エピローグ
胃液が逆流するかと思ってしまうくらい気分は最悪。
それとは正反対なことに天気のほうは最高。
自転車は持ち主に似るらしく、ギシギシ音を立てて絶不調。
絶不調な相棒を指定の場所に待機させ、重たい鞄を待ち上げてトボトボ校舎に向かって歩き出す。
そして重たい足取りで昇降口をくぐる。
下駄箱で靴を履き替えていると、雑談しながらゾロゾロやって来る男子生徒や、楽しそうに賑わう女子生徒の群れが通り過ぎていった。
昨日飲んだカプセルみたいな固体を胃に入れても何の変化もないのにいいのだろうかと疑問に思いつつも、俺は北校舎に足先を向ける。
鞄の中には、つぶれそうな生物が一匹、やっぱり入っている。
いつか来るべき春山祭で交流会に参加する生物である。 その日にどんな事件があるのかは想像もつかないが、無事に(物理的な意味で無事に)終了することを願おう。
太陽はどうやらいつも通り東から顔を出しているようで、渡り廊下をやや後ろから照りつけてくる。
今日も、いつも通り。
何も変わってない。
そう、いつも通り。
……不思議な話だな。
喋る梟と出会い、特殊能力保持者と出会い、珍妙生物との共同生活が始まり、二度も妙な空間を体験し、二度も人質となり、生命の危機に直面し……。
これがたった一週間の出来事とは思えない。
そして、持ち物の中に梟が入り混じっていることが……俺にとっていつも通り…?
……さて、誰が俺の価値観を変態のそれと置換したんだ?
俺の「日常」、俺の「現実」、俺の「常識」……。
全て覆された。
ここ一週間で。
何もかも。
この一連は何から始まった?
総合的な発端の中心はどこにある?
……おふー、お前か?
今までも原因については様々な可能性を吟味してきたが、どの考え方も普通の推量方式じゃ無駄だ。
おふーが言うには、この梟はエンジェルバード(自称)で、地球外生物である。ここに来た元来の目的は、俺の通う高校のいずれ訪れるであろう文化祭のヘンテコ行事に参加するためらしい。
特殊能力保持者の剣士が言うには、この世界は過去のある時間に亀裂が生じ、それ以降特殊人間やら魔物やらが出没するようになり、それと同時に世の中全体の常識の幅が変容したという。
二人の話から判断すると、
……………………はい、分かるわけないだろ。
俺が知ったことかってやつである。俺はそういった類の話には全くついていけないので、関わることを放棄。んでもって永久にそっちの世界には足を踏み入れることはなく平穏無事にオウンライフを創造していく。
……そう望んでいた結果、これだ。
俺は見事にうまく面倒な事件に巻き込まれちまった。
しかも俺よりも深く交わった人なんていないんじゃないかと思ってしまうほど親密に関わってしまった。ピッタリ背中合わせの関係だ。
神から授かった運命ってやつですかい。
そうと言えば誰でも納得するかって言ったらそんなことは断固ない。
俺は認めたくなかった、こんな世界は。
元の世界に、平凡で自由な世界に戻りたかった。
いや、これは大げさすぎる表現かもしれないけど、今の俺の暮らしから考えたらそんな言葉では言い表せないほど優劣に差がある。
なのに、
どうしてだろうね。
これがまた不思議なんだ。
今の俺はそんな世界がわりと気に入ってるんだよな。
う~む、分からん。
確かに日常は壊されたし、常識の壁も超越しちまったが、それはそれで、逸楽の時を過ごせるのかもしれないよな。
無理にプラスの方向に思考を持っていこうとなんてしてないさ。
自然に、そう思えるんだ。
今こうして梟を鞄に詰め込んで校舎の階段を上がっているこの瞬間も長い人生の分かれ道のうちの一つなんだなって思うと、なんだか今日の自分がここにいることが奇跡的に感じられて……
……ふぅ。
こんな風に考えるなんて、俺らしくないな。
いろいろ考えるのは、もうよそう。
今この現実が俺のいる世界。
ならこれからの人生、そう後ろ向きになることもないよな。
そうさ、前向きに物事をとらえようぜ。必殺、ポジティブ呪文!
〈ガラガラッ〉
「遅いぞ崎本! 早く席に着け」
教室に到着し、いきなり注意を受ける俺。
学校を遅刻するのは元々日常だったわけだが。
……どうやらよろしくない習慣は継続されてるみたいだ。
俺が遅れてくることはクラスメイトの全員が把握済みなので、ホームルームの静寂に包まれた教室に遅刻者一名が入り込んだところでわざわざ振り向くことをする生徒は誰一人としてしない。
山原さんの怒号にも慣れっこだ。
「じゃ、ネボスケさんの到来も済ませたことだし、ホームルーム終了ね」
軽く笑いが起こった。
俺は微苦笑。
これでいいんだ、これで。
変わってしまった環境の中、数少ない不変のうちの一つ。
この教室の空気は、入学当初と変わってない。
とはいっても、まだ入学して一ヶ月とちょっとしか経ってないんだけどな。
「この紙の束はどこから窃盗してきたんだい?」
「だから、この資料は過去の文化祭の開催行事についてだって言ってるでしょ!」
教室の隅を見ると、春山祭実行委員の二人が珍しく仲よさげに仕事に励んでいる。二人の周りを囲っている机には分厚いファイルがてんこ盛り状態で……次の授業の妨げにならんだろうか。
「ヒーローの正体……結局謎のままだな」
「あれは絶対スクープだと思うけどな~」
なぜか俺の席に群がっているのは信雄と充。まだ懲りずにそんな話をしている。俺がヒーローについての詳細を教えてやろうか? ……あ、そういえば口止めされてたんだった。こりゃ無理だ。
「この教科書はなーに?」
「数の勉強をするための本だよ」
「でも変な記号ばっかだよお」
視野の端では、由香とみけが地球の学校について話をしている。おふーたちの世界にも教科書はあるんだろうか。もしそっちの世界にも学問というものがあるなら、今度おふーに分からない箇所を教えてもらおう。
そのおふーは今鞄の中でまた眠っているんだろうな。
賑やかな教室の中、俺はしばらく色々考えながら電信柱のように突っ立っていた。
……そうか、これが俺の日常なんだな。
今までとは一変した日常……。
けれど、また違う意味で楽しめる日常。
それならそれでいいじゃないか。
〈ガンッ!〉
「ウガッ!」
突然、顎に激痛が走った! いてぇ!
「みっちゃん! 今日まだおふー朝ごはん食べてないよ!」
野球ボールでも飛んできたのかと思って顎を手で押さえつつ下を見ると、牛のようにぐうすか寝ているはずの饅頭星人がいた。
……衝撃の正体はコイツのジャンプアッパーだった。
「なんかちょーだい!」
子犬のような目をして(小鳥だから似たようなもんか)ねだってくる生命体が一羽。
こいつの出現は果たして俺の日常に与える良い変化だろうか、それとも悪い変化だろうか。
いずれにせよ。
おふーとはこれからも長い付き合いになることは間違いなさそうだ。




