えばいいのだろう。
安否確認だけですませられるだろうか。
「ママ!おちっこ!」
2歳になったばかりの葵にはまだ早いかと思いながらもトイレトレーニングを試していた眞子は、初めて用を足す前に知らせてくれたことに驚きながら、急いでトイレにつれていく。
誇らしそうな葵を「できたね」「教えてくれてありがとう」と褒めながら、なぜだかこみあげてくる涙をこらえる。
何度受話器を握ってもニューヨークに電話をかけられないまま、月日がどんどん過ぎていった。




