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第二章 赤髪協定 (二)

 廊下の壁には薄く光る線――魔力導管。

 それは学園全区画に張り巡らされた魔力供給網であり、学生塔、研究棟、寮塔に至るまで、あらゆる生活活動を支える動脈だった。


 魔力導管には、魔法都市ロンドンを支える基礎でもある。


 それは、魔導学園の全体のインフラを整えるものだ。

 この魔力導管は、観測魔法で発生した魔法を導管を使用し学内に供給している。

 その供給する根元が、学生塔のさらに南に位置する魔力塔である。

 通常の学生が立ち寄ることはまずない。

 実験時の魔力出力の確認を行うために一部の教授が立ち寄るぐらいである。

 この魔力塔から学園全体に円滑に魔力を流すことで魔導学園が魔法都市ロンドンの中で独立した学府として起動している所以でもある。


 その整備をしているのが、ビクター・ヘザリー技師である。

 彼は、この装置の整備主任としてここ数年務めていた。

 新たな仕事やほかの整備をしながらもここの整備だけは、何よりも優先される事項でもある。しかし彼は、今新たな装置に心を揺さぶられていた。それは、安定ではなく、むしろ革新を求める技術であった。毎日、装置の確認は単純なものが多かった。

 装置の状態、魔力導管の歪み、魔力の一定の排出と出力の確認など多岐にわたる。

 それは、毎度の確認することで細かな発見される部類にものあるが、彼の心情にはかすかな揺らぎが現れていた。



 シャーロットは、講義が終わると寮長のハドソンから呼び出しがあった。

 呼び出しは、シャーロットにとって珍しいことではない。

 それが彼女が何かしらをしでかしたことでのときや、それ以外の学園からの応援要請の時もある。


 シャーロットは、寮長室の扉を軽くノックした。


「失礼します」


「どうぞ、入ってください」


 シャーロットの声を聞いて、室内から声が聞こえた。


 部屋に入ると卓上には、湯気に揺れる淡い符文をまとった円卓用の湯沸かし装置があった。熱と魔力が均衡を保つよう、微細な調整式が刻まれている。

 そこには、三人分の紅茶がすでに用意されており、かすかな淡い香りが室内に漂っていた。


 寮長室には、二人が待っていた。


 一人はハドソン寮長。

 学園生活の秩序を一手に担う存在であり、その穏やかな物腰の裏に、幾重もの政治的配慮を抱えている人物だ。


 もう一人は、薄手の外套を羽織った男――

 魔法省監視局監査官レストレード


「お呼びでしょうか」


 シャーロットの声は落ち着いていた。


「ええ。あなたに見てもらいたい書類があるの」


 ハドソンは、机上の羊皮紙を手渡した。

 紅の封蝋。

 そこに刻まれた文字は、


 ――赤髪協定。


 その封蝋の“紅”こそが、この協定の象徴色だった。

 単なる意匠ではない。

 観測と色を結びつけた、あの学説そのものが、政治的な印章へと昇華された証だった。


「これは、ボヘミア卿が出資していた研究団体の一つだ」


 レストレードの声は低く、抑制されている。


「名目は“色と魔法の相関に関する実験”。だが、資金の流れを追うと――別の意図が見える」


 羊皮紙の隅に、複数の署名と支出記録が浮かび上がる。

 研究費としては過剰な額。

 しかも、実験段階に対して明らかに早すぎる投資だ。


「この前のアドラー准教授の事件で、ボヘミア卿の出資団体の調査をいれた」


 魔法省は手を引いた。

 しかし、監視局であるレストレードは上の意向を無視して調査を続けていた。

 その中で、他にもアドラーの実験のような研究をしているのが確認されていた。


「出資はまだ続いているの?」


 シャーロットは、報告書を見た後、レストレードに目を向ける。


「ああ、ボヘミア卿のご子息であるアルバートが続けて行っている、彼曰く、精査した結果らしい」


「そう」


 シャーロットは、視線を報告書に戻す。


「理論指導はウィルソン教授。そして――」


 ハドソンが次の羊皮紙を示す。


「記録・観測補助として、ジョン・クレイ。装置の設計図には、

 ビクター・ヘザリー技師が関与しています」


 シャーロットは、ほんのわずかに眉を動かした。


「実験場所は学園地下、第三研究室です」


 レストレードが一枚の書簡を差し出す。

 封は切られているが、赤い墨が紙面に鋭い軌跡を残していた。


『協定は予定より早く進みすぎている。

 暴走の兆候あり。制御不能の可能性。』


「ウィルソン教授の手紙だ」


「つまり――」


 シャーロットは視線を上げる。


「自らの理論が、制御を出来なくなっている?」


 レストレードは短く息をついた。


「監視局は学園の自治を尊重しているだが、記憶魔法だけは例外だ。誤用は、個人では済まない。都市全体への脅威になる」


 ハドソンが補足する。


「協定の参加者に、ボヘミア卿の奨学生が多数含まれていました。そして

 ――彼らの記憶が“改ざん”されている可能性があります」


「それも、通常の記憶では説明のつかない。これはまるで、“書き換え”だ」


 レストレードが静かに続ける。


「魔力層の一部に、記録魔法――《記録》と《記憶》を同時に触る魔法式の滲みがある」


 一瞬、沈黙。


「……まるで、《ミラージュ・ペン》が使われたときの反応に近い」


 シャーロットの瞳が、わずかに揺れた。


「観測を“歪み”、場合によっては書き換えしてしまう」


「そうだ」


 レストレードは短く頷く。


「奨学生たちの記憶に残る“空白”と“赤の残像”は、《ミラージュ・ペン》による観測上書きの痕跡と一致している」


「しかし、《ミラージュ・ペン》は現在、行方不明。ということは、これは、かなり前から実験されていたとも考えられる」


 ハドソン寮長が、険しい表情で口を開いた。


「シャーロット、あなたにはその痕跡を見極めてほしいのです」


 少し間を置き、続ける。


「学園寮長として、あなたに調査を頼みたいのです。監視局の立会人の元で」


 シャーロットは、ゆっくりと立ち上がる。

 灰青の瞳に、確かな観測の光が宿った。


「わかりました。原因を見極めます」


 一瞬、紅の封蝋に視線を落とし――。


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