第三話
俺自身、本当に何も分かっていない。
それは由香も同じだろう。
この現象の全てが分からない。
原因、理屈、結果、何にも分からない。
それをどうやらこの剣士さんが説明してくれるらしい。
慶太は、俺と由香をそれぞれ見てから、語りだした。
「単刀直入に言いますと、お前さんはさっきの大男に呪いをかけられたんだ」
その剣士は、あっさりと述べた。大男とは、やっぱり狩留家とかいう貧乏野郎のことではなくそれより早くに登場した鎌ゴリラのことだろう。
それだけの弁明では釈然とするわけもなく、俺は口をポカーンとだらしなく開けるだけ。
「安心しろ。呪いといっても、普段の日常生活に支障をきたすようなことはない」
「そうそう、ただ、魔法がかけられなくなるの」
……は? まほう?
「おい、おふー。いきなりそれ言ったら、話がこんがらがるだろう!」
「あ、ごめんなさい」
「まったく……あ、このチビの言うことは放っておいていいからね」
「慶太さんっ!」
話を進めてくれよ…… 確かにおふーの言ってることは無視したほうがよさそうだけど。
「じゃ、始めるぞ」
一息おいてから、慶太による科学的力学的解説が行なわれたのだ。
「気付いてると思うが、俺は普通に生活している皆様と違って特殊な能力を秘めている。なぜそのような能力を持っているのかは分からない」
「そうそう! 慶太さんは特殊なの!」
「そういう人間は世界でもごくわずかしかいなくて、全員、ある組織に所属している。もちろん、俺も含めてな」
「ちなみにおふーは所属してませーん!」
「組織は二つある。いずれの組織も、主に魔物退治が仕事だ。魔物ってのは、まあテレビゲームとかでは主流なモンスターみたいなのを想像していただければ結構」
「おふーはエンジェルバード!」
「魔物なんているわけないと思うだろうが、現実では既にウヨウヨしている。でも魔物を見たなんて話、聞いたことがないだろ? それは魔物を見てしまった人たちの記憶を俺らが消して回ってるからだ。世間に知れ渡ったら大ニュースになるだろうからね」
「そういうこと!」
「二つの組織は、昔は仲良くやってたんだが、どうも最近俺の属してない方の組織の様子がおかしい。なにやら企んでいると踏んだ」
「さらにおふーは」
「お前はさっきからうるさいんだよおぉ!!」
人間様が解説し、動物様がそれに付け加える(?)といったやりとりがしばらく続き、今見てみると動物様の方は人間様にボコボコにのされている。
俺と由香は、ただ黙ってその奇怪なスキンシップを眺めている。
「はあ……はあ……これでよし」
〈シュゥゥゥゥ…〉
何寸か離れたところに、焦げた饅頭が転がっていた。
由香と目を合わせて、同時にため息。これじゃあ解説にならん。
とりあえず、聞いた話をおふーの突っ込みをスルーして読み直してみよう~!……それでもやっぱり理解できんな。
「では話を続けよう。今では俺たちはやつらの監視をしている。中には気が狂った奴らも沢山いる。さきほど退治した大男や狩留家も、相手組織の一味だ」
俺はさっきから話を何も飲み込めてない。なんか信じられないことばかりが耳から入ってくる。
「簡単に言ってしまえば、俺らが正義で、あいつらが悪ってことだ」
つまり、この世界には不思議な力を持った人間がいて、その中には悪人もいますよってわけか。
……あんた頭大丈夫か?
と言いたいところだったが、さっきの出来事が、それを決定的に証拠付けていたため、そう易々と口にはできない。俺自身が体験した生々しい記憶だったので、説得力は十分すぎるほどあった。
「俺らが使える能力ってのは、例えばこういう……」
そう言うと、彼は手の平を上にして差し出す。
〈ボゥッ〉
するとその手の中に、小さな、それでいて明白な炎が出現した。 メラメラと漂い、背景がぼやける。
なぜ手の平に炎が突如現れるのか、物理的に説明するのは不可能なんだろうな。
特別な力とやらを証明してくれたみたいだが、俺の記憶の現象よりも小さい規模だったので、俺は動じない。
抜け殻のような顔で、何秒かその火の玉を眺めていた。
「あれ? 思ったより驚いてないなあ。まあその方が話は早い」
最近奇怪な出来事に遭遇しすぎているせいか、知らず知らずのうちに俺もこの手の話にはすっかり慣れちまったみたいだな。
なんか人間離れしてきたみたいで悲しいね。
「組織では、別の名称で呼んでるんだが、分かりやすく言うと、『魔法』だな」
慶太がグッと手を握り、再び開くと、炎は跡形もなく消滅していた。やけどの跡などは予想通り見られない。
「とりあえず、俺らみたいな特殊な人間がいるって事は理解していただけたかい?」
種も仕掛けもないことを証明するかのように両手を横に広げる慶太。
軽いパフォーマンス程度でしかないのだろうか、今のは? 夢のようなことをいとも簡単にこなすとは……
ホントに、これ、現実?
「おふーも魔法使えるんだよ! えい!」
焦げたおふーの手から、電撃のようなものは放たれた。範囲は小さいが、人をしびれさせるのには十分であるように思えた。
じゃあ目ビームとやらも魔法……か?
「あ! てめぇいつの間に!」
「おふーはタフだもーん!」
胸を張って、自慢げにののしるおふー。懲らしめられた痕は残っていない。
「しょうがない、大人しくしてろよ」
「はーい!」
元気よく返事をして、案外素直なやつなのかもしれん。
「魔法とはちょっと違うんだけど……まあ分かりやすい表現で言うならそれが適してるかな。じゃあ魔法でいいや」
案外適当でいいものらしい。
「なんか、さっぱり分からない話だね」
横から由香が俺にだけ聞こえる声量でぼそっといった。由香の頭上にも俺同様にハテナマークがフワフワ漂っている。
常人の反応とは思えないほど由香は落ち着いていた。
「話が逸れたな。えー、あいつら……つまり狩留家たちの組織は大量のエネルギーを欲しがっている。そこで、これを見てくれ」
慶太はパーカーの内ポケットから何かを取り出した。それは球体で、酸化した後の鉄のような色をしている。
何だ、これ?
「『すーぱーロケット発電機★二号くん』だ!」
…………はい?
「こいつを使えば、短時間で膨大な量のエネルギーを摂取できる。こいつを奴らから守るのも俺の指名の一環さ」
『すーぱーロケット発電機★二号くん』という名称の示すものが、昔流行ったアニメのタイトルとかじゃなくてエネルギーを集めるための機器だということにやっと気付いた。まてよ、二号ってことは一号もあるのか?……ってそこはどうでもよろしい。
「ヤツら、エネルギーを沢山吸収するために、いらん研究してこんなつまらん代物を作り上げちまった。これをヤツらに使わせるわけにはいかないんでね。何をしでかすか分かったもんじゃない。ってなわけで没収。迷惑なことに、俺たちが死守せにゃならんことになってしまった」
それはひどい話ですねー(よく分かっていない)。
「組織の間では『アレ』だけで通じちゃうんだけどね。今俺たちの組織の間で『アレ』って言ったら、まあ間違いなくこいつのことを指すな」
ああ、大男が言ってた『アレ』ってこれのことだったのか。狩留家も似たようなことを言ってたな。
「まあこれは別に話さなくても良かったんだけどな。ここまで喋っちまったんだから、ついでに知っとけや」
はあ、さいですか。
「よし、大体俺たちについてはこんなもんだろう。それじゃ、いよいよ本題のお前さんの体内に組み込まれた無機情報隔離体について説明しよう」
慶太は周りを少し警戒して、
「これがちょいと面倒なんだ」
そう前置きしてから、声色を低くして言う。
「お前さんは、さっきの大男に『魔法に関わることを一切遮断する魔法』をかけられた。詳しく言うと、状態異常に関わる魔法に限られるんだけどな」
よく分からないけどいつの間にかそんなことが俺の身に起こっていたらしい……
「それは俺たちの間では無機情報隔離体って呼ばれている。呪いだと言ってる人もいるが、寿命が縮まるとかいうことはないんでご安心を」
俺は魔法に関与することを禁じられたということか。
でもまてよ……それって別に俺は何も困らないんじゃないか?
「じゃあ何が困るんだ?」
俺は久しぶりに口を開いた。
慶太は顎に手を当て、小間思索にふける。
「お前たちは魔法という存在を知らない。なぜかというと、それも俺たちが記憶を消してるからだ。ひょっとしたらお前だって今までに魔法を見てきたかもしれない。記憶を俺たちの仲間に消されていただけでな」
ややこしい話になってきたな…。
「一般人が魔法という非日常的なものの存在を知ってもらっては困る。すなわち、俺らや魔法のことを知られたやつの記憶を消せないってのは、非常に困る。よって、今のお前の状態は困る」
そんな数学の証明みたいな口調で言うなよ。よけい混乱する。
「じゃあ、あたしは?」
由香が尋ねる。そうだ、由香は何もされてないんじゃないか?
「お前さんは大丈夫だ。安心していいよ」
にこやかに笑ってそう言うと、再び声のトーンを落として、
「それと、さっきの妙な空間は、現実とは切り離された世界に形成する特別なフィールドだ」
あの妙に居心地の悪い空間のことか。
「だから普通、他の人に目撃されることはない。物件の破損防止のために、誰かと一戦を交える時は必ず形成させなきゃいけないんだが、今回は発動させるのが遅れてしまってお前たちを巻き込んでしまった… 完全に俺の責任だ。すまない」
俺たちに、深く頭を下げた。真剣な顔つきをしている。さっきまでの明るい面影はどこへいったやら。
「いえいえ、いいですよ……」
俺はというと、そんなに真剣に考えていなかった。最初に家が破壊されて変な場所に閉じ込められたときは、崖っぷちから渓谷にダイブしたい気持ちだったが、今は自分でも驚くほど対岸の火事みたいに落ち着いている。。こんな現実離れした体験をして現実離れした話を聞かされたってのに、それが日常のことのように感じられてしまうのは、俺の脳細胞ももう潮時かね? 前に一度おふーに会ってるってことも冷静さを保っていられる理由のひとつだろうな。
由香も驚愕した様子はない。むしろ笑っているようにも見える。学校にいる時に見せる微笑みに近い。
「あたしたちは迷惑だなんて思ってませんから、気にしないで下さい」
由香の言うとおりだ。なんでだろう、事の発端はこの人なのに非難する気なんてさらさらない。
「だが、あんたたちのことは俺たちに知られちゃまずいんだろ?」
俺が聞くと、慶太はやっと頭を上げ、
「それについてはもう考えてある。お前たちから世間に情報がもれないようにすればオッケーってわけだから、二人に見張りをつけようと思う!」
左目から読み取れるその表情はもう明るく元通りになっている。切り替わり早ぇ。
「見張りっスか!?」
「そう。それで外部にバラすようなことがあれば、相手側の記憶を欠けばいいって話。まあ心配ないと思うけど。もしもの時のためにな」
「でも、彼女の記憶は消せるんじゃないですか?」
由香を指差しながら言う。
「実のところそうなんだけどね。でも、一人だけ消すってのも可愛そうだからね」
その程度で済ませられるってことは、それほど厄介な話ではないのでは?
「いずれにせよ、見張りを用意しておけば同じことだしね」
「なるほど、納得」
とか言っておきながら本当は全然納得できていない。 なんか半ば強制的に丸め込まれてる気がするんだけど…。
だって、何もかも、この上なく重要な話に聞こえるのに、おふーも、慶太も、あまりにいい加減すぎるんだもんなあ。
「よかった、なら安心だね」
安堵の表情を浮かべる由香。何を安心したのか俺には理解しがたい。
「じゃ、おふー」
慶太は斜め下に座っているマシュマロに向かって言った。
「見張りよろしく」
「ふぇ、ふぉごふ!?」
今の変な擬音語はといいますと、口の中いっぱいをポップコーンで満たしたおふーが発言したものです。手にはポップコーンの袋(Lサイズ)が握られております。てかどこからポップコーンが出てきたんだ!? それでやけにさっきから静かだったのか!
「もがふぉが……〈ゴックン〉、おふー、みっちゃんの家に泊まるの?」
「ゲッ」
「ああ。こいつは純粋な目をしてるからそれほど警戒しなくてもいいと思うけどね。あと、そっちの子にも見張りが要るからもう一人誰でもいいから呼んでくれ。彼女もとても純粋な目をしてるからそれほど警戒しなくてもいいと思うけどね。」
由香にだけ「とても」がつくのは仕様ですか?
「分かった、ピポパポ、トゥルルルル、トゥルルルル」
おふーは、携帯電話のような小型の機器を取り出し(だからどこから取り出したんだ!?)、わざわざその効果音を口ずさむ。
「もしもし~、いま家にだれがいる? ……え、ひとり!? ……うん、……じゃあいますぐ地球に来てくれない? ……そうそう、おふーがいつも使ってる場所。………ダメ! 来ないとおふーが慶太さんに怒られちゃうよ! 拒否権なし! 絶対来てね! 大至急だからね! 来いよ!! じゃあね! (ピッ) ふぅ、呼んだよー、これでいいんでしょ?」
地球に来て、って……この生命体はどこ出身なんだよ……
「最後のほう強引じゃなかったか……?」
「いいのいいの!」
にこにこ笑顔で答えるおふー。
それにしても、この梟に会って以来も由香は平然たる顔つきでいるが、梟団子に対して何も疑問に思わないのか?
そして間もなく、本当に間もなく、
「おまたせー!」
おふー同等スケールのチビっこい生き物が猛ダッシュで走ってくると思ったら、次の瞬間には俺たちの前にいた。
おふーみたいに白団子なのかと思って見てみると、意外や意外、おふーとは違って、二つの茶色い耳、黒い鼻、長いしっぽ…… 世間一般で言う「ネコ」のような生き物がそこにいた。またしても二本足走法で。
「もう! お姉ちゃんったら、急すぎるよ!」
「おふーじゃなくて、慶太さんに文句言ってよ!」
「いや~あ、悪い悪い、急務なもんで」
「いえいえ、慶太さんは謝らなくていいですよ!」
おふーみたいに騒がしいやつかと予想していたが、こいつはそれほどでもなさそうだ。むしろしっかり者タイプのように見える。
それより気のせいだろうか。おふーのことをお姉ちゃんと呼んだように聞こえたんだが。
「どうもはじめまして、あなたが道也さんですね? お話は姉から聞いています!」
「はぁ、どうも…」
「あ、かわいい!」
由香がネコらしき生き物を見て軽く跳躍して感激の声をあげる。その瞳は乙女らしい輝きを帯びていた。
「あたしの見張りがこの子ですか?」
「そうとも。仲良くしてやってくれ」
「やったぁ!」
頬に手をあて満面の笑みを浮かべる由香。俺もそっちがよかったなあ……
「ええと、名前はみけです! 見ての通り三毛猫です! これからよろしくお願いします! 〈ペコリ〉」
お辞儀をして、登場以来一度も笑顔を絶やさないネコは、毛の色は白一色で、どう見ても三種類ない。
全然見ての通りじゃないじゃないか!
「道也さん、姉をよろしくお願いしまーす!」
こちらに向かってもかわいらしく頭を下げる。
「ああ、こちらこそ……」
やっぱり、みけとやらはおふーの妹さんなのですか。
………………なんで梟の妹が猫なんだよ!!
「ところで、君の名前は?」
剣士兄さんが聞いてくる。
「え…ああ、俺は崎本道也。ええと、あなたは、慶太……さん?」
「多菜香慶太だ。『さん』はいらねえよ。気安く呼んでくれて構わない」
「は…はあ」
「それで、君は?」
今度は由香のほうを指して言う。
「あ、由香です! 宮下由香です! よろしくお願いします!」
みけの影響か、すっかり興奮している由香。それとは対照的に、おふーの影響か、すっかり落ち込んでいる俺であった。
「ふむ、道也くんと由香ちゃんだね。登録完了」
何の登録だ!?
「じゃあ、俺はもうそろそろ時間なので失礼するよ。もう暗くなってきたし、君たちも早く帰るんだぞ」
「「はーい」」
おふーとみけが声をそろえて言う。
いつの間にか真っ暗だ。太陽さんは山の奥に身を隠し、月が紺色の空から俺たちを見下ろしていた。
街灯の明かりが物悲しげに俺たちを照らす。
「そうそう、みけは大丈夫だと思うが、…おふー、道也くんの家であんまり迷惑かけないようにな」
慶太はしゃがんで、茶碗ほどしかないおふーの小さな頭に手を置き、子どもをしつけるような形で注意した。
やはりみけよりおふーの方が問題児か!
「なるべくそうするよ!」
なるべくって……
この梟は俺の家で何をするつもりなんだ!?
「……道也くん、あんまりこの梟を自由な状態にさせないほうがいいかもね」
言われなくてもそうするつもりです。
慶太はそれだけ言うと、慶太はワープでもしたかのように瞬時に消え去っていた。
無論、後には何も残らない。
風が緩やかに吹き付けてくる。
「あたしたちも帰ろう?」
由香が促す。
「そうだな」
腕時計を見ると、午後七時だった。家で姉が空腹を訴える時間だ。夕食はいつも俺が作って(というか作らされて)いる。早く帰りたいね。
さっきから頭にギンギンするような痛みが伴うのはなんでだろう? 変な空間に長時間いたからだろうか。明日になれば治るだろうけど。
「行こっか、ゆっかー?」
おふーが元気に言う。
ゆっかー…… おそらく由香のことだろうが、この方々は呼び名をつけるのが習慣なのか?
「うん。おふーちゃんも!」
「はーい!」
「みけも!」
「みんな一緒に帰ろう!」
「「はーい!!」」
「……」
早くも俺以外の三名は打ち解け合ったみたいだ。
今は素直そうに元気に返事をしているが、この梟、俺の家でも大人しくしていてくれるんだろうな?
しかし俺の不安は見事的中した。
「もういいだろ! 見るだけ全部見ただろ! もうやめてくれ!」
「だめ! もっと見せてよ!」
「うわ、そこは駄目だぁ!!」
帰宅して早速これだ。
帰宅途中おふーとはぐれ、家に着いてから大急ぎで二階に上がってみると、窓から俺の部屋に侵入していたおふーが部屋を荒らしまくってるって状況だ。
遊園地に来た子どものような笑顔で部屋中を飛び回る梟。
今日は家に俺たち以外誰もいないことは幸いである。
机の引き出しを開け、タンスを開け、クローゼットを空け、何かを見つけてはホイホイ取り出して、ある程度観察したら放り投げてほったらかすもんだから床は散らかり放題だよコノヤロウ!
そして、今まさに押入れを空けようとその消しゴム一個分ほどしかない小さな手を伸ばしているのだ!
「えい! せや! う~ん、手がとどかない~」
「ストオォォォォォォップ!」
押入れの前に仁王立ち、両手を〈バッ〉と左右に広げ、ここから先は通しますまい、弁慶の魂でも宿ったかのように、決死の覚悟で死守!
中に怪しい物が入っているわけでもない。ヤバい何かが身を潜めているわけでもない。5年前に食べ残した豆腐がゴミに埋もれているわけでもない。だが開けられては困るのだ! 大いに困る!
なぜなら、この中はこれ以上入りきらないほどにガラクタがギュウギュウに敷き詰められていて、開けたくても開かない状態。もしそれを無理にこじ開けようものなら……
「くらえ! おふー流なぎはらいぎりぃ!」
「どおぅわぁ!」
おふーはいつの間にやら銀色に光る物体を手にしていた!
どこから取り出したのか、おふーの身長サイズの大剣(とは言っても人間からすればナイフのようなものだ)を引き抜きジャンプ切り! 当然俺はわが身を守るため回避行動! 振り向くと押入れのふすまが真っ二つ!
と同時に、
ガラガラドッシャボガゴロゴロゴロダム
ビルが崩壊したのかと誤解を招きそうなほどの大音響と共に、おもちゃやら文房具やらダンボールやらの大群がおふーに襲い掛かる!!
そしてそのまま、
プチッ
ふさわしい擬音と共におふーは潰れた。
辺りがシーンと静まり返る。
埃がもうもうと立ちこめている。
「あのー…… 大丈夫……なわけないよな」
目の前にあるのはガラクタの山だけ。梟の容姿は見えない。
「……おふー?」
声を掛けてみても一向に応答はない。
「もしかして………… 死んだ?」
「ぷはー!」
するとおふーはガラクタの重みを無視して大ジャンプ。難なく脱出し、くるっと回転してムーンサルトを華麗に決め、艶やかに着地。
……せっかく今日の睡眠時間が確保できたと思ったのに……
「あ、生きてた……」
「なんでそんなに残念そうなの?」
「いや、別に……」
「それより、ひどいじゃない! おふーが危険な目にあうと知ってわざと押入れを開けさせたんだね?」
「違うだろ! てか俺は止めたよ! お前が勝手にぶった切ったんだろうが!」
そう、文字通りこの梟はぶった切りやがった。真っ二つに。遠慮を知らないやつだ、とかいう次元じゃない!
「俺の部屋、元通りにするんだろうな?」
「うん、もちろん! 一緒に頑張ろう!」
「なんで俺まで…」
「前遊べなかった分、今回は気の済むまでフィーバーしよう!」
「遊び……」
この梟は遊び程度で俺の部屋を屑鉄にしようとしているのか!?
犯人はまぎれもなくこの白梟一人のはずなのに……
「さーて、片付けるそー! ……ん?」
珍しくおふーが手伝うかと思いきや、
「わぉ、このダンボールの中、けっこうおもしろいものあるじゃん! あ! これどうやって動かすの? このネジ回せばいいのかなぁ?」
目をキラキラ輝かせながら(元々そうだけど)、無残に転げ落ちたダンボール内へダイビングして、俺がガキの頃よく遊んでいたミニカータイプのおもちゃで遊び始めやがったよコノバカヤロウ!
「ほりだしものがありそうだ!」
「……もう、好きにしてくれ」
諦念をいだき、放心状態の俺。
もうしばらくはやりたいようにやらせておこう、そう考えているさなか、
「道也、飯!」
我が姉、乃李の到来だ! なんてバッドタイミングだ!
ノックもしないで、ドン! とドアを力の限り蹴り開けてズカズカと侵入してくる様は、悪の団体の幹部のそれである。
「なんでこんなに散らかってるんだよ…。子供心に戻りたくなったのかねえ」
「げっ! 乃李、いつ帰った!?」
「今さっきさ。そんなことより、飯はもうできてんだろうな?」
「いや、まだ……」
「早く作ってくれよ。私は眠いんだ」
「へいへい」
こんなに乃李の帰りが早いのは想定外だ。おふーが見つかってはマズイ。ばれないようにしなければ。俺はできる限り身をよじり、梟入りダンボールをかばい、人事を尽くして天命を待つ!
ところがどっこい、
「こんばんは~!」
「ぶっ!」
思わず吹き出してしまった。
恐る恐る壊れたロボットのように後ろ斜め下四十五度の方角に視線を移せば、おふーが元気よく、いつもと何一つ変わらぬ顔で片手を挙げて挨拶していた! なにやってんだ人の気も知らないでコノクソバカヤロウ!!
「みっちゃんのお姉さん? おふー、おふー! よろしくね!」
「うむ、道也の友達か? よろしくな。私は乃李だ。こいつ、わがままで扱いづらいが、仲良くしてやってくれ」
と、乃李は親戚のお子さんに会った時のように、普段は見せない優しさを秘めた微笑と共に返答する。
「ええっ!? なんで会話が成立してるの!? 驚かないのか!?」
「何を驚けって?」
「だってこれ、梟だぞ!?」
「見れば分かる。かわいらしいじゃないか」
「いやそうじゃなくて、おかしいだろ! 梟が喋ってるなんて」
「はぁ? 今さら何言ってるんだお前は? とにかく、早く飯作れよ! そうだ、おふーとやらも召し上がっていくといい」
「わーい、ありがとう!」
いいたい事を端から言い放った乃李は不機嫌そうに去っていった。
対しておふーは上機嫌オーラを振り撒いていた。
「やさしいね、お姉さん」
「……これはどういう風の吹き回しだ?」
なぜ乃李が喋る梟を見ても全く驚かなかったのか。その時の俺にはさっぱり理解できなかった。
「おふーもちょうどお腹すいてきたんだよね。夕ごはん、たのしみだなあ」
……この先、俺はまともに生きていけるのか、はなはだ不安である。
いつもの食卓に一人分の追加があったので、献立に最初は少し苦悩した。
食料が多種なかったので、適当に肉野菜炒めを作った。
二人前プラスアルファ。といっても、おふーの分はイヌの餌の度合いで用意した。
梟って何食べるんだ? という疑惑はあったが、俺らと同じ肉野菜炒めをムシャムシャほおばってくれた。人間の食事を口にする生き物のようだ。
鍋蓋ほどの大きさの皿に盛ったそれを、おふーは実に二十秒でたいらげた。
おかわりを要求したので、俺の分も与えると、これまた全部たいらげた。
他に食べ物はないかと、冷蔵庫にあったリンゴを二つ差し出すと、またしても完膚なきまで綺麗にたいらげた。そしてまだなお空腹らしい。
何者だよこいつ。食べる量も人様並か。
外見以外は人間とそっくりだな、と改めて実感。
乃李におふーの事を話すと、
「しばらく同居する? いいんじゃないか? 害はなさそうだし。むしろいてくれたほうが食卓がにぎやかになるだろうしな。はっはっは!」
と歓迎してくれた…………。
……そして今、夕食を終えた俺たちは二階のマイルームに舞い戻ってきた。
「開いてる部屋はないから、おふーも俺の部屋で寝るわけか」
「やったあ!」
…悪縁だ。
「寝るとき邪魔するなよ。俺は学校だってあるから、朝は早起きなんだ」
「添い寝してあげるよ!」
…変態だ。
「まさかこれから毎日ってわけじゃないよな?」
「ううん、毎日♪」
…最悪だ。
「いつまで続くんだ?」
「うーんと、三日間から三ヶ月間ほど」
猛烈に曖昧だね。
……慶太のバカヤロー!
ああ…… めまいがしてきた。
待てば回路の日和あり。苦労して待ってれば、いつか報われる日も来るだろうさ。そう考えることにする!
「俺はもう寝るぞ。電気消すからな!」
ダンボールだらけの変わり果てたマイルーム(片付けは明日やることにした)を悲哀の目で一覧してから、蛍光灯のスイッチに手を伸ばす。
「えー、もっと遊ぼうよ!」
手作りの特性スモールベット(座布団を三枚重ねただけ)の上でポンポン跳ねるおふーは無視して、はい、消灯。〈カチッ〉
このまま安静に眠ってほしいものだ。
しかしながら、予想通りと言うべきか、俺が眠りについたのは当分後のことであった。
ついでに言うと次の日も、フリータイムは邪魔され、宿題は邪魔され、睡眠は邪魔され、もう悪霊でも宿してるのかと思ったくらいだった。
ほんとにこの梟、なんの目的で俺の部屋を巣にしているのかだんだん分からなくなってきたよ。
明日は明日の風が……吹きそうもないな。




