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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第十二章 ぶな屋敷の秘密(二)

 

 シャーロットは無言で自室の扉を開け――そして、足を止めた。

 魔力灯の光に、誰かの影が浮かんでいる。

 机に置かれた観測具を、白い指先が軽くつついていた。


「……探し物は見つかりましたか?」


 シャーロットは表情ひとつ変えずに言った。

 影の主は振り返り、ゆるく微笑んだ。


「ええ」


 そこにいたのは、アイリーン・アドラーだった。

 シャーロットは扉を閉めながら問いかける。


「状況は?」


 アドラーは机から離れ、シャーロットの真正面に立った。

 いつもの柔らかな笑みのままだが、その眼差しは鋭く研ぎ澄まされている。


「ヴァイオレットの居場所よ」


 シャーロットの視線が、わずかに細くなる。

 アドラーは続けた。


「表の住所は更地。でも本当にいるのは研究所側」


「彼女は今、ローバー家の施設にいるわ。正確には――《コッパー・ビーチズ研究所》にね」


 コッパー・ビーチズ研究所。

 ロンドン郊外にある、ローバー家が主体の民間魔導研究所。

 もともとの別邸を改装したその建物は、 今でも一部では《コッパー・ビーチズ邸》と呼ばれている。


「ヴァイオレットは、無事なの?」


「ええ。少なくとも、今のところはね」


「そう。よかったわ。

 ――それで、何をさせられているの?」


 アドラーは小さく息を吐いた。


「そうね。まず前提から話すわ。コッパー・ビーチズで噂されている研究、

 “立方体魔法”。その中心にいるのは、ローバー家の娘――アリス」


 シャーロットが静かに息を吸う。


「……立方体魔法。理論は存在しますが、実現例はないはずです」


 シャーロットの中で、数か月前の研究施設のことが思い出される。


「そうね。でも、天才はあなた一人じゃない」


 アドラーは淡々とした声で言うが、そこには皮肉でも嘲笑でもない、“厳然とした事実”の響きがあった。


「ローバー家は、アリスを使って研究を進めている。問題は……それを外から隠す必要があること」


 シャーロットは問いかけた。


「外から?」


「アリスが“行方不明らしい”という噂が、一度流れたの。研究の要であるアリスの存在は、研究所の沽券に関わる。かといって、今のアリスを人前に出すわけにもいかない。研究は危険域に入っているしね」


 アドラーは肩をすくめる。


「当人は、あなたみたいに研究に没頭しているだけ――そう思っている人も多いけれど、外から見せる《かたち》も、政治的には重要なのよ」


「アリスには、外部の監視の目がある。政府、貴族、そして魔法省の視線もね。だからこそ――“アリスが普通に屋敷で暮らしている”と見せかける必要があった」


 アドラーはわざと間を置き、言った。


「そのために、ヴァイオレットを雇ったのよ」


 シャーロットのまつげが揺れる。


「……雇った? ヴァイオレットは、研究には関わっていない?」


 アドラーは小さく笑った。


「ええ。彼女はただ、“窓に立っていただけ”。特定の時間に、アリスと似た服装で。 外から見える“生活の影”を再現するために。」


「外見が似ているのが雇われた理由のようね」


 シャーロットの胸に、ひやりとした理解が走った。

 アドラーは、さらに踏み込む。


「観測は、存在を確定させる。外部の誰かが、“アリスは屋敷にいる”と観測してしまえば――行方不明の疑いは、そこで打ち消される」


「……観測の偽装」


「そう。ヴァイオレットは、――ただの“代役”」


 シャーロットは目を閉じた。

 沈痛というより、精密な分析が形を成す瞬間だった。

 アドラーの声は低く落ちる。


「アリスの“代用品”として、必要がなくなれば切り捨てられる影。

 ――今の彼女は、そういう危ない位置にいる。」


 風が窓を叩き、観測具の光がわずかに揺れた。

 アドラーは扉に手をかける。

 その背中を見つめながら、シャーロットは静かに答えた。


「行きます」


 短い一言だったが、

 そこには決意と覚悟が、はっきりと刻まれていた。



 シャーロットは、レストレードに連絡を取り、ローバー家、コッパー・ビーチズ研究所の調査のための立ち入り許可を取るように依頼した。


 宝玉の一つがヴァイオレットに渡っている可能性を示せば、立ち入り許可は下りる――そう踏んでいた。

 現地――コッパー・ビーチズ研究所の前で、シャーロットとレストレードは門を見上げていた。


「立ち入り許可は取れた。……かなり上のほうの力が働いている」


 レストレードが低くつぶやく。

 《ベリルの冠》の件で、魔法省と議会は今も激しく対立している。

 その余波で、本来なら触れられないはずの“貴族の私設研究所”にも手が伸びたのだ。


「ヴァイオレットの所在さえ確認できれば、それでいいのよ」


 シャーロットは淡々と言った。

 政治には興味がない。ただ、観測すべき対象がそこにあるだけだ。


「ああ……そうだな」


 レストレードは頷き、重い門をくぐった。

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