第十五章 銀星号事件 (一)
「ですから、馬はですね」
いつもは小さなステラが、何故か今日は大きい。
姿かたちではなく、感情のせいで大きく見えている。
ワトソンは、ステラがこんなに競馬が好きだとは思わなかった。
ここまで熱量が高いと、もしかして相当注ぎ込んでいる。
こういうタイプって、一つのことに夢中になると、周りが見えなくなる。
止めたほうがいいかもしれないかも。
でも、個人の趣味嗜好の問題もある。
簡単に入り込んでいけない場合もある。
ワトソンは、周りが思っているよりも、こういうことに気を使う。
シャーロットに対してでも、あえて聞かないこともある。
人の機微を感じ取り、話をしていく。
重要なときは、そんのこと気にしないで聞く。
それが、シャーロットと暮らし始めてから覚えたことだ。
かれこれ一時間くらい、ステラは馬と競馬の話をしている。
賭け事や掛け金の話しというより、馬の姿、走る時のフォームや毛並みなどが話の中心になっているので、少し安心していた。
カフェで、二人は話している。
ワトソンの紅茶は、すでに三杯目だ。
ステラの紅茶は、ほぼ減っていない。
最初に一口飲んだくらいだ。
喉、乾かないのだろうか。
それに、ステラが愛してやまないスイーツも、一口も減っていない。
ベイクウェル・タルト。
魔法省の近くにあるカフェの新作スイーツ。
タルト生地の上に、アーモンドクリームとラズベリージャムの層がある。
スライスアーモンドの香りが、更においしさを引き立てる。
ワトソンは、一口食べて感動した。
これは、久々にあたりだ。
新作のスイーツが多いこのカフェは、当たりはずれが多い。
めちゃくちゃおいしいものと、人を選ぶものがある。
これは万人受けする。
きっと、定番にはいるだろう。
それなのに、一口も食べていない。
ワトソンは、それが信じられない。
ステラの馬に対する熱量は、新作スイーツを超えているのだろう。
美味しいのに、もったいない。
シャーロットといい、ステラといい、目の前のことに夢中になると我を忘れる。
ステラの分、食べちゃおうかしら。
ワトソンは、ステラの話を聞きつつ思う。
そんなワトソンの考えなど気にもせずに、ステラは話しを続ける。
「ロイヤルアスコット杯があるんです」
王室が開催する大規模な競馬。
毎年、王族と貴族の威信がかかる、この杯。
王族に関しては、馬を見せる場。
貴族に関しては、実力を見せる場。
それぞれの思惑が違っている。
市民に関しては、賭け事の対象になっているため、違う意味で関心が高い。
もちろん、名誉を得たものは、見た目の賞金よりも大きなものを得る。
王族からの信頼だ。
ステラは、毎年この競馬杯を楽しんでいる。
楽しんでいるというより、一か月前くらいから、そわそわしている。
別に、自分が出るわけでも、出資しているわけでもない。
ただ単純に、その日が待ち遠しいのだ。
出る競走馬の名前がリストアップされると、競走馬の今までの経歴、出目、戦績をくまなく調べる。
休みの日には、競走馬を見に行く。
そのため、最近のステラは忙しい。
仕事も忙しいが、休みも忙しい。
家にたまに来る友人のことを、半ば無視している。
しかし、そんな彼女から、信じられないことをきかされた。
「ステラ、私、今年、出馬するのですよ。ステラも一緒に見ますか?」
ステラは、涙を流して喜んだ。
ロイヤルアスコット杯は、王族、貴族のためのもの。
その場所に入るには、ある程度の権力が必要になる。
そこに招待された。
ステラは、基本的に権力者に寄り添いたくない。
権力者側ではなく、市民の側にいたい。
その市民の生活を守るのが仕事だと思っている。
だが、今回は、ただのイベントだ。
問題ないのではないだろうか?
仕事じゃないし、プライベートも重要だ。
それを、少し悩んでいた。
同僚には少し相談しづらいし、上司は、多分何も言わないような気がするけども。
ただの考えすぎだということを、ステラは気づいていない。
自分が好き過ぎるあまり、こんな特別な事に、自分のコネを使って良いのだろうかと思っていた。
実際は、かなりの人々が招待されている催しなので、何ら問題はないのだが。
そんな感じでモヤモヤしていた時、ワトソンをカフェ近くで見かけたので、ステラは声をかけ、その話をしていた。
最初は、そのことの相談だった。
ワトソンは、その話を聞いて。
ステラの友人に、王族がいる。
ヴィクトリア・アレクサンドラ王女殿下。
英国の第三王女。
ステラは最近、王女殿下に絡まれている。
ステラは、アレクサンドラ王女殿下と最近仲がいい。
シャーロットとアレクサンドラ王女殿下も仲がいい。
ステラとアレクサンドラ王女殿下は、友達。
シャーロットとアレクサンドラ王女殿下は、研究仲間。
そんな関係の違いがある。
ワトソンから見ても、シャーロットは友達には向いていない。
ステラは話しやすいし、一緒に居て落ち着くところがある。
シャーロットを競馬杯に連れて行っても、別なことをやらかしそうだ。
しかたがない。
それぞれの役割と長所があるのだから。
と考えていたが、本当はステラの馬好きを知って誘っただけなのだなと、話しを聞いて、ワトソンは考え直した。
「シルヴァー・ブレイズ」
今回の優勝候補だ。
ある貴族が育てた競走馬。
今年の成績は、負けなし。
ステラは、この馬のことをずっと追いかけていた。
銀色の髪をなびかせて疾走する姿。
優しい青い瞳は、いつも遠くを見ていた。
なぜか、親近感を感じてしまう。
誰かに似ているような気もする。
ワトソンには、この思いを伝えなければならない。
ステラの中に、それがある。
今日は、絶対伝えななければならない。
私の使命だ。
それなのに、ワトソンの反応があまりよくない。
どういうことだろう。
私の思いが通じてない。
そんな時に、ステラはワトソンの指を見る。
指輪だ。
青く輝く宝石がある。
今まで、ワトソンが指輪をつけているのを見たことがない。
イヤリングやネックレスは、たまにつけている。
珍しいな。
たまたまだろうか。
気になる。
でも、それよりも、この馬の事を伝えたい。
ステラは、更に熱く語り始めた。
日が暮れるまで。
その後、ステラが愕然とする事件が起こる事など、勿論知らないのだが。




