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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第九章 技師の親指(四)

 語り終えたヘザリーの声は、かすれていた。


 息を吸うたび、喉の奥が擦れる。

 彼は視線を落とし、包帯に覆われた右手を、まるで他人のもののように見つめる。


「……それが全部だ」


 沈黙が一拍落ちた。


「多分、場所は、ここらへんだと思う」


 震える指で、彼は地図をなぞった。

 その一点に、シャーロットの淡い青の視線が、静かに重なる。

 震える指で、ヘザリーは地図の一点をなぞった。


 その一点は、彼の記憶と恐怖が凝縮された場所だった。

 そこは、シャーロットも知っている研究所だった。


 シャーロットは静かに立ち上がり、椅子の脚が床に触れる音だけが病室に残る。

 彼女は、レストレードを振り返り、短く言った。


「行きましょう」


 それ以上の説明は必要なかった。

 夜の霧を裂いて、馬車が走り出す。

 市街を離れるにつれ、魔力灯の間隔が広がっていく。

 灯りはまだ点いているのに、なぜか道が暗く感じられた。


 霧は均一で、風向きすら読めない。

 ワトソンは窓辺に座ったまま、いつになく無言だった。


 地図が示した場所――そこは、本来ならストーク・モーラン研究所が存在するはずの地点だった。

 だが、馬車が止まったとき。

 そこに建物はなかった。


 一か月前の事件の後、この研究所は閉鎖された。

 魔法省の監査が入っていた。

 にもかかわらず、消えていた。


 森の奥に、円形の更地が広がっている。

 木々はその輪郭を避けるように立ち並び、中央だけが不自然なほど平坦だった。

 焦げ跡も、瓦礫も、破壊の痕跡すらない。

 夜露に濡れた草が静かに揺れているだけだ。


 レストレードは馬車を降り、周囲を見回した。

 足で地面を踏みしめる。


「……まるで、最初から存在していなかったようだな」


 レストレードが、吐き出すようにつぶやく。


 シャーロットは答えなかった。

 代わりに膝をつき、地面へと手を伸ばす。

 土は冷たく、湿り気を帯びている。

 確かに、自然の土だ。

 彼女は指先を滑らせながら、思考を組み立てていく。


 その瞬間。

 風が吹いた。

 霧がわずかに渦を巻き、シャーロットの指先に、何かが触れる。

 灰色の紙が一枚、ゆっくりと落ちてきた。


 これが、ここにある全てだった。


 やがて三人は馬車へ戻る。

 病院へ引き返す道すがら、夜霧はさらに濃くなっていた。


 沈黙を破ったのは、ワトソンだった。


「何の研究をしていたの?」


 六基の並列装置を使っての立方体魔法。


 理論上は、存在していた。

 まだ制御ができない状態だった。

 過去の核観測の研究でも大きな事故が起きていた。

 それを、この魔法都市ロンドンで行う。

 一歩間違えば、大規模な被害が出るのにも関わらず。


 研究自体は、指揮している人間の能力の高さを示している。

 そして、被害が出ても気にしないという危うい思想がある。


 立方体魔法を使えば、未来予想が出来る。

 あくまで理論の段階の話だ。


「何かしらね」


 シャーロットは、何もない地面を見ながら、研究施設の概要を組み立てる。

 六基の核観測装置を並列に同期させ、その核には、盗まれた宝玉を使用する。

 かなり大掛かりな資金と権力が必要になる。


「六基の並列装置? 多分盗まれた六つの宝玉を使用している。

 そして研究所消えた。これは、魔法省が何かしら関わっているのかしら?」


 シャーロットは、レストレードの方を向き、冷たい視線を送る。


「ああ、調べてみる」


「何か、嫌な感じがするわね」


 シャーロットは、短く息を吐いた。


 霧の向こうで、ロンドンの魔力灯が淡く瞬いていた。

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