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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第十三章 四つの署名 (一)

 きれい。


 シャーロットは頭の中でつぶやく。


 彼女の目の前には、空中に浮いた球がある。

 その大きさは、彼女の年齢からすると少し小さな手で囲えるくらいだ。

 膜は薄く、軽く触るだけでも壊れそうに見える。

 近づいてみると中が透けているように見えるが、実際は表面が反射しているため中までは見えない。

 その膜が震えるたび、室内の魔力導管と魔力灯が軽くちらつく。

 まるで球が呼吸し、部屋全体がそれに合わせているように。


 これはシャーロットが生み出した魔法である。

 この球の中には、世界が見える。


 魔法。


 シャーロットが暮らしているこの場所。

 魔法都市ロンドン。


 魔法都市ロンドン――その名称には二つの意味がある。

 一つは、人が魔法を使用できる都市。

 もう一つは、都市が魔法を利用できる場所。


 魔法とは、観測することによって現れる。


 魔法観測理論。


 半世紀前に発表されたその理論は、世界の進むべき方向を変えた。


 魔法は世界中のどこにでもある。

 しかし、それは見ることはできない。

 正しくは、観ていないのである。

 では、どうやってそれを観ることができるのか。

 そして、魔法をどうやって使用するのか。

 これには、ある種の才能、いや段階が必要である。


 まず、魔法は何ができるのか。


 魔法は――何でもできる。


 その存在を知った人々は、世界に奇跡が起きると考えた。


 当時の世界は、停滞と崩壊へ向かい始めていた。

 災害、資源の枯渇、そして戦争。


 魔法の存在の発見により、水、熱、光――人が暮らすのに必要な最低限のものを確保することができた。

 しかし、それは魔法を行使する方法を知っていればの話である。


 そこで生まれたのが、魔法観測理論である。


 魔法を使用するには、点を観測すること。

 点は魔法の最小単位であった。

 その点を人が観測し、認識することで魔法と人はつながる。


 どうやって点を見つけることができるのか。


 魔法には、適性、才能、血筋――この三要素が必要。


 一時期はそう言われていた。

 しかし、実際は誰にでもできる。

 ただ、誰もができるわけではない。

 させてはいけない――

 そう考える者が現れる。


 この街は魔法省を設立する。

 そして魔導学園を作り、人を区別した。

 持つ者と、持たざる者を。


 シャーロットは持つ者であった。

 それも規格外に。


 では、どうするのか。

 どう観測するのか。


 点は、その小さな光である。

 魔法を使用できる者には、ある種の訓練が必要になる。

 中には、シャーロットのように生まれつき無意識に点を観測できる者もいる。


 人は目で物質を見て、脳で映像化する。

 点は、脳で映像化したものを目で観た空間に想像する。

 実際の空間にある点と、人の創造した点はつながる。

 これが点の観測である。


 点の観測が起こると、その点は変化する。

 人の創造した媒体、エネルギーへと。


 点は世界のどこにでもある。

 街にも、道にも、そしてこの部屋にも。

 その点を観測することで基礎ができる。

 その足場を利用し、点をつなげ、線にする。

 ここで力の方向が決まる。


 球は、それをさらに三次元に伸ばす。

 立体的にすべてを観測することで現れる。


 1%……2%……7%。


 シャーロットは数字を挙げていく。

 それは球の中の解析度を上げていくものだ。

 解析度を上げることで、より球の中の世界が具現化していく。


 解析度を上げるたびに、シャーロットの頭に軽い痛みが走り、体が引き込まれる感覚が生じる。


 シャーロットの固有魔法――“球”。


 それは、魔法の根本にある点。

 近年の研究で、点の中にはさらに小さい観測核があることが発見された。

 その観測核を利用し、世界を見ることができる。

 観測核には世界の歴史が入っている。

 観測核は無意識に、今ある状態を記憶し続ける。


 それは小さな世界そのものだった。

 球の中の精度を上げることで、さらに深く、そして広く世界とつながることができる。


 シャーロットはさらに深く、球の中を観測していく。

 自身が球の中に飲み込まれるような感覚を味わいながら、ゆっくりと沈んでいった。


「シャル。シャル。シャーロット!」


 ワトソンの声が大きくなる。


 シャーロットは椅子に腰かけながら、視線だけを向ける。


「何をしているの?」


「世界を見ているのよ」


 シャーロットは当然のように答える。


「それは危険だと言ったわよね」


 ワトソンはめずらしく怒りの声を上げる。


「ええ。でもね、これで世界の根源が観えるのよ」


 シャーロットは、まるで本を読んでいるように答える。


「世界を観る前に、あなたが壊れるわ」


「そう。そうね。それもいいわね」


 シャーロットの視線は球にある。


「だめよ」


 ワトソンは怒りの声をさらに上げる。


 少しの沈黙の後。


「わかったわ」


 そう言うと、シャーロットは静かに球を閉じる。

 軽い振動が起き、周囲がわずかに震えた。


 ワトソンは今のシャーロットに危ういものを感じた。


 “球”を覚えてから、のめり込んでいる。

 ほかののめり込み方とは違う。

 レストレードに頼まれた事件に首を突っ込むようなものとも違う。

 趣味の花壇の整備とも違う。


 このままでは、またいなくなってしまう。


 胸の中に、どうしようもない寂しさがワトソンを襲った。


 シャーロットが、いつの間にかこちらを見ていた。


「どうしたの? ワトソン、怖い顔して」


 怖い顔?


 私が?


 私はいつからこの娘を束縛してしまったのだろう。

 一番の理解者であるはずだった。

 それがいつの間にか、シャーロットの自由を奪っていた。

 シャーロットが望むこと、そのすべてを支えるはずなのに、あの子を失うことを考えてしまっていた。


 私はあの子に近づきすぎた。


「さあ、今日の観察をやらないと」


 そう言うとシャーロットは、いつもの作業着に着替えて部屋を出て行った。


 ワトソンは、ただ見送るしかなかった。


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