第十四章 緋色の研究 (六)
なぜだ。
なぜ、こんなことが起きる。
なぜ死ななければならない。
死ぬ必要などない。
もっと死ななければいけない者がいる。
ルーシー。
私の全て。
私の未来。
必ず復讐を果たすよ。
ジョン・フェリアー。
彼は今、痩せた農地を見ている。
アメリカの農村地帯で、細々と農地を耕すことを生業にしていた。
農業は天候に左右される。
最近は異常気象による干ばつ、洪水、嵐などで作物が十分に育たなかった。
生活は苦しくなる一方だった。
そんな中、不幸が重なる。
妻が亡くなった。
元々、体が弱く、病気がちだった。
流行り病。
一人娘のルーシーは、まだ幼かった。
男手一つで育てるのは大変ではあった。
しかし、ジョンはそのことに不満も不安もなかった。
妻ができなかったことをすることが、妻に対する償いにも感じていた。
娘が成長するにつれて、なぜか気候も安定していった。
作物も順調に育ち、生活への負担も少なくなった。
ルーシーは手のかからない子供でもあった。
こちらの行動や思考がわかるかのようにも思える。
それは、彼女が成長する中で、ジョンの中で確信に変わっていく。
ルーシーの才能は、ジョンでは測れなくなっていく。
だから、それに合わせて教育水準を上げていった。
それでも、ルーシーにとっては足りないくらいだ。
ルーシーは才能だけでなく、心優しい、穏やかな性格の少女だった。
ジョンは、働くこともルーシーの世話をすることも楽しかった。
娘の成長が一番嬉しかった。
一日一日が尊かった。
このまま毎日が過ぎていけば、どれだけ幸せであろう。
ルーシーをある学園に入れることが、彼女の将来のためだ。
ジョンは、そう考えるようになった。
魔導学園。
この世界の未来は魔法にある。
ルーシーはそう言っていた。
魔導学園に入学するには、いくつもの条件がある。
家柄。
金。
そして才能。
ジョンには、家柄も金もない。
だが、ルーシーには才能があった。
それなのに、世の中は才能だけではどうにもならない。
家柄か金がなければ、どうにもならないものもある。
世間での才能の評価など、そんなものなのだ。
近所に住んでいる、ルーシーの幼馴染がいた。
彼は、ルーシーと比べると頭がいい少年ではなかった。
見た目もあまり整っているとは言えない。
だが、なぜか彼の話を聞いてしまう。
いつの間にか、彼の言う方向に物事が進んでいる気がした。
これは、ルーシーに言われて気づいたことだった。
ルーシーは、そんな彼のことを気にかけていた。
ジョンは、二人でこの農村でのんびり暮らすことが一番いいのかもしれないと考え直した。
好きな男の子と一緒にいる未来があるのであれば、それでもいいのではないかと。
そんな中、ある組織がジョンのところに来た。
どこかで、ルーシーの才能の噂を聞いたらしい。
奨学金が出る。
ルーシーの援助をする。
一つだけ約束してほしい、と。
ジョンは悩んだ。
ルーシーは、ジョンと組織の話をすぐに理解した。
「やります」
ルーシーは条件を一つだけつけた。
ジョンと、その少年も一緒に行くという内容だった。
ジョンは何も言えなかった。
自分はともかく、その少年も連れて行く理由がわからなかった。
ルーシーに聞くと、彼にしかできないことがあるからと言っていた。
ジョンはそれで納得した。
ルーシーの将来に、明るい光が届くと考えた。
最初の数年は、素晴らしい日々だった。
ルーシーの才能と努力が実り始めていた。
少年は、魔法の才はまったくなかった。
授業の内容を理解しているかもわからない。
しかし、真面目に授業に参加している。
ある日、ジョンはルーシーの言っていることがわかり始めた。
少年は特殊な才能を持っていた。
人に好かれるのだ。
皆が彼を好きになり、彼に協力したくなる。
それは、ルーシーの研究の後押しにもなっていた。
ルーシーが人との交渉をうまくできない時、少年がそれを補佐した。
少年は、ルーシーにとってかけがえのない存在になっていった。
ルーシーは、その少年に恋をした。
まるで当然のように、二人は惹かれ合った。
不釣り合いにも見えた。
ルーシーは、成長するたびに人目を引く顔立ちになっていた。
少年は、変わらずのままだ。
そのまま大人になったように。
人が繋がるのに、周りの気持ちなど関係ない。
少年はいつの間にか、みんなから祝福されていた。
ルーシーの研究は順調に進み、一つの到達点に達した。
指輪に魔法の核を収納する。
周囲の核を収納することで、さらに威力のある魔法を発動できる。
大きな装置もいらず、持ち運びができる利便性がある。
もちろん、危険性はまだあった。
核の収納がうまくできないと爆発する。
また、人の中にある魔法の核も吸収してしまう。
それは、両方とも死につながるものだ。
ルーシーは、命の重さと研究は同列ではないと考えていた。
魔法は未来ではあるが、人の生活を脅かすことなどしてはいけない。
軍事研究などを、一番毛嫌いするようになっていく。
ルーシーに出資していたのは、東インド研究所だった。
世界中の若く才能のある者たちを支援する。
世の中は公平ではない。
才能と境遇は別なのだ。
支援は慈善事業ではない。
後々、東インド研究所に入所するか、研究を譲渡することが契約にある。
魔法大国の中でも当時最大の民間研究機関に行くことは、悪くない条件である。
あの事故が起こるまでは、全ては順調だった。
インドでの事故は、世界中で大きな問題を起こした。
少し前に、オーストラリアでの大事故が起きたばかりだった。
魔法への信頼性と安全性が脅かされる事態になっていた。
ルーシーは、このことで苦言を呈していた。
理論を超えて実験をする。
本末転倒だ。
魔法は未来を創るものであり、壊すものではない。
許されない。
ジョンはその言葉を聞いて、これからの行く末が見えなくなった気がした。
東インド研究所が解体されたという話が来たのは、インドの事故から数か月後だった。
その時のルーシーは、アメリカの魔導学園の院生として、輝かしい実績と研究を重ねていた。
生活は安定していた。
ジョンと、青年になった少年の仕事の稼ぎもある。
ルーシー自身は魔導学園の特待生扱いであったので、学費もかからなくなっていた。
支援がなくても問題ない状態。
そんな時に、ジョンの前に二人の男が現れた。
対価をもらいに来た、と。
研究結果か。
ルーシーか。
どちらかを持っていく。
ジョンは答えられない。
ただ一つわかることは、ルーシーをこの地から離れさせたくないということだった。
それに、まだ研究は完了していない。
男たちは、ジョンの答えに納得していない。
何度、男たちが来ても、ジョンは同じ回答をした。
それが男たちを苛立たせた。
彼らにとっては、初めての仕事だった。
ミスはできない。
ここで結果を出さないと、この国から出られない。
彼らは、他の国に逃げるしか方法がなかった。
だからこそ、仕事を受けた。
内容は簡単だった。
女か研究を連れ去るだけ。
上からの指示が、さらに彼らを焦らせた。
駄目なら、他に任せるだけだと。
彼らには後がなかった。
犯してしまった。
間違いを。
ジョンの胸を刃物で刺してしまった。
脅すだけだった。
それが、最悪の結果になった。
彼らはもう、後に引けなくなっていた。
いつもは帰りが遅いルーシーが、早めに帰宅した。
その日は、青年の誕生日だった。
ジョンとルーシーは早めに帰り、その準備をする予定だった。
現場を見たルーシーは、悲鳴を上げることなく理解した。
二人に言った。
「研究を渡すわ」
ルーシーは、部屋にある全ての研究資料を彼らに渡した。
彼らはそれを見ても納得しない。
一緒に連れて行く、と。
ルーシーは抵抗した。
彼らの頭の中には、もう選択などなかった。
研究は手に入った。
一人殺すのも、二人殺すのも変わらない。
青年が家の扉を開けた時、違和感を感じた。
リビングでは、ジョンが血まみれで倒れていた。
息はもうしていない。
青年はすぐにルーシーを探す。
ルーシーの部屋で、青年は見つける。
同じように血まみれで、ただお腹をさすっているルーシーを。
「ごめんなさい。私、あなたの子を……。お願い……」
ルーシーの言葉が、青年の未来を示した。
指輪が、ルーシーの手からことりと落ちた。




