ペンシルヴェニア 1990年 5月~ ②
緑豊かな、ほとんど山とも言える、キャンパス内にある寮ではルームメイトとの2人部屋だった。
眞子が到着したときにはすでに入室していた黒人の女の子がボーイフレンドらしき男の子と向かい合ってベッドカバーの両端を持ち、新婚夫婦のように仲むつまじく窓ぎわのベッド(を先に取られてしまっていた)にカバーを掛けていた。
ルームメイトはハロー、と白い歯を見せて挨拶をするや否やフレンドリーに話しかけてきたが、ロニーという名前だということ以外は早口で聞き取れない。
聡が、
「日本から来たばかりなんだ。よろしくね」
と眞子を紹介すると、今度はゆっくりとした口調で、自分とボーイフレンドの紹介をしてくれた。
「私はアメリカ人だけど、彼はイラン人なの。この寮は留学生が多いから、すぐにみんなと仲良くなれるわよ」
と、眞子だけでなく聡をも安心させるように言う。
「またニューヨークでね」
と聡が眞子を軽くハグして出て行った後すぐに、ロニーのボーイフレンドも自分の部屋へと戻っていった。
眞子は大量の荷物をクローゼットや引き出しに収めるために忙しく手を動かしながら、頭はさらに忙しくフル回転させて、ルームメイトからの質問に答える。
ロニーは眞子が言葉につまっても慈悲深い笑みをたたえ、辛抱強くつきあってくれた。
ようやく巨大なスーツケースが空になったころ、ロニーは
“Let’s go eat”
と、眞子をカフェテリアに誘う。
こちらは日が長く外はまだまだ明るいが、もう夕食の時間らしい。
カフェテリアにはまばらながら人が集まり始めている。
ガラスケースには得体の知れない料理も並んでいるが、見るからに「肉」や「ジャガイモ」などわかりやすいものもあり、無難にそちらを選ぶことにする。
しかし不運にも、この大学の生徒らしきアルバイトの女の子に何やら早口で問いかけられ、眞子はまったく理解できない。
苛立った彼女は緑色の目を見開き、スピードは落とさず声のヴォリュームだけ上げて、乱暴に同じ言葉をくり返す。
するとロニーがあわてて飛んできて、
「グレービー。ソース。ソースいる?」
と眞子の耳元で囁いた。
語学クラスの教師たちは留学生に慣れているためか滑舌が異常に良く、簡単な単語と正しくシンプルな文法で話すことを心得ているようで、翌日から始まった授業ではさほど困ることはなかったが、若者、つまり学生は皆、早口でスラングが多く、話題も次々にかわるので、カフェテリアなどでのお喋りに眞子はさっぱりついていけない。
ルームメイトのロニーはメキシコに交換留学した経験があるらしく、眞子の気持ちがわかると言っては、
“Don’t worry. Your English will get better.”
と励ましてくれる。
食事時には、それが自分の役目であるかのように必ず、
“Let’s go eat”
とカフェテリアに眞子をひっぱっていく。
英語がうまく喋れない眞子にあからさまに不親切な人もいるなかで、ロニーは忍耐強くて親切だ。
「ロニーがルームメイトでよかった」
と伝えるとロニーは、
「んお~~~っ」
というような、アメリカ人が心を動かされたときなどによく出す、鼻にかかった感嘆の声を上げた。
理解しやすいよう言葉を選んでゆっくりと話してくれているのだろうが、他の人が言っていることがわからなくても、ロニーに通訳(日本語にしてくれるわけではないのだが)してもらうと理解できた。
一緒にいる時間が長いせいか、眞子のつたない英語を誰より理解してくれるのもロニーだった。
言葉以外にも、アメリカでの寮生活はカルチャーショックの連続だった。
眞子はそれまで、自分が格別風呂好きだという自覚はなかったが、ヘッドが壁に固定されたシャワーを体をよじらせ浴びていると、下半身まですっきりと洗い流せないかんじがして気持ち悪く、無性にゆっくりと浴槽につかりたくなった。
更には、不特定多数の人が土足で往来する寮の廊下を、せっかくシャワーを浴びてきれいになった後に裸足でぺたぺたと歩いているアメリカ人の姿を目にするたびに、いちいちびっくりした。
トイレでは、日本とちがい、用を足す際に水を流して音をカモフラージュするなどという面倒なことをする人はいないようだった。寮に入ってすぐの頃は、他人が勢いよく放尿する音が耳に届くたびにぎょっとしていた眞子も、すぐに慣れて気にならなくなった。
アメリカ人=フレンドリーのイメージどおり、知らない人ともハローと声をかけあう気安さはあったが、What’s up?(この表現を知らなかった眞子は、文字通り訳して頭上を見上げた!)の先まで話がはずむことは稀だった。
ロニーの言ったとおり、同じ寮にはアジアやヨーロッパ、中南米、アフリカなど、あらゆる国からの留学生が住んでいた。同じ外国人という立場だからか、留学生同士のほうが打ち解けやすい。
ESLと呼ばれる外国人向け語学クラスには眞子の他にちらほらと日本人がいる中で、眞子は2つ年上のサオリと、子供っぽく見えるが29歳だというエリの2人と、もっともよく話したり一緒にカフェテリアで昼を食べたりするようになった。
サオリは高校一年生まで器械体操一筋だったのだが、跳馬で首を負傷して体操をあきらめることになり、それがきっかけでアスレティックトレーナーという職業があるのを知り、日本では普及していないこの専門職の勉強がアメリカでできると聞いて、留学を決めたのだった。
「ずっと体操ばっかりで勉強なんてまともにやったことなかったから、それから必死でバイトして、お金貯めながら英語の勉強して、やっと」
と言うサオリの表情は、生き生きとして力強い。
一方、大学卒業後は証券会社で働いていたと言うエリは、好きな人がなかなかプロポーズしてくれないからアメリカに遊学に来たのだそうだ。
「じゃあプロポーズされてたらアメリカに来てなかったの?」
と、やや呆れた表情で尋ねるサオリに、
「そりゃそうよ。彼のほうが大事だもん」
と、エリは言い放つ。
この元エリートOL、29歳にしてアメリカ人の目にはどう見てもティーンにしか見えないエリは、最初のころ、
「部屋で飲まな~い?あ、マコは未成年かぁ」
などと週末のたびにサオリと眞子を誘ってきたが、間もなくピカピカの大学1年生のアメリカ人ボーイフレンドを調達し、週末は彼の家で過ごすようになった。
ESLのスケジュールは曜日によってちがったが、月曜から金曜の午前中から午後3時か4時ぐらいまで、ライティング、リーディング、スピーキング、リスニング、文法、そしてTOEFLなどのクラスがぎっしりと詰まっていた。
エリのように遊学の者を除くと生徒の大半は、大学入学に必要なTOEFLスコアのためにこのESLを受講していたので、TOEFL以外のクラスはだんだんとさぼる生徒が増え、空席が目立つようになっていった。
彼らは授業をさぼった時間にひたすらTOEFLの問題集を解いているようだったが、TOEFLのスコアアップが目的でない眞子はすべてのクラスに出席し、授業が終わるとキャンパスからバスで15分のバレエスタジオに通った。
週末にはルームメイトのロニーとモールでショッピングをしたり、語学クラスの遠足でハーシーパークというハーシーズチョコレートのテーマパークに行ったり、カフェテリアで話すようになった、金髪に青い目をしたマイクというアメリカ人の男の子に誘われて、2人きりで映画を観に行ったりもした(後々考えてみると、これがアメリカ人との、いや、眞子にとって人生初のデートだった!)。
字幕なしで洋画を観るのが初めてだった眞子は、
「理解できないところがあったら聞いていいよ」
と言ってくれたマイクの言葉に甘え、《プリティーウーマン》の中で何度もくり返されるhookerという単語を
「hooker?hookerって何?」
と無邪気に質問したため、この無垢で可憐なジャパニーズガールに「売春婦」をどう説明しようかと、マイクは青い瞳を泳がせた。
山田家に泊まりにいったときには、英語が上達した分、最初に会ったときよりもみんなと、特にニッキーとたくさんお喋りできたことが眞子は嬉しかった。
どのクラスもさぼらなかったことが結果的によかったのか、常に集中して授業を受ける癖がついているからか、ESL終了時に全員が受けるTOEFLで、眞子は思いがけず受講者トップのスコアをとり、幸先良い気分でニューヨークへと向かった。




