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「ヴァイオレット、明日時間ある?」
「え。何、何、デートのお誘い?」
次の講義のために、移動しようとするときに、シャーロットはヴァイオレットに声をかけた。
ヴァイオレットは、あまりの嬉しさに、身を乗り出してきた。
「いえ、少し、買い物に付き合ってほしいの?」
「買い物?いいわよ」
「でも、私でいいの?いつもの美人さんと一緒じゃなくて?」
「ワトソンは、ちょっと今忙しくて?」
ワトソンは、最近、忙しい。
その原因の大半はシャーロットにあるのだが、本人はそれを自覚していない。
――これ以上、仕事を頼まないほうがいい。
そう思うのが、彼女なりの配慮だった。
「それで、どこに行くの?」
「少し、服を選びたいのよ」
シャーロットの観察能力は極めて高い。
しかし、なぜか、衣服に対すしては例外だった。とりわけ自分の服となると、その温度は真冬並みに低い。
「服?どんなの?」
「少し、大人びた感じの服が欲しくて」
ヴァイオレットは一瞬、シャーロットの顔を見てから、小さく息をついた。
――なるほど。そういうことか。
あの魔法省の監視管さん。
そうよね。シャルはきれいだけど、少し幼い感じだからね。
でも、化粧と服できっと大人っぽくなる。
出来れば、あと数年たてばもっといいのだが、しかたがない。
ここは、私が頑張らなければ。
ヴァイオレットの心に火が付いた瞬間だった。
講義の終わりを告げる鐘が鳴ると同時に、ヴァイオレットは立ち上がった。
いつもより動きが早い。
「よし。行きましょう、シャル。時間は無駄にできないわ」
「え、そんなに急がなくても……」
「だめ。こういうのは勢いが大事なの。特に――あなたの場合は」
意味ありげな視線に、シャーロットは小さく首を傾げた。
学園の門を出ると、霧の薄い午後のロンドンが広がっていた。
魔力導管の光が街路に淡く走り、人々の影がゆっくりと伸びている。
二人が向かったのは、ヴァイオレットが「いつも使っている」店だった。
表通りから一本外れた、落ち着いた石畳の通り。
派手な看板はないが、窓越しに見える佇まい――背筋をわずかに伸ばしたその姿が、明らかに“質”を物語っている。
「ここ……?」
「大丈夫。それに――今日は“見るだけ”じゃ終わらないから」
扉を押すと、鈴の澄んだ音が鳴った。
柔らかな布と香木の匂いが、ふわりと鼻先をくすぐる。
「いらっしゃいませ」
店員が、二人を一目見て、すぐに理解したように微笑んだ。
「……今日は、お連れ様の方ですか?」
「ええ。素材は上質、形は控えめ。でも――子ども扱いされない服を」
シャーロットは、思わず瞬きをした。
「そんなに条件、必要かしら……」
「必要よ。あなたはね、黙って立っていれば“天才少女”で済まされる。でも一歩踏み出したら、“対等な大人”に見られなきゃいけないの」
ヴァイオレットは、棚に掛かった服を次々と見ていく。
色は落ち着いた濃紺、深緑、灰に近い紫。
露出は抑えめだが、線は美しい。
「……これ」
差し出された一着――襟元の線が、彼女の年齢よりわずかに大人びて見えて、シャーロットは少し戸惑った。
「少し、大人すぎない?」
「いいえ。“少し背伸び”くらいが、ちょうどいいの」
ヴァイオレットは、にやりと笑った。
「安心しなさい。似合わなかったら、私が全力で別のを探す。でもね――」
彼女は、確信を込めて言った。
「似合うわよ。だってあなた、自分が思っているより、ずっと綺麗なんだから」
シャーロットは、何も言い返せず、ただ服を抱えた。
――こうして。
後にワトソンが「聞いてないにゃ!」と叫ぶことになる、大人シャル計画”は、静かに始動したのだった。




