第十四章 緋色の研究 (八)
トビアスは、イーノック・ドレッバーの会社を調べに来た。
自宅からは、何も出なかった。
実際、何もなかった。
家具すらない。
生活感がない。
人が住んでいるとは思えないくらい、何もない。
ゴミ箱すらなかった。
これは逆に怪しく思えた。
イーノック・ドレッバーの会社は、保険調査会社。
最近は、再開発地域の調査をしているらしい。
事務所に入ると、そこにいたのがアーサー・シャルパンティエだった。
保険調査会社なのに、社員はイーノックを入れて三人。
もう一人は、助手のジョセフ・スタンガスン。
そしてアーサだった。
アーサーは、事務所内での仕事をしていた。
仕事と言っても、たまに来る封筒や荷物を預かり、イーノックに頼まれたものを買いに行く。
ほとんどの時間、アーサーは一人でいる。
客が来店することは皆無だ。
この会社がどのような仕事をしているのか、アーサーは不思議に思い、イーノックに聞いたことがある。
イーノックの答えは、
「依頼は俺が直接受けているからな。調査をしているのも俺と助手だけだし、お前は留守番をしてくれればいい。楽な仕事だろ」
であった。
アーサーは、給料がもらえればそれでよかった。
賃金も普通の仕事より少し多い。
この待遇を楽しんだ。
トビアスは、アーサーを逮捕した。
「次は、自分が殺されるかもしれない」
アーサーは、イーノックが亡くなった知らせを聞いた後、真っ先にトビアスにそう言った。
トビアスは、イーノックが殺されたとは言っていない。
しかし、アーサーは殺されたと考えている。
最初はアーサーを怪しんでいたが、彼のある証言により考えを変える。
アーサーは、監視局の尋問室に案内され、質素な椅子に座った後、しばらく静かにしていた。
トビアスが資料を持ち、アーサーは机を挟んで目の前に座っている。
アーサーを見る。
落ち着いている。
資料を開く。
会社は、五年ほど前にできた。
アーサーは、一年前に入社した。
特別怪しいところもない。
身元もしっかりしている。
犯罪歴もない。
犯人の可能性も低い。
それでも、トビアスはアーサーを逮捕した。
理由は、アーサーのもう一つの発言だ。
「この会社は、たぶん外務調査局です」
「外務調査局? 証明するものは何かあるのか?」
アーサーの発言に対して、トビアスは当然の疑問を持つ。
「ありません」
「言葉だけでは信じられない」
「俺はずっと働いて見ている。仕事の内容にもおかしい点がある」
そして、アーサーは言った。
「俺は見た。イーノックが人を消すところを」
「何故、監視局に報告に来ない」
「イーノックに言われた。ここで見たことを誰かに話すと、同じ目に遭うと。俺たちはこの街を裏から綺麗にする組織だと」
「それだけだと、外務調査局だとはわからないだろ」
「ああ。しかし俺は見たんだ。外務調査局の人間と話していたのを。そいつには印があった」
魔法省には、各局の印がある。
公的なものなので、それは身分の証になる。
外務調査局の中には、印を持たない人間がいる。
いわゆるスパイだ。
イーノックは、その可能性がある。
外務調査局は表立って動かない。
市民生活に溶け込むことはよくある。
書類上だけ存在する会社を作ることすらある。
イーノックは怪しい。
これが外務調査局絡みだと、対応が変わる。
少し面倒になる。
局同士の駆け引きが重要になっていく。
アーサーの事情聴取をしていると、扉が叩かれた。
トビアスは扉の方に向かう。
廊下にいたのは、レストレードだった。
「トビアス、釈放するようにと上からだ」
レストレードは、申し訳なさそうに言う。
トビアスにとっては、ありがたいことだ。
これで裏付けになる。
「どのくらい時間を稼げる?」
それだけで、レストレードは理解した。
「三十分くらいだな。それ以上だと強制になる」
「わかった。少しだけ頼む」
三十分で、どれだけ情報を得られるだろう。
このままだと、事務所の捜索もできなくなる。
すでに撤収されている可能性が高い。
遺体すら回収される。
シャーロットが言っていた。
こんな指輪型爆弾を見たことがない。
もし至る所で使用されたら、対応できない。
早く捜査を広げるべきだと。
トビアスは検視室の件から、上司に報告し、自分以外の監査官にも応援を頼んでいた。
上司は、あまり乗り気ではなかった。
ついこの前、大きな事件があったばかりだ。
もしまた大きな事件があるとすれば、監視局の捜査に対する不信を呼び、さらに魔法省の信頼を傷つける。
すでに、大きな傷ができている。
これ以上、他の勢力を助長させるわけにはいかない。
言いたくなかったが、彼女の名前を出した。
シャーロットが、と。
この名前は、ある意味魔法のようなものだ。
彼女の答えには、みんなが従ってしまう。
上司すらも、レストレードがたまに彼女の名前を出した時、白が黒になる。
聞いている時は、またかと思っていた。
ただ実際、彼女の言うことは正しい。
正しすぎる。
それは、役所である監視局には難しい選択になる場合がある。
それでも、シャーロットが監視局から重宝されているのは、事件の解決はするが、その後のことには無関心なくらい何も言わないからだ。
事件の結果について、公には真逆の発表がされたとしてもだ。
シャーロットは何も言ってこない。
あれほど事件に首を突っ込んでくるのに、捜査が終わった後の結果には見向きもしない。
一番最初に反応したのは、エセリンだった。
珍しいな。
トビアスは、こういう時にエセリンが反応するとは思わなかった。
この前の事件で、一緒に捜査をしていた。
エセリンも、シャーロットに何かを感じているのかもしれない。
「なら、早くした方がいいわ」
彼女は、あまりそういうことに関わらない。
上司は苦虫を噛み潰したような顔をして、渋々了承した。
最低限の人員で、なおかつ目立たないように行うこと。
最低でも、外務調査局が関わっている。
上司はさらに嫌な顔をするだろう。
レストレードはこういうことに慣れているようで、時間を稼いでくれるらしい。
トビアスは、監視局の監査官の中では、大きな事件の捜査は多くない。
だが細かく、市民の生活に直結するような事件では、監査官の中で一番的確に捜査と情報収集を図ることができる。
あのロンドンインフラ事故の時にも、的確に人員配置を決めて対応した。
市民の被害や不満を極力抑えられたのは、彼の功績が大きい。
だが、それを知っている人間は監視局でも多くはない。
アーサーには、ぎりぎりまで聴取を行い、釈放した。
アーサーは不思議そうな顔をしたが、犯人ではないからそれ以上は何もないと言った。
守ってくれないのか、と。
アーサーは、監視局を出るまで叫んでいた。
トビアスは、アーサーの耳元で囁く。
大丈夫だ。
きちんと見張りをつける、と。
レストレードを探すが、外出しているらしい。
シャーロットが、保管室から監視局に入ってきていた。
指輪を取りに来た女性の話と、跡を追っていることを聞いた。
トビアスは、アーサーの件を話す。
二人が話しているところに、レストレードから連絡が入る。
ジョセフ・スタンガスンが亡くなった、と。




