監視局前、カフェにて
最近のシャーロットは、忙しかった。
元来、彼女は“興味を持った事柄を断わらない”性質だが、今年に入ってからはその傾向が深刻化していた。
学園の教授たちの研究案件の手伝いから、魔法省監視局からの依頼の照会まで。
しかも、どれも彼女にとって心惹かれる話題ばかりで、依頼が舞い込むたびに瞳がきらりと輝く。そんな調子だから、気がつけば一日の予定がびっしりと埋まってしまい、部屋で落ち着いて紅茶を飲む時間も激減していた。
当然、ワトソンの仕事量も増える。
彼女はシャーロットの助手であり、医務室勤務であり、保護者のような役割も担っている。
本来なら、ワトソンが学園のあらゆる雑務を背負う必要はないのだが、シャーロットが一気に複数の事案に手をつけるせいで、どうしても“調整役”として動かざるを得なくなる。
そうしてワトソンは、日を追うごとに監視局へ足を運ぶ頻度が増していった。
レストレードとの連絡や資料のやり取りは、シャーロットが直接行うべきところだが、彼女は“飛んでくる新規依頼”に気を取られ、局への返答が遅れがちなのだ。
――シャルは自分が忙しいことに気づいていない。
ワトソンはそう確信していた。
そんなある午後。
監視局近くのカフェは、昼を過ぎたばかりで賑わいが落ち着いたころ。
監視局の石造りの外壁が、窓の向こうに重く構えていた。
ワトソンとレストレードは、いつもの窓際の席にいた。
ここは監視局職員にも人気があり、紅茶は、香りが良く、スコーンは焼きたてが売りだ。ワトソンは甘いものが大好きで、レストレードはここで仕事の整理をすることが多い。
「じゃあ、これをお願い。あと、頼まれていたものはまとめておいたわ」
ワトソンが差し出した封筒は、シャーロットが前夜遅くまで書いていた観測の調査報告書だった。ワトソンにせかされてやっと書き上げたとは言わないが。
レストレードはそれを受け取りながら眉を上げる。
「ああ、ありがとう。シャーロットは忙しいのか?」
「ええ、そうね、会いたいの?」
「いや、あまり無理させるなよ」
「わかっているわ。でも、言うこと聞かないのよ」
「そうだな」
レストレードは苦笑する。
シャーロットが“言うことを聞かない”のは今に始まったことではない。
観測式の特異な理解力を持つ彼女は、一度やると決めた研究を誰にも止められない。
レストレードもそれを理解しているからこそ、きちんと休むように促してはいるのだが、当の本人にはあまり響いていないようだ。
そんな話をしていると、ワトソンの表情がふと曇り、視線が店内の奥へ向いた。
「どうした?」
「いえ、ステラがこっち見てたわ。声かけてくれればいいのに」
レストレードも視線を向けると、ステラが書類を広げている席があった。
だが彼女は、書類よりワトソンたちの方を気にしているようで、顔を上げてはすぐにそらす、という挙動を繰り返していた。
ワトソンは小さくため息をついた。
「最近、ステラとシャーロットが、よく会ってるらしいな」
レストレードが言うと、ワトソンはテーブルに両肘をつき、ぐっと身を乗り出した。
「そうなのよ。私に内緒で、デートしてたのよ」
「デート?」
「そう、あのモフモフと」
「ああ、散歩か」
ステラが連れている犬――局内でも“モフモフ”と呼ばれる大きな白犬のことだ。
ある事件で、監視局詰めの役割を得ているため、たまにステラが連れてくる。
実際は散歩と言っても、公園を一緒に歩いただけなのだが、ワトソンにはどうにも面白くない。
「私に黙って。本当に信じられない」
ワトソンはむっと頬をふくらませ、レストレードの横に座り、肩にぴたりとくっついた。それにしても近い。職員たちの視線がちらちらとこちらへ向く。
「まあ、黙っているのはよくないな」
「そうでしょ? もし、私があなたと黙って会ってたら――シャルはやきもち焼くわよ」
「ごほっ!」
レストレードは危うくコーヒーを吹き出すところだった。
隣の席に座っていた男性がぎょっとしてこちらを振り返る。
彼は慌てて手を振り、「気にしないでくれ」と視線で伝えた。
「いや、ならないだろ」
「そう? シャルはあなたのこと、結構好きだと思うけど」
「まあ、仕事仲間としてな」
「……それだけかしら?」
ワトソンの声色が意味深になる。
レストレードはカップを置き、咳払いをした。
ワトソンは、そんなレストレードの困惑する様子を見るのが少しだけ楽しいらしい。
「そうね。シャルの仕事がひと段落したら、みんなでご飯食べましょう」
「ああ、そうだな」
「おいしい店、もう決めているのよ」
「ステラにも伝えておいてね」
「ステラもか?」
「そうよ、みんなで。……それとも、二人きりがいい?」
ワトソンがまた距離を詰めてくる。
レストレードは背筋を伸ばし、そっと少し後ろへ下がった。
「いや、みんながいいな」
「そう、ならよかったわ。ステラも最近忙しそうだから、予定合わせてあげてね」
確かに、ステラは補佐官の事務処理も外回りもこなしており、シャーロット担当として学園へも出入りしている。
「じゃあ、私、先に」
席を立ったワトソンは、レストレードに軽く手を振ると、店の出口へ向かった。
だが扉を押し開けたところで、ふと足を止め、学園とは反対の方向へ歩き出す。
「そっちは?」
レストレードは聞く。
「ええ、いいのよ。おいしいプティングの店があるの。シャルに、内緒で食べたら怒られるしね」
唇にくすりと笑みを浮かべ、ワトソンは石畳の路地へ消えていった。
残されたレストレードは、深く息を吐いた。
冷めかけたコーヒーを一口飲み、横目でステラの方を見る。
彼女は慌てて視線をそらし、書類に顔を落とす。
「……まったく、あの二人に振り回されるのは、俺も同じか」




