第十三章 四つの署名 (十一)
「どこだと思う?」
レストレードはシャーロットに聞く。
二人は今、ロンドンの地図を広げている。
「スモールは、我々の全てと言っていたわね」
我々。
街。
ロンドン。
王宮?
魔法省?
タワーブリッジ?
魔導学園?
「手当たり次第探すか?」
レストレードは監視局全体に指示を出す準備をしている。
時間がない。
重要箇所だけでも調べるしかない。
「そうね。王宮、議会、魔法省。最低限の場所から調べましょう」
スモールは船で、どこへ行こうとした?
タワーブリッジ。
外務調査局も、なぜかそこを警戒していた。
「レストレード、外務局と内部調査の知り合いに聞いて。タワーブリッジで何を調べていたのか。私はそこに向かうわ」
シャーロットは魔法省を飛び出した。
用意された速馬車で、タワーブリッジに向かう。
魔力管理局には、監視局から連絡をさせる。
魔力管理局。
本局。
タワーブリッジ。
シャーロットが入るのは、これで二回目だ。
一緒に来ていたステラが、魔力管理局に現状を報告している。
受付だけでは対応できず、別の誰かを呼んでいる。
「状況はわかりますが、秘匿事項ですので、簡単に部外者をお通しできません」
受付の後に来た上司らしき人間は、わかりやすい常套句を言う。
面倒ね。
役所。
シャーロットは無理やり入ろうかと考え、ワトソンを見る。
ワトソンは険しい顔でこちらを見ている。
行動がばれている。
魔力管理局の通信システムは、アグラの秘宝を利用している。
ロンドン中の離れた場所同士で連絡できるようにするためだ。
東インド会社と軍は、情報収集のためのさらなるシステムを作っていた。
その研究は、今、外務調査局が引き継いでいる。
シャーロットがレストレードから得た情報だと、それくらいだ。
しかし、局同士で情報の共有などほぼない。
もし、情報収集システムが完成していたら、スモールは何をする。
魔法省から正式な通達が魔力管理局に入る。
シャーロットを自由にさせろと。
これで、どの場所でもフリーパスで動くことができる。
やっと、あいつが動いたのか。
いつも遅いな。
シャーロットは嫌な奴の声を思い出した。
突然のことに、魔力管理局と話し合っていたステラは驚いている。
ワトソンは当然の顔をしている。
魔力管理局の局員は唖然としている。
アグラの秘宝。
その場所に入室できる者は限られている。
シャーロットは全エリアの許可証を使い、どんどん制限区域を進んでいく。
最後の扉を開ける。
これは、まるで空の中にいるみたいだ。
シャーロットの機嫌が良くなるのを、ワトソンは隣で感じ、軽く息をつく。
アグラの秘宝は、透明な円筒の中にある。
円筒の周りには白い霧が立ち込めている。
その霧は、シャーロットたちが入室すると彼女らに触れてきた。
小さな光を発生させると、霧はまた室内を漂った。
霧の一部が、アグラの秘宝に近づく。
アグラの秘宝に霧が触れると、小さな稲妻のようなものが見えた。
「君たちは、なんだ」
室内の隣の操作室にいた魔力管理局の研究者が言う。
シャーロットは彼の言葉を無視している。
「もう完成していたのね。情報監視システムが」
「なぜ、それを」
魔力管理局は、アグラの秘宝を譲渡されたときに、もう一つのシステムの情報を手に入れていた。
これを軍と外務調査局に渡すのは危険だ。
そのときの魔力管理局の局員は、そう考えた。
情報統制が始まる。
情報収集ではない。
監視システムだ。
そのときの局員の考えは間違っていなかった。
ただ、その上の人間たちの考えまでは予見できなかった。
これこそが、魔力管理局に魔法省で一番の力を与えるものだ、という考えまでは。
軍は残された資料から同じ研究を進めていくうちに、何が必要だったのか理解してきた。
このシステムには、アグラの秘宝が必要だ。
それをどうやって奪うかを考えた。
その当時、東インド研究所と近い関係にあったショルトー大佐を使い、研究を続けた。
しかし、問題が起こった。
研究に多額の資金を援助していたボヘミア卿が亡くなったのだ。
資金調達の問題が発生している中、さらなる問題が生じた。
ジョージ・バーニウェル卿が何者かに殺された。
東インド研究所の二十四人の貴族。
その貴族をまとめ上げていたジョージ・バーニウェル卿が亡くなったのだ。
この二人の大物貴族の死によって、軍の研究は暗礁に乗り上げた。
外務調査局も、インドでの本当の成果を探していた。
スミスはあの場所を張っていた。
あれはスモールを追っていたのではない。
スモールが現れたことで、魔力管理局が隠しているものに気づいた。
スモールは、アグラの秘宝を使ったシステムの情報を知り、情報監視システムが完成している可能性にも考えが至った。
スモールは、これがあると危険だと考えたのだ。
彼の目標を調べられるかもしれないから。
「アグラの秘宝の情報監視システムは、どこまで調べられるの?」
魔法省の指示がある。
ステラから話を聞いた情報監視システムの研究員は、諦め半分の顔をしている。
「今できるのは、魔力波動の波を見ることぐらいだ。といっても、かなりの差異が出ないとわからないがな」
「範囲は?」
「この街、ロンドンならすべてだ」
それなら、調べられる。
「じゃあ、借りるわ」
シャーロットは、ペンを借りるような調子で言う。
「そんな簡単に使えない。これの操作やシステムのことを知らないと」
「ええ、今覚える」
シャーロットは球を発動した。
アグラの秘宝を球の中に入れる。
解析を開始した。
「いいわ。とても。これは、ロンドンが見える」
シャーロットは、アグラの秘宝のシステムと球を繋ぎ、意識下で操作を始めた。
ロンドン中の上空に立ち込めている霧を使い、探す。
すべてを見るには広すぎる。
それは、いくらシャーロットでも難しい。
重要な場所。
この国の要。
王宮、魔法省、議会、魔導学園。
公共施設。
大貴族の館。
大きな波は見えない。
むしろ綺麗だ。
ムラがなく流れている。
スモールは、我々の全てと言った。
我々。
ロンドン。
魔法都市。
魔法。
魔力導管。
トラファルガー広場。
アグラの秘宝、監視システムをトラファルガー広場に向ける。
動作は問題ない。
スモールは、自ら死を選んだ。
時間を聞いた瞬間の反応からして、残り時間はあまりないのだろう。
時間稼ぎをする必要などないからだ。
そして、結果すら見ない。
それだけの自信がある。
それでも不安要素があったから、ここに向かっていた。
可能性を少しでも潰したい。
そう考えるのは当然だ。
シャーロットは少しだけ、意識を外に向けた。
ワトソンが心配そうにこちらを見ている。
珍しいな、とシャーロットは感じた。
いつもは澄ました顔で私を見ているのに。
違う。
私の表情に余裕がないのだ。
どうしたのだろう。
ロンドンが狙われているから。
不特定多数の命が狙われているから。
その中に、大切な人やものがいるから。
私には、それがあるのだろうか?
人は死ぬ。
寿命。
病気。
事故。
戦争。
結果は変わらない。
でも、大切なものを意味もなく奪われることは、誰も望んでいない。
私にも、それがあるのかもしれない。
シャーロットは一息つく。
アグラの秘宝は、きっとこれだけではない。
もっと深く見ることができる。
シャーロットは球の精度を上げた。
十パーセント。
見せて。
もう一度、トラファルガー広場を見る。
ロンドンの街の要だ。
ここにある柱が、魔力導管をロンドン中に網の目のように張っている。
違和感がある。
魔力導管の流れが整いすぎている。
ロンドンの街の魔力の使用量は、時間帯、人の流れ、気候により細かく変わる。
それを調整している場所でもある。
しかし、今はムラがなさすぎる。
きれいな流れだ。
まるで誰かが調整している。
これをロンドン全体に広げる。
魔力導管全体が整いすぎている。
やはり、ここだ。
「ワトソン」
「準備してる」
ステラが用意した速馬車に、三人は乗り込む。
ステラはレストレードに連絡を取る。
場所は、トラファルガー広場。




