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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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誰が”彼女”なのか

「また、あの美人さんとご飯食べてましたね」


 監視局の資料室前。


 ステラは書類束を抱えたまま、まるで今日の天気を確認するような気軽さで、

 レストレードに声をかけてきた。


 その口調は冗談めかしているが、耳ざとい局員たちが一斉にそちらを向き、


 “え、また?”


 “最近よく見るよね、監査官とあの長身の美人さん”


 と、ひそひそ声がさざ波のように広がっていく。

 レストレードは、溜息をつくのももはや惰性だった。


 あの美人とは、ワトソンのことだろう。

 ワトソンは、シャーロットの相棒件保護者だ。

 その姿は、長身で、そしてひどく目立つ。


 それが監視局内の噂を増幅させていた。

 シャーロットは学生であるが、監視局が単独依頼することが少なくない。

 実務・調整役としてのワトソンとレストレードが接触する機会が増える。


 ただ、それだけの話だ。

 ……だが、そう説明しても状況は改善しない。むしろ噂は肥大化するばかりだ。


「ああ、学園に頼んでいる仕事の件でな」


 レストレードは事務的に返す。


「ふーん」


 ステラの反応はあからさまに疑っている。

 その細められた瞳は、“私は真実を知っているぞ”とでも言いたげだった。


「お前も概要は把握しているはずだ」


「はいはい。ただ……最近仲良すぎません? 仕事っていうより、雰囲気が……」


「雰囲気などない」


「いやいやいや、あれはありますよ」


 レストレードはこめかみに手を当てる。

 ワトソンは本当に気にしていないし、距離も近い。

 シャーロットも同様で、必要以上に距離を取るという概念があまりない。


 周囲が誤解するのは……仕方がないのかもしれない。

 だが、

(せめて仕事の邪魔になるような噂だけは、やめてほしいものだが……)


 そう思っていた矢先――。


「レストレード監査官!」


 ひどく慌てた声と足音が近づいてきた。

 資料を落としそうな勢いで走ってきた若い職員が、肩で息をしながら続ける。


「あの、彼女さんが来てます!」


 “彼女”という言葉が、妙に重く耳に残った。


「……彼女?」


 レストレードの反応はわずかに遅れた。

 ステラの目がまん丸になる。


「え、監査官、彼女いたんですか?」


「おい、誰のことだ?」


「はい、銀髪の、すっごく可愛い子が受付で待ってて――」


「銀髪……?」


 その単語だけで、レストレードの脳裏にひとりの少女が浮かぶ。

 ステラが口元を押さえ、さらに興味深そうに囁いた。


「シャーロットさん? え、ついに管理官に直々に……?」


「違う」


 速すぎる否定が逆に疑われる。

 周囲の職員の視線が痛いほど突き刺さる。


「じゃあ、あの藍色の髪の美人さんとは?」


「どっちも違う」


「じゃあ本命はシャーロットさん……?」


「違う」


 しかし言えば言うほど泥沼に沈んでいく。

 レストレードはこれ以上反論しても無駄だと判断し、歩き出した。


 エントランスへ向かう途中、

 “え、シャーロットさんってあの魔導学園の天才――?”


 “監査官、すごい……”


 “やっぱりあの二人、怪しかったもんな……”


 と、勝手に感心されたり納得されたりしているのが聞こえる。

(…………疲れるな、ほんとに)


 ロビーに入ると、銀髪の少女がこちらに気づいて軽く手を挙げた。

 光を受けて揺れる柔らかい銀髪。


 しかも――学園の制服ではなかった。

 少し落ち着いた色の外套、細いベルト、淡いスカート。

 いつもより大人びた私服だった。


「こんにちは、レストレード」


 シャーロットは小さく微笑んだ。


「どうした? その格好は……学園を抜けてきたのか?」


「抜けてないわ。今日は講義が午前だけなの」


 シャーロットはほんの少しだけ視線をそらす。

 その仕草があまりにも珍しくて、レストレードは思わず言葉を探した。

 シャーロットが照れるなど、ほとんど見たことがない。


「それで、これから時間はある?」


「時間……?」


 唐突な問いに、レストレードの心がわずかに跳ねた。


「少し、付き合ってもらいたいのよ」


「今からか?」


「ええ。……だめかしら」


 思ったより柔らかい声音。

 レストレードは返事に一瞬詰まる。


「……いや、構わない」


「よかった。じゃあ外で待ってるわ」


 シャーロットは軽く会釈してエントランスから出ていった。

 すぐに背後から視線が突き刺さる。


「絶対デートですよね」


「ほら、やっぱり!」


「お似合いじゃん」


「黙って仕事をしろ」


 レストレードは鋭い声で言ったが、職員たちは、にやけ顔を隠しもしない。



 外に出ると、シャーロットは街路樹の下で待っていた。

 淡い魔力灯が昼でもほのかに揺らぎ、銀髪に青みを帯びた光が反射する。

 その姿は、学園で見る時より少し大人っぽく見えた。


「こっちよ」


 シャーロットは迷いなく歩き出し、レストレードもついていく。

 しかし、曲がり角で目的地が見えた瞬間、レストレードは思わず足を止めた。


「……で、なんだこれは?」


 そこは古風な看板を掲げた――大人びた雰囲気のバーだった。

 魔法省周辺では珍しくない完全会員制。

 扉は黒木で作られ、外からは中の様子がまったく見えない。


 入り口には小さな札。

 そして、扉の前に立った瞬間の周囲の空気の変化を感じた。


 《同伴者必須(男性のエスコートに限る)》


「ええ、ちょっと調べたいことがあってね。ここ、男性のエスコートがないと入れないの」


 シャーロットはまるで日常の延長のように言う。


「仕事か?」


「もちろん」


「……調査の対象は?」


「それは中に入ってから説明するわ」


 淡々と答えるシャーロット。


「何か問題ある?」


 軽く振り返ったシャーロットが問いかける。


「……ない」


 レストレードは短く答えた。


「行きましょう」


 シャーロットは静かに扉へ手を伸ばした。

 夕暮れの街に、黒木の扉が重く開く音が響いた――。

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