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シャーロット 〜魔法の調べは、観測の果てにあり〜  作者: 桜の浜


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第八章 まだらの紐(一)

   寮の部屋の扉が、優しく叩かれた。


「失礼します?」


 聞き慣れた声に、シャーロットは顔を上げる。


 シャーロットはこの街、魔法都市ロンドンにある魔導学園の学生である。

 ロンドンは、その名称通り都市基盤が、魔法により成り立っている。


 水道、空調、通信、動力源など、都市の基盤はすべて魔法によって成り立っている。

 それらは、都市全体に組み込まれた魔法式と観測核によって統合的に制御されていた。


 魔法とは、人の観測によって生まれる。

 観測された瞬間、世界に魔法が現れる。

 それが、この世界における魔法の法則である。


 そして、魔法が常態化すると、都市は人々の観測を介して、無意識のうちに魔法を生み出し始める。

 その魔法を構築し、制御し、統括するために設けられたのが、魔法省である。


「どうぞ」


 扉を開けて入ってきたのは、魔法省監視局管理補佐官のステラだった。

 いつもは整然とした立ち居振る舞いの彼女だが、この日はどこか落ち着きがない。


「珍しいわね。今日はひとり?」


「はい。監査官は少し立て込んでいて……私だけ来ました」


 その直後、机の脇にいたワトソンが、いつもより露骨に補佐官へ近づいた。

 鼻先を寄せ、くんくんと空気を嗅ぐ。


「……?」


 ステラは困ったように微笑んだが、その笑みはすぐに消えた。


「事件?」


 シャーロットの声は静かに尋ねる。


「はい。形式上は、“解決扱い”になるのですが……」


 ステラは一瞬、言葉を選ぶように間を置く。


「……そう」


 シャーロットは、次を促す。


「ロイロット博士が亡くなりまして」


 その名が告げられた瞬間、シャーロットの指先が止まった。


 ロイロット博士。

 魔導学園には属していないが、ボヘミア卿の出資する財団において、核観測の研究を中心に行っていた人物である。

 その財団は――ボスコム谷で起きた魔法汚染事故にも、裏で関与していると囁かれていた。


「殺されたの?」


「まだ断定はできません」


 ステラは即座に首を振る。


「表向きは“病死”として処理されます」


「でも……何か問題があるのね」


 ステラは、小さく、しかし確かに頷いた。


「ええ。博士と一緒に、“娘さん”が救急で運ばれました。現在、意識不明です」


 少女は眉を寄せる。


「娘……?」


「はい」


 ステラは手帳を開き、そこに書き込まれた記録に目を落とす。


「ただ、その娘さん――公式記録上では、十年前に死亡しています」


 一拍の沈黙。


「死亡理由は?」


「当時の報告では、魔力暴走による衰弱死。ですが、遺体は確認されていません。魔力署名も……最近まで観測されています」


「つまり……」


 シャーロットは言葉を継ぐ。


「“存在しているのに、記録上は存在しない娘”」


「はい」


 ステラは低い声で続けた。


「魔法的偽装なのか、出生の隠蔽なのか……あるいは、死そのものが操作されたのか。監視局でも調査中です」


「そして……」


 ステラが言葉を続ける。


「その娘さん、ジュリアさんというのですが、意識を失う直前に残した言葉が

 ――『まだらの紐』だったそうです」


「まだらの紐……?」


 シャーロットの思考の奥で、何かが引っかかる。

 かつて読んだ、魔法論理学に関する論文。

 装飾魔具に偽装された拘束魔法式。

 様々な記憶を照らし合わせてみる。


「何か心当たりは?」


「……ごめんなさい」


 シャーロットは首を振る。


「それだけでは、まだ何とも言えないわ」


 だが、その瞳はすでに動き始めていた。


「ステラ。ジュリアさんを――私が観測するわ」


 ステラは、ほっとしたように息を吐き、同時に不安を滲ませた。


「ありがとうございます。監査官も……あなたの観測が必要だと」


 魔法は、観測することで現れる。


 シャーロットは、魔法の源である“点”を観測することで、その状態を把握できる。

 さらにその観測を通じて、世界に刻まれた記憶を読み取ることができた。

 魔法省がシャーロットに依頼するのは、こうした記録に残らない事案が多いためである。


 シャーロットたちは、監視局の馬車で学園を出て、ロンドン東区の魔法省が管轄する病院へ向かった。夕闇が降りるほどに、街の魔力灯は青白く脈動し、石畳の隙間を走る魔力導線が、まるで静かな血流のように見える。馬車の窓ガラスは薄く曇り、外の霧は灯の輪郭を滲ませていた。


 病院の玄関をくぐると、天井の高い回廊が続き、壁面には治癒用の魔力導管が埋め込まれていた。普段は白い光は柔らかいのに、今日はどこか冷たく感じられた。


 病室に着く前、廊下の角でレストレードが姿を見せた。帽子を押し上げる仕草はいつも通りだが、目の下に疲労が濃く滲んでいた。彼は一瞬、言うべき言葉を喉で押しとどめたように見えた。


「悪いな、二人とも」


 レストレードが短く息を吐き、次の言葉を落とす。


「……ジュリア・ストーナーが、先ほど亡くなった」


 ステラは小さく息を呑み、手帳を握る指がわずかに強張った。

 シャーロットは静かに瞬きをしただけで、表情を大きく動かさない。


「そう……それは、残念ね」


 死者は、存在を確定できない。

 だから観測もできない。


「今からロイロット博士の家に向かい、住居を調べる。一緒に来るか?」


「ええ」


 シャーロットは迷わず応じた。


「“まだらの紐”」


 シャーロットは淡々と返しながらも、その言葉の形を口内でなぞるように繰り返した。


 まだら。

 不揃いで、不安定で、混在したもの。


 紐。

 結ぶもの。縛るもの。


 ならば、まだらな紐とは、

 不安定なものを縛るためのものなのだろうか。


 馬車に乗り込むと、車輪が石畳を叩き、揺れが身体へ伝わる。窓外の霧に浮かぶ魔導灯が、一定の間隔で後ろへ流れていく。レストレードは無言で地図を広げ、ステラは手帳に時刻と要点を書き留めた。


 シャーロットはそれらの音を遠くに聞きながら、ひとつだけ呟いた。


「彼女は……苦しんだのかしら?」


 レストレードは一瞬、目を伏せる。


「……苦しんだかどうかは、わからない」


 彼は続けた。


「だが、最期まで“何か”を恐れていた。看護師がそう言っていた」


 シャーロットは頷き、視線を窓へ戻した。

 恐れていた“何か”が、屋敷にあるのだろうか。

 その可能性を、シャーロットは考えた。

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