第十二章 ぶな屋敷の秘密(四)
観測、完了。
「――さあ、消えて」
光が立方体の端から剥がれる。
時空が柔らかく折りたたまれ、崩れ、まるで霧が晴れるように消えてゆく。
「ああ……。でも、本当にきれい」
今までは二次でしか扱えなかった“円”の観測。
その先にある球は、世界を包む。
このまま、すべて――観て、消えていくのも素敵。
シャーロットの心の奥で、誰かの声がかすかに響いていた。
次の瞬間、
まばゆい光が、すべてを白で塗りつぶした。
「……大丈夫、シャル?」
病院のベッドの上。
ぼんやりと視界が戻ると、ヴァイオレットが覗き込んでいた。
明るい笑顔。
きれいな金の髪。
柔らかな光に溶けるような人だった。
シャーロットは、小さく息を吐く。
(――生きているのは、まだ、悪くないわね。)
「ええ。大丈夫よ。あなたは?」
「私は全然よ。変わった仕事していたら、監視局に連れていかれて……
そうしてたら、シャルが運ばれてきたの」
シャーロットは微かに笑った。
「そう。……無事でよかったわ」
病室には、
外の光を反射するような静けさが広がっていた。
ヴァイオレットが帰ったあと。
病室が静かになったころ、扉がノックされ、レストレードが入ってきた。
「……大丈夫か?」
「ええ」
シャーロットが答えると、レストレードは腕を組みながら言った。
「いいニュースと悪いニュースがある」
「いいニュースは――ステラが見つかったのね」
レストレードが目を瞬いた。
「……なんでわかった?」
返事の代わりに――
「にゃー」
ベッドの下から、藍色の猫がのそりと出てきた。
ワトソンだ。
「ああ……そうか。おまえが知らせたのか」
レストレードは苦笑した。
「で、悪いニュースは?」
シャーロットがたずねると、レストレードの表情がわずかに険しくなる。
「コッパー・ビーチズ研究所にあった宝玉――
《ベリルの冠》の宝玉が、消えている」
「そう」
シャーロットは驚かなかった。
まるで、予想していたように落ち着いている。
「確かに、立方体魔法を止めた時点では存在していた。研究所の封鎖される前に、誰かが持ち出したんだ」
シャーロットは軽くうなずいた。
あのときの会話を思い返す。
アドラーがあれほど自然に協力した理由――。
シャーロットはゆっくりと横になりながら言った。
「……私、少し寝るわ」
「ああ。ゆっくり休め」
レストレードは静かに病室を出ていった。
そのあとで、ワトソンがベッドの横へ飛び乗り、喉を鳴らした。
シャーロットは目を閉じる。
療養を終え、魔法省で《ベリルの冠》の宝玉調整を済ませたころ、シャーロットはレストレードから一つの厚い封筒を渡された。
「……これが最終報告だ」
シャーロットは静かに受け取り、目を通す。
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・コッパー・ビーチズ研究所
研究所は一時的に閉鎖。
今後は魔法省の管轄下で調査が行われる。
・ローバー家
魔法貴族ローバー家は現在、監査と取り調べの対象となっている。
・アドラー
アイリーン・アドラーの行方は依然として不明。
宝玉の持ち出しの可能性も含め、捜査継続。
・ ベリルの冠事件
政府との協議の結果――
《ベリルの冠》の暴走は “魔導基盤の誤作動” として公式に処理され、ホルダー家も、マリアも罪には問われないことになった。
ただし――
マリア本人は、いまだ行方不明。
・バーニウェル卿
そして、別の報告が最後に記されていた。
ジョージ・バーニウェル卿――遺体で発見。
魔法省の内部調査によれば、バーニウェル卿は何らかの「不正」に絡んでおり、魔法省から正式な捜査が入る直前だった。
事件を止めようとしたのか、
逃げようとしたのか――
その詳細はまだ闇の中である。
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レストレードは封筒を閉じながら言った。
「……まあ、後は俺たち監視局の仕事だ」
シャーロットは小さく頷いた。
「そうね。私は学園に帰るわ。やりたいことも、少し溜まっているから」
シャーロットは、花壇と蜂蜜の整理をしないといけない。
レストレードは軽く笑い、肩をすくめた。
「ステラによろしく伝えておいてね」
「ああ、わかった」
ほんの少しだけ、柔らかい空気が流れた。




