↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/124

第十五章 銀星号事件 (四)

 シャーロットとワトソンは、ステラに連れられ、イングランド南西部の荒野・ダートムアを訪れていた。


 ステラたっての願いだった。


 ステラは当初、一人で行くつもりだった。しかし、以前ワトソンとカフェで交わした会話を思い出し、どうしてもシャーロットとワトソンを連れていきたくなったのだ。


 ワトソンは、最初は乗り気ではなかった。それが、ステラの一言で変わった。


「たまには旅行するのも、よい気分転換になりますよ」


 そうだな。最近は事件ばかりだ。少しくらい、のんびりするのも悪くない。ちょうど大型連休があるし、学園の講義も休みになる。


「シャル、ステラと一緒に旅行に行かない?」


 珍しくワトソンから誘われ、シャーロットは少し考え込んだ。


 事件の報告書はない。研究も今は停滞している。


 あ、でも、花壇の水やりをしないと。


「花壇の水やりなら、庭師の人に頼んであるわよ」


 ワトソンは先手を打った。


 基本的に、シャーロットは自分の関心事以外にはひどく出不精だ。彼女を連れ出すためには、何重もの準備と、それを押し切る勢いが必要になる。


「そう。分かったわ」


「それで、どこに行くの?」


 ダートムアは、イングランド南西部に位置している。広大な荒野と牧草地が広がり、農業や牧畜が盛んな土地だった。


 そして、この土地にはもう一つの特徴がある。競走馬の飼育が盛んなのだ。


 有力な貴族たちも、この土地に厩舎を構え、優秀な競走馬を育てている。馬好きの間では、聖地とも呼ばれていた。


 どのような伝手を使ったのかは分からないが、ステラは、ある貴族が所有する厩舎へ招待されていた。


 道中、ステラは飽きることなく馬の話を続けていた。シャーロットは、その話を楽しそうに聞いている。


 人の話を聞いていないように見えて、実のところ、シャーロットは人の話を聞くのが好きだった。


 たとえ、とりとめもなく流れていくだけの話であっても、そこから話し手の思考や嗜好を読み取ることができる。シャーロットにとっては、それもまた興味深い観測の一つだった。


 ワトソンは、そんな二人の会話を聞き流しながら、魔導列車の窓から移りゆく景色を眺めていた。


 そういえば、こうして列車でどこかへ出かけるのは久しぶりだな。途中の駅で買った弁当を食べながら、のんびり旅をするのも悪くない。

 モフモフは、椅子で丸くなっている。


 やがて、魔導列車は目的の駅へ到着した。


 ステラは軽く体を伸ばしたあと、周辺の地図を確認する。三人は牧草地の間を通る道を歩き、目的の厩舎へと向かった。昨日の大雨で足元にぬかるみがあり少し歩きづらかったが。


 有名な競走馬を、これほど間近で見る機会など、もう二度とないかもしれない。そう考えると、ステラは自分が予想以上に緊張していることに気づいた。


 ところが、厩舎に着くと、作業員たちが何やら激しく言い争っていた。


「あの、どうしましたか?」


 ステラは、仕事で使う落ち着いた声で尋ねた。


「馬が……馬がいなくなったんだ。シルヴァー・ブレイズが!」


 その名前を聞いた瞬間、ステラは軽いめまいを覚えた。よろめいたステラの体を、ワトソンが慌てて支える。


 一方、シャーロットは、いつの間にか厩舎の中へ勝手に入り込んでいた。


 外から扉を壊された形跡はない。内部から壊された様子もなかった。


 つまり、馬が自力で逃げ出したとは考えにくい。


 誰かが、扉を開けて連れ出した。厩舎の職員か、あるいは調教師か。内部の人間が関与している可能性が高い。


 厩舎の中を調べていたシャーロットは、床に落ちている小さな破片を見つけた。


 ナイフの一部だろうか。


 いつの間に用意したのか、シャーロットの両手には白い手袋がはめられていた。彼女はハンカチを取り出すと、その破片を慎重に包み込んだ。


「何か見つけたの?」


 ステラのめまいが収まったのを確認し、ワトソンはシャーロットに近づいた。


 厩舎の中には、馬と干し草の匂いが濃く漂っている。ワトソンは、わずかに眉をひそめた。


「ええ」


 シャーロットは、ハンカチに包んだものをワトソンに見せた。


「これは何?」


「おそらく、金属製の毛掻きの一部ね。かなり使い込まれているわ」


 馬の手入れをしている最中に折れたのだろうか。しかし、折れた根元の部分だけ、わずかに金属の色が変わっていた。


「何事だ!」


 ひときわ大きな声が、厩舎の周囲に響き渡った。声とともに、大柄な男が足早に近づいてくる。


 男はシャーロットのそばまで来ると、鋭い視線を向けた。


「誰だ、お前は?」


「馬がいなくなったみたい。おそらく、内部犯行ね」


 質問に対する答えとしては、ひどくずれていた。


 ここは貴族が所有する厩舎である。そして、この大柄な男は、おそらくその所有者だ。


 ようやく衝撃から立ち直ったステラは、慌てて男の前へ駆け寄った。


「お初にお目にかかります。ロス伯爵でいらっしゃいますか。私、監視局補佐官のステラ・ホプキンスと申します。本日はヴィクトリア王女殿下のご厚意により、こちらの厩舎を見学させていただくお約束をいただいております」


 ロス伯爵は、ステラを見下ろした。二人の身長差は、まるでクマとリスほどもある。


 その様子を見て、ワトソンはわずかに微笑んだ。


「ああ、そうか。君たちがそうなのか。では、その子がシャーロット嬢で、そちらが藍色の髪の天使か」


 ロス伯爵からは、先ほどまでの剣幕がすっかり消えていた。どことなく、うれしそうでもある。


 悪い人間ではないのだろう。貴族にしては、感情が表に出やすい人物らしい。


 しかし、ステラはワトソンに対する呼び方が気になった。


 藍色の髪の天使。


 そのように呼ばれることを、ワトソンはあまり好んでいないはずだ。


「こんにちは、ロス大佐」


 ワトソンは伯爵の言葉を気にした様子もなく、軍人時代の階級で呼びかけた。


「ああ。よく来てくれた。それより、馬がいなくなったらしいな。どの馬だ?」


 近くにいた厩舎の職員が答えた。


「シルヴァー・ブレイズです」


「な、なんだと……。逃げたのか?」


 職員は首を横に振った。


「分かりません。朝、確認したときには、すでにいなくなっていました」


「ほかの馬はいるのか?」


「はい。ほかの馬は、すべて無事です」


 ロス伯爵は険しい表情で厩舎の中へ入った。


「どうなっている。そうだ、調教師はどこにいる?」


「それが、連絡が取れません」


「調教師も逃げたのかしら?」


 シャーロットが尋ねると、ロス伯爵は首を振った。


「分からん。朝、馬がいなくなったと報告を受けたばかりだ。事情を知る者もいない」


「厩舎に壊された形跡はないわ。昨夜、鍵は掛けていたのかしら?」


「毎晩、馬の状態を確認したあと、必ず施錠している」


 いなくなったのは、一頭だけ。


 無差別な馬泥棒なら、ほかの馬にも手を出していておかしくない。


 それにもかかわらず、連れ去られたのはシルヴァー・ブレイズだけだった。しかも、大きなレースへの出走を控えた優勝候補の馬である。


 偶然、その一頭だけが選ばれたとは考えにくい。


 何者かが、最初からシルヴァー・ブレイズを狙っていた可能性が高かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。