第十四章 緋色の研究 (三)
シャーロットは、日課の花壇の整備をしていた。
昨日まで降っていた雨もやみ、久しぶりの太陽がその場所を照らしていた。
太陽の光は、植物に栄養を与える。
適量の水と土の状態により、成長は変わる。
一時期、魔力灯を使って花を育てようとしたが失敗した。
魔力の光では栄養を作れないらしい。
養育材を作ってみたが、良い結果は出なかった。
水なしや土なしも試してみた。
土がない場合は成長速度は遅いが育った。
水がない場合は無理だった。
今日の状況はどうだろう。
シャーロットは花壇を見ながら、それぞれの植物を確かめる。
問題ないわね。
その場所に、ひときわ大きなスミレの花が咲いている。
シャーロットの身長よりも大きい。
彼女が見上げないと、全体が見えないくらいの高さだ。
ステラから是非もらってくれと渡された花だが、その原因の一つがシャーロットの製造した養育剤の効果である。
その結果を見て、シャーロットはより効果的な養育剤を生成しようと計画を練っていた。
植えられた花を見て、ワトソンとハドソンが呆れた顔をしていたが、シャーロットは気にしていない。
シャーロットは満足して、屋上の蜜蜂の確認に向かおうとする。
正面から誰かが歩いてきた。
こんなところに来るのは、ハドソン寮長か、誰かを探している人かのどちらかだ。
「シャーロット嬢ですか?」
シャーロットは無言でうなずく。
服装から見ると、監視局の人間だ。
確か名前は。
「トビアス・グレグスン。監視局の監査官だ」
古株の人物。
シャーロットは一緒に捜査などをしたことはない。
監視局でも見かける程度である。
レストレードが一目置いている相手だ。
珍しい。
「君にお願いがあってきた」
魔法都市ロンドンは、魔法により生活を安定させている。
その安定を守るのが魔法省である。
監視局は治安維持のための組織だ。
ロンドン内の事故や事件を捜査する。
トビアスは長い時間を監視局で費やしている。
仕事をしていると、納得できない事件や嫌な事件もあった。
だんだんと慣れてくる仕事の中で、自分なりの仕組みができていくものだ。
それでも、一つ一つの事件には先入観を持たないようにしている。
似ているなと思うと、必ず違う結末になる。
犯人の思考や感情、状況は全員が同じではない。
しかし、報告書に書くとどうしても似てきてしまう。
違うと感じるのは、現場での匂いだ。
これだけは毎回違う。
トビアスにとっては、それが一番重要だった。
ローリストン・ガーデン。
その空き家にて遺体が見つかった。
遺体の身元は、すぐにわかった。
イーノック・ドレッバー。
アメリカ人。
近くに身元保証書があったからだ。
アメリカ大使館に、身元の正式な確認をしている。
財布も近くに落ちており、名刺には会社の名前もあった。
物取りではない。
現金は財布に入ったまま、指にはめている指輪も取られていない。
ただ、現場では死因がわからない。
外傷はあまりない。
自然死の可能性もある。
もしくは毒か。
最近起きた事件を思い出す。
検視室に運び、細かく調べる必要がある。
事故なのか事件なのか。
何故、イーノックが空き家にいたのかも不明。
今のところ、何もない。
この地域は浮浪者が多い。
これが浮浪者だったら、補佐官が対応し、不審死くらいで捜査に力を割かない場合が多い。
家族か知り合いを探し、連絡を取る。
最近、この地域ではそういうことが多くなっている気がする。
いい状況ではない。
街はきれいになり、きれいではないものがなくなってきている。
ただ、その現場に入った瞬間、なんとも言えない違和感がトビアスを襲った。
まるで、何もない。
人が一人死んでいるだけ。
この場所には、それしか感じない。
長年捜査をしていると、現場には匂いがある。
被害者の動いたあとや、加害者の足跡。
さらに、人が生活している空気がある。
トビアスはそれを感じることで、捜査方針を決めていた。
論理的でも、感情的な行動でもない。
トビアスは昔からそう行動してきた。
間違えることも、もちろんあった。
その時にトビアスが考えたのは、空気の感じ方を間違えていたのだということだった。
今では、その空気の感じ方はより鋭くなっていた。
それなのに、トビアスはこの場所では何も感じなかった。
そんな自分に驚いていた。
トビアスにできたのは、現場を維持することだけだった。
遺体は最低限だけ確認し、検視室に運ぶよう手配をかけた。
監視局に向かう前に、もう一度現場を見直した。
扉を開け、中に入り、軽く深呼吸をした。
いつものルーティーンだ。
やはり何も感じなかった。
わかったことは一つだけ。
この現場は普通ではない。
トビアスにとって、長い監視局の仕事の中で初めての経験だった。
そして、彼は今、魔導学園に来ていた。
目の前には、銀髪の少女がいる。
鋭い瞳と白い肌。
ルージュが引かれた唇だけが、生気を感じさせる色を表している。
彼女の名は、シャーロット。
魔導学園の一生徒でありながら、このロンドンで起こった不思議な事件に関わり、解決に結びつけている。
彼女には特別な才能が二つある。
一つは、事件を推理し、調査する才能。
これだけのことができれば、監視局でもすぐに監査官になれる。
もう一つは、魔法の才能だ。
レストレードの話だと、魔法現象を解析できる固有魔法を持っているらしい。
トビアスは使用しているところを見ていないので、報告書や周りからの伝聞でしかその詳細はわからなかった。
同僚のレストレードと仲がいい。
あいつは誰とでも仲よくなり、仲間を増やしていく。
たまに、捜査とは関係ない人種とも一緒にいる。
カフェで藍色の髪の長身の女と話をしている姿を見ると、仕事とプライベートは分けるべきだとも感じている。
後で知ったのだが、その女はこのシャーロットの保護者だったようだ。
家族ぐるみで付き合っているのが、レストレードらしいといえばレストレードらしい。
トビアスは、仕事と私生活は分けて考える。
仕事を私生活に持ち込みたくないし、その逆もしたくない。
そうでもしないと、心が落ち着かないと考えている。
特にこんな仕事をしているとそう思う。
いや、ここ最近そういう考えが大きくなってきている。
そろそろ潮時かもしれない。
たまに脳裏に浮かぶ。
しかし、仕事を辞めてすることもない。
トビアスからこの仕事がなくなると、何が残るのだろう。
それは、この部屋と一緒かもしれない。
現場からトビアスは、監視局に向かわず、気づくと魔導学園に来ていた。
何故、自分はここにいるのだろう。
魔導学園の花壇を見ながらそう思っていた。
そして、そこでトビアスは見かけたのだ。
シャーロットを。
花壇の前で、トビアスは事件の概略をシャーロットに話した。
通常、捜査状況を、それもまだ捜査方針すら決めていないことを誰かに話すなど、トビアスは今までの事件でしたことがなかった。
彼の部下に対してでさえそうしてきた。
なぜだろう。
自分の娘とほぼ変わらない年齢の少女に、何の話をしているのだ。
トビアスは事件のことを、家で家族に話したりはしない。
ましてや娘に話そうなど考えない。
こんなことは知らないほうがいいのだと、新聞の記事を見ていても、たまに不快感を覚えてしまう。
この時のトビアスは、シャーロットを前にして全てを話していた。
被害者の情報や空き家の状態だけではなく、その場でトビアスが感じた状況まで話した。
匂いが違う、と。
シャーロットは、話をただ聞いていた。
理解しているのか、トビアスは最初は半信半疑でもあった。
しかし、シャーロットの視線をトビアスが見た瞬間、その考えは捨てた。
この娘。
いや、この人は理解している。
トビアスが話し終えた後、シャーロットは一言。
「現場を見せて」




