第十四章 緋色の研究 (十五)
「どういうことだ?」
トビアスは、指輪の光から視線を動かす。
「指輪の本来の目的は、身体の異常な箇所の特定と治療。その過程で、魔法の点から核を吸収し、その力を治療に使う予定だったの」
予定だった。
外務調査局――アドラーからもたらされた資料には、ルーシーの研究資料があった。
最初の目的は、人の治療。
その過程で、周りにある魔法の点の核だけではなく、人の核まで吸収してしまう。
そうなると、健康な人間は問題ないが、持病や健康上の問題がある者、歳を取った者たちには、かなりの負荷がかかる。
死に至る可能性が高くなる。
また、核を吸収する指輪にも問題が生じた。
指輪の強度、材質、生成。
さらに、吸収する量が一定量を超えると、爆発する危険性がある。
ルーシーは、これを危険と見て、外務調査局に研究情報を渡さなかった。
そのために殺された。
焦ることなどないのに。
研究とは、失敗を積み重ねてできるものだ。
だからこそ、時間がかかる。
外務調査局は、そんなことを考えず、実績だけを欲しがった。
その結果、自分たちの国を脅かす者を作り出し、多大な犠牲を払った。
犠牲になるのは、何も知らず、この街で生活する者たち。
そして、被害の多くは弱い者に向かう。
「わたしは、病気ではない」
ジェファーソンは、シャーロットを睨んでいる。
最初に見せていた無表情な顔は、今はもうなくなっている。
「あなたは病気なのよ。それも、末期のね」
「そ、そんなことは……」
ルーシーの資料は、二つあった。
一つは、指輪の研究。
もう一つは、病気の治療に関する報告書。
ジェファーソンは、その当時ですでに末期の状態だった。
ルーシーの報告書によると、子供の頃に起きた魔法事故により、症状が発生したようだ。
最初は誰も気づかなかった。
だが、ルーシーはジェファーソンの身体の違和感を感じ取っていた。
指輪の研究が、そのことをきっかけに始まったのかはわからない。
ルーシーは、ジェファーソンの身体の症状を抑えるため、彼の指に指輪をはめた。
二人の関係は、研究者と実験体だけでは、もちろん、なかった。
二人は病気を乗り越えながら、愛を育んでいた。
ルーシーが殺されるまでは。
ジェファーソンは、悲しみと動揺のあまり、ルーシーの最後の言葉を聞き取れなかった。
もし、聞こえていれば、未来は変わっていた。
その最後の言葉が、指輪の核に刻まれていた。
「愛しています。生きて。貴方が健康で生きていることが、私がいた証です。幸せになって」
ルーシーが、最後の力でジェファーソンの左手の指輪、その核に刻んだ言葉。
「違う。ルーシーは復讐を望んでいた。私に語りかけてくれた。ずっと二人で一緒にいると。だから、成し遂げようと。全てを壊してでも」
シャーロットは、球を解除する。
「あなたは、ルーシーのためではなく、自分の復讐をしていただけ。あなたの中にいるルーシーは、あなた自身なのよ」
トビアスは、今までジェファーソンから感じなかった匂いを嗅いだ。
ジェファーソンは顔を上げ、そのあと、ゆっくりと自分の指を、指輪を見た。
「わたしは、ただ一緒にいたかった。自分が先に病気で亡くなるとわかっていた。ルーシーの研究が、わたしのような病気の人のためになり、人を生かす魔法研究になるなら、と。それなのに、あいつらは研究を奪うだけでなく、それを使って人を殺していた。わたしは許せなかった。全てを奪ったうえに、さらに、わたしたちの名誉を傷つけるあいつらを」
ジェファーソンの瞳は潤んでいた。
声は震え、手は握られていた。
「彼らのやったことは許されないわ。でも、同じことをあなたがするのは許されることではない。それこそ、ルーシーに対する冒涜よ」
「そうだな。その通りだ」
少しの沈黙のあと。
「指輪以外に、何をしているの?」
「指輪は、人の核を吸収することで成長する。貴族との約束で、わたしは、かなり成長した指輪をその貴族に渡した」
「それは、爆発する危険があるの?」
「いや、違う。わたしの指輪と同じだ。治療用の指輪だ」
貴族。
ボヘミア卿。
誰かの治療のために、行っていた。
ボヘミア卿と外務調査局が手を組んだ理由は、それか。
取り調べ室の扉が叩かれる。
レストレードが顔を出す。
シャーロットとトビアスは、いったん部屋を出る。
「ジュエリーショップの名簿を押収したが、二、三日前から、指輪の交換を始めていた」
「なぜ?」
「指輪に不具合があって、新しいものに替えたということだ。今、ステラが回収してきたのが、これだ」
レストレードが持ってきた指輪を、シャーロットは球で包む。
普通の指輪だ。
「ジュエリーショップで交換した指輪は廃棄され、行方知れずだ」
レストレードは、苛立ちながら言う。
「まるで、計画通りに進んでいるようだ」
誰の計画か。
得をしたのは、誰だろう。
犯人。
ボヘミア卿。
外務調査局。
そのツケは、市民に押しつけられた。
監視局は、指輪の確認をさらに進めていた。
今のところ、問題はない。
ジュエリーショップは、捜査が入った次の日には、建物だけを残してもぬけの殻になっていた。
トビアスは、魔導学園の花壇にいた。
シャーロットは、いつものように土いじりをしている。
「花壇は順調か」
トビアスにしては珍しく、雑談を始めた。
「ええ」
「ジェファーソンが亡くなった」
拘束室で、死んでいた。
ジェファーソンの指からは、指輪が外れていた。
「そう」
自分で指輪を外したのか。
それとも、外されたのか。
トビアスは、それを伝えるかどうか、ためらっていた。
「第三王子が最近、指輪をつけているのよ。真っ赤な指輪を、左手の指に。今までは、つけていなかった」
シャーロットは突然、独り言のように話し出す。
ボヘミア卿は、第三王子と近しい関係にある。
さらに、魔法省に多大な支援をしているのが、第三王子。
「ただの偶然かもしれないけど」
最近、第三王子の体調が優れないという情報が駆け巡った。
暗殺未遂事件の頃からだという。
ただの噂だ。
実際の王族の行動など、我々にはわからない。
だが、もし全てがシャーロットの言う通りだとすると、ボヘミア卿と外務調査局が手を結び、監視局が後始末をしているのは、上からの指示なのかもしれない。
再開発の目的の裏では、浮浪者たちの核を指輪で回収する実験を行っていた。
実験が成功したため、若く健康な市民に販売し、核を吸収して、それを交換していた。
しかし、ジェファーソンの自首と暴走で、計画が狂った。
本当は、計画が成功したあと、彼を殺すつもりだったはずだ。
だから、外務調査局も内部調査局も、情報を流してきた。
証拠などない。
ただ、そういう可能性があるだけだ。
「そうだな」
これ以上は、捜査しないほうがいい。
そう言われているような気がした。
シャーロットなりの気遣いかもしれない。
トビアスは、ゆっくりと花壇をあとにした。




