第十四章 緋色の研究 (十一)
家から爆発音が聞こえた。
そう通報が入ったのは、その日の夕方だった。
トビアスがちょうど監視局を出ようとする時に呼び止められた。
爆発。
火事ではない。
考えられるのは魔力導管関係の誤作動か、もしくは指輪。
昨日の検視室のことを思い出す。
「俺が行く」
調整室にそう言って、トビアスは現場に向かった。
現場はアパートの一室。
爆発したのは三階の角部屋。
そこに住んでいたのは、あのホテルの清掃員だった。
死傷者は彼だけだった。
それ以外の部屋には被害はない。
爆発が彼だけの周りに集中したようだ。
彼の側には、指輪のかけらがあった。
最初の被害者の指輪と同じ型のようだ。
ホテルで遺体を見つけた時、落ちている指輪を見つけて盗んだ可能性が高い。
もしそうならば、被害者には同情できない部分がある。
指輪はあとでシャーロットに見せるべきだろう。
ホテルで見つかったカプセル型の薬もない。
トビアスは監視局の巡視官に現場の保全を任せ、監視局に連絡を取る。
被害者のアパートの周りを少し歩く。
別段、異常はない。
規制線には巡視官が立っている。
規制線のロープには、野次馬が何人かいる。
歩道を歩いている者たちも、アパートの方を見上げている。
犯人はホテルの清掃員を直接狙ったものではない。
身元の確認をしているが、犯罪歴もない。
外務調査局も動く気配がなさそうだ。
わかったことは一つ。
あの指輪は危険だ。
まだ犯人が所有しているのであれば、どこで爆発してもおかしくはない。
シャーロットが言っていたのは、周囲の点から核を抜き出し、指輪の宝石に力を溜める構造のようだ。
これは持ち運びできる爆弾と何も変わらない。
あと何個あるのかもわからない今の状況で、市民に情報を流すとパニックになる。
外務調査局が絡んでいるのに、後手後手に回っている。
彼らも把握できていない。
そう考えるのが自然だ。
通りからホテルを見ている男がいた。
トビアスはゆっくりと近づく。
「どんな感じだ」
男はトビアスにしか聞こえない小さな声で言った。
「指輪型爆弾」
男は難しい顔をしたあと、タバコに火をつけた。
煙を肺の中にしっかりと入れたあと、一息吐く。
煙はロンドンの霧の中に消えていく。
「死んだ二人は、外務調査局で保護していたらしい。アメリカでのある事件で匿っていた」
「何故あの場所にいたのかはわからない。仕事を与えていた。保険調査といっても、ほぼ何もしない。渡された書類を見て、その場所の確認をするくらいの仕事だ」
「指輪は何だ」
男は少し黙る。
「裏切り者の制裁用に作られたものだ」
「彼らは裏切ったのか?」
「いや、違う。あれは最近、あの地域で出回っていた」
あの地域。
再開発している場所。
「再開発に邪魔な浮浪者や住人に指輪を渡して退去させる。居なくならないなら消す」
「これは外務調査局だけではないようだ。いくらなんでも、無関係な市民には手を出さない」
無関係でなければ何でもする。
そういうことだ。
「誰がやっているのかわかっているのか」
「ボヘミア卿が絡んでいる」
ボヘミア卿。
大議会、魔法省に大きな力を持っている貴族。
今、再開発している場所を実質取り仕切っている。
可能性はあるが、そこまでする必要があるのだろうか。
「外務調査局からボヘミア卿に譲渡しているのか」
「たぶんな」
「ここからが問題だ。ことが大きくなれば、ボヘミア卿は外務調査局の責任にするつもりだ。外務調査局しか持っていない指輪によって、人が消されていく。ばれた時は外務調査局のせい。ばれなければ再開発が進んでいく。どちらに転んでもボヘミア卿は困らない」
「外務調査局で、ボヘミア卿の行動を告発すればいい」
「できるわけがない。指輪で人を消していると自分たちで言うことになる」
「だから、拾得物として監視局に小出しの情報を流していたのか」
「知っていたのか」
知らなかった。
シャーロットから聞いた情報だ。
多分、情報を流したい誰かがいる。
なるべくばれない形で、監視局が入ることを望んでいる。
「どうして欲しい」
「指輪の使用を止めたい」
「外務調査局の考えか。それとも内部調査室の考えか」
「外務調査局はボヘミア卿に貸しを作りたくない。弱みを握られるのが気に入らない。だからこれ以上何もしないし、お前たちの行動にも手を出さない。上でまとめたようだ」
「だが、内部調査室はそれが気に入らない」
内部調査室から情報を流すくらいだ。
今は状況が良くない。
独立国家。
そう呼ばれる。
魔法省の中でも特殊な局。
外務調査局。
彼らの思考は我々とは違う。
国を守るためなら何でもする。
だが、他には屈しない。
局内での駆け引きが強くなっている。
この事を使って、外務調査局の力を抑えたいのだろう。
市民の生活には全く関係がない。
何のための組織なのだろう。
「一つだけ、殺されたアメリカ人にはある目的があった。アメリカにいる魔法の才ある人間たちを、外務調査局の影響下に置くことだ」
彼らがよくやる方法だ。
脅し。
金。
女。
あらゆる手段を使い、味方に引き入れる。
合法なんてものはない。
特にほかの国だと、そんなことは気にしない。
何でもする。
自分たちの正義のためなら。
トビアスが外務局と仲良くできない理由の一つだ。
「犯人は、彼らに恨みを持つ者ということか」
「ああ。外務調査局も犯人の行動をある程度黙認している。問題は、犯人が指輪をまだ持ち歩いて、この街をうろついているということだ」
男はタバコを道に捨てたあと、立ち去った。
面倒なことだ。
後始末をこちらに押し付けている。
上の方で何らかの話し合いが済んでいる。
最近の事件で、外務調査局が国内で動きすぎている。
前回の爆破未遂も外務調査局が絡んでいる。
止められない。
止めようとしていないのか。
これ以上の混乱は市民の不安をあおる。
一度の衝撃よりも、何回も来る見えない恐怖の方が、あとで大きな波になる。
これは、誰かが制御できているのだろうか。
無秩序な混乱ほど怖いものはない。
トビアスは監視局へと戻った。




