東京 2002年
同じ年齢の子供をもつ社宅妻たちの間では最近、幼稚園をどこにするかという話題でもちきりだ。
○○幼稚園は薄着をモットーとし園庭では裸足で遊ばせるので丈夫に育つがケガも絶えないらしいとか、△△幼稚園では「エンチョウ保育」があるから有難い(「エンチョウ保育」すなわち「延長保育」を「園長保育」と勘違いした眞子は、平の教諭よりも園長による保育がそれほど有難いものなのか?と疑問に思った)などと情報通な社宅妻たちの話を聞きながらも、自ら通った幼稚園もそうであったように、4歳になってからの2年保育で十分ではないかと眞子は考えている。
幼稚園に通いだせば送り迎えや行事などで今以上に母親同士のつきあいも予測され、母子ひしめく園庭を想像しただけで背筋がぞわっとする。
しかし、眞子以外の社宅妻たちは、一刻も早く我が子を幼稚園に入れたいのだった。
もはや何幼稚園がどのような幼稚園だか情報を整理し切れていない眞子に、
「どうする? どこにする?」
と島田さんがせまる。
島田さんのなかで候補はすでに二つの幼稚園にしぼられており、一つは自由な園風で一人一人を尊重し対応してくれると定評がある山の上幼稚園(町のど真ん中にあるがこの名前だ)で、もう一つは山の上幼稚園ほど個別のニーズには応えてもらえないがしっかり躾けて教育してくれるというひかり幼稚園らしい。
本当は毎日延長保育があるくすのき幼稚園にも惹かれるのだが、騒々しくて有名な奥さん(にぎやかなこの主婦を眞子は心の中で密かに「ギャー子」と呼んでいた)が子供を通わせているので選択肢から外したと、島田さんは重々しく告白した。
更に、
「この間も公園で、ようちゃんママといっしょに子供たち遊ばせてたら『裏に住んでる者ですが』って疲れた感じのおばさんが暗―い顔で現れて『このご近所には病人もいるんですよ』って懇々と説教されたんだよ。私たち非常識なほどうるさくしてないのに、一緒にされて恥ずかしいんだよね」
と、眉をひそめた。
たしかにギャー子はうるさい。
子供たちよりやかましい。
その週末、眞子は夫に、
「幼稚園はどうしよう」
と相談してみるが、
「ああ… ん?」
と健一は、新聞を眺めたまま気のない相槌を打つのみだ。
話をしているのだからちゃんと聞いてほしい、と普段からの不満を訴えてみるが、
「だっていま新聞読んでるんだもの」
と返される。
電話中でも仕事中でもなくテレビのいい場面ですらないのに、という言葉が浮かぶが、そんなことを言っても大きなため息(しかも鼻からの。つまり鼻息!)を吐かれるだけだ。
子供がちょっとケガをしたり熱を出したりしただけでも、仕事中の夫や実家の母親に電話をかけただの駆けつけてもらっただのと言う話を社宅妻から聞くこともあるが、眞子が会社の夫に電話をかけたのは唯一、インフルエンザで熱がどんどん上がり体の自由がきかなくなっていくなか、早く帰れないかと求めたあの1回きりだ。
なんでもかんでも夫にたよったりはしていない。
大変なときも自分で切り抜け、自分で考えて判断しているのだから、相談をもちかけたときぐらい、もう少し熱心に聞いてくれてもいいのではないか。
だが、そんなことを口にしてもどうせ夫の耳には届かない。
声と時間とエネルギーの無駄だということは身にしみてわかっている。
眞子は夫とのコミュニケーションをあきらめ、家事の中でもっとも嫌いな皿洗いに取りかかる。
夫がいつもながら必要以上にペラペラとうるさく新聞紙をめくる音をかき消すように、眞子も必要以上にキュッキュッと音を立ててスポンジで皿をこする。




