第一話
高校入学して一ヶ月ほど経過して、時の流れの速さを改めて実感させられるとともにそろそろ学校の施設の配置も大体把握してきた頃、日々の日課通りにゆったりペースで登校していた俺は、登校中の中学生の姿を背景の一部に入れながら、朝のすがすがしい天候の中、自転車のペダルをこいでいた〈キィコーキィコー〉。
空は青、雲は白。
本日は過ごしやすい陽気で太陽も栄養ドリンクを飲んだ残業中のサラリーマンのようにギンギンと元気に活動中だ。
春山高校は街中にある学校なので通学路は平地が続くばかり。上り坂で無駄に体力を消耗することがないので理想的地形といえよう。
田舎に住んでいればもっと和やかな生活ができたかもしれないが、いまさらそんなことを思惟したところで現実の世界は何一つとして変動の様子を見せることはないので、その願望は空に浮かぶ雲と一緒に流しておこう。
しばらく見慣れた風景を眺めながら平然と進んでいき、最終コーナーを曲がると、早くも目的地に到着―。さすが、近いね。
転倒した自転車だらけの駐輪場に適当に自転車を固定してから後輪に鍵をかける。見上げると、相変わらずピカピカの校舎が俺の視界を埋め尽くしている。
最近建て直したばかりだから、ほとんどの校舎は美しい米寿色の光を帯びている。去年まで建っていた陳腐なそれとは月とゾウガメ並に格段な違いだ。
数少ない春山高の良い点の一つとして挙げられよう。
……と、こうしちゃおれん、我が学び舎を観覧している暇はないんだった。そそくさと昇降口に突入!
二段とばしで階段を駆け上がり、3階の奥から二番目の場所に位置する「一年三組」と書かれた看板を掲げている教室へ向かってダッシュ。
ゴミの転がる廊下(掃除当番がいい加減なのだろう)をぬけて、教室内に滑り込む。
それと同時に、
キーン コーン カーン コーン
セ……セーフ。
いつもは遅刻ばかりしている俺だが、今日は一秒たりとも遅れてない。どうやら今日の俺の体内電力はマンガン電池ではなくアルカリ電池(しかも買いたての新品)のようだ。
そのまま風に乗るような流れで自分の席に着く。
そしてチャイムが鳴り終わるよりもコンマ一秒早く担任教師の登場だ。
そのゴツゴツした体が入ってきただけで、教室の室温が十くらい上がっただろう。常に大きい眼鏡を装着している、しわの多い教師である。汗ばんだ体を見ると、「朝っぱらからどこでそんな運動したんだ」と問いたくなるのは俺だけではないはずだ。
その男の名は(あまり意味ないと思うが一応紹介しておく)。山原怒介という、常に怒り狂ってばかりいる印象を受けがちな名前である。日頃の疲労のせいか、額には常にまばゆい光をお持ちの方である(本人の前でこれを言ったら、廊下で一時間の説教&バケツを持って立ちっぱなしの刑どころでは済まされない)。
とにかく時間にはうるさい野郎で、……失礼、ゴホン、時間にはとても厳しくご指導して下さる先生で、少々生徒たちからも苦情の声が届いていらっしゃいますが、けっこういい先生なんじゃないかなぁ(もう敬語使うの飽きた)。ギャグは寒いし字も下手だが、たまに面白いことを言ってくれたりもする。極端につまんないとか、極端に怒りっぽいとかはないし(その名前とは裏腹に)、俺に合ってる先生だと思ってるよ。一応。
ちなみに、一番嫌いな国語の教科担任だったりする……。
「ほらほらー、みんな席着けよー」
巨体が早速怒鳴り始めた。……いつもの事ながら。
その全員着席号令を聞くや否や、立って話をしていたり、教室の隅っこで本を読みながらブツブツ言ってたり、プロレス大会を開催していたクラスメイト達は、猫に狙われた鼠のように一斉に各々の席に移動した。
「じゃあ、出席をとるぞ」
うちのクラスは出席率だけはいいからな。学年で密かに一番の出席率を誇るクラスである。
今見渡してみても、空席はないようだ。
「さすがは一年三組! 欠席なし! えーと、今日は特にお知らせも配布物もないから、これでホームルーム終了ね。みんな、今日は花金だ。気合入れていけよ!」
もはや死語となっている単語で終わりの言葉とした担任、山原。確認の意も込めて黒板を見ると、そこに黄色い文字で『金曜日』と書かれていた。確かに金曜日というものは翌日休みということもあって心踊るものがある。
そんなミミズ並みに短いホームルームでいいのだろうか。 時間にして約三十秒。
そのホームルーム終了合図を聞くや否や、皆再び進路を葉で遮られた働きアリのように散り散りになって、ざわざわと雑談を始めた。まだホームルーム中のクラスもあるっていうのに迷惑だとは思わないのかね。それにしても、団結力があるというか、切り替わりが早いというか…。
さっきまで静寂に包まれていた教室(とはいえ三十秒という短小時間)が、一気にけたたましい話し声で彩られる。
〈ガヤガヤ ガヤガヤ〉
「なあなあ、今年の春山祭のことだけどさー」
一時間目の授業の準備をしようと鞄から教科書を取り出した時、後ろからシャーペンの先でつつかれた。
「なんだよ?」
「まだ計画とか何もしてないみたいだけど、そろそろ始めたほうがいいと思わない?」
「春山祭?」
俺のすぐ後ろで眠そうな顔して座っているのは、鈴木信雄。小学校の時からずっと同じクラスで竹馬の友的な存在。ちょっとした幼馴染みたいなやつである。この十年間毎年同じクラスで共に学校生活を送ってきたのだから、切っても切れない腐れ縁とはまさにこのことだ。マイペースで風来坊で、普段何を考えているのか長い付き合いの俺でも、内閣と国会と裁判所の関係並に理解できん。
春山祭……か。そういえばそんな行事あったっけ? 周りの連中だけで祭り騒ぎしているような催しには関心がないので、すっかり眼中になかった。
春山祭とは、我が高校で一年に一度行なわれる、文化祭と呼ばれる高校行事の定番の名称である。今年で第五十二回になるという、案外長い歴史を持っているらしい。春山高校だから春山祭 ……なんのひねりもないネーミングだ。誰だか知らないけどもっといい名前つけろよ……。
入学以来、文化祭の「文」の字すら聞かないから今まで忘れていた。それにしてもなんでまた唐突に文化祭の話なんか? 信雄はよく話題になってない話を急に持ち出したりするからな。昔からそういうやつだ。
「いやー、楽しみだね、春山祭」
何がそんなに楽しみだというのだ。
俺ら一年は、クラス展示がある他は一般客同様に校内をウロウロして目に付いたジュースやら菓子やらを片っ端から買うことしかできないし、それらは普通のスーパーで売ってる商品よりも高値で売りさばいているわけだから、財布の中身が駅前でよくやっている赤い羽根募金のごとく空虚になるだけじゃないか。
「あれ? ひょっとして道也、知らないの?」
「何が?」
「お! その顔は『知らない』って顔だな?」
「だから何が?」
そんなに春山祭で楽しみにすることなんてあるのかと、脳の回路をたどって過去の記憶を呼び覚まそうと試みたが、そんな情報など見当たらなかったので尋ねてみる。……返答に期待はしてないけどな。
で、俺が何を知らないって?
「いや、それは言わないでおくよ」
「……別に大したことじゃないんだろ?」
「楽しみはとっておくってことで。てゆーか、そのほうが驚きが増すと思うよ」
実際それほど楽しい行事ってわけでもなかろう。どうせ信雄の言っていることだ。校内で二十年に一回しか起こらないというトノサマバッタ大量発生の異常現象とかよりも価値なさそうだ。
「まぁ、その時になれば分かるさ」
その時が来なくてもよく分かったような気がする。無味乾燥とした行事であるということがな。一を聞いて十を知ったさ。
「ヒントは、今年の春山祭は去年までとは違うスペシャルイベントがあるってことだね」
「それはヒントじゃないと思うんだが」
呆れて目をそらすと、クラスメイトの男子生徒が教室内でスクワットしているのが目に入った。どうでもいいが。
「とりあえず、面白い行事があるってことは間違いないよ」
「……俺は参加すんのやめとくわ」
素直にそう言っておく。懸命な判断だ。
「えー、もったいないなー。この素晴らしい行事の本質を知らないからそんなことを言えるんだよ。まあ道也がどうしても来ないってんなら無理に来いとは言わないけど」
そういう言い方されると信用できん。しかもその表現はオーバーすぎやしないか?
あと、そこまで言うなら本質とやらを教えてくれ。
「別に大した事はやらないだろ?」
「だからその時になれば分かるって。そんなに早とちりだといい人生おくれないよ?」
なんか裏がありそうだな。
「フフフ……」
その上、よくゲームや漫画の悪役でありがちな気持ち悪い笑いまで浮かべやがった。
……これは絶対何かあるな。信雄の顔にはっきりと油性マジックで書いてある、「私は隠し事をしています」ってな。
やっぱ行くのはやめとこう。ろくなことがなさそうだ。
行ってみたはいいが、何の変哲もない動物園とかが開催されていて猛獣たちから身を隠すことに精一杯で他の事は何も考えられない状態になって悲惨な思いをした挙句、「ドッキリカメラでした~」なんて言われて笑いものにされるのも真っ平ごめんだ。
「当日、道也の驚く顔が目に浮かぶよ」
「……」
「あれえ? ひょっとして疑ってる? 大丈夫、大丈夫! 何も危ないことはないから」
そりゃあそうだろう。学校の文化祭で危険な催しがあるわけがない。
「あ、そろそろ一時間目が始まるよ。移動教室だから、早く行こう」
一時間目は俺にとって得意とも不得意とも言えぬ『生物』だ。信雄の言うとおり、2階の生物教室まで赴かなければならない。
「そうだな。そろそろ行くか」
鞄の中から教科書やノートの類の物を無理矢理引っこ抜く。
文化祭の件については保留ってことにしておこう。熟知しておく必要もあるまい。
俺はそんなストレンジデーは家で横になってせんべいでもくわえながらテレビゲームをピコピコやって一日が何事もなく平穏無事に過ぎ去るのを待つとしよう。
…………と、この時はそう思っていたんだがな。
その後は通常通りの学校生活を過ごし、もう下校時間になった。
クラスメイトが次々と学び舎を後にしていく中、俺は帰りの支度をしていた。
今日もまた居眠りばかりで何の成果も得られない時を過ごしてしまった(いつも後悔してんのに毎回改善されないから困ったもんだ)。
特に何の部活にも入っていない俺(帰宅部ばんざい!)は、学校でのスタディタイムが全て終了するとすぐさま下校。
今日一日学びの場となってくれた校舎に感謝しつつ、お別れの言葉を告げなければならない(実際、授業中はほとんど熟睡していたため学習内容は頭に二割も入っていないのだが、そのことを指摘しちゃいかん)。
中学校の時から使い続けてボロボロになった鞄に惰性で教科書、ノート、資料集を全部無理やり押し込む。
学校に資料集系統を置いて帰るのが不安なので、その日授業で使った物は全て持ち帰るわけだからもう鞄はパンパンだ。あと野球ボール一個入れたとたんに引きちぎれるんじゃないかとすら思えてくる。重量もかなりのものだ。これだけ重けりゃ、「この中に人が入っているんですよ」と言われても納得してしまいそうだ(容積面では問題ありだが)。毎日こんなのを肩に提げて歩いているから、俺の肩はガチガチ状態である。
確かに学校のロッカーに明日の授業で使うものを置いていけば苦労せずに済むんだが、そうするとなぜか不安になる。何がどう不安かって言うと言葉ではうまく説明できないんだが、なんつーか……その……スッキリしないんだよな(解説放棄)。
でもまあ分かる人には分かるかもしれない(超適当)。そういうヤツがいたらいい友達になれそうだ。
いや本題はそこじゃない。
そう、この日こそが、俺の高校生活を決定してしまった日であると言っても過言ではない。
すなわち、アンビリーバボーイベントの第一号に出会う日なのだ。
鞄を肩にかけ(あまりの重さにふらつき正面で談笑中の生徒の群れに突っ込みそうになったが)人数も残りわずかな教室を出た。
信雄と一緒に帰ろうと思ったのだが、今日は掃除当番らしいので、俺は一人で帰ることにした。
昇降口をぬけて、駐輪場へ行き、愛車にまたがる。
太陽が上空高くから照り付けてくる。
俺はハンカチを取り出し、額の汗をぬぐった。
さて、行くか。
ペダルに足をかけ、学校を出た。
ここまでは、普段となんら変わらないある高校一年生の平和な一日だった。
そのまま俺がいつも通っている裏道(通学ルートは正式にはこっちじゃないんだが、こっちを通ると近道になる)にさしかかった。
今日の晩飯は何だろうと考えながら、昨日がカレーだったのを思い出し、そうすると必然的に、前日の残り物が次の日の晩飯に出るという我が家庭の定則に従って今日もカレーかと思うと、それは大好物であるため自然と上機嫌になり軽快に口笛を吹きながら灰色の道を進んでいった。
そこで、変な物体を見た。
これが全ての始まりだった。
前方三十メートルほどの位置に何かがある。しかもあからさまに俺の進路を意図的に妨害しているんじゃないかと疑い深くなるくらい道のど真ん中に停滞していた。
俺は、ゆっくり、ブレーキをかけた。
裏道は四方に建物があるため、日の光は入りにくく辺りは暗いのだが、そこに転がっていた……というより落ちていた物体は白かったので、はっきりとその姿が見えた。
ただ、それが何かまでは判別できなかった。楕円形をしている。消しゴムにしては少しサイズが大きい気がするし、ダチョウの卵……だとしたらこれは小さすぎるな。
でも、それなりの大きさ(直径十センチ程度)はあったため、無視して通ることはできなかった。
なんか不思議な物体だな。これが率直な感想。
自転車から降りてその物体をもっと近くで観察した。
ふむ。よく見ると大きめの温泉饅頭のようにも見える。だとしたらやはり中には餡子が入っているに違いない。
そういえば饅頭なんて去年家族で温泉に行った時にお土産コーナーに置いてあった温泉饅頭をなけなしの小遣いで両親に買ってあげた(ちなみにこの時姉は一銭も出さなかった)のを一個だけもらった時以来食べてないな。見てたら食べたくなってきた。こんど買おう。そういえば前食ったあの店の饅頭がうまかったな。
などと陽気なことを考えていると、
ピクッ
…ん?
今少し動いたような…。
もう少し近くによってみる。
動かなくなった。
………怪しい。
ひょっとして生き物か?
木の枝でも持ってきてつついてみようと思ったが、ここはコンクリートの上。巣作りしているツバメが枝を巣に持ち帰る途中でどこかの工場から発生する有害ガスの影響で意識が朦朧となり誤って口に銜えていた枝を落としでもしない限り、この状況でそれを入手するのは不可能だ。
しかし、目の前の得体の知れない物体は気になる。
ちょっと怖いけど、素手で触ってみるか。
この物体が実は熊の子供で、俺の行動が親熊に見つかり、とたんに食い殺されるようなことだけはありませんようにと祈りつつ…
そっと白い物体に右手を乗せた。
……とても新鮮な感触だ。
暖かくて柔らかい。
毛……というか、羽毛を触っているような感じ。
ってことは、やっぱり生き物?
すると、
ピクピクッ
!!
反射的に手を離す。
動いた! 確実に動いた!
突如ロボットのスイッチでも入ったかのように動き出した物体に対して動揺していると、その饅頭生物はムクっと起き上がった。
そして俺はやっとその正体を認識した。
鳥だ。
身長十数センチ程度の白い体の中央には、立派な嘴が見られる。足や翼の形に一般的に言われる鳥とは合致しない点がいくつかあったが、それでも鳥であることに間違いはないだろう。
急に目の前に人間が現れたからか、驚いた様子で目をパチクリさせている。
子どもだろうか。俺の顔を興味津々に眺めている。
しばらくすれば飛び立つと思っていたが、いくら待っても動かない。
一歩近寄ってみても、やっぱり動かない。
きょとんとした顔で、ずっと俺を見据えている。
人が近くに逃げるものだと思っていたが、その概念は通用しないみたいだ。ひょっとして、人間を見るのは初めてだろうか?
さて、この鳥をどうするべきか。
考えられる選択肢をいくつか挙げてみよう。
①身近な山林へ連れて行って自然に帰す。
②家に持ち帰りペットにしてしまう。
③警察に届ける。(ん?)
④このまま放っておく。
この四つのうちどれかだ。俺はペットなんか欲しくないので、②は却下だな。④はちょっと可哀想だし……。となると、やはり①が一番簡単で、こいつのためにもなるんじゃないか?(③は財布だよな)
ってわけでレッツ・ドゥーイット!
早速、かのホワイトバードを保護すべく、手を伸ばした。
が、ここでとんでもない事が起きた。
「あのー、すいませんが、ここ、どこでしょうか?」
俺の聴覚器官は、日本語の音声をキャッチした。
…………今誰か何か言ったかい?
辺りを見渡しても、老若男女、誰一人として見られない。
俺にはこのホワイトバードが俺に問いかけたように聞こえないこともなかったんだが、多分空耳だろう。
困惑した表情で俺を見つめる鳥。ま、まさかね。
「あと、あなたはだれですか? ひょっとして助けてくれたとか…?」
…自分の耳を疑った。確実にコイツの口から発せられた言葉だよな、これ。
どんな腕のいい腹話術士だろうと、これ以上ないくらいに台詞と口パクを完璧にシンクロさせることはできまい。
それに、俺の目と耳が正常に機能しているならば、音声の源はコイツの方向からである。
「……………」
絶句。両者ともお互いを見据えて、ポーズボタンを押した時のゲームキャラクターのように微動だにしない。
……ははは… なんだか今日は調子が悪いみたいだ。どこかで頭でも強く打ったっけ? 俺の脳ミソにしまいこんである記憶という名の本にはそのような事柄は記されていないんだが。じゃあこれは夢だな。最近疲れているからかな。たまには変な夢を見ることもあるだろう。いちいちこんなことまで気にしているようじゃ、人生終了する前にダウンしちまうって。腕でもつねれば目が覚めるさ。…いてて。あれ? なんで痛いんだ? 夢じゃないってこと? 誰かマジで教えてくれ。このままじゃ本当に頭がおかしくなっちまいそうだ。
「もしも~し?」
しかしこの鳥は話しかけてくる。
他の誰でもない、この俺に!
ずっと黙り込んでいるのもなんだから、こちらからも話しかけてみよう。
「そういうアナタはナゼここにイルのでしょうか?」
かなりぎこちないが、果たして通じるのか。
「え? いや、そのー…… ちょっと、飛ぶ練習してたら、失敗して落っこちちゃって…… てへへ」
ほう。飛ぶ練習ね…。ってことは、やっぱり子どもか。これから練習して、大人になったときに苦労しないように頑張っているんだな。偉いなあ。などと悠長なことを考えていられるほど心に余裕はなかった。
なにより、言葉が通じたことに驚いた。
そう、
なんと、
鳥類相手に、
日本語が通じてしまったのだ。
……最近のロボットって良くできてるもんだ。「言語識別システム」搭載か。これからも更なる発展に期待しよう。
「……どうしたの?」
それにしても、この表情といい、仕草といい、どう見ても本物の生き物だよな。
『言葉を喋る鳥』……ビックリニュースだな。明日、新聞の一面に飾られること間違い無しだ。
「…………」
俺はしゃがんだ体制のまま二の句がつげづにいる。
えーと。
とりあえずこの状況を説明して欲しいんだけど。
結局、俺はその鳥をこっそりと家に入れることになってしまいました。
俺の家は黄色い壁の洋風の一軒家。
玄関入って正面にあるちょっと急で上りづらい階段を上がると間もなく見えるドアを開けたらそこが俺の部屋。
その四角い個室に不可解なる生命体を放り込む。
途中で誰かが入ってきたら面倒くさくなるだろうから(とはいっても今家には俺たち以外誰もいないが)、きちんと部屋のロックも忘れちゃいけない。
右に勉強机、左に本棚、奥にはベッドが、お互いに向き合っている。
その中央のスペースにあぐらを掻いて座り込み、生命体Xも座らせる。
いきなり現れたこの鳥…… 分からない事だらけで、もちろん俺はコイツをこれっぽっちも信用しちゃいない。疎外感すら抱いている。
その鳥のほうはどうかというと、緊張もせず警戒もせず遠慮もせず、俺の部屋を歩き回りながら(座ってると落ち着かないようだ)、初めて美術館に連れてきた子どものように興味深そうにキョロキョロ見回している。しかも二足歩行。
別に変な物は置いてないつもりなんだが、やっぱ動物にとって人間の部屋ってのは関心を引かれるものがあるのだろうか。
さて、お部屋拝見もその辺にしてもらって、落ち着いて話を聞ける環境もセッティングできたことだし…
俺は不審鳥に詳しい解説を要求した。
「まず、お前のことなんだが…」
「おふー、おふー! よろしくね! こう見えても梟です!」
まず最初に自己紹介から始まった。
お、おふー? それがお前の名前なのか? しかもその丸い体系からは連想できなかったが、梟らしい。
梟らしい名前といえば梟らしい名前かもしれないが、なんかパッとしない名前だな(失礼極まりない)。
しかしながら名前のことで思考を巡らせても、それは単なる時間の無駄にしかならないような気がしてきたんで、深く考えることはやめよう。
おふーはすべてをやり遂げたような笑みでそう言うと、満足げな表情をして黙りこんだ。
自己紹介終了~。……ずいぶん短い自己紹介だな。
「……俺は崎本道也だ。よ、よろしくな」
一応俺も名乗っとくが、これって新入生歓迎会みたいな会合の序盤でよくある光景じゃないのかね。なんでそんなものを我が崎本家の二階のマイルームで行わなければならないのか、まったくもって理解不能だ。あと、よろしくと言うほど長い付き合いになるのだろうか。
「うん! よろしく!」
おふーも、右手をビシッと額に当てて敬礼をして(何の意味があるのやら)、元気に挨拶してくれた。その瞳からは、疑惑の色は見られない。純粋な色をしている。
羽毛はぬいぐるみのようにフサフサしてる。抱き枕みたいなイメージかな? その白色は薄い灰色が混ざっているかいないかの絶妙な色合いを帯びていた。俺の目を真っ直ぐ見据えている紺色の瞳を持つ目は、蛍光灯の光を反射してステンドグラスのように七色に輝いて見える。両目から等間隔にある小さい嘴は、鉛筆の先ほどの大きさしかない。言葉を発するごとにパクパク動いて(当然と言えば当然だが)、ぬいぐるみが喋っているようでおもしろい。なんせ本物の梟をこんな間近で見るのは初めてだから、新発見が満載だ。
ここまで落ち着いて観察していられるってことは、俺も少しこの状況に慣れてきたってことだろうか。
言葉を話す梟という存在に。
「じゃあ、えー、早速質問なんだが、なんでお前は言葉を話せるんだ?」
これが本題であり、最大の謎である。梟が言葉を話せるなんて、この十五年間聞いたことがない。
「え? 知らないの?」
だが、こう答えが返ってくるとは思わなかった。これではまるで俺が常識のない人間みたいじゃないか!
しかも、明らかに人を蔑んだような目をしている。
俺が怪訝と困惑と陰惨が混ざったような表情をしていると、
「しかたないなー、おふーが説明してあげるよ」
そう偉そうに胸を張って断言して、それからおふーに説明とやらを聞かされた。……俺は鳥類に馬鹿にされているのだろうか。
「おふーたちは地球とは別の星から来た動物なの。その星に住んでる人はみんな言葉を話せる動物なんだ。それで、おふーの世界の住人は地球とおふーの世界とを行き来することができるの。いま、春山高校の生徒と交流会をしましょう! って企画が立てられていて、それがこんど行われる春山祭の行事の中の一つなの。ちなみにこの企画を立てたのはおふーのお父さんだよ! あ、もちろん春山高校の先生たちにも許可は取ったから、その点はご心配なく。つまりおふーたちはその企画に参加するために遠い星からはるばるやってきたエンジェルバードってことだね! あは♪」
どんどん説明していくおふー。かわいらしく、「あは♪」とか言ってる様は、普段仲の良い友達同士での世間話をしているかのように警戒心ゼロである。
「以上! だいたい分かった?」
しかもそれだけで終わりらしい。
またずいぶん短い説明だな。
胸を張って、手を腰に置いて、自信満々のあなたには悪いですが、ごめんなさい。わけわかりません。
その星と春山高校とが交流する意味も不明だ。一体どんな事情があるってんだ?
おふーの瞳を見ると、嘘をついている雰囲気はない。目をパッチリ開いて輝かせている。天真爛漫なやつだなあ。
「それだけじゃさっぱり意味が分から……」
言おうとした俺の脳内に、ふと今日の朝の会話がよぎる。
信雄の言っていた、春山祭のこと……。
今聞いた内容は、信雄の話の内容と一部一致する。
確か信雄は、「今年の春山祭は去年までとは違うスペシャルイベントがある」って言ってたな。
まさかコレか?
「でも、今年の春山祭で交流会があることは春山高校の生徒ならだれでも知ってるはずなんだけどなあ」
白梟が目を細くして言う。
そ、そんなバカな! 誰でも知ってるって? 入学以来聞いたことがないぞ、そんな話!
「じゃあなんで俺は知らないんだ?」
と聞いてみると、
「先生の話とか聞きそびれたんじゃないの?」
だそうだ。
先生の話なんかで済まされる話じゃないと思うのだが…。全世界での大ニュースとして取り上げられるであろうこの事態は、そんなどうでもいい場面で皆の衆に告げられるというのか。
じゃあ、俺は先生の話を聞き逃したがために、信雄に馬鹿にされ、梟に馬鹿にされ、こんな複雑な思いをして今ここにいるってことか?
「……そんな……」
何を言えばいいのか分からなくなった。
言いたいことはあるのに、言葉にならない。
俺って、…何なんだ?
「なんで落ち込んでるの? 元気だしてよ」
俺の愛用している目覚まし時計くらいの身の丈しかない小さい白梟に、なぜか励まされました。
非常に煩雑な心境です。
「……信じられない話だな」
冷静になれ、俺! ここで取り乱してはいけないぞ!
「そりゃあ普通の人なら信じろってほうが無理だよ。最初はだれだって驚くもんだよ」
これはもはや、「驚く」という簡単な動詞一つで表現できない。
心のどこかに、寂しさすらある。
孤独感、とでも言うべきか。
「だいじょうぶ! すぐ慣れるって!」
……とてもじゃないが、そうは思えない。
それに、春山高校の生徒なら知ってるっていうのは本当かね?
しかし、確かに信雄が知っているなら他の連中が知っていてもおかしくない。
どっちにしろ、今度信雄のヤツをとっちめて尋問するってことは確定だな。
「はーぁ、よくわかんねえや」
ゴロンっと、畳の上に横になる。全てを諦めたような声で、もうなるようになれ、俺は知らねえよ、難解な話を持ち込むな。と、言う気力も出ず、四角い天井を見つめ、なんか悲しい気持ちになってきた。みんな知ってて俺だけ知らないのかよ、と。
もちろん百パーセント信じているわけないので、それほど深刻に考え込んではいないんだがな。
視界の中央にある蛍光灯は、あざけるように発光していた。
「うーん……」
おふーは何か悩んでる様子だ。悩みたいのは俺のほうだよ……。
両親や姉はこのことを知っているのだろうか。もしそうだとしたら、なぜ俺だけがこんな思いをしなければならないのだ。この常識離れした世界はいつ成立して、俺はいつからその世界の住人になってしまったのか。知っている限り、少なくとも俺の住んでいる町は、なんの変哲もない穏やかな場所だった。俺が今まで育ってきた、ただの地球上の温帯地域に位置する地域だったはずだ。
昨日までは、何事もない平和な日常だったのに。
言葉を発したり、二足歩行したり、俺たち人間のような豊かな表情をする動物なんて存在しなかった。そんなことは幼稚園児でも知っている、地球上の常識だ。こんなことは、夢や妄想や映画の世界を軸にした思想だろう? それが今、俺の目の前で、立体化して登場している……。
机の引き出しからネコ型ロボットがやってきたりしたら今と似た感情を抱くんじゃないだろうか。
「そんなに違和感あるものかなあ」
この梟には、常人の感覚がないみたいだ。
「そんなこと言われても……」
俺は明白な意思表示ができず、うろたえる。
過去に一度でもそんな話を耳にしていたら少しはこの状況を頭に叩き込みやすくなるだろうが、そうではないため、頭の中には混乱が乱雑に叩き込まれていた。
緊迫した空気に包まれる。
「よし! 決めた!」
おふーは突如立ち上がり、しばらく続いたその沈黙を破った。
右手に握りこぶしをグッと作り、何やら決断したようだった。
「何を決めたって?」
「みっちゃん」
「は?」
「君のあだ名!」
「あ、あだ名?」
「そ。これからはみっちゃんね!」
「ま… まぁ、別に構わないが」
いきなり梟にあだ名を付けられ、何ともいえぬ気分である。フレンドリーな梟だね。ははは。すごいすごい〈パチパチ〉(なんか気が狂ってきた)。
「ところで、みっちゃんって一人ぐらし?」
「いや、今は姉と二人で暮らしてるけど……」
なぜか世間話が始まった。俺の心境は無視ですかい。
というか、一人暮らしならこんな立派な一軒家に住むわけないだろう。
「ここがみっちゃんの部屋?」
「ああ、そうだけど……」
こいつはとことん質問攻めする気なのか。
「おふー、家帰ってもヒマなんだ。だから何かして遊ぼうよ!」
「えっ!?」
精神状態が比較的不安定だという俺のことは、道端に落ちてる石ころのごとく気にもとめないで、しかも遊びに誘うとは、正直予想外である。
スキンシップをはかっているんだろうか。
でも、なぜ人間の俺を誘うんだ?
動物なんだから、同じ動物と遊べばいいのに。
それとも、こいつの住む国(星?)と、地球とでは、生息する動物の種類に違いがあるのだろうか。
「まあ、いいけど……」
怪しげなる梟とフリータイムを過ごすのは、犬と猿がじゃれ合っているのと同じくらい気味の悪い話だ。
俺も四六時中暇な所存なので、別に誰かと遊ぶことについて異存はない。だが、その相手が未知の物体だというのなら別だ。カップラーメンと生ラーメン並に格段の相違だ。外見的にも、質的にもね。
てかこいつ、俺ん家に居座るつもりじゃないだろうな?
「ところで、いま何時?」
こいつの世界にも、時間という四次元的な発想はあるらしい。
「ん」
後ろの掛け時計を親指で指してやる。
「あ! もうこんな時間だ!」
それに目をやったおふーが言う。針は六時半を指し示していた。
こいつの世界にも、時を刻む針と数字の付いた板はあるらしい。
それにしても、切り替えの早いヤツだな。
「せっかくみっちゃんと遊べると思ったのに…。またこんど遊ぼうね!」
また今度って……
「再び会うことがあるのか?」
「うん! 絶対! 文化祭で!」
そうだった。このチビ鳥も春山祭なんとか行事の参加者の一員だったっけ。
「じゃあ、おふーはもう帰るから、また会おう! えーと、ふつつか者ですがよろしくお願いします!」
そうい言って、おふーはぴょんと身軽にジャンプし、部屋に唯一ある寂れた窓枠に飛び乗ると、重力に身を任せて、そこから飛び降りた。…というより、落ちていった。
「え、ちょ……」
慌てて窓の外を見ると、既にその姿はどこにもなかった。
下には雑草一つない綺麗に整った庭に、物干し竿が二本平然と立っているだけ。おふーの姿はもうない。
……結局、最後まで訳分からん鳥だった。
悪いヤツではないのかもしれないが。
しばらくその状態で漫然とカカシのようにつっ立って固まっていたが、ふと我に返る。
ま、待て、話を整理したい。
俺にとって(というか正当な人間全般にとって)、この話は宇宙人とかUFOとかそのたぐいの神秘風光を目の当たりにしたおっさんがテレビでその有様を狂ったようにスピーディングトークしている姿を信じることよりも遥かに怪訝なものであった。
つまり、俺の入学した、ごく普通に高校生らしいライフをエンジョイして悔いのない人生の一環として幕を閉じることになるだろうと想像していた春山高校たる何の由縁もない県立高校の文化祭に、『動物と仲良く遊びましょう』みたいなハチャメチャスローガンを掲げた、この上なく珍妙な催しが今年に限ってあるってことかい。
で、そこに出場するエンジェルバード(自称)ってのが先ほど飛び立った梟さんっていうことらしい。
……全くもって理解不能。
こんな天と地が七回転したような異常事態を一体誰が信じられるというんだ? 横しまのシマウマとかのほうが、よっぽど現実的である。
他の星から来た動物と俺の高校が交流するだと? まあ確かに楽しそうと言えば楽しそうかもしれないな。人間と動物のコミュニケーション! 実に神秘的じゃあないか! 素晴らしいことだよこれは! ……なんて考えるはずがない。
常識的に物を考えてみれば、そんなことは明瞭である。
俺や信雄が学校で言葉を話せる動物たちと楽しそうに談笑している図 ……ちょっと想像してみる ……うむ、アイツの波長ならそれなりに周りの雰囲気にも問題なく溶け込めそうだな。……って、今考えるべきはそこじゃない!
こんなことが果たして実際ありえるだろうか。こんなおとぎ話の世界のような話が。
……文化祭当日になれば分かることだ。
さーて、頭の中の整理がつかない時はどうすりゃいいんだ? ……今日のことはなかったことにしよう。それがいい。
明日からはまた日常生活がやって来るのだ。しばらくは動物交流会の話は記憶の奥底に封印しておこう。それでまたなんか封印を解かねばならないような事態に陥ったら、その時はその時で新たな解決策を生み出せばいいさ。
ある程度自分なりに精一杯結論をまとめた俺はベッドにもぐりこみ、さっさと寝てしまうことにした。
「あ、そういえば」
ふとある事に気付いた。
……アイツ、飛べないのに大丈夫だったのか?




