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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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ワトソンの観察日誌

 ワトソンは、忙しい。

 それは単なる多忙ではない。

 常に複数の案件を頭の中で並行処理し、「今、何を優先すべきか」を判断し続ける忙しさだ。


 シャーロットが受けた依頼の確認。

 進捗の整理。

 魔法省への報告書の提出。

 学園側との調整。

 寮長への説明と、時には謝罪。

 その一つひとつが、決して軽い仕事ではない。


 連絡先は、

 魔法省監視局。

 ロンドン魔導学園の事務局。

 学生寮。

 研究棟の管理者。

 そして、現場で協力した人間たち。


 内容も立場も異なる相手に、同じ出来事を、それぞれの言葉で説明しなければならない。

 そのほとんどを、ワトソンが一手に引き受けていた。


 理由は、はっきりしている。


 シャーロットは――

 事件そのものには、強い興味を示す。

 観測し、推理し、仮説を組み立て、核心に辿り着く瞬間までは、誰よりも集中し、誰よりも鋭い。


 だが。

 謎が解ける。

 あるいは、自分の中で「納得」が成立した途端。

 彼女の関心は、まるで糸が切れたように、次の事象へと移ってしまう。


 あとの処理。

 正式な報告。

 被害の整理。

 関係各所への説明と責任の所在。


 そういった“現実的な後始末”は、ほぼ例外なく、置き去りにされる。


 その穴を埋めてきたのが、ワトソンであり、レストレードであり、そして最近では――ステラも、半ば当然のように巻き込まれるようになっていた。


 誰かがやらなければ、事態は破綻する。

 そして、その役割は、いつの間にか固定されていた。


 その日も、そうだった。

 ワトソンは、いくつもの連絡を同時に片付けていた。

 書類を書き、返事を送り、魔法通信機を切り替えながら、頭の中で次の予定を組み直す。


 そのせいで――


 シャーロットが、何か言いかけていたことに、気づかなかった。


 ――今思えば、あれは、頼みごとだったのだろう。


 後日。


 街で偶然目にした、シャーロットの新しい服。

 人混みの中でも、すぐにそれと分かった。

 見慣れない色。

 これまで選ばなかった素材。


 明らかに、誰かと一緒に選び、試着し、「外に出ること」を前提に仕立てられた服だった。


 ワトソンは、その場で足を止めた。

(……そんな、楽しいことに……私は、行けなかった、ですって?)


 胸の奥に、ずしりと重い衝撃が落ちる。

 悔しさ。

 寂しさ。


 そして――少しの、不甲斐なさ。


「……管理、強化しないと」


 冗談めかして呟いたが、内心は本気だった。

 次こそは見逃さない。


 シャーロットの行動も、生活も、もう少し、ちゃんと把握しなければ。

 そう思い立ち、部屋に戻った、その矢先。


 ――シャーロットの姿が、どこにもなかった。


 机の上には、途中までの観測帳。

 書きかけの式。

 読みかけの本。


 窓は、わずかに開いている。

 外の空気が入り込むその隙間が、なぜか妙に気にかかった。

 嫌な予感だけが、静かに胸に広がっていく。


 学園が休みの日のシャーロットは、決まって早い。

 朝の鐘が鳴るより前に起き、まず中庭の花壇を見回る。


 土の湿り具合。

 葉の反応。

 観測に応じて色を変える植物の様子。

 それらを、まるで事件現場のように確認する。


 次に、屋上。

 蜜蜂と、その巣箱。

 魔力反応に異常がないか。

 蜂の動線が乱れていないか。

 必要があれば、装置の微調整を行う。


 それが終わると――

 誰にも告げず、別の“現場”へ向かうこともある。


 学園の外れ。

 封鎖された研究跡地。

 あるいは、以前関わった事件の余波が残る場所。

 一通り見回って満足すると、今度は研究棟だ。


 本来、休日に学生が立ち入る場所ではない。

 だが、シャーロットは当然のようにいる。


 研究室をいくつも巡り、資料や実験装置を眺め、興味が湧けば立ち止まり、書き留め、考える。


 だが、関心が薄れた瞬間、あっさりと踵を返す。


 そして――図書館に入ると、シャーロットはほとんど“帰ってこない”。そこに入ると、時間の感覚は完全に失われる。


 本を読み、資料を漁り、思考を巡らせ、気づけば、日が高く昇っている。


 思い出したように、ようやく寮棟へ戻る。

 部屋に閉じこもり、観測式を広げ、研究を始める。


 部屋の中央には、紙の山。

 机には器具。

 椅子の背には、脱ぎ捨てられた上着。


 いったいどういう状況なのだと、ワトソンが思案していると


 そこに、シャーロットが部屋に帰ってきた。


「あ、ワトソン、ただいま」


「え、あ……おかえりなさい」


「お昼、食べた?」


「……え?あ、朝ごはん、まだよ」


 ワトソンは、静かに時計を見た。


「……いま、もう二時よ」


「……ほんとうに?」


 深刻そうな顔で言われ、ようやく事態を理解したらしい。

 シャーロットは、小さく肩をすくめた。


 ワトソンは、ため息をひとつつき、台所へ向かう。

 簡単な食事を用意し、二人で向かい合って食べる。


 その間に、ワトソンは報告をした。

 魔法省の動き。

 レストレードからの伝言。

 ステラが引き受けてくれた後処理。


「……そう」


 シャーロットは、素直に頷いた。


「ありがとう、ワトソン」


 そして、間を置かずに言う。


「でね、これなんだけれども――」


 研究の話を始めようとした、その瞬間。


「まって」


 ワトソンは、はっきりと言った。


「ここは、一回、整理が必要ね」


 シャーロットは、きょとんとする。


「まず、溜まっている仕事を整理しましょう。報告。保留案件。未処理の後始末。研究は、そのあと」


 有無を言わせぬ口調だった。


 ワトソンの圧に、シャーロットは数秒黙り込み――

 やがて、観念したように小さく頷く。


「……はい」


 そして。

 ワトソンは、きっぱりと言った。


「まずは、今日は――私と、新しく出来たお店で夕食を食べます」


 シャーロットは、一瞬だけ瞬きをした。


「……仕事は?」


「明日」


「研究は?」


「明後日」


 即答だった。

 その判断に、迷いはなかった。


「今日は、休み。

 それに――」


 ワトソンは、

 ぼさぼさの髪と、しわだらけの研究服を一瞥する。


「その格好で、これ以上考え事をさせるのは、管理者として問題です」


「管理者……」


「はい。あなたの」


 シャーロットは、小さく口を開け、何か言い返そうとして――

 結局、何も思いつかなかった。


「……どんな店?」


「最近できた、魔力炉を使わない調理を売りにしてるお店。あなた、前に“炎を使わない加熱方式”に興味あるって言ってたでしょう」


 その一言で、シャーロットの目が、わずかに輝いた。


「……行く」


「よろしい」


 ワトソンは、満足そうに頷く。


「まず、顔を洗って、服を着替えて、メイクします」


「メイクも?」


「あたりまえです。」


 こうして。

 事件でも、研究でもない。


 だが、ワトソンにとっては極めて重要な“外出案件”が、静かに成立したのだった。

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