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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第十三章 四つの署名 (十)

 救助できたのは、スモールだけだった。


 魔法省監視局内、尋問所。


 スモールは語り始めた。


 十年前、東インド研究所。


 いつしかスモールは、二十四人の貴族の指示を聞かなくなった。

 そして、魔法省とイギリス軍との連携を深めていく。


 インド領では、安全な研究のためにも軍との連携は不可欠であり、その研究内容を公に使用するには、魔法省との連携も必要である。

 そう彼は考え始めた。


 しかし、貴族たちは違う。


 ただただ、権力として利用することを目的としていた。

 純粋な魔法への研究などはない。


 スモールにとっては、研究こそが重要だった。

 その後ろに誰がいてもかまわない。

 ただ、膨大な資金と理論を優先する研究ができる点が重要だった。


 その環境に、貴族たちは自分たちの利権のために邪魔をしてくるようになってきた。

 彼らはこの研究所の解体を考え始め、結果、セポイの大乱を呼び起こした。


 彼らは見ていない。

 その被害で多くの人の血が流れることも。

 その場にいないのだ。


 ただ、報告書として見るだけ。


 被害者の数。

 被害総額。


 それを確認し、印を押すだけ。


 スモールは見た。

 多くの研究が失われ、多くの研究者の血が流れた。


 その時なぜか、スモールは思い出した。

 ある少女のことを。

 研究所での、あの言葉を。


 その少女は、いつからいたのだろうか。


 紅い、真っ赤なドレスを着た少女だった。


「こちらですね。素晴らしいです」


「あなたは?」


「はい。私は、マリア」


「マリア嬢は、なぜここに?」


 スモールは、なぜかその少女を追い出すことができなかった。


「はい。ここの研究所は、とても画期的な研究をしていると聞きまして」


 赤いドレスの端をつかみ、ゆっくりと頭を下げる。


「ここまで参りました」


 この場所は、誰でも入れる場所ではない。

 ましてやこの地域まで来られるというのは、普通の少女ではない。


「軍の研究も進んでいるのでしょう」


 知っているのか。

 軍と研究所が共同の研究をしていることを。

 ならば隠す必要がない。


「はい」


 東インド研究所。

 その中でのスモールの研究は、多方面観測。


 観測することで魔法が存在する。

 ならば、同じ場所を多方面から観測すると、どのような結果が出るのか。

 一つの場所に四つの魔法を同時に発動した場合、その場所には何が起きるのか。


 それが、重要な鍵となる。


「それで、何が見えました?」


「多方面観測に必要なのは、やはり立方体の原型。一番は球だ。それをもし操れる者が現れたら、きっと世界のすべてがわかる」


「それは素晴らしい。世界の根源、研究者の境地ですね。でも、どうして研究者の方たちは、未来の研究をしているのに、過去に囚われているのでしょうか。とても不思議です」


「それはどういうことだ?」


 研究とは、理論と実験の繰り返しだ。

 理論を考え、実験をし、その結果を確認する。

 理論と実験の差を比べ、理論を再構築し、実験をやり直す。


 ただ、それの繰り返し。

 その地道な研究こそが、未来に向けての研究ではないのか。


 過去に囚われてなどいないはず。


「いえ、大したことではありません。未来に必要なのは、未来に生きる人たちです。過去の遺物たちは必要でしょうか?」


「それは」


 スモールが軽く下を向く。

 そこには床の石の継ぎ目があり、少し黒い汚れがついていた。


 スモールが顔を上げると、赤い少女はもういなかった。


 その言葉だけが、心に残ったまま。


 スモールは、尋問所の椅子に腰かけている位置を軽く動かす。

 目の前のエセリンは、一瞬警戒する。

 シャーロットは軽く目を細め、スモールの言葉を待つ。


 四つの署名。


 マホメット・シン。

 アブドゥラ・カーン。

 ドスタ・アクバー。

 そして、ジョナサン・スモール。


 四人は、一つの研究を進めていた。


 この時期、東インド研究所は二つの研究をしていた。


 一つは、アグラの秘宝による魔法通信のシステム開発。

 もう一つが、四つの署名による多方面観測。


 アグラの秘宝の研究は、魔法省が積極的に支援していた。

 理由は簡単だった。

 東インド研究所の貴族が、魔法省に近づいたのだ。


 遠い土地で研究結果が出ようとも、ロンドンでの地位が上がらなければ意味がない。

 現実的な貴族たちは、そう考え始めた。


 さらに彼らは、自分たちの狭い世界で権力争いを始めた。


 今までの独立研究を推奨するか。

 魔法省と連携するか。


 その結果に時間はかからなかった。

 権力に近い側に流れた。


 川が山から海に流れるように、簡単に。


 大きな研究成果を出しているアグラの秘宝のみが残った。

 他は切られた。

 研究も、研究者も、すべて。


 所長であるスモールは抵抗した。

 もちろん自分の研究のこともある。

 それ以外にも、素晴らしい研究が貴族の利益のためだけに無くなる。

 そんなことはあり得ない。


 計画した。


 東インド研究所の独立のため、軍と手を結び始めた。

 軍からの支援で、スモールの研究は生き残った。


 貴族は気に入らなかったらしい。

 自分たちの言うことを聞かない研究所など。


 インドの駐留には、莫大な予算がかかっていた。

 さらに、インド国内での反乱の恐れと、南インド地方の干ばつなどによる税収の悪化。

 軍の予算の縮小が、大議会でも取り上げられていた。


 そこで、二十四人の貴族の意見は一つにまとまった。


 東インド研究所の研究、アグラの秘宝を魔法省に渡し、そして解体する。


 そのための計画が始まった。


 単純な東インド研究所の解体だと、貴族の面子がある。

 また、インド地域からの軍の撤退計画も浮上していた。

 さらに、インド国内での反乱が広がりつつある。


 すべての問題が、セポイ大乱魔法事故で解決する。


 東インド研究所の所長による実験により、魔法事故が起こる。

 その結果、研究者、職員、研究内容が消滅。

 また、それに伴い、インド国内での反乱が加速。

 イギリス軍は、その結果などを受け撤収。


 報告書だと、短い内容だった。


「ただ、それだけだ」


「それで、あなたはここで何をしようとしたのですか?」


 シャーロットは、スモールの瞳を見る。


「ああ、簡単なことだよ。この街が、東インド研究所と同じになる」


「四つの署名は、複数の観測者による同時観測にて起こる」


「では、何が起きるのか。それは無だ」


「無?」


「ああ。あの時、消えたのだ。研究所も、研究者も、軍も」


「すべてが」


 一瞬の沈黙が流れた。


「それで、復讐のためにバーソロミューとスミスを殺したの?」


 エセリンは、報告書を見ながら問い詰める。


「バーソロミューは仕方がなかった。どうしても必要だったのだ、真珠が」


「真珠には、何が入っているの?」


 エセリンが持っている報告書には、真珠の情報がない。


「それは、友の遺品だ」


「遺品?」


「ああ。真珠には、アグラの秘宝を使った情報が入っている。それを私は渡さなければならない」


「それは、もしかしてモースタン大尉のこと?」


「そうだ。アーサーは、あの事故で私をかばって亡くなった。そして彼の遺品は、ショルトーに奪われた」


「私はやっとこの地に帰ってこれた。そして知ったのだ。アグラの秘宝は魔法省に奪われ、もう一つの研究もショルトーが行っていた」


「そこで知ったのだ。我々は捨て駒にされたのだと。純粋な研究などなく、利益と権力だけに飲み込まれた遺物たちによって」


「だから、私はこのロンドンで行うことにした。私たちにしたことと、同じことをな」


「何を言っているの?」


 エセリンは顔をしかめる。


「まさか、セポイの大乱をこの街で行うということ?」


 シャーロットの眉間が鋭くなる。


「そうだ」


 スモールは、当たり前のように頷く。


「今何時だ?」


 スモールは突然時間を尋ねる。


「十六時だ」


 レストレードは、左腕にある時計を確認する。


「そうか、それはいい」


 何がいいのだろう、エセリンは少しイラついた。


「どこにあるの?」


「どこ? お前らのすべてがある場所だ。そしてもう止められない。私は、もう……」


 スモールが軽く口を開け、閉じる。

 何かを飲み込む音がした。

 スモールが苦しみ始める。


「ちょっと、」


 エセリンがスモールに近づく。

 シャーロットは、スモールの顔上げ、口の中を開ける。

 この匂い。

 毒。

 歯に隠していた。

 バーソミューと同じ毒ならもう助からない。


「どこなの?」


 シャーロットの最後の質問に、スモールは答える。


 笑みを。


 シャーロットは、スモールの笑みを見ずに扉を開けていた。



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