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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第十一章 ベリルの冠 (三)

 邸内に入ると、薄暗い廊下の先にひとりの女性が立っていた。

 紅い、真っ赤なドレスを着ていた。


「誰……?」


 その声は震えていない。

 むしろ落ち着いていた。


「あなたが、マリア?」


 シャーロットが問う。

 マリアは静かに微笑んだ。

 その微笑みは、どこか確信に満ちている。


「ええ。――来てくれると思っていました、シャーロットさん」


「わたしを知っているの?」


「もちろん」


 マリアは軽く首を傾げる。


「あなたなら……“正しい世界”をわかってくれると思って」


「正しい?」


 シャーロットの眉が動く。


「この状態が?」


 マリアはゆっくり邸外の闇――

 暴徒が渦巻こうとしている街を指差した。


「見てください。今、この街は“誰も特別じゃない”。暗闇は、貴族も市民も、同じただの“人間”にする」


 その声は震えておらず、まっすぐだった。


「……これのどこが正しい世界なの?」


 シャーロットは静かに言った。


「あなたは、人々の不安をあおり立てているだけ」


「そう?」


 マリアの瞳が強く光る。


「“不平等を隠してきた光”を消しただけ。灯りがある限り、階級は消えない。だから――“消した”」


 シャーロットは息を呑んだ。

 アーサーが言っていた「騙されている」は誤りだった。


 マリアは、誰にも騙されていない。

 自分の意志でやっている。

 自分の理想のために、街を闇に沈めた。


「……、このあとどうするつもり?」


 シャーロットは静かだが、鋭い声で問う。


「世界を終わらせたいの?」


 マリアはゆっくりと笑った。


「いいえ。――世界を“正常化”したいだけです」


 先ほどの問いを受けて、マリアは静かに微笑んだ。

 狂気ではない。

 むしろ、恐ろしいほど“確信”の微笑み。


「正常化?」


 シャーロットが眉を寄せる。


「今のロンドンは“異常”です」


 マリアは淡い光の中で、静かに言葉を紡いだ。


「魔法を持つ家と、持たない家。魔導基盤に接続できる階級と、そうでない階級。貴族だけが恩恵を受け、市民は見えない壁に閉じ込められる。これは“正しい世界では”ないのです」


 彼女の声は落ち着いていて、狂気すら感じさせない。


「だから私は―― 一度、すべてを“無”に戻したかった」


 シャーロットが息を呑む。

 それは破壊ではなく、“再構築”の思想。


「ベリルの冠は、ロンドの魔導基盤の要。三つの宝玉を抜けば、魔力導管は一時停止する。その間、都市はふたつの階級に分かれる」


 シャーロットが声を潜める。


「……“光がある家”と、“光がない家”」


「ええ。その可視化こそが、私の目的でした」


 マリアの瞳が強く光る。


「“不平等を暴く”のではなく、“不平等を市民自身に見せつける”。これで人々は、初めて貴族の傲慢に気づくはずです」


「その結果が、どういうことになるかわかっているの?」


 シャーロットが言うと、マリアは肩をすくめた。


「必要な過程です。革命というのは、常に痛みを伴うものですから」


「革命……?」


 レストレードが低い声で繰り返す。


「ええ」


 マリアは少し誇らしげに答えた。


「私がつくりたいのは、“魔法依存社会の終わり”。魔法だけが価値を持つ世界は、もう古い。魔法の有無で人を区別する時代は、終わらなければいけない」


「そのために、ロンドンを暗闇に沈める?」


 シャーロットは淡々と問う。


「一時的です」


 マリアは平然と言い切る。


「人々が“壁”を認識すれば、あとは勝手に動き始めます。貴族制度は崩れ、魔法省は弱体化し、やがて“魔法のない新しい世界”が形になるでしょう」


 シャーロットはゆっくりと息を吸い、彼女を見つめた。


 マリアは、シャーロットへ一歩近づく。

 その目は真剣で、迷いがなかった。


「あなたならわかるでしょう?観測の世界で生きるあなたなら――今の世界が“間違っていた”って」


 シャーロットの胸に、冷たいものが落ちた。


「……残念ね」


 シャーロットは静かに言った。


「わたしは、“壊して作り直す”なんて方法を、一度も正しいと思ったことはないわ」


「観測は、書き換えじゃない。世界を壊す力じゃなくて、 “世界の姿を正しく見るための力”よ」


「でも正しく見て、何になるのでしょう?」


 マリアは続ける。


「この不平等な世界は、そのまま残るだけ」


 シャーロットはゆっくり首を振った。


「不平等は、壊しても消えないわ。壊した場所に、また新しい不平等が生まれるだけ」


「あなたの方法は、世界を“平等”にするんじゃない」


 シャーロットは静かに告げた。


「ただ――“混乱を起こすだけ”」


 

 少しの沈黙の後、


「まあ、なんだっていいですけど」


 マリアは肩をすくめながら言った。

 マリアの口調が変わった。


「あなたは、本当に“計画通りにいかない人”ね、シャーロットさん」


「どういうこと?」


 シャーロットが眉をひそめる。


「いろいろと準備していたのよ。でも、あなたが関わると、どうしても“想定どおり”に進まないの」


「だから、今回はもっと大きくしてみたの?」


 マリアは楽しそうに笑う。


「どう? ――この規模の“実験”は」


「どう、って……。」


 シャーロットは冷ややかに言い返す。


「こんなずさんな計画が、うまくいくわけないでしょう」


「そうね」


 マリアはあっさりと認めた。


「いいの、それで」


「……本気で言っているの?」


「ええ。だって、なんだっていいのよ」


 マリアの瞳が、ふっと細くなる。


「“あなた”を観測できれば」


 シャーロットの目がわずかに細められた。


「……私を?」

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