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おふーが来たまち  作者: 縦島尾風
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第二話

「ふわ~~~~~ぁ……」


 デカイあくびを一つ。


 寝起きでボサボサの頭をボリボリかき、重たいまぶたを持ち上げて現在時刻を確認しているネボスケさんは誰かな? ……はい、俺です。


 結局、昨夜は考え事をしていたためほとんど眠れず、睡眠不足状態なのだ。


 何について考えていたのかって? 言うまでもない。かの奇怪物体、白饅頭……もとい、白梟のことである。


 たしか名前はなんていったっけな…… おへー? おほー? 忘れちまったが、まぁその辺だ。「お」で始まって「ー」で終わる三文字の名前……で合ってると思う(名前を覚えるのは昔から苦手なもんで)。


 あんな衝撃的場面に遭遇してしまったのだから、そう簡単に頭から離れてくれるわけもなく、結局一晩中ベッドでナメクジのようにゴロゴロと無益な時間を送ってしまった。


 まだ昨日のことが現実だと受け入れられない。


 冗談か、シャレか、もしくは種も仕掛けもあるマジックだ。


 アイツには不明な点が多すぎる。


 ある程度は説明してもらったが、あんなこと突然言われても信じがたい事柄ばかりで、しかも結構な早口でスピーチは進行していたため、話の内容のほとんどは眠気を誘う国語教師の授業のごとく右の耳から左の耳へと流れて行ってしまった。つまり、記憶としては米粒もしくはゴマ粒くらいの量しか残っていないんだよ。あの時は俺も頭の中がどうしようもなく混乱してたし。


 今日は土曜日で学校に生徒は集結しない。普段ならばこの日を心から喜び、身体共に疲れを癒すためにのんびりと過ごすはずであるが……


 なんかそういう気分じゃなかった。




 うーん…… 何もやる気が起きないな。


 気分転換に散歩でもしようかと(どこの年寄りだ)考えていると、


「おい、道也、電話だ」


 勢いよく部屋のドアが開けられたかと思うと、我が姉、乃李(のり)が寝ぼけ顔で子機電話を握り締めながら部屋に入ってきた。


 俺に電話? はて、誰かなと尋ねると、


「信雄だよ。あのまったりボーイ」


 と言い、電話をベッドの上に放り投げると、クマのような重い足どりで眠たそうに部屋を出て行った。


 信雄か……


 春山祭について確認する絶好のチャンスだ。


 子機電話を取り、耳を近づけると、


「おーい、道也か?」


 こちらから一言も発していないのに、受話器の向こうからは、そんなのんびりとした声が聞こえてきた。


「ああ、そうだが、ちょっとお前に聞きたいことが……」


「今日の昼飯どこか食べに行かない? もう昼飯時だし、道也もまだ食べてないでしょ?」


 俺の話は聞く耳もたず、一方的に話してくる。


「ああ。というか、今起きたところだ」


 昼まで床に入っているのが、俺の休日の過ごし方だ。


「ところで、聞きたいことが」


「じゃあ丁度いいねー。僕もまだ昼ご飯たべてないんだよ」


 俺の話はズバッと切断。そこまでトーキングが好きか、お前は。


 やっぱり春山祭に関して聞くのはまた次の機会のしよう。今の信雄は言っても通用しそうにない。


「僕やることなくってさー。道也も僕ら暇人と同類なんだから、付き合ってくれよー」


 同類って言われるのも良い心持ちではないが、否定はできない。確かに俺も暇である。


「何でいきなりそんなこと……」


「別にいいじゃんいいじゃん、細かいことは気にしない!」


 相変わらず大雑把なコメントである。


「充も来るんだよ」


「へぇ……」


 アイツも来るのか。


 中山(なかやま)(みつる)…… 他のクラスの生徒であるが、中学時代は同じ教室で学んでいた仲間である。現在、一年一組に所属している。


 つまり三人で昼飯食おうぜって誘いか。女っ気がなくてむさい気もするが、たまにはそういうのも悪くないかもな。


「どこで食うんだ?」


「あのねー、駅前に新しい喫茶店がオープンしたんだって。僕のお父さんの知り合いの兄弟が店長やってるらしいんだけど、そこに行ってみたいんだよねー。一人で行くのもなんだしさ、どうせなら大勢で行ったほうがいいじゃん?」


 なんかわざとらしいくらいにありがちな理由だ。別の目的があるような気がするんだが。しかも、三人で大勢かよ。


「何か疑ったりしてないよねえ?」


 電話の向こうののんびり君は俺の考えを見事に見抜きやがった。


「いや、もちろんそんなことはないぞ」


 これは全くのウソである。信雄から原因不明の誘いがあったら大抵疑ってかかるべきだ。


 でも今回は『ニューレストランで楽しい食事会をしたいんです』という素直な理由って事にしておいてやる。今はいろいろ考える頭が回らん。


 ま、新しくできた店ってのは俺にとってもなかなか興味深いものだしな。行ってみる価値はありそうだ。


「じゃ、午後一時に駅前に来てね」


「分かったよ」


 そう言い終わらないうちに電話の通信は途絶えた。昔から用件だけしか伝えないやつだしな、アイツは。


 これで今日のスケジュールは半ば強制的に決定した。その名も、「男三人で食事会!」……やるせねえ。


 気晴らし程度ならもってこいだろうけどさ。


 駅までは歩いてでも五分たらずで着く。時間までテレビでも見ながら時間を潰すとしよう。


 あ、でもまずは朝飯食わないとな。






 約束の時間に駅前に赴くと、すでに俺を除く二名は到着済みだった。


「やっと来たかー。待ちくたびれたよ。道也って昔っから遅刻ばっかなんだからー」


「よっ! 俺の怪奇現象研究は、心配しなくても順調に進んでるぜ!」


 それぞれ挨拶(?)をしてくる二方。このメンツはどういう組み合わせなんだろう?


 信雄は相変わらずマイペースオーラで満たされているし、充は相変わらずウルサイし、要はどっちも相変わらずってわけだな。


 コイツらは昔からこういう性格のはっきり定まったキャラなのである。良くも悪くも。


「では、早速行こうか」


「どこなんだ? その店は?」


「あれだよ」


 信雄が指差す先には「さくらの花」と書かれた看板が掛けられた喫茶店(信雄のお父さんの知り合いの兄弟が店長)が見えた。


 ふむ、見た目も質素で雰囲気のよさそうな店である。ログハウスのような外見で、木目が柱のいたるところに細かく刻まれている。


「何がどう『さくらの花』なんだ?」


 見ると茶一色で、桜らしき花は見当たらない。


「ええと、確か、店長が一番好きな花が桜なんだって。だから店の名前の一部に、どうしても『さくら』の文字を入れたかったんだって。あと、息子の名前も『さくら』にしたみたいだよ」


 信雄の、なぜか詳しい解説が耳から入ってくる。


「なんでそんなに詳しいんだお前……」


「信雄が情報通なのは今始まったことじゃないだろ! そんなこといちいち気にするなよ!」


 充よ、お前は気楽すぎだ。確かに気にすべきポイントじゃないとは思うが。


「じゃ、早速入ろうぜ!」


「そうだね、行こうか。」


「へいへい」


 ぞろぞろと店内に足を踏み入れると……


「どお? けっこういい店でしょ?」


「ふ~ん」「おお!」


 中に入ってもその印象どおり、それなりにオシャレで飾りつけが綺麗な店だった。広さもなかなか。


 三人入り終えて間もなく店員らしき服をまとった女性がやって来て、信雄が「三名です」と告げると店内の一角にある四角いテーブルまで俺たちを導いた。


 俺の隣に充、向かいの席に信雄が腰を下ろす。配られたメニューをパラパラめくりながらぼんやり眺め、ホットコーヒーとカレーライスを注文した。


「あのさ、昨日不思議な話を耳にしたんだけどさー、」


 信雄がそんなことを言い出した。


 コイツが誘った本人だって時点で何か話を持ち出してくるだろうとは踏んでいた。これから話し出すことが信雄にとって一番の本題なのだろう。


 なるべく多くの人に伝えたいって面目で集めらるだけ人を集めたってところか。それで三人だけってのもまたなんと言うか……。


「聞きたいでしょ?」


「おうともよ! ここでイエスと言わなきゃ男じゃないぜ! だよな、ミチヤン!」


 俺に振んな。


 そうそう、俺は一部の人には『ミチヤン』と呼ばれている。名付け親は他でもない、今俺の隣で大口開けてる野郎である。


 それにしても充、信雄がろくでもない事しか言わないってのは百も承知のはずでは? そんなに目を輝かせていたら、信雄の話にまた何時間も付き合わされるはめになりかねん。


「んじゃ、言うよ。心して聞きたまえ」


 そんなに心しなきゃならん内容なのかと疑問に思いつつも、何も意見しないで静かに聞いてやることにする。


「あのねえ、実はね……」


 何をそんなにためらっているのか分からんが、信雄はとても楽しそうな目をしている。


 そして信雄は俺と充の表情を一通り拝見した後、こう言った。


「ヒーローが現れたんだ!」


 ……は?


 ひ、ひーろー……といいますと?


「だから、ヒーローだよ、ヒーロー! つまり英雄のことさ!」


 ……はぁ、お前も変わったやつだとは思っていたが、まさかここまで変人だとは。ヒーローっていったら、十年位前に何かの戦隊ものでしばらくやっていた「ブタレンジャー」みたいなやつのことか? 確かに彼らは英雄だ。地球を支配しようと企む巨大ザリガニやら巨大カメやらと戦って必ずや勝利を収める、ちびっ子たちの注目の的だ。ピンチになっても最後には得意の必殺技でミラクルパワーを勃発させる。……多分ヒーローってこんなイメージで八割がた当たってると思う。


 しかし、(子どもたちにとっては)非常に残念であるが、それらは架空の人物であり、どう願っても、星に三回唱えても、大仏にお祈りしても、絶対にこの世には存在しないだろ。それを高校生にもなろう彼が腕を組んで自慢げに俺たちの前で言い放ちやがった。


 ……お前ちょっとテレビの見すぎじゃないのか?


「……」


 ほら見ろ。充も閉口してしまった。どう反応したらいいのか分からないんだろうよ。言ってる当事者が信雄ってだけあってそれほど驚きはしないものの、せめてもう少しマシな嘘つけよ、と無言で語りかけてやった。


「……す、……」


 しかし、


「すっげー! それってどういうことなんだ? 詳しく説明してくれよ!」


 店中に響き渡るといっても過言ではないほどの大声で叫んだのは、隣の席にいるホモサピエンス……


 …コレも同類なのか。


「聞きたい?」


「うんうん!」


「……はぁ」


 眼鏡をかけた店員がホットコーヒーを運んで来た。


 アツアツのそれを受け取り、シュガースティックを一本取り出し、全部、サラサラーっと入れる。


「あれは昨日の夜十一時ごろ、僕がキッチンでインスタントラーメンを食べていた時だった」


 信雄が話し始める。


「あと一口で食べ終わるってところで、僕は窓の外に不思議な光を見つけたのだ!」


「そ……それは一体!?」


「懐中電灯持った仕事帰りのおっさんだろ?」


 充は興味津々のようだが、はっきり言って俺にはどうでもいい話だ。噴飯物だが、笑う気さえ失せたね。


 スプーンでかき混ぜ、ミルクを一つ入れる。コーヒーの表面でミルクが独特な模様を描いて周りに広がっていく。一度深く沈みこんでから中央から外に溶け込んで、水中に浮かぶ煙のような状態になる。それは夜空に浮かぶ雲のようにも見え、ひっそりとたたずむ夜景を想像……ああ、なんて世界は美しいんだろうか。かつて一度も気付かなかった地球の自然の中に潜む大いなる自然に感謝をしつつこの


「するとなんと、人間が破壊光線を出しているではないか!」


「なんだってえぇぇ!!」


 人生に新たなる希望を見出していた俺の自然愛好家的妄想は、二人の絶叫によって吹き飛ばされた!


「あの白い光線の正体は何なのか!」


「おお……ミステリーだな!」


 ……ばかばかしい。


 やっぱり今日は家でのんびり過ごしてる方がよかったみたいだな。まさかこんなくだらない話を聞かされるはめになろうとは。ヒーローごっこなら二人だけでやってくれ。俺は家に帰って布団のきもちいい感触を幹事ながら眠りにつきたいんだよ!


「だから、その光線とやらの正体はおっさんの懐中電灯の光だろ?」


「違うんだって! ちゃんと手の中から出てた」


「深夜の暗闇の中でそんな細かいところまで見えるかっての」


 そこで信雄は〈バンッ〉と机を叩き、


「信じられないような話だけど、これは真実なんだよ!」


 と、のたまふ。


「………はぁ~」


 コイツは周囲の目などお全く気にしていない。


 茶髪の高校生アルバイト中って感じの店員がカレーライスを運んできた。カレーの香りが場を埋め尽くす。


 なんか食べる気も消失していた。


「そいつはおそらく未来から来た戦士、もしくは魔法使いか何かだな。」


「だよねー、やっぱそう思うよね~」


 子どもかお前ら。


「美少女戦士とかだったらいいな! ハハハ!」


「だねー」


 信雄と充は意気投合。そして俺は意気消沈。完全に二人だけの世界に入り込んでしまったようだ。


 俺とこいつらの間には見えない壁があるみたいだ。もうこの会話について行けん。ぼんやり外でも眺めて…… あ、雀がいる。かわいいなあ。


 〈チュンチュン〉


 いいよなあ、雀は自由で。


「今度お前ん家行っていいか?」


「もちろん大歓迎だよ」


 ……二人の会話はテンポよく展開していく模様。


「よっしゃあ! そのヒーローとやらを目撃するチャンスだぜ!」


「僕がその一部始終を見たのは居間だから…… 出現場所はちょうど庭の辺りだね」


 俺は頬杖ついて窓からの眺めを満悦中。


「道也も来るかい? 来るよね? 来てくれるよね? 来るよねったら来るよね? はい決定~」


「いやまてまて、俺はまだ何も言ってない!」


「やる気出てきたぜ!」


「だから待てっつの! 俺は今日は眠いし宿題も山ほどたまってるし、洗濯物たたんだり晩飯の支度したり姉をいい子にしてやったりしなけりゃいけなくて忙しいんで…… え? 今度の水曜日? だめだめ、えーと、その日はーあれだ……そう! 用事があるんだ! じいちゃんの実家までふろしき運んでブタの世話を…… っておい! なに勝手に話しつけて席を立とうとしてんだ! っていうかお前ら食うの速っ! しかも俺を置いていこうとするな! そして会計全部俺まかせ!? ちょって待てよ! ったく、後で倍額返してもらうか…… ゲッ!! 五六○○円!? あいつら一体何食ったんだ…… なんだこりゃ!? スペシャルビッグデリシャスパーフェクトパフェDX!? なんだ、この適当にゴロ並べたような名前は……で、これだけで一五○○円、それが二人分! あとはステーキが一○○○円、でもってまたしても二人分…… うおぉ! 金がないっ! どこかで財布落としたみたいだ! おい、そこの裏切り者二名、戻って来い! くそ、二人とももう外に出ているため聞こえていない! 頼む、戻ってきてくれ! 今度ジャムパンおごってあげるから……!」






 夕焼け。


 空は赤く輝き、光が町並みを照らす。


 そんなカラスが鳴いたら帰りましょー的な時間帯に、俺は一人歩いていた。


 周囲には無色の壁が並んでおり、その奥には数多くの家々が、内側からの光をかすかに放ちながら寂しげに鎮座している。


 並列している街灯に、光が灯った。


 どこからか、ほのかに夕食の香りがする。


 あの後、なんとか戻ってきてくれた二人から金を借りて事件を解決し、喫茶店を出て「特に何もやることないなら適当にそこらをブラブラしようよ。そうだな……ゲームセンターにでも行かない? どうせみんなこれから予定ないでしょ? もちろん道也も行くよね? 行くよね? よし行こう」という半ば強引な信雄の誘いに乗せられてゲーセンで時間を潰していた俺はもうクタクタ。気付けば今日もさよならの時間になってしまった。


 ……眠い。


 とりあえず眠い。


 何はともあれ眠い。今日こそは寄り道しないで早く寝るぞ(固い決意)。


 足取りも快調。〈スタスタ〉


「…………」


 俺、今日何してたんだろう。


 店で変な話は聞かされるし、会計は全部俺におしつけられそうになるし、時間は無駄になったし…… 最初から電話もらった時点で断っておけばよかった。これからはもっと後先のことを考えてから行動することにしよう。いい教訓だなこりゃ!(ポジティブに考えよう、ポジティブに)


「あ……」


 ブツブツとポジティブ呪文を唱えていると、前方にクラスメイトの女子生徒の後姿が見えた。


 宮下(みやした)由香(ゆか)だった。同級生で、かつ幼稚園時代からの幼馴染(おさななじみ)という、スーパーミラクルな関係。信雄より古い付き合いだ。


 珍しい事に俺よりも学校のテストの成績が悪い人の中に含まれている(五十歩百歩だが)。


 学力優秀でスポーツ万能……なんてことはもちろんないのだが(むしろその逆だ)、素直な子で、校内で男子からの人気も高く隠れファンもいるとかのウワサだったりする。天然でドジな一面があるが、そこがまたかわいいということで人気らしい(俺はそういう情報にはめっぽう疎い)。


 彼女の持つ長い髪は風に揺れて、夕日を浴びていた。


 進行方向は俺と同じ。帰宅途中だろう。


「よお」


 横に行って声をかける。彼女の髪から花のような香りが流れてきた。


「あ、道也」


 ちょっと驚いた様子でそう言って、それから由香は軽く微笑んだ。首をわずかに傾けて、こちらを除くように見る仕草がかわいらしい。


「何やってんだ、こんなところで?」


「おじいちゃんの家に手伝いに行ってたの。おじいちゃん、最近腰痛がひどくて」


「え? あんなに元気だったじいちゃんが? 大丈夫か?」


「うん。思ったよりも辛くなさそうだったよ」


「そうか。じいちゃん家、近くてよかったな」


 由香の家から歩いて十分ほどの場所に、彼女の祖父母お住まいの住居がある。アウトドアが好きな夫妻で、俺も昔よく遊びに行って障子(しょうじ)とか破って何回も怒られたっけ。


「道也はどうしたの?」


「え……俺?」


 困った。ここは何と言うべきか。


 信雄たちといっしょに喫茶店で飯食って無駄なヒーロー話を聞かされて最悪な一時を過ごしたあげく置いていかれそうになり、ブルーな気分で何もやる気が起きないので暇潰しにゲーセンでも入って適当に遊んで人生で限られた貴重な時間を空費して、早くフカフカベッドに入りたいということだけを一心に思ってマイホームへの帰路についていたところさ。ってのが事実なのだが、まさかそんなことは言えまい。


「ちょっと散歩してただけさ」


 もちろんこれは嘘であり、……てか散歩のためだけに外出する高校生なんていないよな。


 しかし由香は


「そうなんだ。外の空気、気持ちいいもんね」


 と言って、特に何も突っ込まれなかった。天然であるが故か?


「そ、そうなんだよ! すがすがしい空気を吸って歩くっていいもんだな!」


 もはや自分でも何が言いたいんだか分からなくなってきた。


「いっしょに帰ろう?」


 由香が言う。断る理由なんてないので、


「ああ」


 快く返事をして、肩を並べて歩き出す。


 俺と由香の家は歩いても数分しかかからない距離にあるから、こうして一緒に帰ることも時折ある。


 なんか由香といっしょにいるだけで心が安らぐ気がするな。


 町並みは普段と変わらず、静寂に包まれている。


 動物の鳴き声以外は、何も聞こえない。


 そんな中、灰色の道の上、二人並んで歩く。


 心休まるワンシーン。このまま二人で談笑しながら家まで帰る。


 ……はずだった。


 しかし俺らが歩き出してから五秒と経たないうちに、天地が逆転するような事件の内に引きずり込まれてしまうのである。


 本当に何の前触れもなかった。




 バリーン!




 突然後方から、よく映画などで耳にする、ガラスもしくはビン類の割れる音が、激しくリアルに俺の鼓膜を振動させた。なんだ、このSFチックな音は!?


 続いて強風が後ろから吹きつけ、砂利(じゃり)やスーパーの袋などが踊りながら飛んできた。


 何が起こった!?


 とっさに後ろを振り向くと……


「え…」


 説明のしがたい光景が現出していた。




 突風、瓦礫(がれき)の雨。


 目の前では砂埃が荒れ狂う。


 そしてそのすぐそばの家が、塀ごと吹き飛んでいる! タンス、食器棚などの家具が宙を舞っていた。


 道路をびっしりと埋め尽くしていたコンクリートも完全崩壊し、あちこちにゴロゴロと転がっていた。


 窓ガラスの破片も飛び散っている。


 ぐにゃんぐにゃんに変形した窓枠が轟音と共に落下してきた。


「…………」


 俺は口をあんぐり開け愕然としたまま硬直。


 …なぜ家が一つまるごと壊滅している!?


「くそ…… こいつは一筋縄ではいかないな」


 砂埃の中から男の声がした。


 視界の悪い中、目を凝らして見ると、かろうじて一人の人影を見つけた。この声の主は、おそらく彼だろう。


 種々の家具の積み重なりによって生まれた瓦礫の残骸の中央に、彼は立っていた。


「今までの小物どもと同等の力量だと計っていたが、甘かったか。ホットケーキにイチゴジャムとハチミツをかけてホイップクリームをトッピングしたくらいに甘かったな」


 誰だこの人? 何を言っているんだ?


 疑問は疑問を呼び、何が起こっているのかさっぱり分からない!


 今この状況さえ把握できないとなると、干からびたカエルみたいに呆然と固まってることぐらいしか俺にはできない!


 どうすりゃあいい!?


 刹那、




 ぐおおぉぉん




 世界が渦を巻いた。


 俺の周りの風景が、俺たちとその人を除いて、全て螺旋状(らせんじょう)旋回(せんかい)し、孤立した異質の空間を形成した。


 異次元にでも飛び込んだかのような、息苦しい妙な感覚。


 塀、家、地面、空、一切が消えうせ、一面が紫色の壁に覆われる。


 太陽の光は遮断され、闇のオーラがフィールドを照らす。


 毒々しい色がどこまでも続く、居心地の悪い場所。


 数秒もしないうちに、見慣れた町並みは甚だしく変容した。


 ………なんだこれは!?


 地球上から宇宙の果ての別世界に飛ばされたような感じで、自分の身に何が起こったか解らず、どんな自然現象が起こったかも解らず、ただ呆気にとられるだけ。


 しばらくすると砂嵐も消えうせ、その中央に人物が明瞭に見えてきた。


 年齢は二十歳ほどだろうか。鼠色のトレーナーとジージャン、晴れた空のような色をしたジーパン、手には黒みを帯びた赤黄色の皮グローブがはめてある。いずれも何箇所か汚れていたり破けていたりしたが、それ以外の点では、服装はこれといって変わった箇所は見られない。ただ、腰に鞘のようなものがついていた。


 彼の右目は黒一色の髪に覆われている。


「大丈夫、慶太さん?」


 彼の元に一匹の生き物が舞い降り、ささやく。


 甲走った調子の、どこかで聞いたことがある声……。


「これくらい、なんてことはないさ。参ったな……見失ったか」


 慶太と呼ばれた青年は返答して、左右を望み見る。俺たちがいることにまだ感付いていない様子だ。


「どうせあのデカイ図体じゃ、そう遠くには行ってないだろう。この結界内にいるってことは確信してよさそうだ」


「そうだね。五十メートル以内にはいるみたい」


 慶太の右足首にしがみつきながら小型生物が答える。


「そうか、油断はできないな」


 そう言うと、床に落ちていたもの拾い上げ、体の前に両手で持って構えた。


 それは、白金色に輝く、剣。


 殺気に満ちた光輝を放っている。


 な…… 何者なんだ、こいつ?


「ねえ、道也……これって……?」


 後ろから由香の声がした。


 振り返ると、由香が、不安と戸惑いの色を浮かべていた。


 だが、その後ろにもう一人、見知らぬ巨体がいた。


「!!」


 身長百九十センチもあろう筋肉質の容貌をした大男が、仁王立ちしていた。いつ、どこから、どんな瞬間移動術を使ったのかは知る由もない。


 眉間にはしわ、あごには立派なひげ。


 ゴツイ体つきの、過去に犯罪の一つや二つやらかしていてもおかしくないような顔つきをしている。


 右手には、三日月形の鋭く()ぎ澄まされた薄い鉄に太い木の柄をつけたような、俗に(かま)と呼ばれる刃物が握られていた。


 その刃渡り約一メートル。


 正直、怖気立った。


 歪む空間を背後に大男はニヤリと笑うと、俺の肩をつかみ、


「おい! こいつらがどうなってもいいのか?」


 と、俺たちの向こうにいる剣士ともう一匹の生き物に向けて叫んだ。


 慶太はこちらに向き直り、顔は驚愕の表情に変わった。


「なっ! 貴様、卑怯な手を!」


 俺たちを見、大男を見、左手に握りこぶしを作る。


 瞳は怒りで燃えていた。


 両足をやおら前後に開き、右手に備えていた剣を胴体の前へ持ってきて斜めに構え、どっからでもかかってこいよの体勢。


「ん?」


 ここで、俺はやっと自分の置かれている立場の一部をなんとなく認識した。


 敵同士らしい人が二人、そして俺たちは一方の側にいて、盾にされている。


 これの意味することは、


 つまり、俺らは人質(ひとじち)ってこと!?


「あ、みっちゃん! なんでここにいるの!?」


 慶太の横にちんまりと待機していた珍妙な生物が、俺を見ながらそう叫んだ。


 わたアメのように白くてフワフワの羽毛、小さい嘴を持つ、手のひらサイズの梟。そしてクリクリの目。


 これらの特性を全てあわせ持ったその生き物は、一昨日あたりに拝見させていただいた、白梟(名前忘れた)ではありませんか!


「知り合いか?」


 慶太が、横目で白梟に尋ねる。


 白梟は、一瞬戸惑ったようにも見えたが、すぐに慶太のほうに顔を向けてうなずく。


「うん、前倒れてたところを拾ってもらっていろいろ世話になったの」


 そんなに世話と言えるほど大した(ほどこ)しはしてないんだが。


「知人ならなおさら、助け出してやらないとな」


「お前ら、何を打ち解け合って話してやがる! 早いとこ例のアレを出せ! さもないとこいつらの首が胴体とおさらばすることになるぜ」


 大男は苛立(いらだ)ってきたらしく、鎌で俺たちの首を押さえつけてきた。


 刃の冷たい感触が、感覚神経を刺激する。


 し…… 死ぬ!


 見覚えのない魔界から這い出てきた鬼のような形相をした男が、鋭い刃が付いている鎌を持って背後にいたら、誰だって怖い。しかも俺の場合、刃先を首に押し付けられていて、少しでも動かせば目の前に紅が舞うんじゃないかと思えるようなこの状況下、その恐怖感は絶大だった。


「断る。どうせ渡したところでお前の行動は変わらない」


「へっへっへ……そんなにガキどもに死んでほしいか」


 恐怖で頭の中は真っ白! 思考は完全に停止! もうひたすら事の成り行きを見守るしかありません!


 とりあえず、その『アレ』とやらをさっさと渡してしまうのが一番パーティの生存率は高いんじゃないかとおもわれますが、いかがなもんでしょう? 現実世界にセーブ機能など皆無! ゲームオーバーになってしまっては、取り返しがつかないんですよ?


 こういうシ切迫したシチュエーションにおいて、俺がこの大男を赤子の手をひねるように降伏させることができたら完璧なことこの上無しなのに、そんな無茶な事、一般市民の力量ではとうていこなせるわけはない!


「ふっ、見かけ通り短気なやつだ。仕方ない」


 剣を構えなおし、獲物を狙う黒ヒョウのように大男を睨めつける。慶太から怒りを示す赤色のオーラが放たれている(かのように俺の眼は錯覚を起こした)。


「どうするの?」


「まあ、任せとけって」


 慶太は左手のスッと前へ出し、手の平を俺たちの方へ向ける。


「御二方、動くなよ……」


 ぼそっとつぶやく。俺らに合図してるのだろうか。


 そして、


「はっ!」


 掛け声と共に、何が起きたかと言いますと、彼の右手の平から白い光が放たれたのだ!


 魔法としか言いようのない光景だった。


 蛍光灯の光が太い線になって一直線で突撃してくる様は、まるで破壊光線のようで……ん? 破壊光線? どこかで聞いた比喩だな。


 まあいい、ともかくそれは大男(俺を盾にしている!)を目指して進路を変えない様子!


 避けなきゃかなりヤバイのではなかろうか?


「ぐわっ!」


「きゃっ!」


「チッ!」


 大男は俺と由香を抱えたまま身体を右に傾け飛び退く。光線は、俺の後方をジェット機のように通過していった。かろうじて俺らは避けきれたものの、大男の鎌は白い光にぶつかり、粉々に粉砕した!


 比喩じゃなくて、本当に破壊光線だったのか!!


 この現象はなんだ? なぜ人の手から光線が発射されるのか。科学的もしくは物理的に解説できる人がいたら是非ともお電話ください!


「てめえ、俺の言ったことが聞こえなかったのかぁ!? こいつらの命はどうなってもいいんだな!?」


 俺の背後からご立腹の音声が響く。しかし、本当に彼らは俺たちの生死などお構い無しなのですか?


「参ったな……よく人間二人抱えて回避できるもんだ。見かけとは裏腹に案外身軽なのかね?」


「でも、もし避けなかったら、みっちゃん達も思いっきり当たってたよね?」


「いや、ヤツの顔面を狙ったから、それはない。余計な行動さえしなければ、彼ら二人には害はない計算だ。……多分」


「さすがは慶太さん!」


「てめえら、ナメるのもいい加減にしやがれ!!」


 ゴニョゴニョと相談している二人に対して相当激怒している巨体が怒号をあげ、鼻息を荒くして俺の背後に立ってますが、そろそろ本当になんとかしてくれないと、我々、もう二度と親の顔が見れなくなってしまいそうですよ! こっちの身にも少しはなってくれ! それと、慶太さんとやら、もっと的確な計算をお願いします! 軽挙妄動はやめたまえ! そしてそんな不安そうに言わないでくれ!


「慶太さん! 早くしないとみっちゃんたちが!」


「そうだな、気の短いゴリラ相手だし、速攻でけりをつけてやるか。行くぜ、おふー!」


「まかせて!」


 また攻撃するのかよ! そりゃ問題ありだろ! この大男を刺激しちゃあまずいだろ! 逆ギレされたら俺と由香がどんな目にあうか分かったもんじゃない! あなたたちは、敵なのですか、味方なのですか?


 だが、おふーは俺が何を考えているかなんて全く気にも留めない様子で、一歩前へ進み出る。


「まずおふーが軽い攻撃で不意討ちするから、そのスキに慶太さんは突撃して剣で致命傷をあたえる。これでいいね?」


「問題ないな。アイツ頭悪そうだから戦法見え見えな策でも大丈夫だろう」


 だからなんで問題ないんだっ!! あなた達、平然としすぎじゃないか!? ナイアガラの滝でも行って頭冷やして来い!!


「よーし!」


 おふーが二本の足でドッカリと立ち、大男を真っ直ぐ見る。


 すると、両目に藍色の光のようなものが集まりだした。


 今度は一体何が始まるんだ?


「くらえっ、目ビーム」


 おふーの両目から、触れるものを全て無の世界に帰すとすら思わせる邪悪な電子の流れの束みたいな光線が放出された。


「うわお!」


 その電磁波は、高速ロケットミサイルのごとく俺の左肩すれすれのところを迅速に通過していった。あと数センチずれていたら俺が直撃していたという危険な状況であった! アイツら最初から俺達人質の心配なんてこれっぽっちもしてないだろ! 俺らの命は虫けらも同然か!?


 いや、それよりも驚くべきことは他でもない、この「ビーム」がおふーの両目から発射されたことだ。


 さっきのハンドビームといい、今の目ビームといい、ここは何のアニメの世界だ!? 全く別の世界に入り込んだのか俺は!?


 一体どのような化学変化で、梟なる生物からビームが出るというのか。魔法の世界か、ここは? ハ○ーポッ○ーか、お前は!?


 この鳥と人間……ただものではないらしい。この小さい身体のどこにそんなワンダーパワーが隠れているのか……。説明できる人いたら、俺の頭の中にギッシリ詰まっているクエスチョンマークをスッキリ解消してやってくれ。


 そのビームとやらは、なおもおふーの両目から放たれ続け、先ほどから直立している大男に向かって一直進!


「おっと危ねえ」


 しかし肌に当たるか当たらないかのギリギリラインで回避に成功。


「その程度の攻撃で俺に勝てるとでも思ったか?」


 だが巨大な図体のため、回避行動直後バランスが崩れ、ふらつく。


 気のゆるみが生じた。


「お前はやはり外見通り、俊敏性に欠けるようだな」




 ずしゅあぁっ




「グブホォッ…クッ… ブ……ゲヴァハッ!」


 結末は有終の美。


 電光石火で大男の後方より剣を払い上げ、腰部に深いダメージ。足元が紅色に染まり、そのまま無様に膝から崩れ落ち、地面に顔を埋めて動かなくなった。


 血の生々しい匂いが漂う。


「ふぅ」


 慶太は一息入れて、手を大男の上にかざした。すると大男は自然発火し、灰となって虚空に消えていった。


 後には何も残らない。


「さて、一仕事完了~」


「けっこう簡単だったね!」


 おふーがトテトテと慶太のもとへ走る。


「思ったほど手ごわい相手ではなかったな」


 二人とも、まるで毎日の日課を当たり前のようにこなした家族みたいに、互いに笑い合っている。


 と…とりあえず、俺たちは助かったようだ。


 それにしても、おふーよ……本当に奇怪な生き物だ。こういうやつを「珍獣」って呼ぶのかなあ? 言葉を話し、二本足で歩き、目からビームを出せるなんて、…どこの星のお話ですか?


 慶太(と呼ばれた男)もそうである。こちらは手からビームだ。外見こそは一般市民と大差ないものの、秘めた能力は絶大だろう。


「由香、無事か? ……あれ?」


 気になって横を見ると、由香がいない。


 目を下にやると、倒れこんでぐったりしてた。


 気絶しているだけみたいだ。


「おぬし、なかなかやるな」


 安堵するのはまだ早いようだ。


 この中の誰のものでもない声が降りかかってきた。慌ててキョロキョロ見わたすが、右を見ても、左を見ても、上を見ても、渦を巻いた空間が見えるだけ。


「いい動きをしている。拙者の弟子を剣一振りで倒すとは。名は何と申す?」


 よく聞くと背後から声がしているようだ。しまった、後ろを見忘れた。


 振り向くと、そこには黒マントで身を包んだいかにも悪いことを考えてそうな形相の悪の黒幕……ではなく、粗末なやつれてボロボロを着て貧乏そうな、台風が来たら吹っ飛んでしまうであろう体格の青年が立っていた。歳は今おふーの横にいる剣士と大差なさそうだ。そして頭にはボンドで取っ付けたかのように不自然に乗っかっているチョンマゲらしきものが。……また変なのが出てきたよ……。


「急に現れといて、えらい勝手だね。人に聞くときはまず自分から、が礼儀だろ?」


 その剣士は右手で剣を構えたまま顔色一つ変えずに貧相青年と会話している。


「……狩留家(かるが)隆康(たかやす)


 無表情で答える。一部風変わりで一部日本史チックな名前である。


「狩留家? 聞かない名だな。新入りか? 俺は多菜香(たなか)慶太(けいた)だ」


 新入り? 何の? あなた達、同じ勤務先?


「ふむ、多菜香……か。覚えておこう」


「別に俺はお前に覚えられても嬉しくねえよ」


 この二人、初対面だと俺は思ってるんだが、なんで慶太はこんなに偉そうなんかいな。


「そろそろ渡す気になってくれたかね?」


「いんや、断る」


「……残念だ」


 狩留家と名乗った青年は、表情を作らないままつぶやくように言った。もちろん俺には何の話をしているやらさっぱりである。


 不意に、狩留家と俺の目が合った。すると彼はにんまりと笑い、すぐに視線を慶太に戻した。気持ちわりぃ。


「いい加減諦めてくんねえかな?」


「ふっ……ここで話すだけ時間の無駄のようだな」


 そう言うと、ズボン(やつれてボロボロ)のポケットからカードを一枚取り出して、


「今回は退く。またいずれ会うこともあろう。そうそう、そこの少年からは、目を離さないことをお勧めする」


 また俺のほうを見た。目が笑っている。何なんだアイツは。俺に何か恨みでもあるのか?


「去らば」


 手に持ったカードを下に落とすとたちまち煙が貧相青年を包み、それが薄れた頃には一ヶ月以上洗濯してないんじゃないかと感じる衣装をまとった姿態はなかった。




「ふぅ」


 剣士青年は、剣を鞘におさめ、


「おっとそうだった、そこの君」


 人差し指で俺を指しながら、


「驚かせてすまなかった。巻き込むつもりはなかったんだが、許してくれ」


 謝罪した後、おふーを連れて俺のそばにやってきた。……あんたら、ずっと俺らのこと忘れてただろ。


 辺りは、相変わらずの異次元空間。なんだか気持ちが悪くなってきた。


「みっちゃん、久しぶり!」


 おふーも、この前と変わらない、何事も適当にあしらってしまいそうな態度で話しかけてきた。


 こいつはいつもこんな性格なんだろうな、きっと。


「どうするの、慶太さん? みっちゃんの記憶、消すの?」


「え……?」


 記憶を…… けす?


「そうだな。一般人に俺の存在が知られると後々複雑な事態になりかねん」


 なんだって!? 俺の記憶を消す!?


 冗談か? 冗談なのか? そうならそうと言ってくれ!


 けれども慶太は俺の希望に答えてくれそうもなく、ただ手を前に差し出し、


「…っと、まずはこの空間を元に戻すか」


 思い出したように呟く。


 するとまたしても周りを取り囲んでいた景色はマーブル状に混ざり始める。そして渦の一部と化していた場所には、段々とコンクリートができ、家の壁ができ、窓ガラスができ、かわらができ、しまいには空と雲と太陽が形成され、見る見るうちに見慣れた風景に戻っていった。


 壊滅状態だった家も完全に元通りになっていた。


 場所も俺たちが歩き出した直後の十字路。


 ……無事戻れた。


 夕日が眩しい。


「これでよし」


「みんな元通りになってるよね?」


「んーと……大丈夫だろう」


 手を、パンパンとたたき、満足そうな顔つきの慶太を見ると、いつ着替えたのやら、服が変わっており、剣と鞘もなくなっていた。


「それじゃあ早速だが、君とそこの彼女の記憶は消させてもらう」


 きちんと事情を説明してもらおうか。


「こっちの業務上、俺の存在が知られるってのは色々と厄介なものでね」


 業務上? 何の業務だ。そもそもあなたはどういう仕事を承っているのですか。


「ああ、もちろん記憶といっても十五分くらい前から今までの、つまりさっきの一騒動の間の記憶だけだ。なぁに、どうってことはない。じっとしていてくれるだけでいいんだ。痛くないし、すぐに終わるよ」


 ちんぷんかんぷんなまま記憶を消されるなんて真っ平ごめんだ。それに、今の一連がなかったことになるのはスッキリしない。この人の勢いに乗せられる前になんとか抗議せねば。


「ちょ、ちょっと持ってくれ! わけ分かんねえよ! さっきの現象とか、大男とか、一体何が起こったのか全然分かんねえって! 説明してくれ」


「これから記憶を消すんだから、意味ないさ」


 要求は、あっさり流された。


「みっちゃん、だいじょうぶだよ」


「おふー…」


「おふーたちは、また会えるから」


「…………そっちじゃなくて……」


 この鳥は無視させていただく。


「じゃあ、ちょっくらごめんよ」


 慶太は俺の図上に右手をかざす。


 もう、俺の意見は何一つ聞き入れられず、このまま成り行きに身をゆだねるしかないってわけですか?


 抵抗は諦め、俺は目を閉じた。




「……ん?」


「どうしたの、慶太さん?」


 恐る恐る目を開けると記憶がなくなっていることはなく、怪訝な顔をした慶太が、そこにいた。


 念のため確認しておこう。俺の名前、生年月日、家の場所、クラスメイトの名前……おお、覚えてるぞ!


「おかしい…」


「何が?」


 おふーの表情は、……よく分からん。さっきから変動なしに見える。


 ボーっとしてるんだか、ポカーンとしてるんだか、そのあたりの表現が適当かな。


「ど…どうしたんですか?」


 覚悟を決めていたのに調子を狂わされた俺が尋ねる。


「分からない」


 何がどのように分からないというのか俺には分からないねえ。


「ちょっとお前さんの体内を調べさせてもらう」


 すると慶太は人差し指を俺の前頭部に押し付けてきた。これだけで体内が分かるなんてホンマかいな。


 十秒くらい経過して、


「な……!」


 彼は驚倒し、戦慄いた様子で、


「こいつは面倒なことになったな」


 困ったように頭をポリポリかく。


「何が分かったの?」


 おふーもこの状況を理解してはいないようだ。


 俺に人差し指を突きつけるという、幼稚園児にでもできるような行動でそんなに重要なことが判明できるとは思えないんだが。


「君の体内に無機情報隔離体が組み込まれている」


「む…むきじょうほうかくりたい?」


「何それ?」


 おふーも知らないらしい。こいつ、無能か?


 初めて聞く単語に右往左往している俺。


「仕方ない、最初から説明するか」


 そんなに面倒くさそうな顔しなくてもいいでしょうに。


「ううん……」


 そのとき、後ろのほうで声がした。ああ、そういえば由香もいたのか。すっかり忘れてた。これでは慶太のことを色々言えないな。


「あれ? 元に戻ってる……」


 端正な目元を不安げに揺らしている。


「お! グッドタイミングだ! じゃあ、二人まとめて話すから、聞いてくれ」


 由香はまだ意識がはっきりしていないでぼんやりしていて今の状況を把握できてない様子だ。そんな状態であるにもかかわらず遠慮なく語り始めるってのは、おいおいちょっと待ってくれよ兄さん。


「道也、あれから、どうなったの? あたしは…… あと、この人たちは?」


「あの変な男は消えた。どういう理屈かは分からないが、とりあえず俺たちは救われたみたいだ。この人たちが助けてくれた。お前はさっきまで気を失ってたいだんだ」


「え…… 消えた?」


「ああああもうよく分からん!」


 すっかり混乱状態の俺!


 そこに助け舟が到来。




「まあまあ、二人とも。混乱する気持ちは分かるが、ちょっくら俺の話を聞いてくれ」

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