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おふーが来たまち  作者: 縦島尾風
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第六話

 周りが、うるさい。




 なんか耳の奥にある鼓膜とかいう器官がビリビリするのだ。


 様々な種類の音が鳴っている。


 聞こえてくる騒音は、金属音、爆発音、打撃音……なんか物騒な効果音ばかりだな。人の話し声もしばしば耳に入る。


 一体俺の傍でどんな空想的な物語が始まってるのかね?


 早速拝見といこう。




 …………あれ? 力が入らない。




 立とうと思っても、マヒしているのか、足を動かすことができない。せめて状況を確認しようと思っても目すら開かない。金縛りにあっているかのように身体の自由がすっかり束縛されている。


 せめて人物の会話だけでも聞き出そうと思って全神経を聴力のために働かせる。


「いい加減教える気になったか?」


 男の声をキャッチ。息が荒く、焦っているように聞こえる。……ん? どこかで聞いたことのある声だな。


「その状態でよくそんなに強気でいられるな」


 もう一人、今度はさっきとは別の落ち着いた調子の男の声をキャッチ。……これまたどこかで聞いたことがあるような……。


「早く教えないと、ビームでこらしめるぞ!」


 飛び抜けて目立つ甲高い声をキャッチ。


 …………なんでおふーがいるの?




 てか、そもそもここどこ?




 そういえば、俺は気を失って倒れたんだっけ。


 でもあれは通学路での出来事で、そこには俺とおふーしかいなかったはずだが……


「みっちゃん、目を覚ましてよ! おふーのパワーを分けてあげるから!」


 そんな梟の声がして、ふっ、と何か羽毛のような感触のものが肌に触れた。


「……ん……?」


 すると、力が自然と湧き出てくる気がした。注入されたような感覚だ。


「あ! みっちゃん! 本当に目覚めてくれた!」


 目を開き、手で地面を押し込み、体勢を起こす。


「お! 気がついたか!」


「バカなっ!」


 二人の人物の視線が同時に自分に集中する。視界はまだ焦点がはっきり定まっていないが二人の顔くらいは判別できる。


 手前にいるのは、剣を片手に持った青年、慶太だった(大体予想はついていたが)。


 で、奥にいるのは…… 前一度会ったことがある、ボロボロの服をまとったヤツ。名前は……狩留家だっけ?


 そして四囲を見ると、これもどこかで体験した空間だった……現実世界とは隔離されたような空間。慶太と最初に会った場所でもある。いくつもの暗色が交錯した壁が俺たちを囲んでいる。前回とほとんど類似した展開だな。違うところと言えば……今回は空間内に由香がいなかった。


「よかった、よかったー!」


 おふーが俺のすぐ横で歓喜の声を上げる。


「ここはひとまず退却だ」


 狩留家がカードを手に持ち、前回と同様に瞬間移動をするポーズをとった。一度見ているからなんとなく分かる。


「逃がすか!」


 慶太が狩留家めがけて左手から淡い白色の破壊光線を出す。これも二度目だから見ても驚倒することではないな。


 狩留家はカードをひるがえして光線を反射、それは別の方角に向きを変えてどこかへ消え去っていった。


 カードは灰になってサラサラと消えた。


「ちっ……あのカードは用途が幾多あるみたいだな。おふー、道也くんをしっかり守るんだぞ!」


「アイアイサー!」


 おふーは無駄に大げさに右手を額に当てて敬礼する。おふーはこのポーズ、お気に入りなのかな?


 おふーに俺を守れと命じるって事は、つまり俺は狙われているのだろうか? 命の危険があるってこと!? なぜ?


 ……またかよ。勘弁してくれ。俺が何をしたって言うんだ!?


「道也くん、今は安静にしていてくれ」


「ちょっと待ってくれ! この状況を説明しほしいのですが……」


 帰宅途中に気絶して目が覚めたら急場に直面しているってのは一体どういう過程が生んだ破局だ?


「すまない道也くん、また俺の責任だ」


「だからどうしたんですか?」


 慶太は自責の念にかられている様子だ。


「お前さんが大男に無機情報隔離体を組み込まれた時、それと同時に細胞破壊組織も移入されていたんだ」


 大男……随分昔の出来事に感じるな。あまり思い返したくない記憶だ。


 俺は「無機情報隔離体」すらまだ良く頭にインプットされていないというのに、「細胞破壊組織」とかいうまた面倒な名詞が続いて登場だ。しっかり再説してもらわないと、できの悪い俺にとって理解することは困難です。


「手短に話すが、まず無機情報隔離体と細胞破壊組織は全くの別物だ。個別に移入されたんだろう。無機情報隔離体ってのは前説明した通りの代物で、状態異常を無効化するやつだ。細胞破壊組織は読んで字のごとく、細胞を破壊する組織だ。要するに身体の構成物質を破損させる特殊プログラムみたいなもんで、これが組み込まれたやつの器官は時間の経過と共に次々に破壊されていく。今お前さんの身体にそれが混入しているらしいんだ。俺がもっと早く気付いていれば……」


 また訳の分からない説明が始まり、俺の脳はスパーク寸前であったが、かろうじて話の五割程度は飲み込めた。


「でも、俺は大男に会ったあの日以来、何も異常はなかったですが」


 細胞が破壊されるってことは俺は段々弱っていくはずだ。だが俺は今日ぶっ倒れるまで身体に何の変化もなかった。


「自覚はしていないだけで、もう既にお前さんは危険な状態にある。今までも、軽い頭痛やめまい程度の症状は現れていたはずだ」


 言われてみれば、確かに最近頭痛とかめまいとか頭がフラフラすることが多くなってきたような気もしないでもない。


「このまま放っておけばお前さんは死んでしまうかもしれないと言っても過言じゃない。狩留家はその快癒方法を知っている。ここで取り逃がすと至極まずい」


 そんな大げさに言わなくてもいいだろ。現に今の俺は得に何も問題なさそうだが。


 でも、それが真実ならばこのチャンスを逃すのは最悪パターンじゃないか?


「拙者があの男に依頼したのだ、そこの少年に細胞破壊組織を組み込むようにと。……上からの指令でね」


 狩留家が口を開いた。見た目は凶悪な人には見えないが、やっぱりこいつも悪なのか。


「何が目的だ?」


 慶太は剣を構えたままだ。


「とぼけるな。貴様は持っているのだろう? アレを……」


 アレ……か。この人たちの隠語だよな。


「……それが狙いか」


「さあ渡すんだ、『すーぱーロケット発電機★二号くん』を!」


 狩留家は手を慶太のほうへ差し出し、『アレ』の内容を力強く叫んだ。


 …………そんな名前だったっけ?


「そうすればその少年を釈放してやろう」


「相変わらずそちらは卑怯な手がお好きなようだな。『すーぱーロケット発電機★二号くん』入手の手段として人質をとるためだけに道也くんを利用するとは……最悪野郎だな。悪いが、『すーぱーロケット発電機★二号くん』は渡さないし、道也くんも死なせるわけにはいかないな」


「……ここまですれば大人しく渡すと思っていたが、往生際の悪いヤツだ。しからば、『すーぱーロケット発電機★二号くん』は力ずくで奪うしかない」


 …………二人とも真剣にお取り込み中申し訳ないのですが、このシリアスな雰囲気でその単語を連呼されると、なんか調子狂うのですが……。てか俺も人事じゃないのになに安気になってるんだ!


「よし、おふー!」


 慶太は何かを決心したように両手を合わせて、おふーを呼んだ。また恐ろしい提案じゃなきゃいいんだが。


「…………」


「おふー?」


「…………〈じゅるり〉……ん、何? 慶太さん?」


「……お前、寝てただろ」


「そ、そんなわけないじゃん! おふーがあまりにすることがなくてヒマになったからといって仕事をサボって眠るなんて、ありっこないよ! ははは…………で、何の話?」


 どうやらこの梟、寝てたらしい。


「……まあいい。おふー、予定変更だ。現状で狩留家は道也くんに手を出すことはできない。だから道也くん死守令は解除だ! 即効で狩留家を潰すぞ!」


「……うん、まかせてよ!」


 おふーの頭はまだ眠っているらしく、意識がはっきりしていないみたいだ。おいおい大丈夫かよ。


 慶太の意見には賛成だ。俺はヤツにとって人質なのだから、今やられる心配は無用だ。さっさと狩留家から回復方法を聞きだすのが最良だろう(この楽観的な考えは、この空間が二度目の体験だってこともあって怖気がないからだろうな)。


 俺は大人しく傍観しているとしよう。


「詮無い抗争は避けたかったのだが」


 狩留家はまたズボン(やつれてボロボロ)のポケットに手を入れ、カードを数枚取り出し、慶太に向かって投棄した。それは宙で曲線を描き、高速で回旋しながら目標に向かって矢のように翔破した。


「くっ!」


 慶太は絶妙な動きでそれらを全て避ける。通過したカードは刃のように床にぶつかり、突き立った。


「うわっ! 慶太さん、だいじょうぶ?」


「俺に心配はいらねえよ」


「余裕だな、多菜香慶太よ」


 次の瞬間、床に刺さっていたカードが突如爆発した!


「ぐわっ」


 慶太はうろたえつつも飛躍したが、突然の出来事についていけず、爆撃をほとんど受ける形になった。


「拙者は一筋縄ではいかんぞ」


「だいじょうぶ?」


「この程度、かすり傷さ…」


 慶太は姿勢を立て直し、剣を構える。だが俺の目に映っている彼は、もう相当ダメージを受けているように見えるが。


「油断するな、若者よ」


 狩留家は次の攻撃を開始していた。彼の手から放たれたカードは、上空から滑空して慶太の胸に突き刺さった。


「!!」


 そして爆発。慶太は麻酔銃を撃たれたゴリラのようにフラっとして、しまいには体勢を崩して横転した。


 剣が、カランッと落ちた。


「慶太さん!」


 おふーも驚愕と危惧の表情を隠せないであたふたしている。慶太はかすかに動いているだけで、余力はなさそうだった。


 これはまずい。どう考えてもこっちの方が形勢不利だ。


 俺にも何かできる事はないか?


 しかしここは密閉された空間だ、石ころくらいしか見当たらない。


 ……石ころ?


 これはひょっとすると使えるかもしれないな。


 俺はわずかな可能性に賭けて近くに転がっていた石ころをがむしゃらに掴み、思いっきり前方に投げた。


 それは放物線を描き、新たなカードを用意しようとしている狩留家の後頭部に見事にヒットした。


「うっ……なんだ? ……石?」


 その拍子にカードをポロッと落とした。


「今だ! おふー!」


 慶太が絶叫した。……あなた、まだ元気そうな顔をしていますね。さっきの倒れっぷりは真似事ですか?


「いくぞっ!」


 おふーも答えるように叫ぶ。するとおふーの両手に白い光が集まりだした。この梟も破壊光線とやらを出すのだろうか。


「なんだこの強いエネルギーは!」


 狩留家は喫驚してカードを取り出すことを忘れている。


 絶好の機会が到来した。


「はどうほう!!」


 おふーが両手を合わせると、そこから狩留家に向かって稲妻が走った。


 前一度慶太がやってみせたハンド破壊光線(俺命名)よりも大きい光の束が、一瞬で狩留家のもとまで届く。


 狩留家は瞬時の出来事に愕然としている。


 今俺の視野はおふーの放つ光線で埋め尽くされていて前方の様子は確認できないが、この光速の広範囲遠距離攻撃を回避できるとは思えない。


 どの程度の威力を持つのか知らないが、致命傷を与えられることは間違いないだろう。


 おふーの後姿は、俺に今までにない印象を与えた。


 さっきまでの印象とは正反対だ。


 今のおふーは、


 頼もしい。




 やがて光が薄れ、おふーのオフェンスは終演した。


 はるか遠くに、黒い人影が煙を上げて倒れていた。


 勝負あったな。


「ふう」


 おふーは息をついて座り込んだ。


「コイツもたまには役に立つっしょ?」


 いつの間に回りこんだのか、背後に慶太の微笑があった。


 この二人、味方でよかったよ。


「お前さんのおかげで助かった。いやあ、ありがとう!」


 俺の肩に手を置き、満足そうな笑顔の剣士青年。俺の投げた石ころが役に立てたみたいで何よりだ。命中したのは奇跡としか言いようがないけど。


「さーて」


 慶太は倒れている人影に大股で歩み寄る。


「治癒方法を教えてもらおうか」


 俺も続いて向かう。おふーが肩に飛び乗ってきたが、気にならなかった。


 慶太のところに着くと、足元にボロボロな服が更にズタズタになった狩留家が横になっていた。


 なんか、惨めに見えるな。


「…………これを使え」


 狩留家は身体を起こし、内ポケットから小さい透明なポリ袋を取り出した。慶太はそれを受け取り、二本指で持ってまじまじと見つめる。


 ここからじゃ遠くて確認できないが、中に何か入っているように見えるな。


「これは……カプセルか?」


 袋の中には、楕円形をした灰色の個体が入っていた。


「これを飲ませればいい」


「そいつはどうも簡単な方法で助かるね。……邪悪な物質は含まれていないようだが……」


 毒は入ってないってことか。でも、話がうますぎるな。


「信じる信じないは貴様しだい。いずれにせよ、拙者は他の手段を聞かされていない」


「そうかい、危険がないのは分かるよ」


 両者とも敵意は感じられない。


「もうお前に用はない。さっさと立ち去れ」


 慶太は剣を鞘に収めながら言う。


「……なぜとどめを刺さない?」


「俺は価値のない殺生をする主義じゃねえよ」


「……フッ、失態だな」


 カードを構え、地面に叩きつけると、巻き上がる煙とともに狩留家は姿を消した。


 一瞬、真の静寂が訪れた。




「道也くん、いやはや、本当に申し訳ない」


 狩留家から受けた傷は思ったほど大きくなくもうすっかり癒えていた超人青年は、こちらに走ってくるや否や地面につくぐらい深く頭を下げた。


「俺が倒れた後、どういう展開でこういう状況になったんですか?」


「おふーが慶太さんを呼んだんだよ! 救急車の呼び方分からなかったから……」


 肩から声が聞こえてきた。


「その時にたまたま偶然、狩留家が『アレ』を奪うためにやってきたのさ」


 あのけったいな名称の代物か。


「そこで道也くんの異常について聞き出せたわけだ」


 俺が寝ている間にそんなことがあったのか。


 んー、普通すぎるというか、都合よすぎるというか、何か引っかかるな。


 …………(思考中)……………まあいいか、終わったことだし(これ以上考えることを断念した)。


「そのカプセルみたいなのを飲めば、とりあえず俺の異常やらは治るんですよね?」


 俺は慶太の、カプセル入りポリ袋を持っているであろう手を指差す。とはいえ、自分でもまだ自覚がないんだよな。


「ああ、そうらしい。コイツはなかなか信用できると思うよ」


 なぜにそう思われるのか。


「狩留家は、わざわざこれを渡すために来たような気がする」


 だからなぜ?


「なんとなくさ」


 …………この人は曖昧な意見をポンと述べるお方だな。


 あ、そういえば。


「俺の情報なんとかってヤツはまだ俺の中にあるんですか?」


 これは消えてくれないのかと、俺は思ったわけである。


「ああ、無機情報隔離体ね。残念ながらこれはまだ組み込まれたままだね。まあこれは君のこれからの生活を害するようなことはないから、心配しなくて大丈夫だ」


 つまり、俺はまだしばらくこの肩の上に陣地を構えている疫病神と暮らしの場をともにしていかなければならないということか……。


「だいじょうぶ、みっちゃん。おふーがいるから!」


 全然フォローになってねえ。


「さてと、この居心地の悪い空間を元に戻すか」


 慶太が手を前に差し出すと、複雑に色が絡み合った不思議な壁は渦を作り、下には道路、横には民家の塀、上には星の光る夜空が現れ、わずか五秒で地球の風景が目の前に広がった。もう日はすっかり沈んだんだな。


 場所も、俺が目覚める前に記憶にあった位置だ。後ろを見ると、由香と別れたT字路が月光を受けて光っていた。




「あれ?」


 携帯端末のような機器を取り出した慶太が怪訝そうな顔をした。


「どうしたの、慶太さん?」


「地球上の魔物の反応が薄れている」


 魔物の反応? またよく分からんなあ。


「狩留家が魔物の発生源だったってこと?」


 おふーが俺の肩の上から質問する。


「うーん……そうも考えられるが、どうだかね。もしそうだとしたら、アイツと再び敵として会うことはなかろうな」


 慶太は黒い空を見つめながら微笑した。


「どっちにしろ、俺の仕事が大分減ったことに違いない」


「どうして?」


「なんせ魔物が出現しなくなるってんだから、俺たちの出る幕はないってことだ」


「えー、おふーつまんない」


 おふーが頬を膨らませてぼやく。足をジタバタさせて……おい、人の肩の上であんまり暴れるな。くすぐったい。


「お前はこれからも道也くんの傍についているっていう任務があるでしょーが」


 おふーを指一本でちょんと叩いて、


「いやあ、それにしても楽になった! 久しぶりに自由に時間を使えるな! 念のため本部に連絡は取っておこう。それに『すーぱーロケット発電機★二号くん』についても話しておきたいことがあるしね」


 爽やかな笑顔を作る慶太。あなたの組織には本部とかいうのもあるんですか? えらく大きい規模なんですね…。


「これからどうするんですか?」


 この人のこれからの生活が気になったんで聞いてみたり。


「適当にダラダラ遊んで過ごすさ。詳しいことはヒミツだ!」


 この人も謎が多いな。


「では、俺はこれで失礼するよ。さーて、今日は焼肉だあ!」


 回転ジャンプしながら愉快そうに慶太は消えていった。


「慶太さんって変わった人だよね」


 お前が言うな。


 もう辺りは真っ暗だな。今何時だ?


 左腕をグイッと寄せて腕時計で現在時刻を確認すると、そろそろバカ姉が腹を空かせる時間帯だ。


 今日の出来事は、由香には内緒にしておくことにして。


 そういえばあの異次元空間内でも時間は経過してるんだろうな?


「あたりまえだのクラッカー!」


 おふーに聞いてみたところ、また古いネタとともに返答があった。てかそういう台詞どこで覚えるんだ?


「帰るか」


「おう!」


 おふーを肩に乗せたまま、俺は落ちていた鞄を拾い上げてもう片方の肩にかけ、重たい脚をゆっくり動かした。


 頭はすっきり爽快気分だった。




   ★




「ふう」


 ろうそく一本にパソコン一台という質素な部屋。その中央にある回転式の椅子に、男は疲労しきった身体を預けた。


「今日はラッキーだったな」


 力の抜けた足をだらしなく放り出し、独り言を呟く。


「どうしたの? 疲れた顔しちゃって」


 部屋の隅から女の声がかかった。


「おお、お前にも言っておかなきゃな。こいつを見てくれ」


 女が歩み寄ると、男は一枚の紙を渡した。グラフと表のようなものが書かれている。


「へぇー、すごいじゃない」


 一通り目を通すと、女は紙を手放して踵を返す。


「おや? もっと喜べよ? あんまり反応がないな」


「あたしは今の仕事もそこそこ気に入ってるから」


 少し怒ったような声色で答える。


「いいじゃないか。しばらく遊んで暮らせるぞ?」


「何かを壊すことが一番スッキリするの」


「おー怖い怖い」


 男は困ったように額に手を当てた。


「何か言った?」


「いや何も」


 女は、男に呆れたような視線を浴びせてから部屋を後にした。


「アイツも可愛げがねえな。もう少しなんとかならないもんかね。将来が心配だよ」


 男は手を組んで頭の後ろに回し、うっすらと光る天井を見上げた。


「うん、道也くん異常も解消したみたいだし、本当に気分がいいね。しかし今日は疲れたなあ」


 そう呟いて目を閉じると、そのまま背もたれに寄りかかったまま、男は規則正しいリズムで寝息を立て始めた。

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