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おふーが来たまち  作者: 縦島尾風
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第四話

「ああああああああ!?」


 せっかくの二連休は超特急で去り、はやくも平日がやってきた。


 枕元にある時計を見た瞬間、森の中で人食い鬼にでも出くわしたかのような寛大な叫び声が響き渡った。


 現在時刻十時二十五分学校完全遅刻!!


「……むにゃ……うるさいなあもう」


 横を見ると、間近におふーが飼い主になつく子猫のように身を寄せていた。


 身体に痛みはないので、眠っている間に顔面を蹴られはしなかったみたいだ。案外寝相はいいらしい。


 って、そんなこと考えてる場合じゃない!


 俺は普段から遅刻をしない日なんてごくまれにしかないくらい遅刻を当たり前のように平日のスケジュールに取り入れていた人間だが、遅刻と言ったってせいぜい十分程度の軽いもので、こんな二時間以上も遅れてしまうとなると、俺もそこまでルーズじゃないので正義という名の心の一部に傷害を与えかねない。


「何で目覚ましが鳴らないんだよ!」


 犯人は一人しかいない!


「おい、おふー!」


「ああ、これ? うるさいから止めちゃった」


「ぐおおぉぉやっぱりお前か! 後で説教タイムだ」


「……ぐぅー……ぐぅー……」


「もう寝てるし!」


 こいつのペースにゃついて行けん! 毎日こんな日々が続くかと思うと頭から蒸気機関車のごとく煙が噴出しちゃうね、もう!


 早速布団から跳ね起き、サササッと着替えを済ませ、ドタバタと一階に降り、食パンを口に詰められるだけ詰め込む。


 続いて洗面所に行き、大急ぎで顔をバシャバシャ洗い、歯をシャカシャカ磨き、ここに一丁前の現役高校生の完成だ!


 隣の部屋から壁一つ越えて聞こえてくるティラノサウルスみたいないびきをかいているバカ姉はほうっておいて特急で玄関へ向かう。


 この一連をわずか五分でやり終えるとさすがに頭がクラクラしてきた。この程度でへこたれるとは、まだまだ修行が足りないということかっ!


「おふーも連れてってよー!」


 すると何という不幸の重なりか、おふーが足にまとわり付いてきた。


「ダメだー、お前は家にいろ! そもそも誰のせいでこんなに慌しい朝になってると思ってるんだ!」


 おふーは「いやだー」と言って動かない。足を振っても、おふーの両手はガッシリつかんでいるため全く離れない。


 さっきまでの眠たそうな表情はどこいった!?


「だって、おふーはみっちゃんの見張りだから、一時たりとも目を離すわけにはいかないの!」


「はっ!」


 そうだった。この疫病神は、元はと言えば俺の監視役として派遣された使者みたいなもの。ならば必然的に俺のそばにいなくてはならないという結論になってしまいそうだ! 神様はとことん意地悪らしい!


「仕方ない、今日は特別だ! とりあえず、みんなに見えないように鞄の中に入っていろ!」


 そう怒鳴っておふーを引っつかみ、書物で満たされた鞄の中に無理やり押し込む。


「ぐあぅ」


 抵抗なくすんなり収まってくれるかと思いきや、チャックが閉まらない!


「くそ、ちょっと痛いけど、我慢しろよ!」


 床に鞄を置き、その上に膝からのしかかり、全体重をかけて鞄のなかの荷物を圧縮する作戦だ。


「ぐぇっ! 痛いって! ぎょぷ!」


 おふーはグミのようにぐにゃんぐにゃん変形してくれるので、なんとかパンパンの鞄に収めることができた。


  さて、靴を大急ぎで履き、時間を確認。


「うわ! お前のせいで余計遅くなった!」


 かくして、やっと俺は学校へと旅立ったのであった…。


「道也~、飯できたのか~?」


 出発直前に寝ぼけた声がした気もするが、聞かなかったことにする。






 さて、通学路。


 落ち着きを取り戻した俺は、もう間に合うわけのない授業のことなど考えるのはよして、のんびり登校中。


 二日連続で睡眠不足の俺は、心身ともにくたくただ。


 今日は快晴。空を見上げると、大海原のように鮮やかな青空には雲は一切見られない。不吉な前兆もないから、快適な一日となりそうだ。少々大げさかもしれんが。


 そんなことを思い浮かべながらペダルにかける足に力を入れる。


「地球の学校、たのしみ~」


 カゴに入っている鞄から顔を出し、話しかけてくる白梟。


「おふーの国にも学校ってあるのか?」


「うん、だけど今は長期休み中」


 動物の通う学校…… 一度お目にかかりたいものだ。


「お、そうだ」


 重大なことを言い忘れたのに気付き、人目のつかない建物の影に自転車を停止させる。


「どうしたの、みっちゃん? こんな物陰に移動して」


「いや、人に見つかるとマズイかなー、と」


 確かめておきたいことがあるのでな。


「まさかおふーにあんなことやこんなことを……」


「ちゃうわい! なんでそういう怪しいことに思考が働くんだ! まったく、どういう環境で育ってるんだか……」


 こいつ、案外危ない子かもしれない。おふーの両親の顔を勝手に想像してみた。……なんか怖くなってきました。


「いいか、おふー。学校では一切鞄から外に出るな。お前の存在が周りに知られると色々面倒なことになる」


「わかったぁ!」


 いつになく素直に返事をするおふー。


「ついでに、喋るのもなしだ」


「わかったぁ!」


 いつになく軽快に返事をするおふー。


 …………不審極まりない。


「……あのさ、」


 ふと俺は思った、


「慶太に関しての情報が外にもれるとマズイのに、お前については知られても平気なのか?」


「もちろん!」


「その根拠は?」


「だって、この地区では常識みたいなものだし。春山祭のイベントがきっかけでね」


「ふーん…… そうなのか?」


 いまいち理解に苦しむ。


「まあいい、そのうち明らかになるだろう。ともあれ、学校ではくれぐれも安静に頼むぞ」


「まかせてよ! おふーはずっと鞄の中にいるよ」


 そう自信ありげに宣言すると、おふーの小さい頭は鞄の内側に隠れた。ヘビースモーカーのお父さんの喫煙宣言並に信用できないな…… 頼むぜ、ホント。


 確認事項も済んだことだし、再び通学路に車輪を運ぶ。


 それからしばらく、日光の光を背に浴びながら学校への距離を着々と狭めていく。


 その間、珍しいことにおふーとの会話は皆無であった。


 そして学校への最終直線道路に差しかかった時、


「道也―!」


 後ろからよく通る明るい声が響いた。振り向くと、そこには手を振りながらショートカットをなびかせて走ってくる女子生徒の姿があった。


 彼女の名は梅松天(うめまつてん)。現在俺と同じクラスに所属しており、元気で朗らかなムードメーカー的存在うるさすぎるがの子である。中学の時に同じ学校で隣のクラスだったこともあって、高校入学以前からお互いに顔くらいは知っていた(というか、梅松は少々問題を起こしていたので校内で有名だった)。乱暴でしょっちゅう騒ぎを起こすので、多数の教師に目をつけられている。しかし誰とでもフレンドリーに対応するので、彼女の手にかかればどんな子でも友達の輪の中に入れてしまうだろう(無理矢理の場合もあり)。


「梅松か」


 そんな活発娘は、鞄を片手に涼しい顔で駆け寄って来ると、


「おはよっ! あれ~? 道也も遅刻? 奇遇だね、あたしもなんだ! ははは!」


「おはよう…… お前のんきだなあ。ちょっとはすまなそうな顔しろよ」


「遅刻なんていちいち気にしてるようじゃ人生悩みっぱなしだよ!」


 それが梅松の日常らしい。


「ねえ、なんか今日の道也、いつにも増して元気なさそうじゃん。見知らぬおじさんにもらった紫色の斑点のついたキノコでも食べた?」


 汗一つかかずに(さわ)やかな表情で俺の顔を覗き込んできた。


「んなものもらってねえよ」


 それはつまり、俺は普段から元気ないように見えるってことか? と聞きたいところだったが、もしイエスの応答が返ってきたら、朝っぱらからドブに足を思いっきり突っ込んだような気分になりかねないので、その質問は心の内に秘めておくとしよう。


 俺は自転車から降り、歩調を合わせてから、


「いや、別に俺はいたって快調だぞ」


 と、そう言いつつ、実は全然快調じゃなかったりする。眠くてだるい。


 昨日や一昨日の出来事を話そうかと思ったが、考えてみるまでもなく、一般人にそんな夢のまた夢のような話をしたところで信じてもらえる確率は青色のチューリップが誕生する確率よりはるかに低いので、瞬時に別の話題に変えられてしまうのがオチだ。


「いや、今日の道也は何かいつもと違う気がするなあ。ただ単に調子が悪いって感じにも見えないし」


  俺の嘘を一発で見抜きやがった。


 やっぱり顔に出るもんかね。


「ちょっと眠いだけさ。明日にりゃ回復するって」


「そお? ならいいけど」


 お前はいいよな。どんな時でも笑顔を絶やすことなく、懊悩なしって態度で振舞っていられるんだから、羨ましいことこの上ない。


 でも、梅松の言うとおり、いつも訪れる不快なだるさとは違う気もする。何かに取り付かれたような、しまりがない感じ。


「ところで、頼みたいことがあるんだけど、今日の放課後、暇?」


 梅松が聞いてくる。頼みたいこと? はて、優秀な一面もなく特殊能力もこれといって持ち合わせていないこの俺に一体何の頼みだ?


「悪いが、勉強関係の相談は受け付けないぞ。そういうのだったら信雄とかの方が俺よりは数は倍頼りになる」


「違う違う、そんなんじゃないよ。ちょっと春山祭の決め事があってさ」


 春山祭……。


 ……なんかトラウマになってしまったかもしれん。春山祭。


 この語を聞くと、妙に憂鬱になるのはなんででしょうね?


 あまり意識しないようにしなければ。


「なんでお前が春山祭のことを決めなきゃならんのだ?」


「ほら、あたし春山祭実行委員じゃん?」


 ああ、そう言えばそうだったな。


 てかみんな春山祭に向けてはりきってるなぁ。俺からしちゃあノミの意思疎通方法の仕組み並にどうでもいい話なんだが。変な行事がプラスされるって話も聞いてるからなおさらだ。


 しかし一年生のうちからそんな厄介な仕事を勤めて下さるとは御苦労なことである。


 ……で、なんで俺が関わらなきゃいかんのだ?


「もう一人の実行委員がなんか頼りないんだよね」


 一クラスに実行委員は二名で、その頼りないもう一人ってのは()谷山(たにやま)弘介(こうすけ)(通称ガタオ)という、自称『ゲーマー』で、ゲームのことになると熱血にゲームの美とやらを語り出す、ちょっぴりオタクの血が流れているであろう眼鏡ロン毛キャラであって、由香の言うとおり、あいつは頼りないヤツだ(断定)。誰も春山祭実行委員をやりたい人がいないからという理由で大ジャンケン大会が実施され、あっけなく敗者となってしまい、つまりやりたくもない仕事を無理やりやらされてるんだから真面目に取り組んでいない様子は容易に想像できる。どうせ面倒くさいことは全部梅松に押し付けて自分は楽しようっていう、いわば名前だけの『文化祭実行委員』である。名簿欄にはそう書かれていても、実際それらしい仕事は何一つとしてこなしていない。ヤツの存在自体は屍化してるってわけさ。


 ちなみに梅松はというと、委員を決める時に真っ先に文化祭実行委員に立候補した。ゆえに、これからも仕事に励んでくれるだろうと期待していたのだが、まさか俺まで巻き込む気か?


「ま、別にいいじゃん! どうせ道也のことなんだから暇なんでしょ?」


 ううむ、反論できん。俺が暇なことは変えようのない事実だしな。信雄も梅松もそうだが、俺ってそんなに暇人の印象があるんだろうか。


「分かったよ。で、文化祭の何の決め事をするって?」


 しぶしぶ了解する俺。


「さっすが道也ね! どっかの熱血オタクと違って頼りになるわ!」


 満足げなその表情からすると、俺が承諾することは前々から彼女のスケジュール表の中に書き込まれていたようだ。頼りになるとか言ってんのも単なる機嫌とりじゃないか? 俺ってひょっとしてうまい具合に利用されてる? いや、ここは前向きに信頼されているってとらえ方で考えることにしよう。うん、それが妥当だ。


「ええと、具体的にはクラス展示で何を作るかって事と、あとは必要な道具を決めないといけないの」


 言われて思い出したが、俺らのクラスはクラス展示の内容についてはあまり(というか全く)決まっていなかった。


 一年生はクラスごとにテーマを設定し、それに関する物を作成して展示しなければならないらしい。


 我がクラスでは「春山高校の歴史」という、なんとも普通で、意欲精神の欠片も湧き出てこないようなテーマが設定されてしまった。しかも平等に行った多数決の結果がこれだ。俺は「海の生物」に一票入れたんだが、みんな何を間違ってこんなテーマに票を入れたんだ? 隣のクラスの「未知の惑星」の方がよっぽど面白そうである。


「なんか面倒くせえな」


「今さらキャンセルはなしだからね! じゃあ、放課後図書室に集合でいいよね?」


 もともと俺の意見なんてこれっぽっちも重要視しなさそうである。


「あいよ、りょーかい」


 いい加減に返事をしつつ足を前へと動かしていると、間もなく校門が目に入った。


「じゃ、また後でな」


「またね~」


 昇降口と自転車置き場は正反対の位置にあるため、いったん梅松に別れを告げ、自転車を置いてから校舎へと赴いた。


 放課後か。忘れないようにしないとな。


 昇降口から入り、来た校舎へ身体を向ける。渡り廊下を通過。どこかからか教師の怒りの雄叫びが聞こえる。


 ところでおふーは今なんでこんなに大人しいんだろう。


 階段を上っている途中、ふと気になって鞄を開けてみると、


「すー……すー……」


 整った息づかいで、気持ちよさそうに丸まって眠っているおふーがいた。どおりでさっきからやけに静かだと思った。


 ……梟って一日に何時間睡眠時間が必要なんだ? というか、夜行性だよね?


 キーン コーン カーン コーン


 階段を上り終えたところで、チャイムが鳴り響いた。


 俺のタイムスケジュールが確かなら、これは二時間目終了の合図だ。


 三時間目の授業には間に合ったみたいだ。






「ついに道也も知ってしまったかー!」


 わざとらしく手を額にあて、ガッカリしたように信雄が言う。


 教室に入って自分の席に着いた直後、「春山祭のスペシャルハッピーなんとかって行事、動物との交流会のことだろ?」と問いただしたところ、ようやく白状しやがった。


「なんで隠してたんだ?」


「道也の反応が面白いからさ」


 結局のところ、今年の春山祭で交流会があるってのはこの学校内では常識であり、俺はその通知の時にたまたま学校を休んでいたらしい。こんなのありか?


 だが、これである程度の謎は解けた。由香がおふー達を見ても何の同様もなかったことにも納得がいく。乃李も知り合いから聞いたんだろう。


「何の話してんだ?」


 横から充が顔をのぞかせた。


 充は別のクラスなのに当然であるかのようにうちのクラスに入ってくる。知らず知らずのうちにそれが定着してきて、今では我がクラスの一員も同然だ。


「道也がね、春山祭の特業について知らなかったって話」


「え!? お前まさか特業を知らなかったのか!? うわあ、春山高校生失格だな」


 一般生徒の間では『特業』で通じてしまうらしい。そこまで一方的に言われると、泣きたくなってくる。……好きにしてくれよ、もう。


 そういえば由香はあれから順調にやっているかと思い席に目をやると、たまたまタイミングよく目があった。


 微笑みながら手を振ってきたので曖昧な表情で振り返す。すると、彼女の服の中から一匹の猫が顔を出した。


 由香の顔の真下に、みけがいた。


 なんていいポジションを取ってるんだお前は!! 俺と代われ! いや、そこはどうでもよろしい!


 かの三毛猫(でも三色じゃない)は周囲を垣間見て、間もなく首を引っ込めた。あんな場所に入れておいて皆に見つからないのかよ。


 みけも由香の家で共同生活か。


 いいよなぁ。みけ、大人しそうで。


 こっちは暴れ狂う梟沈めるのにどれだけ労力を消費したことか。いや実際俺が沈めてたのではなく、本人が暴れ疲れて活動停止しただけなんだけど。


 俺も疲労でぶっ倒れないようにしないといけないな。


「ところでさ、昨日の課題どこまでだっけ? 俺やるの忘れててさ」


 と言いながら、俺の鞄に手をかける充。教科ごとに教師から課題が出されている日は、俺の課題帳(正解率50%前後なので参考にならない)を授業中に写すのがこいつの日課だ。


 何でお前はいつも宿題をやらないんだ? 毎回忘れたとか言ってるが、ただ面倒くさいからやってないだけだろ。しかも謝罪の気持ちなど全くないようだ。しょうがないやつだ。とか考えながら、俺は教室の隅でケン・ケン・パーをしている梅松を眺めていた。あいつは普段何をしているんだろうね。


 ………!!


 何を暢気なことを考えているんだ俺は!


 無駄に紙類の割合の高い俺の鞄の中には、毒リンゴを食べた誰かさんのように永眠……じゃなくて熟眠している、不思議生命体アンドロイド……じゃなくて白梟がいるのだった!


「さーて、課題帳はどれかな、と……あれ?」


 俺が気付いた時には、既に充は何か異常な物質を発見した様子で、しかめっ面で眉をひそめていた。


 おお神よ、この悲劇を丸めてゴミ箱へ投球してくれたまえ!


「なんで梟が入ってるんだ? これお前のペット?」


「どれどれ~? ほんとだー。道也の家にペットはいなかったと思うけど」


 信雄も鞄の中を除きこんで観察する。


 ……目覚めるなよ、おふー。


 しかしその思いは、無残にも打ち切られる。


「あ、起こしちゃった…?」


「かわいいな~」


  毛を逆立たせるような思いをさせるな!


  てか、鞄に注意を払っていなかった俺は、バカだ!


 二人はさらに顔を近づけ、白梟をまじまじと見つめる。


 ……喋るなよ、おふー。


 しかしその思いは、無残にも打ち切られる……!


「………だれ?」


 机の横に掛けてある鞄の中にいる生物は、おいこら、人の忠告を何だと思っていやがる! 俺は今朝お前に「喋るのもなしだ」って言わなかったっけかなあ!!


 一筋よく通るソプラノボイスが、俺の鼓膜を振るわせるのだった!


 どうやったらこの展開を乗り切れるのか?


「ああ、俺、充!」


「やあ、こんにちは。僕は信雄だよ」


「おふー、おふー! よろしくね!」


 ……なぜか自然な会話が成り立っている。初対面の部活仲間の挨拶程度の、なんとも自然な流れだ。


「道也が飼い主じゃ、さぞ大変だろうに」


「うんうん。本当、嫌になっちゃうよ」


「飯とか、ろくに与えられてないんじゃない?」


「そうなんだよー。もう、毎日残飯ばかりで」


 お隣のおばさん同士の会話のように、弊害を伴わずにお互い話している。というか、どさくさに紛れて何言ってるんだおふーは。


「君も、本校の文化祭に参加するのかい?」


「うん! モチのロンだよ!」


 目がパッチリ覚めたおふーは腕を前にグッと出してグッドサイン(人間で言う親指を上向きに立てるサイン)を示して、これ以上にないくらい快調に見える。目覚めがよろしいこって。


「なら道也、この子から文化祭のこと聞けばよかったじゃないか~」


「言えてるな」


「ああ………」


 俺に嘲るような目線を向けるクラスメイト二名に生半可に返事を返す俺。


 信雄と充のこの態度……学校の生徒なら誰でも知ってるって聞いたから、ひょっとしたら大事にならないかもしれないという思いは脳の片隅に置いてはいたが、まさかここまで絶大な威力を発揮するとは。身近な地域では共通の了解事項になっているのだろうか。


 由香や乃李の時もそうだった。驚くこともせず、珍しがったりもせず。


「この子、あなたのペット?」


 後ろから、女子生徒の声がかかった。


 確か、同級生の……静野さん、だっけ? 俺は人の顔と名前を覚えるのが苦手なので、まだクラスの半数も記憶していないのだが。


「ペットというわけではないけど……」


「あんまりいじめちゃだめよ」


 不可解なことを言って、彼女は去っていった。


 …………変な人だなあ。


「なあ、そろそろ授業始まるんじゃねえか?」


「うーんと……………そうだね。準備しなくちゃ。またね、おふーちゃん」


 時計を見てから授業開始時間を算出するのにやたらと時間がかかった信雄は、充を引き連れて各自の席に戻った。


「またねー、のぶおっち、みつるっち!」


 おふーは、早くも二人のあだ名を付け終えたようで、手を振って二人を見送る。


「……ね? 言ったでしょ? 春山高校内でなら確実に問題ないって」


 おふーは俺を見ると、パチッとウィンクした。


「ああ……」


 俺の知らぬ所でどれだけ常識の幅は捻じ曲がってしまったのか。


「……ありえないな」


 こういった情景はそこそこ見慣れてきたが、そう淡伯に受け入れられるかというと、まだそれはできない。最近の世の中と肩を並べて時を過ごすのは、思っているほど簡易ではなさそうだね。


 …などと考えていた今日この頃でした。






 その日の授業は、何というか、いつも以上に集中できなかった。海岸に打ちあげられて息絶えたクラゲみたいにずっと机に突っ伏していた。それは放課後のことがわずらわしくなったからではなく、そのことをずっと忘れないように意識し続けてていたからでもなく、まだ一昨日の不思議生命体との出会いと、昨日の話のことが頭から離れんのが原因だ。ついでに朝の出来事も加算されている。


 驚くべきことに、おふーは一日中寝ていた! 今もなお夢の中だ。やっぱり夜行性なのだろうか?


 そして放課後……


「おっそーい! 今まで何してたの?」


 図書館のドアを開けると、そこには不満そうな顔で仁王立ちをしている梅松の姿があった。俺としてはわりと早く来たつもりだったんだが。


「ま、いっか。じゃあ早速始めるから、どっか適当な場所に座りなよ」


 彼女は鞄(ぬいぐるみやらストラップやらがやたらと付いていて、動かす度にジャラジャラ音がする)から何やら取り出そうとして、


「あ! ノート持ってくるの忘れちゃった! 取ってくるから待ってて!」


 とペラペラ言い放ち、俺に話す隙を与えることなく図書室を出て行った。


 そして俺は一人誰もいない図書室にポツンと取り残されてしまった。図書当番の人はなんでいないんだ?


 しかしまあ、図書室なんて今まで一度も来たことがなかったから新鮮な気分だな。


 辺りを見回すと、そこには数えきれないほどの本、本、本…… この学校の図書室って案外広いんだなと感心しつつも、読書をあまり好まない俺とは無縁の場所だと思うと、何か面白いものはないかとうろつく気にもなれないので、近くにある机の一つにある四つ足の椅子に腰を落ち着かせ、足でも組みながらリラックスすることにした。


 俺は梅松が戻ってくるのはそれなりの時間を要すると思っていた。


 なんせ教室までの距離は結構ある。この部屋を出て階段を二階分上がり、反対の校舎の一番端まで歩くのを往復作業で行うわけだし、探すのに手間でもかかったら、カップラーメンが五個出来上がるくらいの時間がかかってもおかしくない。


 その間俺は何をして過ごせばいいのか名案が浮かんでこないため、しばらくはこうして椅子に座りながら静まり返った図書室の茶色い風景でも眺めていることにしよう。待ってる時間なんて実質そう長く感じないだろう。


 目を閉じ、周囲に耳をすませてみる。


 草木がざわざわと、どこか遠くでささやいていた。ああ、自然って素晴らしいなあ……。身の回りのものに耳を傾けるのも、たまには悪くないもんだ。


 そうやって、しばらく感慨にふけっていた……


「よっ!」


 肝を潰された。目を開いてみると、清らかな笑みが拳一個分ほどの距離に到来していたのだ!


「ぎょぅわあぁ!!」


 コマンド → 逃げる!!


「おいおいおいまてまてまて、俺だ。そんな火星人を目撃したじいちゃんみたいな反応しなくてもよかろう」


 今まさに図書館から飛び立たんばかりの俺の背に、昨日聞いたばかりの爽やかな声がかかった。


 右目は相変わらず黒一色の髪で覆われていて、剣を操る異常能力保持者、慶太が石柱のように棒立ちしていた。


 服装は思いっきり私服で、剣らしきものも見当たらない。


「い、いつ来たんですか!?」


「今さっき。ちょいと時空をいじらせてもらってね」


 SF系統でありがちな瞬間移動ってやつだろう。


 侮れないな、この人は。


「こんな所に来たりしていいんですか?」


「この室外の時の流れは遮断しといたから大丈夫だ」


 時間が止まってるってことだろうか。


 何か確証する物はないかと辺りを探すと、窓の外の小鳥が翼を左右に大きく広げて、飛行体制のままメデューサの目でも見たかのように固まっていた。


 この人、味方でよかったよ。


 俺はまた近くの椅子に腰を落ち着かせた。


「それで、何か用ですか? おふーなら鞄の中で寝てますが」


 床に落としてある鞄をあごでしゃくる。


「おふーはどうでもいい。お前さんに用がある」


 ぐうたら饅頭は例によって無視ですか。


「まあ、おふーにも色々と働いてもらってるしな。たまには休ませてやらないと、こいつも身がもたないだろう」


「働いてる? いえいえ、おふーはいつも俺の邪魔ばかりしてますが……」


「え? ああ、気にしなくていい。こっちの話」


「?」


 おふーが働く? この疫病神が? この生物にとって、邪魔=労働なのか?


「その様子だと、あんまり仲良くやってはいないようだね」


「はい、苦労してるっスよ」


  俺は敬語が交じってるんだか交じってないんだかの微妙な言葉遣いだ。


「でもおふーには悪気はないんだ。少しは大目に見てやってくれ」


「はあ……」


 ただ甘えてるだけ……なのだろうか。


「さて、俺がここに来た用件を話そう」


「何スか?」


「念のため新たな追加データが欲しい。こっちに来てくれ」


 手招きするので、再度図書館内に足を踏み入れる俺。


「追加データ……?」


 何のデータだ? 思い当たる節がないのだが。


「そ。あまり重大なことは分からないと思うけどね」


 そう言うと、昨日のように俺の額に人差し指をあてる。


 すると、


「ぅわお……!」


 慶太は頬を引きつらせて、驚愕の表情を浮かべる。


「どうしました?」


「そ…そうか。それで…… あ、いや、何でもない。こっちの話」


 そう言われると余計気になるもんですが。


「よし、収集完了。じゃ、俺はこれで失礼するよ」


 予想以上に迅速に終了したデータの吸い取り(どんなデータだよ…)の後、慶太はそれだけ言うと、くるりと百八十度向きを変えて、窓の方へ歩いていく。


「待ってくれ!」


 俺はまだ話したいことがあるのだ。


「どうした?」


 首だけ振り向くが、目は髪に隠れていてこちらからは見えない。


「おふーとの共存はいつまで続くんだ?」


「……お前さんの無機情報隔離体を解除できたらだ」


 慶太はなぜかもの悲しげな声をしている。


「その時、俺の記憶はどうなる?」


  俺は敬語表現たるものを忘れていた。


「一応消さないで残しておく。その点では心配いらないよ」


 …その点では?


「じゃあ、何か他に心配なことがあるのか? 俺に関して?」


「いや、…多分大丈夫だろうと思うよ。じゃあ、俺はこれで…」


 慶太は、できる限り早くこの場を去ろうとしている様子だった。


「最後に、一つだけ聞かせてくれ」


 しかし、また俺はそれを阻止した。


「この世界は、いつからこんなおかしな方向に変わった? その……うまく言えないんだけど、最近俺の身の周りでは普通では考えられないことばかりが次々と起こっている。動物が言葉を話したり、変な結界みたいなものに閉じ込められたり、魔法のような現象を見たり…… 今まではこんな異常事態は一度もなかったのに、なぜここ数日の間で、常識が覆されたようなことになっている? 俺のクラスメイトは動物が言葉を話すことは当然であるかのように知っているから、それなりに昔からそういう世の中になっていたのか?」


 分からないことを、まとまってない文で一気に聞いてみた。俺のここ最近の解決されていない疑問の数はあまりに多すぎた。信じられない光景も見てきた。俺が無知なのか、はたまた俺の周りが急変したのか、それをはっきりさせたかった。


 慶太は身体ごとこちらに向き直り、ややあって安心させるように言った。


「それは、今ここで語り尽くせるほど簡単なことじゃないよ。……そうだな、ここで少し世界の変容について話しておくか」


 慶太は数歩移動して、横に一列に並んで鎮座している机の一つ(俺のいる机の一つ前)に腰掛けた。


「お前さんが無知なわけではない。そしてお前さんの周りの人たちが変わったわけでもない。これだけは確信を持って言える」


 いろんな意味で、ひとまず安心した瞬間だった。


「これは俺たちの属している組織の仮設だが、おそらく、過去のどこかで時間に何か亀裂のようなものが生じたんだろう。それと同時に、俺たち特定の人間に特殊な力が備えられ、世の中に魔物が発生し始めた。いつ、何が原因で突発したかは分からない。そして俺たちは魔物を狩る人として、いつの間にやらポジションが定着してしまったのさ。……まあ、この変化の源を突き止めることができたら、また平穏な日々が戻ってくるかもな」


 慶太は、間を置いて、


「お前さんは結構謎が多い」


 肩に手を回し、首をコキコキ鳴らす。


「普通は、目の前に不自然な出来事が現れても、それを信じようとしない。今この世の中には、君も実感済みだと思うが、影ながら不思議な事が五万とある。なのに皆はそれを普遍的だと考えている……さっき説明したように、誰かが、もしくは何かが、不思議が身近にあることが当然だと皆が信じ込むような世界に変換してしまったからね」


 また何の話をし始めたのか、俺にはさっぱりである。すっかり狐につままれた俺に対し、やはり慶太は淡々と話を進める。


「例えば、動物が言葉を話す。これは明らかに奇妙な事態だ。なのに、春山高校の諸君は何も疑わない。非常識な真実を目の前に叩きつけられているはずなのに、そのことを何とも思わない。世界に亀裂が生じて以来、春山高校周辺の住人の思想の根本が書き換えられたからだ」


 そこで慶太は人差し指を俺に突きつけ、


「しかし君は、他の人達とは違い、この現実はおかしいと考えている。きっと、おふーと始めて対話した時も、そう感じただろう。俺が知る限り、世界が変容した後にお前さんのような反応を示した人間は初めてだ」


 世界の変容? 亀裂? 俺が皆とは違う?


 この人の言ってることは合ってる部分もあると思う。おふーみたいに明確じゃない表現もしないから、正気の沙汰だろう。確かに俺は動物が話すことは奇妙で不可解だと思った。いや、今でもそう思っている。


 だが、今やそれが異常だというのか?


 その、世界の亀裂とやらが発生した後の世の中のシステムは、動物の会話は常識範囲に収まっていると?


 もしそうだとしたら、それは……


 恐ろしいことだ。


 なんか疑心暗鬼になりそうだ。


 しかし、今さら否定することはできない。


 実際に俺は、不可解な成り行きを見て、この身で体験したばかりだ。


 そう考えると、この人の話も信じられる。


「ああ、言っておくが、まだ俺たち『魔物を狩る人』の存在は未だ秘密だ。これは外に漏れると厄介になる。だからこそおふーを監視役としてつけたんだからな」


 おふーではなく、もっと話の通じるやつにしてほしかったんだがな。


「そうだ、たこ焼き食うか?」


 不意に、慶太が懐からプラスチックパックを取り出し、パカッと開けた。中には大きめサイズのたこ焼きが八個入っている。


「ほれ、からしマヨネーズがうまいぞ?」


 つまようじを一つ、ぷすっとたこ焼きに刺して差し出してきたので、


「あ、どうも……」


 ためらいもなく受け取り、口に入れる。


 すっかり冷め切っていた。


 からしマヨネーズのほのかな辛味が舌全体に行き渡る。


 慶太はたこ焼きを二つ頬張り飲み込んでから、つぶやくように言った。


「現在の世間は、動物が話すことは受け入れられても、魔法は受け入れられないという中途半端な状態を保っている。まだその現象は春山高校周辺の地域だけで留まっているが、被害が拡大するのは時間の問題だ」


 じゃあ地球上の大半の人々は、まだ正常な価値観の持ち主だということか。


「さっきも言ったが、お前さんは他の皆とは何か違う。その特殊体質について調べるためにも、お前さんのデータが必要だったというわけさ」


「で、何か分かったんですか?」


 落ち着きを取り戻した俺は、何のデータか気になったがそこはあえて問わず、結果のほうを聞いてみた。


 慶太は困ったような複雑な形に眉を歪めた。


「いや、まだ詳細は不明だ。何日か経たないと細部まで解読するには至らない。一度持ち帰って精密検査してみないと何とも言えないな」


 たこやきパックを差し出しながら答える。


 もう一つたこ焼き(冷え冷え)をいただき、頬張る。


「ちなみに、おふーはこの事実についてほとんど知らない。あいつは地球上の生命体じゃないしな」


 じゃあ元よりおふーの話はあてにならないってことか。……通りでアイツの言い分にはいい加減なところが多すぎると思ったよ。


 そういえばこの人は地球出身なのだろうか。


「まあ、あいつにも近々話そうとは思っているがね」


 そう言うと慶太は机から飛び降りて、


「そんなに深く考えるなよ。今のお前の心配は、杞憂ってやつだ」


  そう言われても……心配するなって方が無理だ。


「ちょっと話が過ぎたかな。長々と話してしまってすまん。では俺はもう行くよ」


 不自然に笑ってみせると、瞬く間にこの場からいなくなっていた。


 消えるのは、相も変わらずほんの一瞬であった。


 俺は虚空を見つめていた。


 目の前の卓上には、たこ焼きが四つ入ったパックが、寂しそうに取り残されていた。






「お待たせー! じゃ、始めよっか。ん? どうしたの? 鑑真みたいな顔しちゃって」


 あれから何分経過したか、俺がからしマヨネーズたこ焼きをたいらげてゴミ箱へナイスシュートを決めた時、歴史的に偉大な人物を愚弄するような言葉を俺に投げかけながら、ハイテンションな梅松が帰還した。腕にはA4型の委員会ノートと、それとは別にやけに分厚いファイルが何冊かどっさり抱えられていた。


「何、それ?」


「資料」


 一単語だけ発して、その紙の束を机の上に置き、


「で、何を始めるって?」


「とりあえず、ウチのクラスの制作物は、春山高校の歴史に関すること」


 得意げに説明しながら俺の向かいの席に座る。


「前のホームルームでは、主に春山高校の伝統を写真などで記載するというところまで決定した」


 なんか嫌な予感がしてきた……


「ってなわけで、」


 梅松は、一息置いて、


「学校の歴史の資料を読みまくって、伝統の情報をゲットしましょう!」


「マジかよ…… なんでそんなこと俺がやんなきゃならねえんだ! それってクラスメイト全員で協力して行うものじゃないのか?」


「つべこべ言わない! 今朝はいいって言ったでしょ! さっさと開始する!」


  拒否という選択肢を乗せた船は、はなから沈没してたらしい。


「なんだよこの量は……」


 こいつの持ってきた学校歴史資料とやらの厚みは、国語辞書五冊分は軽くあるんじゃないか?


 街中で出会ったいかにも怪しい人にホイホイついて行った結果、実は詐欺師で大金をぼったくられたような気分だ。


 しかし失望落胆した俺とは裏腹に、目の前の詐欺師は黙々と作業に取り掛かっていた。こいつのやる気は本物だ。


 帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい帰りたい……


「へぇー、開校当時は異常気象研究同好会があった、と。…って道也、ちゃんと仕事する!」


「分かったよもう!」


 異常気象研究同好会ってどんな活動するんだ? という疑念は押し殺して、しぶしぶファイルに手を伸ばす。


 ……しかし間もなく、


 ドン!


「ミチヤ―ン! お前ら二人で何コソコソやってんだ? 怪しいぞコノ! 俺らも混ぜろよ!」


「ムフフフフ……君たち、何も図書館でランデブーはないんじゃないのかい?」


 新入メンバー乱入! 派手に開け放たれた入口に、充とガタオがそれぞれ誤解豊富な台詞と共に参上した。


 静寂の場である図書館に雑乱の種をまくな!


「なんでお前らが出てくるんだよ!」


「なんであんた達が来るのよ!」


 俺と上松が同時に似たような発言をする。


 充はニヤニヤしながら歩み寄ってきた。


「何か不思議現象求めて旅をしていたら。ちょうど青春な状況を目撃したもんで。二人だけの世界を邪魔してごめんよ!」


「俺は充君の行動が面白そうだから付いてきたのさ。そしたら、もっと面白いことに出くわしたよ。今のこのシチュエーションだね」


 眼鏡をキラーンと光らせるガタオこと芽谷山弘介は自分の仕事を他人にやらせておきながら、ちっともすまなそうな顔をしていない。


「俺的には早く家に帰ってゲームの続きをプレイしたいところなんだが、こうして来てしまったんだ。状況説明をお願いできるかな? ムフフフフ……」


 気色の悪い笑い方をするな。


「あんたが委員会の仕事に対して不真面目だからこうなってるんでしょ!」


「ノヴォスッ!」


 梅松のライフルのような後ろ回し蹴りが、ガタオの首を強打。ヨタヨタして、仰向けにぶっ倒れた。


「ガタオは完璧に野次馬野郎だから無視して、さてさて、これはどういう展開かな?」


 充が楽しそうに身を乗り出してくる。


 梅松は人一倍パワフルな力の持ち主なのだ。


「え…… これは別に……」


 お前も野次馬二号じゃないのか? と言いたかったのに、俺の守護霊がそれを阻止したかのように中断されてしまった。


「そこのバカオタクが仕事しないから、道也にやってもらってるだけよ」


 先ほど回し蹴りを放って約一名を気絶させた梅松が、代わりに説明してくれた。


「本当にそれだけかなあ? 何か他に、もっと大事な目的がグホウァ!」


 充の頭頂部に、今度はギロチンのようなかかと落としが炸裂し、彼もまた地面にうずくまって動かなくなった。


 梅松は人一倍容赦はしない正確の持ち主なのだ。


 そこへ、別の声が聞こえてきた。


「わぉ。なんか木の板が斧で砕かれたような音が聞こえてきたから何かと思って見に来れば、このメンツはどういう組み合わせだい?」


 また絶妙なタイミングでややこしいキャラがやってきた。


 図書館の入口には、信雄が、まるで面白いものでも見るかのような目をして立っていた。


「この二人は、梅松さん一人でやったのかな?」


 無様な格好の二人を見ながら言う。


「いててて……そうなんだよ! 俺は何も悪いことはしてないんですよ刑事さん!」


 充がガバッと起き上がったかと思うと、意味不明な発言とともに、すぐさま許しを請う犯罪者のごとく信雄に近寄る。


 ガタオは、まだなお死んだザリガニのようにピクリとも動かず、泡を噴いて大の字の形で床と一体化していた。


 信雄は梅松を見る。……のんびりした眼で。


「ふむふむ。梅松さん、この二人が相変わらずうるさいし人の話も聞かないし自己中心的だし変態だしオタクだからといっても、これはちょっとかわいそうだと思うなあ」


「ちょっと待ったあ! 最後の二つ(変態&オタク)は俺のことじゃないよな?」


 充がすかさず意見する。それ以外の三つは認めるのかよ。


「この二人が、変な誤解してるからいけないのよ」


 梅松は腕を組んで、誇らしげな顔をしている。


「誤解じゃなくて、その通り… ボヘェ!」


 たんこぶができた充の頭に、さらに裏拳の追加攻撃が加わる。


 ……やれやれ、会議が乱闘になっちまった。


「信雄、お前はなんでここに来たんだ?」


 俺は、頭を両手で押さえてうずくまってる充は視界の片隅に置いておいて、ガタオの死体をツンツン突っついている信雄に聞いた。この表情を見るに、ただ単に梅松の撲殺音を耳にして駆けつけただけのようには思えんな。


「ふふふ…… 僕の情報通を舐めちゃあいけないよ」


 顔だけこちらに向け、目を光らせる。


 どんな情報なんだ!? …こいつ、怖ぇ。


 そうそう、信雄は昔から妙に情報を仕入れるのが早い。ゲーム発売日やテレビ番組日程、その他にも、学校の先生人気ランキング、生徒のテスト成績順位、校内カップル情報、多彩なジャンルにおいて知らないことはほとんどないといっても言い過ぎではないだろう。


 ……危ない子だわ。


 敵に回すとすえ恐ろしかろう。深く追求するのはよしておこう。


「ップハ! な、何が起こったというのだ!?」


 今さらになって目覚めた眼鏡オタク野郎は、自分の身に何が起こったか理解できてない様子だ。


 とりあえず無視。


「おい、梅松。どうするんだ?」


 俺はこの状況が継続した場合、文化祭の決め事がいっこうに進まないのは明らかだと思うのだが。


「はぁ。今日は予定外の人物が来ちゃったし、また今度にしようか」


 戦闘モードを解いた梅松は、諦めるように言った。


 やっと帰れる~♪


「よし分かった! じゃあお言葉に甘えて、俺はお先に失礼するぜ! では御機嫌よう、皆の衆!」


 適当に(本当に適当に)、別れの台詞を逃げるように吐き捨て、俺は鞄を手に、一目散に図書館を飛び出した!


 こんなところにいるのはゴメンだ。さっさと脱走だ!


「おっと」


 ハイスーピードではないはずなのに、途中で足を絡ませて転びそうになった。


 なんでだろ? ……なんか調子悪いな。


「あ、逃げるなー!」


「あれ~? もう帰るの~?」


「待てよ、ミチヤン!」


「むはぁ! 眼鏡にヒビがぁ!」


 とか言う声が後ろから聞こえたのは多分空耳。そう、空耳!






「んにゃ」


 パンクしているのに気付かずにいてタイヤがお相撲さんのお腹のようにブヨンブヨンになってしまった哀れな自転車にまたがってギイコラギイコラやっていると、鞄の中から変な音が鳴った。


 そして間もなく、白い何かがチャックから出てきて、その時腹を空かせていた俺は、一瞬本気でそれを肉まんだと勘違いしてしまった。


「あ、おふーか」


 朝以来久しぶりに聞く声だった。


「おはよう、みっちゃん。もう朝?」


「おはようじゃないだろ。もう夜だ」


 目をこすりながらあくびをする梟に対して、鞭を打つように言う。


 おふーの方に意識を集中させていたせいか、フラっとバランスを崩しそうになるが、なんとか持ちこたえた。


 おかしいな。普段ならこんなことで転倒しそうにならないのに。


「今日、おふー、静かにしてたでしょ?」


 上目遣いで聞いてくるおふー。


「ああ、偉い偉い」


 幼稚園児相手に話すような感覚で褒めてやる。


 …実質、寝てただけだろうが。


 それで監視役が務まるのだろうかと疑問に思う。


「えへへ」


 おふーは照れたように笑って、鞄の中に潜り込んだ。


 以外にシャイなやつかも。


「明日からもこの調子で頼むぜ」


「うん」


 おふーはたった一言だけ、そう言った。


 なんだ、素直でかわいいところあるじゃん。


 いつもこうならいいのに。


「お前、いつもそんなに睡眠が必要なのか?」


「すー、すー」


 俺の質問には、返答の代わりに規則的な息の音が返ってきた。


 鞄の中を除いてみると、紙の束に閉じ込められ、縮こまって安眠しているおふーの姿があった。


 心からリラックスしてる感じだった。


「まったく、しょうがないやつだな」


 俺は一人つぶやき、思った。


 おふーとしばらく暮らすのも、まんざらでもないかなあ、と。

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