第十四章 緋色の研究 (九)
ジョセフ・スタンガスンは、イーノック・ドレッバーの会社の助手だった。
亡くなっていたのはロンドン市内のホテル。
安めの古いホテルだ。
場所もロンドン市街から少し離れている。
清掃人が中に入った時に見つけた。
ジョセフは胸をナイフで一刺し。
被害者以外はいない。
荷物もない。
今回は指輪をつけていない。
周りにも落ちていなかった。
しかし、薬が二錠落ちていた。
カプセル型の薬だ。
レストレードからの連絡のあと、シャーロットとトビアスは現場のホテルに着いた。
「現場はまだそのままだ。一応、ホテルの従業員と泊まっている客には避難してもらっている。全員、身元を確認中だ」
レストレードはホテルから通報を受け、すぐに現場に向かった。
ホテルに書かれていた顧客情報には偽名が記載されていた。
住所もたぶん違うだろう。
ただ、本人が持っていた身元保証書から確認をした。
トビアスが対応している事件の中で、有力人物の一人と連絡がつかない状態だった。
それが今、ホテルの室内で息絶えている男だ。
イーノック・ドレッバーの保険会社。
アーサーへの尋問のときに従業員の数を聞いた。
三人しかいない。
アーサーとイーノック、そして彼の助手であるジョセフのみ。
そのジョセフとは連絡が取れていないとアーサーは話していた。
二人と連絡が取れず、イーノックが亡くなったことで、アーサーは身元保証のために監視局へ助けを求めたのだろう。
しかし、外務調査局が介入してきた。
彼らの息がかかった会社で何らかの問題が発生している。
アーサーの行動も制御できていない。
彼らも今の状況がわかっていないのかもしれない。
レストレードは身元を確認し、すぐに監視局とトビアスに連絡した。
従業員とホテルに泊まっている客の確認も必要になる。
そして、指輪の爆発もあるかもしれない。
レストレードは慎重に部屋を捜索する。
ジョセフの服、手、口なども見る。
何もない。
補佐官たちに、従業員の身元確認をさせている。
それが終わり次第、他の客室も調べる。
応援は頼んだが、たぶん犯人は逃げている。
レストレードは二人に今の状況を話す。
シャーロットは円を発動し、部屋の中を見る。
この前と違い、点は普通だ。
指輪のようなものもない。
「どう思う?」
「これ、同じ犯人かしら?」
その発言に、トビアスも同じ感触を持っていた。
部屋に入り、見まわした時に感じた。
何か違う。
匂い。
殺し方に躊躇がない。
殺しに慣れている。
前の現場には何もなかった。
犯人の痕跡がなかった。
今回の現場にはある。
犯人の意思で犯行に及んでいる。
見つかったのは、レストレードが見つけたカプセル型の薬、二錠のみ。
シャーロットは手袋をつけ、カプセル型の薬を手に取る。
匂い。
感触。
球で観測する。
一つは毒のようなものだ。
もう一つは何?
魔法が入っている。
これは何の魔法だろう。
シャーロットはさらに深く沈んでいく。
優しく、冷たい。
「シャル、シャル」
ワトソンから通信が入り、シャーロットは意識を戻す。
「どうしたの?」
「見つけたわ。ただ、少し面倒よ」
シャーロットはホテルを後にし、ワトソンと合流しに行く。
ステラには同行するようにと、レストレードから指示があった。
トビアスは一度、監視局に戻っていった。
再開発地域にある屋敷。
貴族の屋敷の一つを改修していた。
外観はそのまま。
中の壮大さはなくなり、実験室のような無機質な空間になっていた。
ステラは周囲を確認する。
誰もいない。
扉を開け、シャーロットとワトソンが入る。
「元気そうね。シャーロット」
「アイリーン」
「あなたは、外務調査局なのね」
「ええ。私は昔からそう」
アイリーン・アドラーは、元魔導学園の准教授だった。
言語魔法が彼女の研究内容であった。
シャーロットはアドラーの講義が好きだった。
彼女の講義には、魔法の未来への希望が現れていた。
三人で過ごしたあの時間は、とてもゆっくりで、やさしかった。
もう味わえない。
記憶の中だけ。
シャーロットは薄れないように、ずっと記憶の奥に閉じ込めている。
あの事件後に失踪したが、監視局の捜索の網にかからない理由がそれだ。
「ベリルの宝玉はまだ外務調査局が持っているのかしら?」
「まさか。きちんと返したわよ」
取引か。
魔力管理局が最近静かなのは、そのせいか。
呼ばれなくなったのは、システムが安定したからではなく、システムごと更新したのだろう。
全てが戻ることを想定していたのかもしれない。
危険を冒してまで、システムを止めてまで、やらなければならないことなどあるのか。
魔法省は何を目指している。
「マリアは、あなたたちの仲間?」
「まさか。彼女は私よりももっと深いところにいるわ」
魔法省との関わりがマリアにはあるのか。
「今回の指輪の使用は、外務調査局の本意ではないのね」
「ええ。あなたといると話が早くて助かるわ、シャーロット」
保管室に破損した指輪の拾得物があった。
それを定期的に届けている。
監視局に小さな声を伝えていた。
回りくどいが、外務調査局としての直接の指示ではないからだろう。
「それで、あなたの目的は何?」
「目的というより、後始末をお願いしに来たの」
今回の被害者はアメリカ人だった。
アメリカ人。
シャーロットは突然、質問を変える。
それを聞いていたワトソンは、哀しい瞳をシャーロットに向ける。
「先輩をスパイにする予定だったの?」
「いえ。あの子は違うわ」
それが本当かどうかはわからない。
もし、それが原因で先輩があの選択を選んだのなら。
それでも、先輩が求めた結果。
シャーロットは先輩の意思を尊重するしかない。
時間は戻らない。
「指輪はどのくらいあるの?」
「わからないわ」
「わからない?」
「あなたたちが作ったのでしょう?」
「これは、私たちじゃない」
「外務調査局はどこまで関わっていたの?」
「ボヘミア卿と外務調査局は協議をしているわ。これはどちらのせいでもない。ある犯罪者が起こした事件。それ以外の何ものでもない」
外務調査局は犯人の目星をつけている。
それなのに捕まえられない。
捕まえないのか。
「犯人は誰?」
「ルーシー。ルーシー・フェリアー」




