誰が為に指輪はある。
シャーロットは、珍しくそわそわしていた。
自分がこんな感情を持っていると知って、少し驚いていたし、楽しんでもいた。
大したことじゃない。
ただ、渡すだけだ。
時間はいつでもいい。
いつも一緒にいる。
「どうしたの、シャル?」
ワトソンは、いつもと少しだけ雰囲気が違うシャーロットに声をかける。
「え、なんでもないわ」
そう言うと、シャーロットは机の上の本を手に取った。
こういうときのシャーロットの行動には、二つある。
何かをやらかしたか、これから何かをやらかすかだ。
仕方がない。
面倒なことになる前に、早く聞いておこう。
後始末のほうが大変だ。
「それで、何を隠しているの? 事件? 研究? どっち?」
シャーロットの隠し事は、ほぼこの二つしかない。
自分から首を突っ込んだか、依頼されたかの違いはあるが、結果はあまり変わらない。
「えっと、特に何もないわ」
何もない。
そんなことはない。
これは一番まずい。
何をやらかすつもりだ。
もしかして、すでに取り返しがつかないことになっているのではないか。
さまざまなところへのお詫び行脚。
寮長のハドソンに始まり、監視局のレストレードたち監査官。
当然、ステラにも迷惑をかけているだろう。
彼女の愚痴も聞いてあげなければならない。
ステラは最近できた新しい知り合いに振り回され、問題児に囲まれて大変そうだ。
もっとも、一番迷惑をかけているのは、シャーロットかもしれない。
ステラが好きなプディングを用意してあげよう。
「ワトソン、少し顔が怖いわよ」
「え? そんなことないわ」
ワトソンの眉間には、深い皺ができている。
どこのお菓子がいいかしら。
ワトソンが街のスイーツ巡りをしている理由の一つには、お詫びの品となるお菓子の調達先を探すこともある。
もちろん、ほとんどはお菓子巡りを楽しんでいるだけだ。
ワトソンのそんな苦悩など知らず、シャーロットは今ではないと考え、講義に向かう。
「じゃあ、行ってきます」
ワトソンには聞こえていない。
シャーロットは、いつも以上に静かに扉を閉じた。
困ったわね。
意外に渡せない。
大したことではないのだが、シャーロットが妙に緊張したせいで、ワトソンが変な警戒をしている。
練習が必要かもしれない。
実験の成功には、作業を繰り返すことが必要だ。
まずは――。
教室には、ヴァイオレットがいた。
ヴァイオレットは、クラスメートと楽しそうに話していた。
彼女はシャーロットに気づくと、会話をやめて、こちらに近づいてきた。
「おはよう、シャル」
「おはよう、ヴァイオレット」
当たり前のように、教室の一番後ろにある中央の席へ向かう。
シャーロットの指定席の隣に、ヴァイオレットは座った。
「えっと、はい。これ」
シャーロットは、ポケットに入れていた指輪を取り出す。
「なに、これ?」
「えっと、指輪よ」
ヴァイオレットは戸惑う。
指輪?
も、もしかして――。
婚約指輪?
私と?
え、いいの?
「これは、その、あの……」
ヴァイオレットは、頬を赤らめて尋ねる。
「いらない?」
ヴァイオレットの反応が芳しくない。
指輪は、そんなに欲しくないのか。
女性なら、みんな欲しいのだろうと考えていた。
シャーロットの考えは、たまに固定観念にとらわれることがある。
デザインの問題かもしれない。
その本人に合わせた指輪の形が重要だと、シャーロットは考えていた。
ヴァイオレットには、明るい黄色の光を放つ宝石を選んだ。
難しいものだ。
シャーロットとヴァイオレットの思考は、遠く離れている。
二人の思考が交わることは、決してない。
だが――。
「いる。いるに決まっている! で、でも、わ、私でいいの?」
ヴァイオレットの心臓は、破裂しそうだった。
こんなにどきどきしているのは、魔導学園に入学したときですらなかった。
「もちろん。あなたのための指輪だもの」
シャーロットの言葉の意味は違う。
だが、これだけを聞けば、誰もが勘違いする。
そのことを正しく理解している者など、この教室にはいない。
聞き耳を立てていた女子生徒たちは、黄色い悲鳴を上げる。
シャーロットは、性格と才能には難があるが、見た目は周囲の目を引くほど整っている。
銀色のショートボブは日の光を浴び、輝きを増している。
白い肌に、冷たい青色の瞳。
その姿は、見る者に畏怖と羨望を抱かせる。
本人はあまり気にしていないため、ワトソンがいないと寝癖がひどい。
唇を赤く染めるルージュですら、自分ではつけない。
つけなくても、誰も困らない。
それに対して、ヴァイオレットは、長い金髪に大きな瞳、健康的な肌を持っている。
シャーロットとは対照的な女性らしい体つきは、異性の目をさらに引く。
同性のクラスメートの中には、二人の関係を友達以上だと想像している者もいる。
実際、ヴァイオレットも、シャーロットだったらいいかもしれない、と思うことがある。
単純に、異性の中にシャーロットほど興味を引かれる者がいないだけなのだが。
「あ、ありがとう」
ヴァイオレットは、もらった指輪をつけようとする。
どの指につけるか、一瞬ためらう。
薬指?
そ、そうよね。
待って。
まだ早いかな。
ど、ど、ど、どうしよう。
「人差し指がいいわよ」
シャーロットが指摘する。
ヴァイオレットは、一瞬固まった。
そうなの?
そうだよね。
なぜか、少し悲しい。
人差し指にはめてみる。
指輪が、わずかに光った気がした。
ヴァイオレットは、その日一日、ずっと自分の手元を見ていた。
「よし。大丈夫ね」
シャーロットは満足げだ。
講義が終わると、上機嫌で教室を出て、いつもの巡回を行う。
学園の花壇にたどり着くと、ワトソンがいた。
「ずいぶん大きくなったわね」
ワトソンは、花壇を見ながら呟いていた。
花壇の領地が、さらに広がっている。
またハドソンに怒られる。
これで何度目だろう。
シャーロットはワトソンにそっと近づき、指輪を差し出す。
「ワトソン、はい」
ワトソンは、指輪を見て驚く。
指輪型爆弾。
先日、シャーロットが関わった事件で使われたものだ。
まさか、盗んだの?
いや、作った?
あり得る。
かなり興味を持っていた。
作らないわけがない。
ほかの人には渡していないわよね。
朝から様子がおかしかったのは、これが原因か。
「えっと、シャル。これは?」
「私の魔法が入った指輪よ」
爆弾じゃない。
良かった。
シャーロットは、ワトソンの視線の動きから、その考えを察した。
「爆弾じゃないわよ」
「だって、ワトソンはまだ死にたくないのでしょう?」
ワトソンは、昔のことを思い出す。
シャーロットと出会ったときのこと。
それから二人は、長い時間を一緒に過ごしてきた。
「ええ。私はまだ、あなたと一緒に生きていたいわ」
「そう」
シャーロットは、ワトソンの左手を見る。
指輪からは、蒼い光が輝いていた。




