第十三章 四つの署名 (八)
タワーブリッジ。
テムズ川に架かる跳開橋。
交通の要の一つである。
魔法都市ロンドンは、魔法の発展とともに人口が増えていった。
人口が増えると、交通量も物流も増えていく。
テムズ川の交通量の増加と、大型船の航行を両立するために、このタワーブリッジが建設された。
橋には二つの塔がある。
そして、それをつなぐ上部通路と、中央で開閉する開閉式の橋でできている。
この開閉稼働システムだけは、ロンドンのインフラを制御するベリルの王冠のシステムを使用せず、観測局が独自に考案したシステムで動いていた。
橋の上部通路は歩行者用になっているため、ガラス張りの床からテムズ川を見下ろすことができる。
魔法都市ロンドンの観光名所の一つになっていた。
また、そこから見えるロンドン塔から、その名称がタワーブリッジになった。
そして、そこは観測局の重要拠点の一つでもある。
エセリンとステラたちは、その場所に到着した。
タワーブリッジ内にある観測局の窓口に、シャーロットがいた。
「シャーロットさん、大丈夫ですか?」
「ええ、でも」
シャーロットは、スミスの遺体がある屋台に案内する。
ワトソンが、屋台の周囲を監視していた。
ステラは一応、脈を確認する。
「亡くなっていますね」
「死因は何かわかりますか?」
ステラが尋ねる。
「毒よ」
ワトソンが答える。
「毒矢を使用したと思われるわ」
シャーロットは、毒矢の先をハンカチで包んでいた。
「観測の結果だと、この毒はインド産と思われるわ」
シャーロットは、ステラが来る前に円を使用していた。
円を使用して毒矢の先端を観測した結果、インド地方でしか取れない毒の花と金属加工の仕方だった。
「まったく面倒なところで。ここ、観測局の敷地内かしら?」
エセリンは文句を言いながらも、観測局とレストレードに連絡を取っていた。
部下には周囲の確認をさせ、観測班に現場周辺を調べさせていた。
魔法省での局内の関係は、まるで一つの国家である。
だからこそ、局同士の連携などほぼない。
それぞれが足を引っ張る。
これが普通である。
しかし最近は、この流れが変わってきた。
前回のインフラ事故により、監視局は昔よりも大きな捜査権限を使えるようになった。
それでも、事実の解明にはまだまだ遠い。
「どうしましょうか?」
ステラが聞いてきた。
「犯人は観測局と関係があるかも調べないとね。でも、今日はもう無理ね」
「明日、観測局の上層部に立ち入り捜査の依頼をかけるわ」
「とりあえず現場を封鎖して、遺体を安置所に送って撤収するわ。参考人の尋問は明日にする」
エセリンは部下に指示を飛ばす。
「あと、あなたたちに一応警備をつけておくわ。ステラ補佐官、お願い」
「はい」
ステラは久しぶりの警備に気を入れ直す。
前みたいな失敗は許されないと、心に秘めながら。
「そうだ。ステラにお願いがあるのよ」
シャーロットは、ステラに近づいた。
寮塔のシャーロットの自室に、三人は戻った。
ワトソンは、匂いが取れないと言ってお風呂に入っている。
ステラは、通信機でレストレードと連絡を取っている。
シャーロットは、今日のことを頭の中で映像として再確認している。
何か見落としているものはないか。
言動、行動、魔法の波動を見続けている。
頭の中で映像を確認しながら、手にはメアリーから預かっている真珠がある。
六つの真珠の中に入っている情報を整理する準備をしなければと思いながら。
あんな暗い場所で、吹き矢を飛ばして人に当てることが可能なのだろうか。
銃でさえ、目標が視認できないと発砲できない。
やみくもに撃った?
いや、確実にスミスを狙っていた。
シャーロットでもワトソンでもなく。
そして、スミスの屋台にも怪しい点が多い。
スミスの屋台の場所は、タワーブリッジとロンドン塔、テムズ川がよく見える場所にある。
まるで、あの辺りを監視していたみたいだった。
スミスの素性を確認しなければならない。
スミスを狙った犯人がバーソロミューと同一犯だとすると、おかしな点がある。
必ず殺せるという確信があったのだろうか。
でなければ、危険を冒してでもスミスの口を封じる意味がない。
スミスから情報が流れるのを止めたかったという可能性もある。
映像の再確認を終え、シャーロットは円を使用し、真珠の中の情報の確認に移った。
ワトソンが、タオルを巻いてお風呂から出てきた。
「ステラ、隣の部屋のベッドを使ってね」
「いいんですか?」
「ええ、いいわよ。私、シャルと寝ているから」
「でも狭くないですか。私、床で寝ますよ」
「いいのよ。いつも一緒に寝ているから」
「そ、そうなのですね」
なぜか、ステラの顔が赤くなっていた。
「そうなんだ。二人はそういう関係なのか」
ステラは、二人を直視できなかった。
「ステラ、お風呂に先に入って。シャルは、たぶんまだ入らないわ」
「でも、警備があるので」
「大丈夫よ。私が見ているから」
ステラは、ワトソンの口調が少し硬く感じた。
「じゃあ、入ります」
死。
その現実に起きたことで、ステラは少し疲れていた。
誰の死でも、命がなくなることに心が沈んでしまう。
体にお湯をかけることで、何かが抜けていくような気がした。
そして、温かい湯船に浸かると、気持ちが少し和らいだ。
次の日の朝。
ステラはレストレードに呼ばれ、朝早くに監視局へ戻っていた。
朝食を食べた後、シャーロットとワトソンの二人は、馬車で昨日の現場に向かっていた。
テムズ川に着くと、エセリンが部下に指示を出していた。
その近くには、ステラと白い毛並みの犬がいた。
シャーロットは、ステラと犬に声をかける。
「モフモフ来たわね」
シャーロットは、モフモフの頬を両手でなでる。
ワトソンは、少し離れたところから見ている。
「シャーロットさん、モフモフはあまり犯人追跡に向いていないかと」
「ええ。でも、宝石には興味あるでしょ?」
「はい」
モフモフは、なぜか宝石に反応する。
「モフモフ、これは真珠。これと同じ波動を持っているものを探して」
シャーロットは、メアリーから預かっている真珠の一つをモフモフに嗅がせる。
「わふ」
モフモフは軽くうなずくと、歩き出した。
「大丈夫でしょうか?」
ステラは不安そうに言う。
「ええ」
シャーロットは答える。
半歩下がって、ワトソンも歩く。
ワトソンはモフモフにまだ若干の苦手意識もあるが、前よりも距離が短くなっていた。
「そんな、犬に頼っての捜査など信じられないわ」
エセリンが、こちらに気づいてそばに来る。
「そう? これは、とても合理的な捜査だと思うわ」
シャーロットの自信のある答えに、エセリンは驚く。
「あなたは、もっと理知的に見えるけど、こんな」
「犬の嗅覚。そして、モフモフの宝玉への執着は想像を超えるくらいよ」
それを聞いていたステラは、少しいたたまれなくなり、顔を下げた。
「褒められている気がしないわよね」
ワトソンがステラに声をかけてきた。
「悪気はないのよ、シャルは」
「わかっています」
そうしていると、モフモフが走り出した。
「え。犯人がいるの?」
モフモフの後を、ステラは追いかける。
エセリンは、昨日の状況をシャーロットに伝える。
本当は、第三者に捜査内容を教えるのはまずいのだが、レストレードに直接頼まれたので断れなかった。
頭の中で、貸しが一つできたので、何で返してもらおうかと思っていた。
スミスは、十日前からあの場所で屋台を始めていた。
商売はあまりうまくいっていなかったようで、客はあまり来ていなかった。
タワーブリッジ周辺のほかの屋台の店主に聞いたところ、場所が悪いらしい。
あそこは観光客があまり来ない場所で、人通りが悪いと言っていた。
スパイスカレーを出しているということで、匂いが強いからあえてそうしたともいえるが、別の目的があるようにも見える。
スミスは、この場所での屋台の許可書を持っていない。
無許可で営業している闇屋台はいることはいる。
しかし、スミスは戸籍すらないのである。
「存在しない人間?」
シャーロットは、エセリンに確認する。
「ええ。ただ弟が突然、監視局に現れて遺体を回収しようとしていたわ」
「弟?」
「もちろん、調査中だから止めたけど」
「そして、その弟の一番の問題は、スミスが亡くなっているのを知っていたのよ。何の発表もしていないのに。そのことを知っているのは、昨日現場にいた者と犯人だけなのに」
「弟は今どこに?」
「それが、確認している間に監視局から消えたわ」
「本当に、これは面倒な感じよ」
エセリンは軽いため息をついた。
そうしている間に、モフモフはある場所に着いた。
「これは」
「そうね。最近できた屋台ね」
テムズ川の周辺には、屋台が多い。
モフモフが向かったここは、かなりの激戦区でもある。
フィッシュアンドチップス店。
ドーナツ店。
コーヒー店。
特にお昼時は、かなりの行列ができる。
ステラとモフモフは、休みにはよくこの周辺を散歩していた。
目の前の屋台は、ワトソンが最近気になっていたところだ。
ホットドッグの店。
細長い白い柔らかいパンに、ソーセージが挟まれている。
トマトケチャップとマスタードが上にかかり、食べるごとに味が変化してくる。
ステラは、この前並んでも完売して食べられなかった。
モフモフは、それを覚えていたのだろう。
「どういうことですか、ステラ補佐官」
エセリンが聞く。
「どう、どうなんでしょうか?」
「じゃあ、これ四つ頂戴」
「何を注文しているの、あなたは」
エセリンはワトソンに注意する。
「あ、ごめん。五つ頂戴」
「私は食べないわよ。勤務中よ」
その言葉を聞いて、ステラは小声で言う。
「え、た、食べないのですか」
「お腹が空いたら、思考が鈍り、判断が遅れるわ。それに、体力の回復も必要になるわ」
シャーロットの回答にエセリンはしぶしぶうなずき、ステラは満面の笑みを浮かべていた。
「おいしいわよ。早く食べないと冷めるわよ」
ワトソンが頬張りながら言った。
捜索は続く。
様々な寄り道をしながら、やっと、ようやく、四人と一匹はテムズ川近郊にある小屋にたどり着く。
エセリンは、途中から疲れてきた。
これは、ただの散歩ではないのだろうか?
「あの小屋ね」
「私が正面から入るから、ステラ補佐官は周りを確認しておいて」
エセリンは、小屋の扉を開ける。
「監視局よ」
そこにいたのは、椅子に座った男だった。
エセリンは周りを確認する。
男しかいない。
そして、男は武器を持っていない。
男は驚きもせず、エセリンを見ていた。
エセリンの後ろから入ったシャーロットは、男に尋ねる。
「あなたがスモール所長ですね」




