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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第十二章 ぶな屋敷の秘密(一)

 コッパー・ビーチズ邸――


 そう呼ばれるこの屋敷は、名のとおり赤銅色のぶな樹が並ぶ広大な敷地に建っていた。

 いま、ヴァイオレット・ハンターは、その庭をぼんやり眺めながら、深い途方に暮れていた。


 家庭教師としてこの屋敷に雇われて、三日目。

 しかし、教えるはずのアリスには、まだ一度も会っていない。

 ローバー夫妻とは毎日顔を合わせるものの、二人は決まって同じ説明をする。


「娘は少し体調が悪くてね。すぐに会わせられないんだよ」


 その分の給金は上乗せするとまで言う。

 条件だけを見れば申し分ないはずだった。

 ただ――奇妙なことが続いていた。

 ローバー夫妻から頻繁に頼まれるのだ。


「窓の外をときどき見ていただけますか。ほんの数分でいいので」


 外にあるのはぶなの木々だけ。

 人影があるわけでもない。

 それなのにヴァイオレットは、三日で何度もガラス窓の前に立つよう指示されてきた。


 いまもまた、彼女は庭に向かって立たされている。

 一度は帰ろうかと考えた。

 しかし夫婦は不安そうな様子で引き止めた。


「どうか、もう少しだけ……娘の具合が良くなるまで」


 その声音は、嘘とも本音ともつかなかった。

 そしてヴァイオレットの胸には、説明のつかない “不気味な違和感” だけがじわりと広がりつつあった――。

 彼女は知らなかった――その窓辺の姿が、誰かに“観測されるためのもの”だということを。



 一方――目覚めたのは、翌日の午後だった。


 魔法省の医務室で最低限の回復処置を受けたシャーロットは、身体を支えながら中枢区画の奥――制御室へ向かった。

 先日、自身が再調整した 《ベリルの冠》 の安定性を確認するためだ。

 円観測連動魔導基盤の補正作業に入ったそのとき、制御室の扉が勢いよく開いた。


「……シャーロット、報告だ」


 振り向いたシャーロットの前に、霧を纏ったままのレストレード管理局監査官が立っていた。

 外套の肩には水滴が残り、その表情には普段にない焦りが見える。

 シャーロットは手を止めた。


「言って」


「ハンター嬢が――三日前から、寮に帰っていない」


 シャーロットの眉がわずかに動く。


「ハドソン寮長は何と?」


「『家庭教師の手伝いに行く』と言って出ていったらしい」


「家庭教師先の住所は?」


 レストレードは重い息を吐いた。


「それが問題だ。教え子の家という住所をたどって行ってみたら……」


 一拍置き、低く静かな声で続ける。


「――更地だった。建物は何もない。三年前に取り壊された記録が残っている」


 シャーロットの胸に、冷たいものがゆっくりと落ちていった。

 レストレードは続ける。


「足取りは……まるで残っていない」


 シャーロットは沈黙し、そして別の名を口にした。


「――ステラは、見つかったの?」


 まだ完全に覚醒しきっていない声で尋ねる。

 レストレードは首を振った。


「……まだだ。川沿いで “灰色の外套の女性を見た” という証言はあるが、それ以上の手がかりは何もない」


「ワトソンからの連絡も途絶えたまま」


 シャーロットは眉間にかすかな皺を寄せた。

 ステラ・ホプキンス――監視局の若手補佐官であり、シャーロットが信頼する数少ない友人。


 そしてワトソンは、彼女の相棒でもある。

 彼らが姿を消したのは、一昨日の夕刻だった。

 三重円を使用した瞬間の記憶が蘇る。

 視界が反転し、魔力層が崩れ落ちる。

 観測核が悲鳴を上げ――最後に聞こえたのは、ワトソンの切迫した叫び声。


 そして――シャーロットの意識は途絶えた。


 シャーロットは魔法省から学園へ戻ると、迷いなく寮長室へ向かった。

 夕刻の光が廊下を橙色に染め、学生たちの声もまばらだ。

 ワトソンからの連絡は――まだない。

 胸の奥のざわつきを押さえつけながら、シャーロットは寮長室の扉を叩いた。


「入って」


 落ち着いた声が返ってくる。

 扉を開けると、ハドソン寮長が机に書類を広げていた。

 だが、シャーロットの姿を見るとすぐに立ち上がり、軽く会釈した。


「シャーロット、お疲れ様。倒れたと聞いたけれど……体は大丈夫?」


「はい。少し頭が重いだけです。……ヴァイオレットの件で伺いました」


 ハドソンは静かにうなずく。


「ええ。確認しておいたわ」


 寮長は机の上から一枚の書類を取り、シャーロットの前に置いた。


「まず、依頼主の話からね」


 その声音には、“この事件は単なる失踪ではない”という確かな含みがあった。

 シャーロットは息を呑む。


「……依頼主は、誰だったんです?」


 ハドソンは書類の端を軽く指で叩きながら答えた。


「貴族。――“ローバー家”です」


 シャーロットの青い瞳が細くなった。


「ローバー家……。魔力財団を持つ、あの旧家ですか」


「そう。そして、よりややこしいのは――」


 ハドソンは言葉を区切り、

 書類の別ページをめくった。


「ヴァイオレットが向かった“家庭教師の住所”。あれは、ローバー家が所有していた土地よ」


 シャーロットはレストレードの報告を思い出した。

(更地……三年前に取り壊されていた場所。)


 ハドソンは続けた。


「本来そこには、ローバーの“旧別邸”があったの。でも、記録では完全に撤去され、今は何もないはずの土地」


 ハドソンの視線がシャーロットを見る。


「……にもかかわらず、その住所が“家庭教師募集”の依頼に使われていた」


 沈黙が落ちた。

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