第十四章 緋色の研究 (十)
ルーシー・フェリアー。
「アメリカの魔導学園の院生。そして外務調査局の協力者だった」
「ルーシーはある研究を進めていた。でも、ちょっとした事故があり、彼女は研究ができなくなった。外務調査局は、ある程度できた研究をもらい受けたのよ」
「これはあとでわかったのだけれど、殺された二人はルーシーの研究をもらい受けた時にその場にいた。そしてその後、ルーシーは消えたの」
「それが最近、この地域でボヘミア卿がある計画を実行していた。その裏の仕事に必要なものを渡していたのがルーシーだと判明した。外務調査局は、自分たちが管理している指輪と同じような事故が起きていると知って、再開発地域を殺された二人に調査させていた」
「それなのに外務調査局は、ボヘミア卿の計画に手を貸して、ルーシーの目的にも手を貸していた」
「そうよ。外務調査局はルーシーの行動を黙認したの。ボヘミア卿との取引のためにね」
アドラーの声は、少し苛立っているようにも聞こえる。
「あの再開発地域には、かなりの数の外国企業が参加している。それが目的のために必要だった、ということね」
「そうよ。各国の情報を得るためにね」
国内からも情報を得るための場所作りか。
それだけの利点があの場所にあると、外務調査局は考えた。
最初の計画からそれが入っていたのだろう。
「それで、ルーシーは今どこにいるの?」
ルーシーの目的が二人の命だとすると、それは達成された。
今後の行動が読めない。
姿を消すのか。
他にも何かを計画しているのか。
アドラーは答えない。
「逃がしたの? 逃げられたのね」
「外務調査局は簡単に考えていたの。ルーシーの復讐は二人だけだと。だから彼らに監視をつけていた。でも、ルーシーの本当の目的は違ったのよ」
「気づかなかったの?」
「ええ。彼らは利用することしか考えていないのよ。邪魔になったら消せばいい。そう考えているだけ」
「ルーシーの本当の目的は何?」
「指輪は管理されていたのよ。作られた数も、使用する数も」
「それを使って、浮浪者を殺していたのね」
「最初の話は違ったのよ。具合が悪くなるだけ。そのあと、ボヘミア卿が設立した低所得者のための施設に移動させる予定だった。当初は問題なかったの。でも、だんだんおかしくなっていった。亡くなり始めたのよ。施設に入った人たちも、そして街中でも。外務調査局は今更後戻りもできず、静観していた」
「そんな中で、ルーシーは目的を果たした」
「さらに外務調査局に贈り物を用意してね」
「何を?」
「指輪の力は、指輪を持つ人とその周囲から魔法の点、その核の力を飲み込むのよ。そして臨界点が来ると爆発する。ボヘミア卿との取引のあと、ルーシーから渡された情報に誤差があった。指輪の作られた数と使用された数、保管されている数が合っていない」
「盗まれたということ?」
「使用されている数が、作られている数より多いのよ」
「外務調査局は指輪の数すら把握できていない。そして、ルーシーの行動も抑制できない。だからあなたたちが監視局に情報を流していた」
「そうよ。後始末で、今、上は大混乱中よ」
甘く見ていた。
たった一人の元研究者ぐらい、どうとでもなると。
「ルーシーの研究、本当は盗んだの?」
「彼らはルーシーを脅していた。それでも彼女は脅しに屈しなかった。だから家族を殺して、研究を持ち出した」
恨み。
二人が亡くなった今、それは終えたはず。
しかし、指輪はルーシーがまだ持っている。
数も不明。
彼女は何をするつもりなのか?
「ここからは、機密事項になるわ」
アドラーは息を整えている。
「アメリカの外務調査局から連絡が入ったのよ。ルーシーはすでに亡くなっている」
「亡くなっている? いつ?」
「十年前よ。遺体も墓もあったわ」
「では、今いるルーシーは何者?」
「わからないのよ。だから捕まえられない。存在しない犯人なんて」
「ボヘミア卿と取引しているのは誰なの?」
「ルーシーの使いの御者よ。後をつけたけど、戻った場所には誰もいない」
「その御者は怪しくないの?」
「ええ。全く。普通。普通すぎるわ」
存在しない犯人。
亡くなっている被害者。
でも、人が二人。
いや、それ以上に亡くなっている。
目的のために、個人が、組織が、権力者が命を簡単に消している。
魔法はそのためにあるのではない。
それなのに、便利なただの道具にしている。
シャーロットに怒りはない。
何をどう使うかは自由だ。
それは思考と同じ。
魔法の発展には、自由な思考がなくてはならない。
たとえ人の命が犠牲になっても、それはある意味正しい。
そこまでして魔法を使用しなければ、生きていけないわけではない。
魔法は、必ずしも世界になくてはならないものではない。
未来という願望に縋っている。
それぐらいのものなのに。
人は魔法という果実に抗えない。
なくした方が、人は正しい道を進めるのではないか。
制御できない力は、いつか大きな危険につながる。
今ですら綱渡りだ。
復讐。
残された言葉。
誰が。
誰に。
死んだ人間が、生きている人間に復讐はできない。
生きている人間が、死んだ人間のために行う行為だ。
被害者が多すぎる。
無関係な人まで殺すのは復讐ではない。
目的のためとはいえ、ボヘミア卿に手を貸すのは何故だ。
外務調査局に復讐するためか?
結果的に、ボヘミア卿と外務調査局は手を組んだ。
これでは外務調査局のために働いているように見える。
計画も、行動も、目的も、同じ人間とは思えないくらい安定していない。
まるでシャーロットみたいだな。
ワトソンは話を聞きながら、そう思った。
その時に思ったこと、感じたことをしている。
シャーロットの方を見るが、シャーロットは難しい顔をしている。
きっと本人はそう思っていない。
「外務調査局はこのまま放置するつもり? 監視局に丸投げして」
「上の取引はもう終わっているわ」
「あとは、あなたたちの問題」




