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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第十一章 ベリルの冠 (四)

「そうだ、私を見つけた“ご褒美”をあげますわ」


 マリアが軽く指を鳴らすと、隣の部屋から誰かが引き出されてきた。

 両手を魔力紐で縛られ、口元に布を当てられた女性。

 シャーロットの表情が厳しくなる。


「……アイリーン」


「そう」


 マリアは楽しげに微笑む。


「アドラー准教授――あなたの大事な人。“彼女”もね、私の邪魔をしてくれたわ。

 まさか、宝玉まで取り返そうとするなんて思わなかった」


 シャーロットの瞳が細くなる。


「だから、少し“嗜好”を変えましたの」


 マリアはアドラーのそばに歩き、ポケットから宝玉を取り出した。


「シャーロットさんの“大事なもの”。それを見つけたら、一つずつ返してあげる」


 宝玉がアドラーの足元に置かれる音が、異様に大きく響いた。


「まずは――アドラー准教授ね」


 マリアは愉快そうに続けた。


「じゃあ、残り二つはどこか?って気になるでしょう?」


「……言いなさい」


「一つは――あなたの学校のお友達」


「……!」


 シャーロットの胸がわずかに締めつけられる。


「もう一つは、そうね……」


 マリアは唇に指を当て、楽しげに微笑む。


「最近仲良くなった“仕事仲間”ってところかしら」


 その言葉を聞いた瞬間、レストレードが反射的に通信具を取り出す。


「くそ……! すぐに監視局に――」


「ごめんなさい、監査官」


 マリアが軽く指を振る。


「この部屋、遮断していますの。外部とは一切つながらないわ」


 レストレードの顔色が変わる。

 その瞬間、藍色の影が部屋を飛び出した。


「ワトソン!」


 シャーロットが呼ぶと同時に、猫の姿のワトソンは一直線に廊下へ走り去った。


「私が困る姿を見て……そんなに楽しい?」


 シャーロットが静かに問う。


「まさか」


 マリアは笑う。


「そんな悪趣味、わたしにはないわ。ただ、あなたが“どう解決するのか”を観測したいだけ。それが、今回の目的でもあるもの」


 シャーロットは小さく息を吐く。


「……あなたの観測欲求に付き合うつもりはないわ」


「そう言うと思っていた」


 マリアはふわりとスカートを翻す。


「じゃあ、私は行くわね。

 ――また会いましょう。

 あなたなら、きっと“辿り着いて”くれるはずだから」


「逃がすわけないだろ?」


 だが、その一歩が踏み出されるより早く――


「レストレード、囲まれているわ」


「何?」


 微笑みを残したまま、メアリーは闇の奥へと姿を消した。

 メアリーがいなくなったあと、周囲に満ちていた気配は、すべて消えていた。


 シャーロットは、アドラーの拘束具に指をかざし、簡易解除術式を走らせた。

 魔力紐がほどけ、床へと落ちる。


「大丈夫?」


「ええ。……ありがとう、シャーロット」


 アドラーは軽く息を整えたあと、周囲を見回す。


「これから、どうするつもり?」


「まずは――これが本物か、観測するわ」


 シャーロットは床に置かれた宝玉の前にしゃがみ込み、指で小さな円を描く。淡い光の輪が宝玉を包み込んだ。


 《円》。


 ひとつ息を置き、シャーロットは目を開く。


「……本物よ」


 その声ははっきりしていた。


「狙われているのは、誰だと思う?」


「可能性が高いのは、ヴァイオレット」


 先輩はもういないから・・・


「すぐに捜索をさせる」


「お願い」


 シャーロットは短く答えると、立ち上がった。


「私は、魔法省に戻るわ」


「いいのか? 自分で探さなくて」


 レストレードが問う。


「この混乱を少しでも抑えないと――

 ロンドン全体が、あいつの思いどおりになる」


 シャーロットは窓の外の闇を見る。

 そのとき、アドラーが一歩前に出た。


「シャーロット。ヴァイオレットの捜索は、私に任せて」


 アドラーの声は落ち着いていた。

 シャーロットは、アドラーの目を見た。


「……お願い」


 レストレードが小声でささやく。


「いいのか? 相手は、敵かもしれないんだぞ」


 シャーロットは、ほんの一瞬だけ考え、すぐに頷いた。


「それでも、いいわ」


 アドラーは、わずかに微笑んだ。



 魔法省に着いたシャーロットとレストレードは、中枢区画の奥――ベリルの冠が据えられた制御室に立っていた。

 台座の上には、宝玉をひとつ取り戻した冠。

 だが、三つ揃わなければ本来の制御はできない。


「しかし、一つじゃ魔導基盤は制御できない、どうする」


 レストレードが不安そうに言う。


「大丈夫」


 シャーロットは静かに答えた。


「残り二つの“穴”は、わたしが埋めるから」


 そう言って、彼女は取り戻した宝石を慎重に冠へはめ込む。

 青い光が一瞬だけ脈打ち、すぐに静まった。

 そして、補助魔法石を残りの二つにはめた。


 シャーロットは冠の前に進み出ると、右手を掲げた。


「――《円》」


 低く呟いた瞬間、ベリルの冠の前に、光の円がひとつ、そして二つ、三つと現れた。


「おい……《円》って、三つも出せるのか」


 レストレードが息を呑む。


 シャーロットは答えない。


 ただ、集中したまま前を見据えていた。

 三つの円は、冠を中心にして三方に展開し、互いに少しずつ重なり合っている。

 ちょうど、その三つの交差部分に――ベリルの冠が、すっぽりと収まっていた。


「これで、制御する」


 次の瞬間、まばゆい光が室内を埋め尽くした。


 解析、構築、制御、再起動、解析、構築、再起動、解析、制御、構築、再起動、――

 シャーロットの意識が無言のまま空間に積み重なっていくようだった。


 実際には、十分も経っていないのだろう。

 だが、レストレードには、永遠にも感じられた。


 やがて、光が静かに収束する。


「……終わったわ」


 シャーロットは小さく息を吐いた。


「とりあえず―― 一時しのぎだけどね」


 台座の上には、一つの宝石と三つの円環制御によって組み直された、

 “仮設魔導基盤”が稼働していた。

 ロンドンの混乱は、少しずつ収束しつつあった。


 魔法の光が再び街路を照らし、暗闇はゆっくりと“影の中”へ押し戻されていく。


 ロンドンに、再び光が戻ったあと。

 街路灯と魔力導管が順次再起動し、都市はようやく「呼吸」を取り戻していた。

 魔法省の一室で、レストレードは監査局から集約された情報を静かに確認していた。

 山積みになっていた報告書の最後の一冊を閉じる。


「大きな死傷者は出ていない」


 淡々とした声だったが、その一言に込められた重みは小さくない。


「民衆も、貴族も……なんとか最悪は避けられた」


 秩序は、かろうじて保たれた。

 それは勝利というより、“破綻しなかった”という事実に近い。


「そう」


 シャーロットは短く答えた。

 安堵でも、満足でもない声音。


「とはいえ、しばらくは厳戒態勢が続く。大議会も魔法省も、互いを牽制している。」


「ステラとヴァイオレットは?」


「……まだ、見つかっていない」


「そう」


 シャーロットは、再構築されたベリルの冠の魔導基盤を黙って見つめる。

 三つの円が、わずかに不安定な光で脈打っている。

 ぽつりと、彼女は呟いた。


「――魔法のない世界、ね」

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