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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第十四章 緋色の研究 (五)

 魔法省。

 監視局。

 検視室。


「失礼します」


 シャーロットは返事を待たず、検視室の扉を開ける。


 ひんやりとした空気が、体全体に当たる。

 ここの空調はかなり低めに設定されている。


「な、なんだ」


 検視室では、今まさに検視の真っ最中だった。


 検視していたのは、検視官アーチボルド・フェンウィック。

 彼は監視局でも古参中の古参。

 この検視室の実質的な長である。


 監視局に持ち込まれる遺体には、二通りある。


 一つは、事故や事件などで状況確認に必要になるもの。

 もう一つは、魔法による事件や事故によるもの。


 彼は長くこの場所に勤務し、様々な事案に対応してきた。


 そんな彼が、最近思うことがある。


 魔法による事件が増えている。

 今までも事件など起きなかったわけではない。

 事件はあった。


 扉を開けて勝手に入ってきた無愛想な少女。

 シャーロット。


 この少女が監視局に関わるのに比例して、事件が増えているような気がする。


 違うな。

 増えているから、この少女の力を借りなくてはいけない。


 アーチボルドは、監視局の姿勢に、特にレストレードに対して苛立ちを感じていた。


 こんな場所に子供を連れてくるな、と。


 子供は子供らしくしていればいい。

 大人になったら、嫌でも見たくないものを見る。

 今はもっと楽しむべきだ。


「アーチボルド、遺体はどこ?」


「シャーロット、来るなと言っただろ? トビアス! お前もか。レストレードならわかるが、お前までどうなっている」


 トビアスは、アーチボルドからのいきなりの怒りを受けて少し驚く。


 アーチボルドは、この検視室の主と呼ばれている。

 この場所で彼に逆らうことはできない。

 そんなことをしたら、まともな捜査ができなくなる。


 アーチボルド自身の仕事は丁寧だし、普通の検視員だと気づかないことも見落とさない。

 監視局は、彼に絶対の信頼を寄せている。


 トビアス自身は、アーチボルドとあまり会話をしない。

 彼に言われることは「報告書を見ろ」くらいだ。


 アーチボルドは、自分の領域に絶対的な自信を持っている。

 だから、この検視室に許可なく入ることなど許されない。


 それを許している。


 トビアスは少し戸惑っていたが、シャーロットはまったく気にしていない。


「これね。死因は?」


「頭にかすかな傷がある。体にもあざが何箇所かある。だが、それは関係ない」


 シャーロットが遺体の唇を見る。


「毒?」


「ああ。飲まされたか、自分で飲んだのか」


「自分で飲んだのよ」


 シャーロットは断定した。


「どうして」


「飲まされたなら、口の中や顔の周りに傷が残るはず」


「そうだな」


 アーチボルドは、遺体の口の中を見ている。


「なんの毒だと思う」


「致死性が高いわね。この前使われた毒に似ているわ」


「あれは皮膚から注入された。しかし今回は体の中だ」


「苦しめたかったのよ。死ぬまで」


 シャーロットの冷たい言葉が、周りの空気の温度をさらに下げたようにトビアスは感じた。


 シャーロットは遺体の右手に視線を動かす。


「アーチボルド。これは?」


「指輪だ。はめたままだ」


「取るか?」


「ええ、お願い」


 シャーロットとアーチボルドは、まるで長年の師弟のように現状を見ていく。

 どちらかというと、シャーロットの指示でアーチボルドが動いている。

 年の差でいうと、孫と祖父だが。


 トビアスは、アーチボルドのこのような対応を見たことがない。

 いつもの威厳に満ちた振る舞いが、シャーロットの前ではない。

 一介の学生に見えてしまう。


 アーチボルドを見る限り、楽しそうである。

 苛立っている顔や態度がない。

 同じ人物とは思えない。


 アーチボルドが指輪を取ろうとした瞬間、シャーロットが突然、遺体の右手を押さえる。


「まずいわ。罠よ」


「このままでいて」


 アーチボルドは動かない。


 シャーロットは魔法を発動する。


 球。


 トビアスは初めて見た。

 噂は聞いていた。

 しかし、これがこんなに幻想的だとは思わなかった。


 目が離せない。


 シャーロットの球が、遺体の右手を包む。


「いいわよ」


 アーチボルドは、遺体の右手の指から指輪を外していく。


 指輪は青い光に包まれている。


 球で包まれた指輪は、ゆっくりとシャーロットの方へ行く。


「どういう状態だ」


 アーチボルドは焦った様子もなく、シャーロットの前にある指輪を見ている。


「小型の爆弾みたいなものよ。指輪を取ると起動する」


「どうして気づいた?」


 爆弾を、まるでおもちゃのように扱っている。

 危険なものがそこにあるのに、それを上回るような安心がここにはある。


 それを作っているのは、シャーロットの魔法だ。


 魔法とは生活基盤の一部だと、トビアスは考えている。

 魔法を使用しての事件ですら、魔法そのものは動機にならない。

 刃物や銃と同じような、あくまで道具という認識だ。


 だが、シャーロットの魔法を見ていると、それだけではないのかもしれないと思う。


 もしかしたら、我々は開けてはいけないものを開けて、それを使用しているのか。


「周りの点がふらついたわ」


 シャーロットの答え。

 トビアスには何もわからなかった。


 魔法の中の点。

 魔法使用時に点を観測して発動する。

 点は、どこにでもある。

 魔法観測理論の原点。


 気にしたことがない。

 ふらつくという現象も、いまいち理解できていない。


 シャーロットには、それが見える。


 長らく監視局にいて、魔法事件の捜査をしているが、魔法自体に関してはあまり考えていない。

 あくまで人が起こした事件。

 問題は魔法ではなく人。

 魔法はあくまで道具に過ぎない。


 シャーロットは、魔法による現象と、それに関わる人に興味がある。

 そのためなら何でもするように見える。


 危ないな。


 アーチボルドは、それを感じているのかもしれない。

 この娘に歯止めをかける者が必要だと。


 単に楽しんでいる可能性もあるが。


「それをどうする?」


「そうね。爆発させるのが一番早いけど、死傷者が出るから、このまま解体するわ」


 それはまずいな。


「一応、避難させて。あなた方も」


 そう言うと、シャーロットは視線を胸元にある指輪に向けた。


 胸の前にある、球に包まれた指輪。

 手を動かすことで、指輪はあらゆる方向に変わる。


 見ていたいという気持ちはあるが、トビアスは監視局に大至急連絡した。

 非常事態として、局内の封鎖を始めた。


「アーチボルド、逃げないの?」


「お前で解除できなかったら、諦めるよ。老いぼれの命など、誰も気にしない」


「私が寂しいわ。逃げて、お願い」


 トビアスが戻ってきた時、ちょうどそれが聞こえた。


「アーチボルドは俺が避難させる」


 トビアスは、アーチボルドの手を引いた。


 アーチボルドは足を悪くしていた。

 動くのに時間がかかる。


 扉が閉まる音が、室内に軽く反響する。


 静かになった。

 聞こえるのは、球の魔法のかすかな音。


 指輪。


 起動の元は、指輪の宝石。

 宝石には、魔力の根源が見える。

 指輪の輪の部分は、起動のスイッチ。


 発動条件は、指輪を外すことか。


 爆発の威力はどのくらいだろう。

 指輪に魔法の核を集め、核同士を吸収させて爆発の力にするように見える。


 それだけではない。

 ほかにも何かある。


 無理ね。


 時間がない。

 爆発まで調べれば、わかるかもしれない。

 そうなると、私だけでなく、他にも被害が出る。


 アーチボルドに逃げてと言っているのに、私は自分の好奇心を抑えきれない。


 さあ、消えましょう。


 消えていく指輪を見ながら、宝石の核に何かが現れる。


 女性の姿。


 一瞬。


 何かしら。

 あれは?


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